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第91章「侵攻〜ハーモニクス・ソリューション 上」

 その頃、『ハーモニクス・ソリューション』本社。

「この広告、やめさせられないのか!」

 幹部の一人が、緊急会議の中で怒鳴りつける。

「広告プラットフォームの殆どは既に抑えていますから、可能です。ですが、既に入札されている分までキャンセルすると信用問題になります」

「信用問題なら既になっている。構わん、やれ」

 怒鳴りつけられた広報担当が首を横に振るが、幹部の一人は主張を止めない。

「まだ社長が来ていないぞ。性急ではないのか」

「その待っている間にも、この情報は拡散されてしまう! それだけ敵の数も増えてしまうぞ」

 別の幹部がそれを咎めるが、幹部は主張をやめない。

「んん……」

 その主張を否定出来ない別の幹部達はそのまま黙り込む。

「では、直ちに広告の配信を中止させます」

 広報担当が頷き、空中に指を滑らせて部下に連絡を送る。

「止めるな」

 そこに隆司が遅れて会議室に入ってくる。

「社長!?」

 隆司の思わぬ幹部達が言葉に困惑したように問い返す。

「今慌てて止めれば、告発が事実だと認めるようなものです。止めてはなりません」

 隆司に伴ってついてきていた長男の智顕が説明する。

「!」

 慌てて、幹部達が一斉に広報担当を見るが。

「たった今、部下から、広告の停止が完了したとの連絡がありました」

 と首を横に振る。

「そうか」

 と隆司は短く頷いた。

「智顕、急いで戦力を集めろ。向こうに戦力が整う前にこちらから攻め入れ」

「はっ」

 隆司がそう言うと、智顕は素早く頷き、席に座って空中に指を走らせる。

「勝てるか?」

「勝ちますよ。とはいえ、相手はうちの中核戦力でしたからね。それが抜けて敵に回っているとなると、分析通りに行くとは限らないかもしれません」

 隆司の短い問いに智顕は長く答える。

「言い訳はいい。分からないと言うことだな。も視野に入れる。各員は用意を」

「はっ」

 隆司の言葉に幹部一同が答え、それぞれ指を空中に走らせ始める。


 そして視点は「JOAR」に戻る。

「どんどん兵士希望者が現れる。『ハーモニクス・ソリューション』がヘタ売ってくれたおかげだな」

 とジン。

 智顕の指摘通り、広告がキャンセルされたことで、却って動画は世界中に拡散され始めていた。

【「ハーモニクス・ソリューション」、人間牧場化計画を拡散する広告を無言で公開停止。やはり告発は真実か】

 などと多くの非企業系ネットメディアが『ハーモニクス・ソリューション』を告発する記事を書いた。

「はーい、武器に自信がない人は並んで並んでー」

 元気にリーヴが声をかけて、人を並ばせている。

 これまで集めてきたレア鉱石を惜しみなく使い、どんどん武器を作り、「株式会社ジョアー」の兵士達に武器を配っていく。


 そして、零時零分ジャスト。

「いくぞ!」

 ジンは一同にそう声をかけて『ハーモニクス・ソリューション』を対象として、レイド・ウォーの宣戦布告ボタンを押した。


 それと同時。

「智顕様。戦力の準備が整いました」

「よし、攻撃開始だ」

 智顕が報告を受けて頷き、レイド・ウォーの宣戦布告ボタンを押した。


 両者が宣戦布告ボタンを押したのは同時だった。

 故に、即時、一同は光に包まれ、その場から消えていく。

 レイド・ウォーが始まる。


「ここは……?」

 困惑したようにジンが呟く。

 転移したその先は、見たことのない地形だった。

 レイド・ウォーでの戦場はどちらかの企業に近い場所になることが多い。

 だがそこは市街地ではあっても、「ハーモニクス・ソリューション」の周辺でも、「株式会社ジョアー」の周辺でもなかった。

 その代わり、向かい合うように、二つの本社ビルが鎮座していた。

 片方は「ハーモニクス・ソリューション」。もう片方は「株式会社ジョアー」のもの。まぁ後者はそのうち一階層を本社にしているに過ぎないのでやや語弊はあるが。

「なんでしょう、これ。攻城戦にしては、城が二つあるのが気になりますね」

 とアッパーもまた、困惑したように呟く。

「どうやら、TIPSが更新されたようだ。これは『城塞戦』という新ルールのようだな」

 ワンがメニューを操作して呟く。

【5】

「なるほど。要はお互いに城攻めするってことですね」

 ならやる気が出ます、是非自分達は攻めに使って下さい、とアッパーがやる気を示す。

【4】

「私達も攻撃側に移ろう。本物の『ニンジャ・メソッド』を見せてやろう」

 とイアもやる気を示す。

【3】

「なら私達『時代』は防衛に回ろう」

「『G.D.』も同じく防衛に回ります!」

 残る有力パーティ二人のリーダー、ワンとアレイスターが宣言する。

【2】

「分かった。ならみんなその通りに頼む。けど、恐らく敵は数を活かして、攻勢に出てくると思う。まずは防戦に集中しよう。『ニンジャ』は《ハイディング》して、『ニンジャ・メソッド』に備えてくれ。『富岡』は攻城兵器のそばで待機、いつでも攻勢に移れるように準備してくれ」

