【RAID WAR Complete】
【Most Best Party : JOAR】
勝利の表示を見て、ジンはようやく終わりを迎えたのだと理解して、ホッと息を吐く。
あまりにギリギリの戦いだった。
全員、HPは赤ゲージに達しており、誰かが一つでも選択を誤っていれば、誰か一人死んでいてもおかしくなかった。
全員が転送され、元いた場所、「多様性街」の高架下に戻ってくると、そこにいたプレイヤーの数はあまりに少なかった。
多くのプレイヤーが初期化され、初期地点に戻されてしまったのだろう。
イアは勿論、ワンもアッパーもアレイスターもローゼンクロイツも、見当たらなかった。
「皆さん、お疲れ様でした」
戻ってきたのを確認したリーヴが「JOAR」の元に駆け寄り、飲み物を差し出す。
「……あぁ、ありがとう」
ジンは心理面でのダメージから一瞬それを拒絶しかけたが、リーヴに罪はないと思い直し、受け取る。
他の三人も、オルキヌスでさえ控えめなリアクションで受け取っていた頃から、全員が似たような心境なのだと感じられる。
太陽は雲に隠れ、薄暗い昼のことだった。
リーヴは何も知らず、他のプレイヤーにも丁寧に一つずつ温かい飲み物を差し出していった。
その頃、「ハーモニクス・ソリューション」本社。
「ま、負け……ました」
「レイド・ウォー」関係の総責任者である智顕が絞り出すようにそう報告する。
「そうか」
打ちひしがれるような様子の智顕を見下ろしながら、社長・隆司が小さく無感情に呟く。
「ならば、最終手段を使う」
「本気ですか、父さん!? そんなことをして、勝ったところで、世間は……」
「勝てば、そして世界中を『調和』させれば、世間など関係なくなる」
隆司の言葉に智顕が思わず感情的に悲鳴のような抗議をするが、隆司は動じた様子はない。
「しかし……」
「お前の意見は聞いていない」
なおも食い下がる智顕に対し、隆司は右掌を智顕に向ける。
一瞬の閃光。隆司の右掌に搭載された試作型の粒子加速銃は音もなく智顕の脳天を撃ち抜き、智顕を倒れさせた。隆司の右腕の皮膚が展開し、冷却ファンを露出、右腕内部に内蔵された銃身の冷却を始める。
隆司は無感情に智顕のうなじに取り付けられた装置からメモリーチップを抜き取る。
「急げ、株式を抑えられ動けなくなれば手遅れになる」
隆司はそう言って、会議室にいる全員を見回す。
会議室の役員達は騒然となった後、隆司と目があった側から冷静さを取り戻し……少なくとも表面上はそう振る舞い、隆司の指示通り、行動を始めた。
そうして視点は『VRO』内の「多様性街」に戻る。のジンがぼーっと飲み物を飲んでいると、突然正面に真っ赤な警告表示が出現する。
【!現実接触警告!】
【!10秒後に自動ログアウトします。今すぐ手動ログアウトする場合は以下のボタンを押してください!】
「な、なんだ!?」
ジンが驚く。その表示の意味は分かる。現実世界で自分の体に触れた人間がいるのだ。
だが、今、仮眠室に入って来れるのは優希しかいないはず。
「すまん、落ちる」
困惑しつつも、ジンは【手動ログアウト】のボタンを押す。
目を開くと、ぼんやりと天井が浮かび上がる。
「起きたか、仁!」
直後、優希の顔が視界内に飛び出してくる。
「優希? どうかしたのか?」
優希の表情がこれまでに見たことのない表情だったので、困惑しながら、《バーチャルヘッドギア》を外す。
「大変なんだ! 『ハーモニクス・ソリューション』が軍隊を動員してきてる!」
「なんだって!?」
慌てて窓の外を見ると、複数の兵員輸送用VVが光学迷彩を解除しこちらに迫ってきていた。
「まさか! 乗り込んでこっちを皆殺しにする気か!」
レイド・ウォーに勝ったからすぐに会社を子会社に出来るわけではない。勝利の処理をして、株式を取得して初めて子会社に出来る。
