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第82話:Guess Who's Coming to Dinner

「なんかあったな? ふたり」

 アンが酔いつぶれた日以来のバータイム、香月さんがなにかを嗅ぎつける。

 わたしがアンを見ようとしないせいかもしれない。オーダーが入れば、空間に言う。すると、小さな返事が返ってきて、それでオーダーが通ったことを確認する。

 一方でアンはお酒を作り終えると、いつもキッチンの決まった場所に置いていた。もともと飲み物ができたことを丁寧に伝える仕組みではなかったこともあり、わたしが常にその場所を気に留め、飲み物が置かれたのを見ると間髪入れずに運ぶだけだった。

 注意が必要な飲み物が出るときだけ、「こっちが、××あり/抜き」「こっちが、〇〇多め/少なめ」と一言ある。そうでなければ、わたしとアンはほとんど話をしない。

――アンは、わたしの何が良かったんだろう。

 疑問は増える一方で、それをかき消すようにわたしはフロアを細かに見て回った。

 お客さんが切れたとき、香月さんはその違和感の原因を探すように、アンとわたしに問いかけた。

「別にしてないですよ」

 先に口を開いたのはアンだった。

「そういう意味じゃねーよ、ばか」

 香月さんに怒られても、アンは一切悪びれる様子もなく、わたしが下げてきたばかりのグラスを洗う。

「あの日か、この前の金曜日。くらってたもんな~・・。またデリカシーのないこと言ったんだろ?」

 アンは香月さんの問いかけに聞こえないふりをした。金曜日のバータイム後から喧嘩していると香月さんが勘違いしていても、肯定も否定もしない。

「瀬野ちゃん、教えてよ~」

 見かねた香月さんは、今度はわたしにすり寄った。

「本当ですよ、アンの言うことは。何もありません」

「じゃあ何、この雰囲気」

「わたしはアンの見た目を気に入っているわけじゃないんでね。彼は自信があるようですけど」

 意地悪をした。言わなくてもよかったことを、アンに聞かせるように香月さんに話す。

「はあ。アン、お前」

「違うって」

 いつの間にか、アンはカウンターの左端、わたしは右端に寄っていた。揉めていないという方が信じられない。客足も切れた今、わたしと香月さんは手すきになっていた。

「アンはああ見えて、女の子はからっきしなの。容姿が泣いてる」

「そんな気がします」

 わたしは香月さんとも目を合わせず、ただ誰も座っていないテーブル席がある方を見つめていた。

 離れたところから、「そんなことありませーん」という声が聞こえる。

「瀬野ちゃんはどう? アン。……前も言ったけど、俺はあまりおすすめしない」

 挨拶を返さない、外見主義的な一面のある男だ。以前、香月さんが言った「手に負えない」の意味が、徐々に分かり始めていた。

「わたしは彼の何を見ていたのか分からなくなりました」

 アンがちらりとこちらを見た。その視線には気づいていたが、わざと向こうは見なかった。

「もうのはやめます」

「それがいいよ、難しいことは。また熱出されても大変だし」

 香月さんが詳細を聞くのを諦め、ぽんっとわたしの肩を叩くとリキュールの在庫チェックを始めた。

 店内を流れるクラシックミュージックが、わたしたちの頭上を通り過ぎていく。奥行きのある音色に耳を傾けながら、気を紛らわす。早くお客さんが来てしまえばいい。そう思っていたとき、ちょうどお店のドアが開いた。

「予約してないんですけど。ひとりです」

「大丈夫ですよ。カウンター席とテーブル席、どちらがいいですか。この時間だともうそれほど来ないと思うので、テーブル席でも」

 ドアの一番近くにいた香月さんが、女性を案内する。

「あ! いたいた。カウンターでいいですよ。今夜はあのお姉さんに聞いてお邪魔したんです」

 女性はわたしを見つけるや否や、わざとらしく手を振った。愛想笑いで会釈するわたしの横で、女性を見るアンの瞳は冷たかった。

「お昼のお客さんなんです。お酒を召し上がるとのことだったので、バーのことをお話してみたんです」

 カフェでは飲み物の種類が限られるので、と付け加えると、香月さんは不思議そうに首をかしげた。答え合わせをするように、横に立つアンに視線を滑らせる。

「何飲みます? お好みは?」

 香月さんは直接女性にオーダーをとった。ぱっと場の雰囲気を変えるトークはさすがだ。女性はメニューを眺めながら、香月さんとカクテルの話に花を咲かせる。

 初めは女性が自分のことばかり話した。外資系企業に勤め、昔ほどではないが今も海外へ出張があること、独身で、最近やっと何も気にせず自由を謳歌できるようになったことなど、まるで武勇伝のように語る。

 香月さんは甲斐甲斐しく彼女に相槌を打ちながら、彼女と同じ「コスモポリタン」を飲む。カクテルグラスに映える赤は、クランベリージュースだ。お店の薄暗い中でも、ライトの光が美しく透過する。

「へえ、香月さん、ここのオーナーなんだ」

 女性はひとしきり自分の話をしたあと、香月さんの身の上を探り始めた。

「そうですよ。たまに昼も出てます。お会いしませんでしたね」

「えー? 絶対いい加減に言ってる」

「い・い・や、俺は結構覚えてるんでね」

 そう言って、香月さんはニカッと歯を見せて笑う。彼の手のひらで、女性は気持ちよさそうに飲んでいた。

「そうだ。このお姉さんも、昼も夜も働かせてるの?」

「ええ。うちは昼はカフェ、夜はバーになるお店なのでね。店名の『Toute La Journée』は、一日中って意味で」

 香月さんの説明などまったく聞いていない。彼女は言いたくてうずうずしている。きっと次に来るのは、わたしへの嫌味だ。聞かずとも分かる。理由をつけてそっとカウンターの隅に逃げようとしたとき、彼女と目が合った。


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