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第92章「侵攻〜ハーモニクス・ソリューション 下」

 「株式会社ジョアー」側の陣地に攻城兵器が立ち上がり、まずは一斉に投石器トレビュシェットから無数の石が「ハーモニクス・ソリューション」軍のビルの壁面に向けて放たれる。

 そして、その背後から攻城塔が前進を始める。

 当然その行動を「ハーモニクス・ソリューション」軍がなんの警戒もしないはずもなく、包囲攻撃でバラバラになりつつあった主力部隊は部隊を二つに割って、攻城塔へと部隊を進める。

 陣形的には包囲している状況にあったとはいえ、「株式会社ジョアー」軍は寡兵。すぐに包囲網は突き破られ、「ハーモニクス・ソリューション」軍の動きを阻害するには至らない。

(保ってくれよ、「富岡」、「G.D.」……!)

 ジンはそう祈りながら、自分達の仕事をしようと足を一歩踏みだす。

「俺が一気に道を切り開く! その後はオルキヌスがフォワードを担当して、そのまま城門まで突っ切るぞ!」

 そう言って、ジンが水モードに切り替えた《ファンクサスブレード》を構える。

 雨が降り始め、《オランド・ポラ・リュヴィア》が発動、放たれた濁流が「ハーモニクス・ソリューション」軍主力部隊の陣容に穴を開ける。

「『JOAR』突撃!」

 オルキヌスを先頭に四人が陣容に開いた穴を駆け抜けようと走り出す。

 指揮官を欠いているとは言っても、兵士達とて馬鹿ではない。すぐさま開いた穴を埋めようと動き出す。

「おら、《ディザスターターン》!」

 オルキヌスが前に出て、WSを発動し、災害の如き《フォトンクレイモア》の回転が閉じゆく道を強引に開いていく。

 そして、オルキヌスがさらに開いた道を四人はそのまま駆け抜ける。

 敵兵士群を抜ける。目の前に「ハーモニクス・ソリューション」の本社ビルが見える。

(ここまで来ても「パラディンズ」は出てこない……。ここで飛び出してきてくれた方が助かったんだが……、そこまで迂闊ではないか)

 イアは今、「パラディンズ」により窮地にある。いくら、イアが開門してくれると言っても、それは命懸けのこと。最悪、イアはロストする。

 それくらいなら、こちらの攻勢に慌てて、「パラディンズ」が飛び出してきてくれれば、イアを安全圏に逃がせる可能性が高まるのだが、流石に敵もそこまで迂闊ではないらしい。

 間も無く城門、というところで、ジンはホロキーボードに指を走らせる。

【[Coop] Jin > 開門してくれ!】

【[Coop] Eagle Alpha > 承知!】


 ジンからのチャットを見てすぐ、イアは動き出す。

 隠れていた場所から飛び出し、ゲート管理室突入。開門のスイッチを押す。

「門が開いた! 敵はゲート管理室だ!」

 シャルルの声が響き、すぐさまイアは包囲され、「ハーモニクス・ソリューション」軍兵士がゲート管理室になだれ込んでくる。

「ここまでか。だが、ただでは死なぬ!」

 イアはそう叫んで、《プラズマグレネード》の起爆スイッチを押す。

 四方八方からフォトンソードに突き刺されたイアは赤いデータ片と消え、そして。

 赤い点滅を繰り返す《プラズマグレネード》がコトリと地面に落ちる。

「! プラズマ——!?」

 気付いた兵士達が最後まで言い終わるより早く、《プラズマグレネード》が起爆し、周囲一帯を青い爆炎が飲み込む。


 開き始めていた門が閉じ始める。

 視界の隅で、表示されては消える兵士被撃破通知の中にイアの名前が一瞬見えたことに気付き、ジンは心を痛める。

(イア、その犠牲は無駄にはしない!!)

 閉じかける門の中に「JOAR」四人が滑り込む。

「へぇ、まさか外の攻城兵器は全部囮とはね。仲間を犠牲にして少数の圧倒的戦力を送り込んできたってわけか、元隊長」

 正面の階段の踊り場から四人を見下ろすのは「パラディンズ」のシャルルとその仲間三人。

 四人は一斉にそのフォトンソードをジン達に向け、一斉に色とりどりのフォトンビームを放つ。

「散れ」

 四人は咄嗟に散らばってその射撃を回避するが、続く射撃が四人それぞれを追跡する。

 オルキヌスは《ラージセイバーガード》スキル、リベレントは《スヴェル》、アリは魔術アイギス、ジンは《マジックウォール》でそれぞれ射撃を防御することで、一度敵の攻撃を凌ぐが、敵の弾幕はいわば通常攻撃。いつまでも耐えてばかりはいられない。