「ハーモニクス・ソリューション」はこっそりと軍事力を隠し持ち、それを用いて、子会社にされる前に勝利の処理を実行出来る役員五人を皆殺しにしようと考えたのだろう。
「だが、
「えぇ、今、そちらに戦力を送る準備をしているところです」
そこに
「アーネストさん!! 今からって……」
「現在、弾道飛行揚陸機に兵員を搭載し、発射準備を整えています。一時間後には到着しますので、それまでお待ち下さい」
「一時間って……」
だが、今、「ハーモニクス・ソリューション」軍の兵員輸送VVは目の前にいるのだ。一時間どころか一分後の命すら危ない。
「自衛戦力がおありであれば、それを行使することを咎めません。なんとか一時間保たせてください」
直後、兵員輸送用VVの一つがこちらに向けて側面を見せる。
「まずい、伏せろ!」
仁が咄嗟に、優希と二人で地面に伏せる。兵員輸送用VVの側面にはガトリングガンが搭載されているのだ。仁はガトリングガンによる掃射が行われると考えた。
が、ガトリングガンの照射が届くより早く、地面から火を拭きながら進む何かが飛んできて、兵員輸送用VVが爆発炎上する。
他の兵員輸送用VVが慌てて攻撃姿勢を中断し、空中機動を始める。
「な、なんだ……?」
直後、《オーギュメントグラス》から着信が入る。
【[着信]アルトリウス・パディグリー】
「アルトリウス先生?」
首を傾げながら、それでもこのタイミングには意味があるはず、と電話に出る。
「やぁ、石倉君。よくやってくれましたね。期待通りの活躍をしてくれて嬉しいですよ」
「アルトリウス先生……。どうしたんです、このタイミングで」
やはり、聞こえてきたのはアルトリウスの声だった。
「さっき見たでしょう。
「え?」
思わぬ言葉に、思わず問い返す
「そりゃそうでしょう。あなたの会社なんですから、大丈夫。私も手伝いますから」
そう言った直後、エレベータから到着音が響き、アルトリウスが歩いてくる。
「それから、これはあなたにぴったりだと思うのでプレゼントです」
そう言うと、何かのアプリが送られてくる。
ジンはそのアプリを起動すると、《オーギュメントヘッドギア》に周辺地域を上空から見た映像が浮かぶ上がる。
「上空を飛ぶ無人偵察機からの映像です。あなたの金烏に似ているでしょう?」
「金烏のことをどこで?」
「上空から見る方法があるのだろう、と言う予想からの推測です。敵が動きます。余談はここまでですよ」
見れば、兵員輸送VVが「株式会社ジョアー」本社ビル周辺から距離を取って、兵士を降下させ始めた。
「川の向こうに降下したか。なら敵の進路は三つの橋からの進撃に絞られるはずだ。こちらも部隊を三つに分けて対処してもらおう」
「分かりました。部隊の編成は任せてください」
アルトリウスが仁の指示を受けて、素早くホロキーボードを叩き、兵士達に指示を送る。
「優希、『VRO』にインして三人に現実に戻ってくるように伝えてくれ」
「分かった!」
優希が仮眠室に駆け込んでいく。
「アルトリウス先生、敵が素直に橋を越えてくる場合、真正面からぶつかりあうとどうなりますか?」
「残念ながら装備は向こうが上だ。真正面から撃ち合うのは得策ではない」
「やはり。では、こう言うルートはどうでしょう」
仁はMRプロジェクタに地図を表示し、ルートを提示する。
「これは……」
「子供の頃こっそり忍び込んだことがあるので、知っています。この川は下水道と繋がってる。そして、この辺りのマンホールから入れます。うまくすれば敵に発見されずに敵の背後を取れます」
「なるほど。分かりました。早速そのように。ですが正面にも戦力がいなければ不自然に思われるでしょう。防御力の高い機甲部隊を展開しておきます」
「お願いします」
