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第七話

日曜日の朝、優菜は土曜日と同じく少し手の込んだ料理をしながら、のんびりと過ごしていた。

 今日は何をしようかと、少しばかり楽しみに思いつつ、スマホで近くのアウトレットモールの情報をチェックする。

(せっかくだから、行っちゃおうかな。休みに何もしないのも、なんだかもったいないよね)

 そう考えた優菜は思い切ってアウトレットモールに行くことにした。お金もある。多少の贅沢は、したい。普段頑張っている自分へのご褒美だと、少しうきうきしながら外に出る支度を始めた。

「いってきます」

 支度を終えた優菜は軽い足取りで家を出る。

 アウトレットモールは久々に行く。どんな物を買おうか。買うだけではなく、見るのも楽しいから、本当に楽しみだ。

 バスに乗ってアウトレットモールに行くと、凄い人の数にまず圧倒された。

(こんな感じだったかな。うん……。そんな気がしてきた。それにしても凄い人の数。皆、休日だから来てるんだろうなぁ。この辺りでアウトレットモールなんて言ったら、ここくらいしかないもの。さて、私は何を買おうかな。順番に回ろう)

 入口にある案内図を見て、ぐるりと一周しようと優菜はいろいろな店に入って行った。

 自分のためにお金なんて普段掛けたりしないため、こうして自分のためにお金を掛けるのは特別感があった。

 また、途中で近くにあったお菓子屋さんで美味しいお菓子を買って、それを食べると幸せな気持ちになれた。それからお店をまた覗いて周り、欲しいものを数点、買うのだった。

 そして一番気になっていた店に入る。その店のブランドは、優菜の好きな洋服のブランドで、でも普段は高いからとなかなか手が出せないところだった。しかしここはアウトレットモール。欲しいと思ったら、買ってしまおう。そう思って一点のワンピースに手を出したその時、別の女性の手と優菜の手が触れてしまった。

「す、すみませ……え、小鳥遊、部長……?」

「あら……、優菜さん! 奇遇ね、こんなところで会うなんて! それに、ここは職場じゃないから、部長は、やめてほしいなぁ。姫乃でいいからね。昔みたいに」

 にこにこと微笑む姫乃に、優菜の心は混乱し、急激に落ち込んでいった。

 まさか、休みに悩みの中心人物である姫乃と出会うとは思いもしなかったからだ。

「おい、気に入ったのがあったのなら試着でも……。……優菜?」

「令、さん……」

 姫乃は令と来ていたのだろう。そうでもなければ、令が女物のブランドの袋を荷物に持つことなどない。

 でも、まさかこんなデートのようなことを二人がしているとは思わなかった。少なからず、優菜はショックを受けていた。

「ふふふ。私ね、今日買い物に行きたいって言ったら、令が車を出してくれるって言ってくれたの。でも、優菜さんもここに来るなら、令を借りちゃって悪いことしたなぁって……」

「……前から、こういうことを繰り返していたんですか」

 優菜は思わず低い声でそう言ってしまった。

 しかし令は悪びれもせずにこう言う。

「ああ、別にいいだろう。お前も、こういうところに来たいのなら言えばいいものを……」

 優菜は馬鹿にされたみたいで、顔に熱が集まるとそのまま令を平手打ちしてやりたくなったが、すぐに視界に姫乃が入って手を上げようとした寸前で止まることが出来た。

(まさか敵に助けられるなんて)

 こんなところで令の頬を叩いたら、姫乃にそれを一生いい様に使われてしまう。

 それこそ自分が生き残れなくなってしまう。

 短気を起こしたら、それだけ損をする。

 そう思うことで、優菜はなんとか落ち着きを取り戻した。

 本来、婚約者がいる身で、他の女性と堂々と買い物をするなど、どうかと思う。それも、相手は学生時代からずっと付き合いのある女性など……。まるで、婚約者よりも好きな人なのだと言っているようなものだ。

 令は一般常識が少し欠けていると優菜は思っていたが、まさかここまでとは思わなかった。

 それとも、わざとなのだろうか。

 でも、もしわざとであるのならば、何故こんな回りくどいことを?

 考えてもわからない優菜は、ただその場に立ちすくんでいた。

 すると姫乃が令の腕に自身の腕を絡ませ、そのまま優菜に笑顔で話しかける。

「ごめんなさいね。学生時代からよく二人で遊びに行っていたものだから、つい。でも優菜さんのことを考えると、しちゃいけなかったかしら。今後は気を付けようかな。ね、令」

「いや、姫乃。そんな風にこいつに気遣いをする必要はない。そもそも、嫌なら嫌と言えばいいんだ。大体、婚約者はお前だろう。こんなことで動じるな……。……? 何故、泣いているんだ」

 優菜は泣いていた。

 言われるまで、自分でも泣いているとはわからなかったが、確かに頬を流れる温かな雫は涙だった。

 令は何とも言えない表情をして優菜を見ていた。

「なんでそんな目で私を見るの……。姫乃さんも、なんで。そんなに令さんのことが好きなら、好きにしたらいい……。私のことなんて、放っておいて!」

 優菜はそれだけ言うと走り出していた。だが、帰るところは一つしかないのだった。

「優菜さん、どうしちゃったんだろう。不安にさせちゃったかなぁ。でも、令の婚約者は優菜さんなんだから堂々としていればいいのにね! とは言え……、悪いこと、しちゃったなぁ」

「……姫乃」

 令は自分がどうするべきだったのか、わからなくなってしまった。つい先程までは姫乃の言う通りだと思っていた。婚約者は確かに優菜だけだし、心の声からすると優菜の方は婚約を破棄したがっている。だったら、何の不都合があるのだろう。何かまだ自分に隠し事をしているに違いない。この前のことからしても、姫乃も、何かを隠している……。

「ねえ、令。後を追ってあげて。きっと優菜さん、傷ついてるから」

(ああ、優菜のことをここまで思ってくれるなんて。やはり姫乃は優しい人だ。それだというのに……)

「いや、いい。姫乃と一緒にいるくらいで、ああなる方が」

「女の子っていうのはデリケートなの。私のことはいいから、行ってあげて。私のせい、だから……。でも、今度この埋め合わせはしてよね」

「……すまない。タクシー代を」

「そんなの、要らないから。早く行ってあげて」

「わかった。また、明日」

「うん。また明日ね」

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