 まして、アリ以外の三人はダメージを負っている状態だ。

「このままだと押し負けるぞ、どうする?」

「なんとかして階段を駆け上がるしかない!」

 オルキヌスの悲鳴に似た問いかけにジンが叫び返す。

 敵は遠距離攻撃手段に優れ、その上、上を取られている。この上なく不利な状況であった。

「だったら、私に《ラージマジックウォール》をかけて! それで、突っ込むから、背後から続いて!」

「ダメだ、リベレントのHPはまだ危険域から回復してない。無茶をするな」

 リベレントが珍しく自主的な提案するが、ジンは呑めない。

「でも……このままじゃ全員やられちゃうよ」

「だからって、リベレントを犠牲には出来ない!」

 ジンは強い口調でリベレントを制するが、リベレントの表情に納得の色はない。

「どうした、元隊長! 地の利を取られたら成すすべがないか?」

 シャルルが見え透いた挑発をする。

 ジンはそれに冷静さを欠くことはないが、しかし、「JOAR」一同に焦りが募る。特に、既に一つの結論を見つけ出している、リベレントは焦れるばかりだ。

「ジン。早く代案を出さないと、お姉ちゃん行っちゃうわよ!」

「分かってるけど!」

 だが、誰も犠牲にせずにこの窮地を脱する方法など、そう簡単に思いつくものではない。

「時間がない、私行くね!」

「待て、リベレント!」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ! ルックス・マキシーメ・エト・マキシーメ・マンニョム・ムーラス・クストーディオ!」

 リベレントが《ウォークライ》と《ラージマジックウォール》を自身に纏わせながら階段を駆け上がり始める。

「ジン!」

 こうなったらやるっきゃねぇぞ、とオルキヌスが視線で訴えかける。

「ちぃ、ルックス・マキシーメ・エト・マキシーメ・マンニョム・ムーラス・クストーディオ!」

 ジンは遅れて駆け出しながら、リベレントに《ラージマジックウォール》を重ね掛けする。

(どうする、何かないのか。せめて少しでも、リベレントの生存率を上げる方法は……!)

 ジンの焦りを表すように、「ハーモニクス・ソリューション」本社ビルが揺れる。外から投石器の攻撃が飛んできて、少しずつ上の階層が破壊されているのだ。

 天井からも小さな石や礫が落ちてきている。

(天井から……? 破壊……?)

 そこで、ジンの脳裏に閃くものがあった。

「そうか。オルキヌス! 天井を撃て! 瓦礫で遮蔽物を作るんだ!」

「! あいよ!」

 ジンの素早い指示に、オルキヌスは《フォトンクレイモア》を射撃モードに切り替え、天井を撃ち抜き始める。

 それはすぐさま瓦礫へと変じ、階段に落下を始める。

「後は、リベレント、うまく使ってくれよ……」

 果たして、リベレントは発生した瓦礫をうまく遮蔽物として使って、次から次へと瓦礫の影から瓦礫の影へと移動することで、自身への直撃を防ぐ。

 そうなれば、リベレント以外を狙おう、ということになるが、《ラージマジックウォール》がそれを許さない。

「くっ……流石この辺りの機転の利かせ方は元隊長か!」

 シャルルが接近してくるリベレントとその背後の残り三人を警戒し、射撃を中止、より階上へと上がろうとする。

「にがさねぇ! 《カラミティトランプル》!」

 その様子を見た、オルキヌスが脚力に力を入れ、一気に飛び上がる。

「迎撃!」

 慌てたシャルルが号令し、四人で一斉にオルキヌスを狙ってフォトンビームを放つ。

「はっ! 今だぜ、ジン!」

 だが、オルキヌスは武器を捻っていない、言わばフェイントであった。故に、飛んでくるフォトンビームはただ《ラージセイバーガード》で防ぐのみ。

「あぁ、ありがとうオルキヌス!」

 直後、ジンの《ペルポラシォン・デ・リュヴィア》が発動し、水を纏って騎乗槍のようになった《ファンクサスブレード》を構えたジンが、波に乗って、シャルルに迫る。

「チッ! 接近技か!」

 シンプルに接近技を使われるだけなら、接近してくるところをオルキヌスにしたように迎撃すれば良い。だが、まさに空中のオルキヌスに対し、迎撃体制を取ったその瞬間は、階下から接近してくるジンを迎撃する体制を取れるまでに僅かなタイムラグがある。

