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第41話:それぞれのキャラクター

 ユウちゃんが書いた内容など誰も見ていなかった。香月さんは篠田さんと新しくできた近所のバーの話をしているし、翔子さんはアンとユウちゃんを可愛がっている。アンはユウちゃんほど露骨に顔に出しはしないが、目の奥にまた冷めたものを感じる。

 わたしは色紙の内容を気に留めないふりをして、カウンターの中に戻った。


「夏希ちゃん、この店はどう? 慣れた?」

 ふと、香月さんとの会話をひと段落させた篠田さんがこちらを見た。

「はい、お陰様で。昼も夜もよくしてもらっています」

 篠田さんが一杯くれると言うので、わたしはアンに、翔子さんが飲んでいたモーツァルト・ミルクを頼んだ。飲んだことはなかったが、アンがチョコレート系のリキュールの瓶を手にしていたのを見て気になった。お酒は食べ物のように匂ってこない。味は分からないが、なぜかおいしそうな直感を得る。

「夏希ちゃんはどこの出身なの? こっち?」

「そうです。実家はもっと田舎の海の方で。学校も仕事も県内だったので、外で暮らしたことがないんです」

 ずっとこっちなのかぁ、と言いながら、篠田さんはまたお酒に口を付ける。そう言えば、香月さんはお酒の減りが著しく緩やかになっていた。マティーニをほとんど一息に飲んでいた男とは思えない。彼は歩幅を合わせることに長けていた。

 わたしが「篠田さんは広島でしたよね」と話を振ると、篠田さんはユウちゃんの肩に腕を回して言った。

「そう、出身はね。こっちに来てそのまま会社も興したから、住んでいたのはかなり昔さ。それにユウも広島の子なんだ。古い友人からの紹介で入ったんだよ」

 高校を卒業してから篠田さんの建設会社に勤めていると聞いていたが、そう言えばほとんど彼の素性を知らない。わたしは広島がどんなところなのか、幼少期からそんなに無口なのかなど、思いついたままに聞いてみた。しかしなぜかユウちゃんは、昔のころの話をしたがらなかった。表情険しく、「別に」「なにも」と繰り返す。

「そう言えば、カフェの時間帯に一緒に働いているパートさんも、昔広島に住んでいた人なんですよ」

 あまり話したくない様子に、わたしは早々に話を篠田さんに戻した。

ちょうどアンが「二杯目はどうしますか」と篠田さんに聞いている。同じものを頼んだあと、彼はまたこちらを向いた。

「俺、会ったことないんだよね。おばちゃんでしょ? アンとそりが合わない」

香月さんとわたしが、ふふ、と笑う。アンを見ると、さも聞こえていないような顔をして飲み物を作っていた。

「そうです。ちょっと曲者ですが、最近やっと慣れてきて。あと、意外と面倒見がいいんです。この前もちょうどそこに貼ってある女の子の話を聞いてあげてて」

 わたしは、コルクボードに貼っていたリリユリの写真を指差した。

 親身になることにも色々な手段があると実感したのは、芦谷さんに出会ってからだった。先輩ナースの伊倉さんのように話しやすい温かな雰囲気を作る人、眞鍋院長のように急かさず、ひとりで自問自答する時間を十分に与える人、それぞれが支持的な関わりをする中で、芦谷さんは何かが違った。ぶっきらぼうで、お世辞にも愛想がいいとは言えない。それでも、彼女に癒されているひとがいる。

 香月さんは理解できる部分があったようで、頷きながらお酒を嗜んでいる。表情よくこちらの話を聞く翔子さんの横で、ユウちゃんだけが憮然とした顔で視線を外していた。



「そう言えば香月さん、わたしちょっとご相談が」

 アンからモーツァルト・ミルクを受け取り、一口飲む。口の中に甘く広がる。飲みやすさからついごくごくと飲んでしまう。

「え、なに? 退職以外で頼む」

 身構える香月さんが目に入り、わたしは思わずグラスから唇を離した。

「違いますよ。日中の飲み物をご相談したいんです。カフェでもお客さんを気遣った飲み物の提供ができないかなと思いまして」

 わたしはぼんやりと頭に浮かんでいた次の手について相談を持ち掛けた。

「よかった。で、どんな相談?」

「先日、葉桜のモヒートを作ってくださったとき、トニックウォーターのキニーネとカクテルの歴史について教えてくれたじゃないですか。聞いていて面白いと思いましたし、なによりああいう労いがいいなって思ったんです。それで、カフェタイムでもできないかなって。……でも香月さんもアンもいないから大掛かりなオーダーメイドは難しいですが、寄り添いの選択肢を増やしたいなって思ったんです」

 今カフェで提供している飲み物は、コーヒー、紅茶、アイスティー、オレンジジュースだ。たまに増えたり減ったりしているが、だいたいはこの注いだらすぐ提供できるものが準備されている。

 香月さんは唸って、天井を見上げた。その数秒の間に、「葉桜? なにそれ」と訝しむアンをなだめる。

「どんなのがいいかなあ。漢方系はお客さんでもイメージしやすいかもね。あと単純にフルーツ。ビタミンとかそっちの栄養の話ができるかも」

 エプロンのポケットからメモを取り出し、香月さんが思い立ったキーワードをすべて残らず書き残す。

「そうだ、クラフトコーラでもやる?」

 そう言うと、香月さんはカウンターのイスから立ち上がり、奥の部屋へ消えていった。


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