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第33話:イベント当日

 次の日、芦谷さんに作戦の詳細を話した。彼女はやはり反対しない。むしろ見通しが立たないまま段ボールで場所をとっていた金糸瓜のあてがつき、喜んでいた。

 そうと決まれば、わたしはさっそくSNSを更新する。これまでのコメントには、「ただいま検討中です。決まりましたら、公式SNSでお知らせいたします」と返事するに留まっていた。やっとだ。とても小さな、催し物と呼べるかも怪しい規模だ。それでも、ここにきて初めてのイベントに、わたしは胸を躍らせた。


――来週の火曜日に、お食事をご注文いただいた方限定で、金糸瓜の調理過程をプチ体験できる機会を準備いたします。体験後は、ご自身でお作りいただいた「金糸瓜の三杯酢和え」または「金糸瓜のからしマヨ和え」をランチのサラダとしてお召し上がりいただけます。(通常時のグリーンサラダをご希望の方は、注文時にお申し付けください。)16名の先着順です。奮ってご参加ください。※在庫終了時はあらかじめご了承ください。


 16名は、切り方によるものだ。上下に割り、それぞれ八等分にした。もしかすると、それでも一人分としては多いかもしれない。

 誤字や言い回しを確認したあと、ランチメニューのパンケーキの写真とともにアップロードする。これ見よがしに美しく焼けたパンケーキをアップで載せてみた。

「ふつうはパンケーキの方よね」

「パンケーキは次に来ると思っています。今は、このリリちゃんとユリちゃんをきっかけに生じた小波に乗りますよ」

 芦谷さんは不思議な生物を見るような目で、お店のSNSに付いたコメントを眺めた。



 そして迎えた当日、お店のSNSには数件のコメントが付いていた。

「3人くらいは来そうです」

「あんまり来られても困るからね。それくらいでいいわよ」

 余ったら、またバータイムでしれっとお通しに使ってもらえばいい。昼のうちに、芦谷さんに味付けを頼んでおけばなにも問題はないのだ。


 開店し、ランチタイムに差しかかったころ、バンブーチャイムの乾いた音がフロアに響いた。来たのは3人組の高校生ほどの女の子たちだ。

「いらっしゃいませ。3名様ですね。こちらのお席へどうぞ」

 席へ着くと、「あのかぼちゃの体験お願いしたいんですけど」と髪をひとつに結った女の子が言った。

「かしこまりました。お食事はいかがしますか。3種類ありまして」

 わたしはメニュー表を取り、彼女たちの前に差し出す。これまでのお客さんの年齢層が高めだったこともあり、サンドイッチ、パンケーキ、ロコモコ丼はほぼ同じ人気度だった。

「わたしはパンケーキ」

「わたしも。飲み物はアイスティー」

「あ、わたしもアイスティーにする」

 先にパンケーキと言った女の子が、飲み物を頼んでいないことに気づいてまた口を開く。ふたりの言葉をまとめるように、一本結びの彼女がわたしを見て言った。

「じゃあ、パンケーキふたつと、サンドイッチひとつで。飲み物は全部アイスティーでお願いします」

「かしこまりました。サラダは、体験で作る金糸瓜で大丈夫でしょうか」

 彼女たちは、それぞれに頷いた。

「かしこまりました。では少々お待ちください」

 わたしがテーブルを離れるころには、芦谷さんはすでにキッチンでパンケーキの試し焼きを焼き始めていた。その間に、水を張った小さいボウルと箸、そして火を通した金糸瓜のスライスをお皿に準備する。聞こえてはいただろうが、注文を改めて芦谷さんに伝え、わたしはテーブルへ必要物品を運ぶ。3人の前に準備物が整ったのを確認すると、わたしはいよいよ会を始めた。

「お待たせいたしました。こちらが金糸瓜です。南の方のかぼちゃで、火を通すと果肉がパラパラとばらける特徴があります。色は薄黄色で、透明感があって綺麗ですね」

 彼女たちは、わあ、へえ、と口々に言う。

「今回はご自身分のスライスを準備いたしました。すでに火はキッチンで通しております。ボウルの水の中に入れて、そちらの箸でほぐしてみてください。一瞬でばらけ始めるので、動画などおとりになる際はご注意くださいね」

 一丁前に、SNSを意識した説明を盛り込む。すると、彼女たちはひとりずつやることにしたようで、最初に一本結びの女の子がトップバッターとなった。皮を持ち、水の中で少しずつ果肉を崩す。動画を撮っている間は、意外と静かだ。火を通した金糸瓜はすぐに糸状になる。力はいらなかった。

「皮は食べれないので、お皿に戻しておいてください。水を切って、味付けしてきますので、三杯酢とからしマヨどちらになさいますか」

 わたしは味付けを伺うと、すぐに一人目のボウルとお皿を持ちカウンターに戻った。

「すごかったね」

「なんであんなふうになるんだろう。かぼちゃなんだよね」

 カウンターからは、わたしが離れたテーブルで話が盛り上がる声が聞こえる。店内が存外静かで不安に思っていたが、どうやら心配はいらないらしい。やはりお店のスタッフがいてはだめだ。わたしはカウンターの中から必要以上に出ずに待機することにした。


 順番に3人が終え、ふたりがからしマヨ和え、ひとりが三杯酢和えを食べることになった。ちょうど焼きあがったパンケーキと、あらかじめ作ってもらったサンドイッチとともに提供する。味は至ってシンプルなものだったが、女の子たちは「おいしいね」「食べやすくていい」などと話しては、自然とメインのパンケーキやサンドイッチの話や、学校の話に移っていった。

 いつになくカフェらしい。芦谷さん以外の声がする。いつも来てくださるお客さんは、大体が単身来店だったので、食事を済ませるとすぐに席を立つ。声はほとんど聞かれない。



 12時を回ると、2人組の女性客が何組かやってきた。全員が女性だったが、学生から社会人まで年齢層は幅広かった。フロアがあと少しで埋まってしまうほどに、ランチタイムはかつてないほど賑わった。


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