「簡易対空レーダーより報告。新たな兵員輸送VVの接近を確認。まだ予備戦力を残していましたか……」
アルトリウスが引き続き戦闘状況を分析する。
「川の近くに部隊を下すようです、機甲部隊で撃墜を試みることが可能。石倉君、どうしましょう?」
「あ……あぁ、迎撃だ」
自分が人を死に追いやっていた事実にショックを隠せない仁。
「落ち着いて、過ぎたことは取り戻せません。今はまず生きることを考えてください」
仁に対し、アルトリウスは目線を合わせて語りかけるが、仁のショックが和らがない。
「っ。関原君、見波さん。皆さんも石倉君に何か声をかけてあげてください」
そう言って、アルトリウスは三人に視線を向けるが、三人の表情も凍りついている。
仁と嵐士のやりとりを聞いていたのだ。
誰もが自分たちが人を死に追いやっていた事実にショックを受けていた。
「! まずい、迎撃を受けた兵員輸送VVがそのまま機甲部隊に突っ込んできます。こいつはダミーの特攻無人VVか!?」
VVは大金持ちの「ハーモニクス・ソリューション」からみてもかなりの高級品で使い捨てに出来るほどのものではないはずだが、使い渋って負けるくらいなら、ということだろうか。
「機甲部隊、損耗率45%。ほぼ全滅判定です。どうしましょう、仁君」
「ははっ! ざまぁないな、ジン! 頼みの機甲部隊はこれで全部かい?」
「お、俺の判断ミスか……」
自分の判断ミスがさらに人を殺すことになってしまった。仁のショックは消えない。
「敵主力部隊、再び橋を越えてきます。仁君、指示を」
「お、俺が指示をだしていいのか……? アルトリウス先生が指揮をした方が……」
「あなたが指揮官です、仁君。あなたがあなたの責任のもとで私達を勝たせてください」
自信を喪失した仁が弱気な言葉を吐くが、アルトリウスはその逃げを許さない。
「だが……俺は……」
「敵主力部隊。機甲部隊に攻撃開始。仁君、このままでは更に人が死にますよ。あなたを信じて集まってくれた人たちが」
「!」
アルトリウスの言葉に仁が目を見開く。
「『ハーモニクス・ソリューション』は敵対しているあなた方を物理的に殺そうとしている。それがあなた方だけで済むと思いますか? あなたに協力した全員が粛清される可能性もあるのですよ」
「!!」
仁の脳裏に多くのアバターの姿がよぎる。ワン、ニンジャ、アッパー、アレイスター、ローゼンクロイツ、その他多くの「多様性街」に集まってくれた人たち。
「そんなことはさせない」
仁が顔を上げる。
「ではどうしますか? 奇襲部隊をもう一度?」
「いや、奇襲部隊及び機甲部隊共に市街地に下げよう。市街地の皆さんには申し訳ないが、市街地でゲリラ戦を展開する」
「承知しました。奇襲部隊、及び機甲部隊を市街地まで下げます」
仁の指示にアルトリウスが頷く。
「そんな! せっかくの敵を叩ける奇襲部隊なのに!」
「いや、相手がストームだとしたら、同じ手は二度通じないよ。予測はつかないが、何かしらの対策を講じてるはずだ。そうなれば、こちらの最大戦力でもある奇襲部隊が殲滅される可能性すらある」
有子が仁の判断に口を挟むが、仁は毅然と反論する。
「仁君の読み通りでした。撤退中の奇襲部隊は水路内で多数の
「ちっ、やるじゃないか、ジン!」
アルトリウスの報告と、嵐士の楽しげな声が重なる。
「へっ! 当然だぜ! お前にやられっぱなしじゃないんだからな!」
重明が嬉しそうに宣言する。
「ふん、けど、ゲリラ戦か。だったら、こうだ」
「! 報告。横田基地から爆装した
「馬鹿な! 市街地諸共焼き払う気か!」
視界に表示された偵察機からの映像に映る三機の前進翼機を見ながら、なにか手は? と仁がアルトリウスの方を向く。
