半分に切った金糸瓜を鍋で茹でる動画だった。わたしが見つけたのは日本料理屋の動画チャンネルで、サイドバーにはいくつもの調理方法を伝える動画が並んでいる。冬瓜、じゅんさい、花わさび、……あまり自分では調理したことがない食べ物の下ごしらえの方法やおいしい食べ方の動画があった。
アンが寄ってきて、わたしのスマホを覗き込んだ。わたしは再生バーを一番初めに巻き戻した。一から始まった動画からは、金糸瓜の説明が流れる。
「――これはかぼちゃの一種ですね。今回はやや小ぶりなので、この鍋で行きましょう」
穏やかな声の料理人は、手元だけを映していた。木製のまな板の上で、料理人は金糸瓜を上下に分けるよう半分に切った。包丁の刃先はすんなりとは落ちなかった。普段食べているかぼちゃのように、一筋縄ではいかないのかもしれないと思った。
わたと種を大きめのスプーンでくり抜かれ、煮立った鍋の中に入れられる。すると数秒で場面が飛び、パッと切り替わった画面では、金糸瓜の繊維がほぐれ始めていた。
「ここまで来ましたら、あとは箸でやさしく……こんな感じです」
料理人は、木の素材そのままの色をした菜箸で、わたをくり抜いた中心部分を、円を描くように触れ始めた。すると、麺のような形状に変わった。
「なんですかこれ。初めて見た」
「わたしも。この辺りでは取れないみたい」
果肉の繊維がパラパラと崩れていくにつれ、アンは動画に釘付けになった。篠田さんは珍しいかぼちゃをお裾分けしてくれたようだ。
「あ!」
わたしのひらめきの声で、アンはスマホの画面からようやく目を離した。
「なんですか。急にそんな大きな声……」
怪訝そうな顔をするアンに、わたしは自分の頭に浮かんだ考えを伝えた。
「これ、動画にしたらウケないかな? この辺りでは見ない珍しい野菜だし、色もこんなに綺麗だもの」
金糸瓜は、薄い金色をしていた。熱湯で湯がかれ、水に浸けられたあとの色はさらに映える。その麺のようにパラパラと分かれる繊維は生麺を彷彿とさせ、食欲をそそった。
「面白いですけど……でもおいしいかどうか。一回やってみますか」
そう言ってアンは、棚からあまり使っていなかった鍋を取り出し、鍋を軽くゆすぐと中に水を張った。ガスコンロのつまみをひねり、火をつける。一方でわたしは、エプロンを付けたままカウンターに腰かけ、レシピを探し始めた。金糸瓜はまだまだ段ボールに残っている。
バーでお通しのメニューをSNSに上げているお店は少ない。それにカフェタイムでも、プレートに盛られているグリーンサラダから変更可能にしてもいいかもしれない。動画だけではだめだ。おいしく食べられれば、もしかすると期間限定のサイドメニューとしても出せるかな?――昔からアイディアは湧き出るタイプの人間だった。それが現実的なのか、デメリットはないのかなどを検討する人がいてくれればわたしは無敵だった。
「三杯酢で和えたり、サラダにしたりするのが一般的みたい」
わたしは検索で上位に挙がっていたサイトを眺めながら言った。
「じゃあ一番簡単そうな三倍酢にしましょう」
切り方のせいか、メロンにも見える。わたを取ると、果肉部分はそれほど多くは残らなかったが、金糸瓜への期待値だけが密かに上がる。
アンは沸騰したお湯の中にそっと離した。数分で、先ほどの動画のように果肉はばらけ始める。十分な時間が経ち、アンはそれらを取り、さっと水で冷やした。果肉はこちらが何もせずとも形を変え続ける。
「わあ。実際に見るとちょっと変な感じする」
「そうですね、かぼちゃとは思えないかも」
ざるに上げられた姿は麺にしか見えない。まじまじと見入ってると、アンはそれをボウルに移した。果肉を軽く絞り、レシピに載る砂糖、醤油、酢を慣れた手つきで和え始める。小皿の上でくるりと巻かれるように置かれた金糸瓜が目の前に差し出された。
「どうぞ」
わたしは箸でそれをつつく。口に入れると、思っていた以上に淡泊な味わいに言葉を探した。
「うーん、……きゅうり?」
わたしは若干舌に残る青臭さが気になった。
「おいしいかって言われたら、ちょっと」
金糸瓜の三倍酢の和え物は、ふたりの口には合わなかった。
「じゃあ別のレシピを試してみよう! もしかすると、酢っていう単純な味付けが合わなかっただけかもしれないし」
わたしは再びスマホを握る。そうして、ごま油や他の具材を足すだけで目の前の三倍酢の和え物を転用できる「中華サラダ」を試してみたが、見た目以上の感動はなかった。
「これならまだ今出してるお通しの方がマシですね」
アンは難色を示し、湯がいてしまった金糸瓜にラップをかけた。
「……芦谷さん、何かおいしい食べ方知らないかな」
わたしはぽつりと呟いた。
「ああ、長く生きてる分何か知ってるかもしれないですよね。今度聞いてみてくださいよ」
身に覚えのある言い方に苦笑しながら、アンを諫める。人知れず、芦谷さんと初対面だったあの日を思い出し、心の片隅で反省する。
一方ですっかり興味を失くした彼は、「これ、今日明日で食べた方がいいかなあ」と言いながら、冷蔵庫を開けていた。