ふたりが帰って1時間ほどが経ったころ、わたしは残り仕事を芦谷さんに任せ、彼女たちの写真を飾る準備をした。雨対策を全く考えていなかったことを思い出し、ひとまず室内の壁に立てかけていたB2の大きいコルクボードに貼る。
ボードを前にすると、やらないといけなかった雑務を思い出す。スタッフ紹介の欄だ。わたしは、すぐさま自分とアンの写真を貼った。香月さんは、あの二日酔いで机に伏せている写真を使おう。そうしてボードの上部へ順繰りに貼っていく。そして問題は芦谷さんだ。写真がない。わたしは、あれから手つかずの色紙を切り入りしてシンプルな似顔絵を作った。芦谷さんが一瞬こちらを見た気がしたが、何も言われなかった。
写真だけでは簡素だ。わたしは何か装飾を作ろうと思い、スマホで例を調べる。保育園や幼稚園と思われる壁の写真が一面に出てきた。検索ワードを間違えたと思っていると、お店のSNSの通知が来ていることに気づいた。赤く表記された数は「3」。これまで一度も来たことがない通知に驚いて、わたしは検索を切り上げSNSのアプリを開いた。
「あなたも持っていく? どうせお店で出すことはないと思うから」
芦谷さんがわたしに声をかける。彼女はちょうど小さめの保存容器を棚から取り出すところだった。
「いや、待ってください」
「いらないの?」「いや、そうじゃなくて」とすったもんだする。怪訝そうな顔をする彼女に、わたしは見ていたスマホの画面を向けた。
――リリユリのSNSを見て来ました。あのかぼちゃって、いつでもやってますか? わたしも作ってるところみたいです。
お店のSNSに、コメントが付いていた。アイコンを見ると学生の女の子のようだ。
「リリユリ?」
「ほら、今日来たあの子たちですよ! もう忘れたんですか」
芦谷さんは、ああ、とだけ言って、またスマホの画面を見た。
「なに? またかぼちゃを湯がくところを見たいの?」
変な子たちねえ、とぼやく芦谷さんの横でわたしはコメント欄を遡った。よく見ると、二人、三人似たようなコメントが付いている。彼女たちは、「リリユリ」と当たり前のように呼ばれていた。不思議に思い、わたしはSNSの検索バーへ「リリユリ」と打った。
「……芦谷さん、わたしたち、ラッキーだったかもしれません」
表示されたのは、ふたりが載るクールなモノクロアイコンだ。
――モデルのリリとカメラのユリ。17歳。お仕事はDMから。
プロ顔負けのアーティスティックな写真は、どれも目を引く。発色豊かな原色の写真から、街中のスナップ写真まで、さまざまな写真が載っていた。フォロワー数はなんと1万人。
「1万人って言ったら、小さな村くらいはありますよ」
いまいちピンと来ていない芦谷さんをそのままに、わたしは来ていたコメントに返事をした。
「来週もやりましょ! 週1回くらいなら、芦谷さんも負担ないですよね」
半ば強引に芦谷さんにOKをもらい、毎週火曜日に金糸瓜のイベントを開催することにした。
次のバータイムは、じめつく梅雨時期に入っていた。しかし晴れない外とは裏腹に、わたしの気持ちは清々しかった。
「カフェタイムなんですが、毎週火曜日にイベントをやってもいいですか。イベントと言っても、篠田さんがくれたかぼちゃを湯がくだけなんですか」
わたしは、あの日のリリユリの話を香月さんとアンに伝えた。アンはどうやら知っていた様子で、話に食いついてきた。
「ちょっとしたインフルエンサーじゃないですか。どこで捕まえてきたんですか」
「お前、いつも『捕まえてきた』って。人聞き悪いなあ」
香月さんがアンを嗜める。確かに、アンは香月さんがわたしを連れてきた夜も同じようなことを言っていた。
「彼女たちの学校がこのあたりなんですって。通信制で、たまにスクーリングがあるとか」
話を聞きながら、アンは自身のスマホを取り出し、ふたりのSNSをチェックし始めた。
「この日ですね。お店の写真があがってる」
わたしは香月さんと、彼女たちがこのお店について書いたポストを見た。
――ちょっと塩対応のおばさんが作る、めずらしいかぼちゃ! 見て!
あの日撮った金糸瓜を湯がく動画と、インスタントカメラで撮った写真を撮影した写真が投稿されていた。
――すごーい!! なんでそんな綺麗にバラバラになるの?
――ここ、家の近くだ~
――来週行っても見れる??
コメント欄には、320件ほどの投稿がある。アイコンから推察すると、大体リリユリと同世代の若い女の子たちだった。「ちょっと塩対応のおばさん」に大笑いしたのは、もちろんアンだった。いかにも彼が好きそうなワードチョイスだ。
「なんだ、ブーム来てる?」
香月さんが愛想笑いする。なぜそれほどただの金糸瓜に、若い子たちが食いつくのか理解できないようだった。
「週1回なら、今月いっぱいはかぼちゃ足りますね」
アンはいつものようにカウンター内に置いてある金糸瓜の在庫を確認して言った。
「そうなんですよ。多分大丈夫そう。それに彼女たち、味見したらびっくりするんじゃないですか。とってもおいしいものでもないし。果肉がほろほろとばらけていくのを楽しんだあと、逆に、提供のときに残念に思われちゃうかなって今から心配なんです」
どれほど面白い調理過程でも、メインを張ることは難しい。わたしたちは3人で頭を抱えた。