「流石に戦闘機を撃ち落とせる対空兵装は持ち合わせていません。こちらも戦闘機の発進を要請しますが。百里基地からの出撃になるので、アプローチに時間がかかります」
「まずいぞ、市街地を焼き払わせるわけには行かない。なにか手は……」
アルトリウスの言葉に焦りが見える。本当にまずいらしい。
「! 当該マルチロール機から通信要請」
「なんのつもりだ? とはいえ、今はひつとでも情報がほしい、受けてくれ」
「承知しました」
アルトリウスがホロキーボードを操作すると、六人の視界にコックピットの映像が映る。
「こちら『ハーモニクス・ソリューション』横田基地所属のコールサイン・ワイバーン2。市街地を焼き払えとの命令には従えないため、貴軍隊への転属を希望する」
「どう思う?」
驚きの提案に、仁はマイクをミュートしてアルトリウスに問いかける。
「このタイミングで嘘を付く理由があるとは思えません。それに、信じる他無いのでは?」
「俺もそう思う。なら……」
アルトリウスの言葉に仁が頷く。
「こちら、作戦指揮官の仁だ。申し出を嬉しく思う」
「補佐官のアルトリウスです。直ちに
「受け取った。ちっ、早速
「交戦を許可してくれ。撃墜が難しくても、爆撃姿勢に入れないように撹乱するだけでいい」
「承知しました。
「
ワイバーン2のマルチロール機がその場で推力偏向ノズルを稼働させ、前方に腹を見せて減速するポストストールマニューバで自身の背後に回ってきた敵機を先に行かせ、背後を取る。
「あばよ。ワイバーン3」
ワイバーン2が機関砲を放ち、敵機を一機撃墜する。
「
「あぁ、その調子で頼む」
残る敵機は1。空中での
「ちぃ、大した名声だな、ジン! その名声は! 僕が得るはずだったのに!」
「横須賀基地の巡洋艦より巡航ミサイルが発射!」
「対抗手段は?」
「戦闘機で迎撃できればよいのですが、こちらの戦闘機隊はまだ到着までかかります」
「任せな、俺が撃墜してやるよ」
仁とアルトリウスの会話にワイバーン2が加わる。
「すまない、任せた!」
「ワイバーン2。方位
「ワイバーン2、
ワイバーン2が
ソニックブームを伴う衝撃波を放ちながら、ワイバーン2は巡航ミサイルの元へ向かう、
「ふん、これでそっちの上空はお留守だろう!」
「さらに敵兵員輸送VVが接近! 五機です」
「兵士たちに撃墜させろ。今度は有人のはずだ。これ以上数の不利を増されては困る」
「承知しました。撃墜命令を出します」
市街地に展開した兵士たちが無反動砲を構え、兵員輸送VVに向けて噴進弾を放つ。
兵員輸送VVが見事撃墜され、直後。
「空中機動兵!?」
爆炎の中から翼を生やした兵士達が飛び出してきた。
その兵士のうち一人が大きな筒をこちらに向けてくる。
「まずい、伏せて!」
アルトリウスが叫び、残る五人も一斉に伏せる。
直後、大きな筒から噴進弾が飛び、「株式会社ジョアー」本社ビルの窓ガラスに当たって爆発する。
激しい爆発に六人が吹き飛び、そして、激しい爆音に晒された六人の耳がキーンという音で支配される。
そうして身動きが取れずにいる六人のもとに翼を生やした兵士達が割れた窓ガラスから突っ込んでくる。
「ま、まずい……」
仁はなんとか体を起こそうとするが、全身が痛みで言うことを聞かない。
突入してきた兵士達が六人それぞれにアサルトライフルの銃口を向ける。
(ここまで……なのか……)
兵士たちが引き金に指がかける。
仁達の心を絶望が支配する。
「ははっ! ここまでだな、ジン! 死んでこっちに来いよ! あ、ソウルトランスレートデバイスつけてないから無理か!」
キーンという音の中、《オーギュメントグラス》によって直接脳内で響く嵐士の嘲笑だけが鮮明に聞こえる。
「撃て」
仁は絶望に耐えきれず目を閉じる。
直後、レーザーが空気を焼く匂いがした。