 そしてジンの《ペルポラシォン・デ・リュヴィア》を相手にそのタイムラグはあまりに致命的であった。

 シャルルは《ジュワユーズ》を近接モードに切り替え、虹色のフォトン刃を出現させ、ジンの騎乗槍の如き《ファンクサスブレード》を受け止める。

 水の刃と虹色フォトンの刃が拮抗し、周囲に水飛沫とフォトン飛沫がばら撒かれる。

「このっ!」

 アリが階段を登りながら《ネケク》を発動し、シャルルの腕を拘束しようとする。

 が、流石にこの単純極まる妨害は周囲の「パラディンズ」により妨害される。

「|また、救いを兜としてかぶり、霊の剣、すなわち神の言葉を取りなさい《And take the helmet of salvation and the sword of the Spirit, which is the word of God.》」

 妨害に迫る「パラディンズ」の一人に対し、アリは《ソード・オブ・ザ・スピリット》を発動して、マインドサーキットを剣の見た目に変化させ、フォトンソードを受け止める。

「アリ!」

 アリのピンチを認識し、オルキヌスが階段に着地すると同時に、アリと鍔迫り合う敵に対し《フォトンクレイモア》を振りかざすが、それを残る二人の「パラディンズ」のフォトンソードが受け止める。

「へっ、俺のことは二人がかりか! 分かってんじゃねぇか!」

 犬歯を見せて笑って見せるオルキヌスだが、視界の隅で、ジンのWS効果が切れて、水の槍が減衰し消えていくのをみて、少し焦れる。

 二人のフォトンセイバー程度、オーバーロードしてしまえば弾き飛ばせそうだが、オーバーロードは先ほど使ったばかりでまだクールタイムが終わっていない。

「素の剣術なら俺の方が上だぜ! 剣術も魔法も使おうなんて半端者には負けねぇ!」

「俺が魔法と剣術の半端者? だったらそっちは、射撃と剣術と半端者なんじゃないか? 現に、一撃も当たってないぞ」

 シャルルの連続攻撃を凌ぎながら、ジンは冷静に周囲の様子を観察し、次の動きを考える。

 アーマードバトルの訓練メニューで剣術を学んだジンにとってあくまでゲーム内の我流剣術使いでしかないシャルルの剣術は予想の範疇を超えてこない。

(ストームも俺を相手する時こんな気持ちだったのかね)

 今なら分かる。ストームの動きは明らかにアーマードバトル経験者のそれだった。

 とはいえ、逆にいえば、ジンが一時的にでもストームを上回れたように、効果的にスキルを使えば、シャルルがジンを上回れる可能性はあるということだ。油断してはいけない。

(しかし、本当にシャルルの攻め手はシンプルすぎる。後一手、隙さえ作れれば倒せるぞ)

 その思考を読んだのか、否か。唯一フリーだった一人が動き出す。

「ぐはっ!?」

 リベレントが《ハードシールドスロー》を放ち、シャルルにぶつけたのだ。

「取った!」

 その隙を逃さず、ジンがシャルルの首に《ファンクサスブレード》を伸ばす。

「クソ! まだ負けるわけには……!」

 シャルルはもはや自分は勝てぬと悟った。

 接近する《ファンクサスブレード》を止める術がシャルルにはもうないのだ。

 けれど、誰か一人を攻撃することなら。つまり、誰か一人を道連れにすることなら出来そうだった。

 となれば、狙うは弾き返されて空中に放り出された《スヴェル》を回収しようと空中に跳躍し無防備な状態のリベレント。

 《ジュワユーズ》の刀身が消失し、射撃モードに切り替わる。

 ジンはシャルルに止めをさせるその高揚感と攻撃への集中でその様子に気付かず、《分アンクサスブレード》の剣身をシャルルの首へと突き立てている。

「リベレントさん!」

 真っ先に異常に気付いたのはオルキヌス。

 強引に二人の「パラディンズ」を振り切って大きく跳躍する。

 直後、シャルルの《ジュワユーズ》から虹色のフォトンビームが放たれる。

「!」

 そこでようやくリベレントがオルキヌスの叫びの意味を理解するが、あまりに意味がない。

 WSによる強制行動中であり、まだ《スヴェル》が手中にないリベレントにはどうすることもできない。

「でぇい!」

 オルキヌスが強引に虹色フォトンビームの進路に飛び込み、《ラージセイバーガード》の構えを取る。

 虹色フォトンビームが無数のフォトン粒子となって周囲に霧散する。

 直後、フリーになっていた、二人の「パラディンズ」がそのフォトンソードをオルキヌスに突き刺そうとするが、それはリベレントが防ぐ。

 同時、ジンがシャルルを下す。

 それで終わりだった。

 オルキヌスのWSが無防備な三人の「パラディンズ」を撃破し、やがて「JOAR」は「ハーモニクス・ソリューション」本社ビルのフラッグに触れ、勝利した。

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