こうして仁とアルトリウスは互いの知識を交換しながら的確に敵部隊を迎撃する準備を整えていく。
「ねぇ、『ハーモニクス・ソリューション』が実際に攻めてきたって!?」
「クソ、あいつら卑怯だぜ」
「全くだわ。大丈夫なの?」
恭子、重明、有子が起き出してくる。
「あぁ、アルトリウス先生が『エレベートテック』とその同盟企業の戦力をこっそり用意してくれてたんだ」
「石倉君、間も無く敵が橋に到達します」
「あぁ、見えてる」
仁に見える無人偵察機からの映像の先で、三部隊に別れた「ハーモニクス・ソリューション」軍がそれぞれ橋を渡ろうとしている。
既に橋を挟んで「株式会社ジョアー」軍の機甲部隊と撃ち合いを始めているが、数と武装の両方で勝る「ハーモニクス・ソリューション」軍の部隊が確実に前に進んでおり、「株式会社ジョアー」軍の機甲部隊は損害を受けつつジリジリと後退している。
「橋の中腹に差し掛かった。奇襲部隊、攻撃開始」
「奇襲部隊、攻撃開始」
仁の指示をアルトリウスが伝えると同時、下水道の出口から飛び出した「株式会社ジョアー」軍の部隊が「ハーモニクス・ソリューション」軍部隊の斜め後方から攻撃を仕掛ける。
「敵部隊、確実に数を減らしています。損耗率を鑑み、後退を開始。追撃しますか?」
「いや、平地では向こうが有利だ。正面の部隊だけ射撃を続けさせ、奇襲部隊は一度下水道に戻らせよう」
「了解。流石は『ハーモニクス・ソリューション』の前線指揮官です。指揮官の素質は十分ですね」
「よしてください。問題はここからどうですかです。無茶な手を打ってくる可能性もある」
アルトリウスの褒めに仁は恐縮する。だが、まだこれからだ、と仁は感じていた。
余裕で勝てると思っていた戦いが、実際には川を越えるのにさえ苦戦するとなれば、次の手は多少の無茶をも加味した攻撃である可能性は高い。
「! これは……」
直後、動きがあった。
それは現実世界ではなく電子世界でだった。
「私達の使っている《オーギュメントグラス》がクラッキングを受けています! くっ……ブロックしきれない。通信に割り込んできます!」
アルトリウスが悲鳴をあげる。
「ははっ! 久しぶりだなぁ、ジン!」
直後、通信が聞こえてくる。
「そのイントネーション……、まさか、ストームか!? なんで今!?」
「通信元の逆探知成功。『ハーモニクス・ソリューション』の軍司令部室です。人格チップがロードされているようで……人格名は……大多和 嵐士」
仁が驚愕するその隣で、アルトリウスがホロキーボードを忙しなく叩きながら、冷静に分析する。
「嵐士……だって?」
そこで仁の脳裏にあらゆる情報が浮かび上がってくる。
ストームは
ストームはアーマードバトルの技を使っていた。 / 嵐士はアーマードバトルの有名な選手だった。
ストームは多くのお金を自在に使えるだけの家に生まれた。 / 嵐士は「ハーモニクス・ソリューション」社長の次男坊だ。
ストームは「JOAR」を倒すために多くの『VRO』情報を集めていた。 / 嵐士の人格データは「JOAR」のために多くの『VRO』情報を提供してくれた。
つまり嵐士とストームは同一人物……?
(いや、だとしたら……)
仁の脳内でさらに発想が進む。
ストームはある日、「JOAR」に、ジンに負け、初期化された。 / 嵐士はまさにその日の夜に自殺した。
「俺が……お前を……殺した……?」
「ははっ! 気づいてなかったのかよ、ジン! そうさ。俺はお前に殺されたのさ!」
衝撃の事実が仁の心に襲いかかる。
「石倉君! 凹んでいる時間はありませんよ、嵐士と言えば、『ハーモニクス・ソリューション』軍の軍指揮官になるはずだった男! それが今、敵指揮官の座についている。極めて危険な状況です!」
アルトリウスが珍しく強い口調で仁に呼びかける。
戦いはまだまだこれからだ。