けれど、どれだけ待っても自分を焼くレーザーは脳に到達せず、代わりにドサリ、という重いものが地面に倒れる音がした。
「な……なんだ……?」
困惑しながら目を開くと、そこには倒れた兵士達と、新たに突入してきたと見られる空中機動兵が立っていた。
「お会いできて光栄です、『JOAR』の皆さん」
聴覚の回復した仁の耳にそんな言葉が届く。
新たに突入してきた空中機動兵が敬礼し、仁に向き直っている。
「皆さんのファンです。オメガ小隊、これより指揮下に入らせて頂きます」
そう言うと、オメガ小隊は外に向き直り、接近してくる新たな空中機動兵に対し、アサルトライフルからレーザーを放って攻撃を始める。
「な……な……! なんでこうなる! 僕が最高指揮官だぞ! 僕に従え! 僕の命令に!!」
嵐士が悲鳴のような甲高い声を上げる。
「もっとだ! もっと空中機動兵を出せ! ジンを殺せ! あいつさえ殺せば!」
「兵員輸送VV、更に接近」
アルトリウスがアナウンスする。
「ちっ、数が多い。突破されるかもしれません。自衛の準備を」
オメガ小隊長が謝罪する。
「俺も迎撃に加わるぜ、射撃はちょとと練習してたんだ!」
「なら私も、魔術の射撃は結構実力なのよ」
「ふふ、射撃ならこちらも自信があります」
重明と有子、そしてアルトリウスが倒れている空中機動兵のアサルトライフルを手に、オメガ小隊と並んで、敵を迎撃する作戦に加わる。
「こちら、ワイバーン2。巡航ミサイルを全撃墜。ついでに邪魔だった爆弾も敵巡洋艦にプレゼントしてきてやった。このままこっちを追ってきたワイバーン1と交戦を再開する」
見れば、東京湾で煙を吐き出しながら沈む巡洋艦の上空で、再び前進翼に戻った二機のマルチロール機がドッグファイトをしている。
空中機動兵が迎撃を務めるオメガ小隊の上を通り過ぎて、「株式会社ジョアー」のオフィスに着地し、仁にアサルトライフルを向ける。
「させないよ!」
放たれたレーザー光線を飾ってあった大楯を手に間に立ちふさがる事で恭子が防ぐ。
レーザーは飾りとは言え立派な金属製であるそれを貫通できず、防がれる。
「姉ちゃん!」
そこへ有子がアサルトライフルを襲撃者に向けて照射する。
「ちっ、散開!」
「させるか!」
そこに仁が飾りの片手直剣を手に、襲撃者に襲いかかる。
刃が潰されているとは言え立派な鈍器。頭部を全力で殴られれば脳震盪くらいは起こす。
「嘘だろ!? 空中機動兵は
「実戦経験はオレたちのほうが上なのさ、『VRO』でな!」
「仁! 俺も加勢するぜ!」
仁と重明は放たれるレーザーを銃口の向きを見極めることで回避しつつ、片手剣と大剣で兵士たちを戦闘不能に追い込んでいく。
なお、優希は仮眠室へ逃げ込んでいる。
四人は体のあちこちにレーザーによるやけどを負いつつも、襲撃者達を迎撃しきった。
「味方損耗率、60%を突破。市街地を抜けられます」
街ではゲリラ戦が続いている。数の不利を覆すのは難しく、まもなく突破されるだろう。
「我々も加勢に参ります」
と空中機動兵が翼を広げるが。
「その必要はない」
アーネストの声が響く。
直後、宇宙から巨大なロケットが飛んできてそこから多数の空中機動兵や空挺戦車が飛び出してくる。
それは数の不利を一気に覆せる数だった。
「攻めきれなかったか!」
嵐士が悔しげな声を上げる。
その頃、「ハーモニクス・ソリューション」本社にも、兵士達が突入していた。
会議室に突入してきた兵士に向け、隆司が両掌から粒子ビームを放って抵抗するが、一回一回冷却の必要なその攻撃で迎撃しきれるわけもない。
「ここまで、か」
隆司は拘束され、司令室の嵐士の人格チップも抜き取られる。
指揮者を失い、「ハーモニクス・ソリューション」軍はようやく作戦行動を終了した。
今度こそ、「株式会社ジョアー」の勝利である。