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第42話:ドリンクに賭けるは

 席に戻ってきた香月さんの手には、漢方ドリンクの雑誌が握られていた。ところどころに付箋があり、紙の色や折れ具合を見るにかなり前から置かれていた本に見える。

「むかーし読んだやつなんだけど、結構ソフトドリンクも載ってるからよかったら見てみてよ。ちなみにさっき言ったクラフトコーラはここ」

 香月さんが開いたページには、小鍋で輪切りのレモンや漢方を煮る写真が大きく載っていた。ページのタイトルに「身体にいい飲み物10選」と大きく題される中身を見ると、「身体が冷える冬におすすめ!」「リラックス効果あり。眠れない夜に」「仕事でお疲れの胃腸を労わる!」などとさまざまなキャッチコピーがおどる。

「たくさんあるんですね。しょうがをすってジンジャエールとか、わたしでもできそう」

 シロップ漬けがベースのものは準備にやや時間がかかるが、提供自体は難しくない。すりおろしたり煮出したり、準備は多岐に渡る。はちみつや既存のティーベースのドリンクは初心者でも扱いやすいかもしれない。

「スープなんかもあるんですね」

「冬にいいかもしれない。一気にやると大変だし、また芦谷さんもキレるから」

 篠田さんたちそっちのけで、アンも交えて3人で雑誌を眺める。現在のカフェの客層は女性が大半だ。「冷え解消」や「疲労回復」などはいいキャッチフレーズになる。

 お目当てのクラフトコーラは、シナモンスティックやジンジャーパウダーを始めとしたいくつかのスパイスをレモンと砂糖とともに煮るレシピだった。できあがったシロップは半日から1日ほど寝かせ、飲むときに炭酸で割る。シロップは5日~1週間ほど日持ちするので、週1回だけ煮出す作業が増えるだけだ。カフェタイムに導入しやすい。

 ふと、効能の欄を見ると、「胃腸を整える、身体を温める、リラックス」と書かれていた。複数のスパイスを使っているからか、効能の範囲は広い。

「こんなに効能があると、話のきっかけにするには逆に難しいような……」

 それを聞いて、香月さんは雑誌の後ろの方に特集が組まれていたハーブのページを開いた。

「じゃあハーブティーを増やした方がいいんじゃないかな。香りごとに、リラックスだダイエットだとご丁寧に割り振って書いてある。それに準備も難しくない」

ひょいっとカップに何かを入れる動作をして見せた。わたしは頭を悩ませながら、雑誌の隅々まで目を通す。

「……ちょっと感じられるものも出したいんですよね。単にお湯を注ぐだけではなくて」

 あまり手がかからないものを嫌煙していた。なんとなく、それでは話をしてくれないのではと感じていたのだ。話を聞くにも、話をするにも、何かをベットする必要がある。

「手始めにクラフトコーラを試してみようと思います。炭酸苦手な人は、リラックスのジャスミンやはちみつのミルクティーなんかを」

 持っていた雑誌をぱたりと閉じ、目の前のふたりに判断を仰ぐ。アンは、早々にOKをくれた。

「いいんじゃないですか。どれもそれほど難しくないし。でもミクルティーが鬼門かな」

「ミルクティー? そんなに難しいの?」

 わたしは、一番作り慣れていると思っていたミルクティーの名前が挙がったことに驚いた。

「濃さは凝り始めたらキリがないですが、おいしさに直結します。ミルクティーは、意外と茶葉を大量に使うんですよ」

 分量は香月さんと相談してください、と急に放り出された。わたしは急いで先ほど見ていた雑誌を開くと、確かに茶葉のグラム数が多い。

「いいよ。濃さはあと作りながら決めようかな。とりあえずは、そのクラフトコーラとミルクティー系で攻めるということで」

 ちょうど酔いの心地いいころ、香月さんは「はーい、かんぱーい」と言って手元のお酒を掲げた。



 次のカフェ勤務の日。16時を過ぎて、徐々に片づけをし始めたころだった。入口のバンブーチャイムが揺れる。入ってきたのは香月さんだった。手には中くらいの段ボールを抱えている。

「お疲れ~。これこの前言ってたやつの材料」

 カウンターのテーブルにどかっと置かれた段ボールを開けると、中にはシナモンやカルダモンを始めとした数種類のスパイス、レモン、砂糖、牛乳、蜂蜜、ジャスミンティーの茶葉が入っていた。クラフトコーラとミルクティーの材料だった。

「ありがとうございます。覚えていたんですね」

「瀬野ちゃんが『これで昼も繁盛ですよ』って大見得切ってたところまで覚えてる」

「言ってませんよ」

 ふざける香月さんをよそに、さっそく段ボールから食材を取り出すと、1枚のメモが入っていた。

「ああ、それはミルクティーのレシピ。色々見たんだけど、それくらいがおいしいかなって」

 茶葉はやはり多めにスプーンですくう。わたしはそのまま鬼門と呼ばれたジャスミンミルクティーを作ってみた。茶葉を沸騰したお湯に入れて十分蒸らしたあと、ミルクを注ぐ。弱火でコクを出したあと茶こしに通して口当たりを滑らかにする。ジャスミンのさわやかな香りが鼻に抜ける。

「できました」

 もう店は閉店間際だった。片づけを済ませた芦谷さんとカウンターから作る様子を眺めている香月さんにできたばかりのジャスミンミルクティーを振る舞った。砂糖で少しだけ甘さを足すと、ジャスミンのいい香りがふんわりと広がった。


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