【1】

「俺達は敵のエースパーティ、『デネ』と『パラディンズ』を抑える。どう出てくるかな……」

【RAID WAR−Citadel War−Start】

「よし、『株式会社ジョアー』、出撃だ!」

 一斉に窓ガラスを割って、「JOAR」四人が外のフィールドに飛び出す。

 既に地上に展開していた兵士達が「JOAR」をその陣形に迎えて士気が大きく高まり、大きな鬨の声が上がる。

 四方向からの攻撃が基本となる攻城戦と異なり、城塞戦は城と城のぶつかり合い、どうしても正面が主戦場になる。

「『時代』と『G.D.』はそれぞれ右翼、左翼に展開、回り込む敵を迎撃しろ。敵がいなかったら正面の敵を背後から攻撃してくれ!」

「承知!」

「分かりました!」

 遅れて飛び降りてきた八人に声をかけると、四人ずつに分かれて部下を連れて左右に散っていく。

(さぁ、敵はどう動く)

 ジンは金烏を飛ばして、敵の出方を見る。

 果たして、敵は真正面からの突撃戦法を取ってきた。

「数に物を言わせて、ってところか」

 確かに、数で勝るなら、小細工は不要。当てられるなら正拳突きこそが最も効果的な攻撃手段である。

 とジンは考えていたが、実はジンと言う前線指揮官を欠いた「ハーモニクス・ソリューション」軍は小細工を立てるような余裕がなかったのである。

「敵は真正面から鋒矢の陣形で突撃してくるぞ。前衛は『デネ』だ。俺達で当たる。味方を傷つけさせるな。ローゼンクロイツ。味方には鶴翼の陣形をとって、左右から側面を突くように攻撃するように指揮してくれ」

「分かりました!」

 兵士を「∧」の形に並べ、その後ろに騎兵を「一」の字に揃えた陣形で突撃してくる「ハーモニクス・ソリューション」軍に対し、「株式会社ジョアー」軍は「V」字型の陣形を形成、敵軍を受け止め、その側面を突くことを見越した。陣形を取る。

 本来、鶴翼の陣形は兵力が充実している側がその兵力を活かして敵兵力を受け止め、そのまま包囲に持ち込む陣形である。

 戦力が不足している場合、面あたりの戦力が低下する関係で、正面を突破されてしまう。まして相手が陣形突破に優れた鋒矢の陣形では尚更である。

「現実なら、な」

 けれど、ここはゲームの中。本来難しい寡兵で多勢を討つことも、個人のレベル差次第では可能だ。

突撃チャージ!」

 まずは正面の兵士が左右に開き、後方に続いていた『パラディンズ』麾下と思われる騎兵部隊が突撃してくる。

(俺が教えた通りの綺麗な鋒矢の陣形の使い方だ。けど、シャルル達がいないなら……)

「オルキヌス、オーバーロードだ。全滅させろ」

「いきなりかよ」

「騎兵に一人でも突破されたら、そのまま城に攻め込まれて負ける可能性がある。確実に全滅させるんだ」

「あいよ」

 オルキヌスが不敵に笑い、《フォトンクレイモア》を天高く掲げる。

 《フォトンクレイモア》がフレームに赤い光が灯ったまま、射撃モードに移行し、筒から赤いフォトンビームが放たれ、そのまま継続照射された状態になる。

「いくぜ、ディザスターターン!」

 まさしく災害の名に相応しい赤い三連続回転が突撃してくる騎兵隊を飲み込む。

 赤い斬撃の嵐の末に、全ての騎馬は破壊され、地面に転がり、赤いデータ片へと変わる。

「へっ、流石はオレ達の隊長様だ。雑兵じゃ相手にならねぇ、ってか!」

 そこにベオウルフが斧を投擲しながら、一気に肉薄してくる。

「させないよ!」

 リベレントが《スヴェル》を持って間に割り込み、ベオウルフの攻撃を受け止める。

「チッ、敵に回すと厄介な壁だ!」

 ベオウルフが《フルンディング》の柄を捻ってWS発動姿勢を取る。

「!」

 リベレントが《スヴェル》を構え直す。

「誘いだ、下がれ、リベレント!」

 ジンが咄嗟に叫んだことで、リベレントは全ての思考を放棄し、オルキヌスと共に後方に大きく飛び下がる。

 そこに三発の巨大な火球が飛んでくる。激しく炎上する魔法がアスファルトの大地を大きく焦がす。

「『デネ』の魔法使いか。攻撃も出来るんだね」

 『デネ』は主力であるベオウルフが目立つが、彼をサポートする三人の魔法使いも強力である。

 普段はひたすらベオウルフにバフをかけている印象が強かったが、攻撃も出来るらしい。

「やっぱり、隊長殿が最大の障害だな!」

 ベオウルフは地面を蹴って、一直線にジンに向けて肉薄する。

 ジンはその強烈な《フルンディング》の一撃を防御魔法と《ファンクサスブレード》で受け止める。

「テメェ、ジンから離れやがれ!」

 オルキヌスの《カラミティトランプル》がベオウルフに襲い掛かり、ベオウルフは咄嗟に後方に飛び下がる。

 《フォトンクレイモア》の斬撃が地面に突き刺さり、アスファルトに大きなクラックを生み出す。

主は天から雷を轟かせたYahweh thundered from heaven!」

「トニートル・サジッタ・スルクールズ!」

 アリとジンが追撃として雷を放つ。

 着地を狙われたベオウルフはそれを回避出来ず、体が麻痺し、痙攣する。

 その隙を逃さず、リベレントが大楯を投げてベオウルフを攻撃する。

 遅れて、WS後硬直の解けたオルキヌスと、《ライトニングスピード》を発動したジンによる二つの剣がベオウルフの体に突き刺さる。

「畜生……これが、日本最強パーティってわけかよ」

 がはっ、と口から赤いデータ片を吐きながら、ベオウルフが呻く。

「けどよ、逃さねーぜ!」

 ベオウルフが《フルンディング》を手離し、腰からハンドアックスを抜いて、ジンとオルキヌスに突き刺す。

「ぐっ」

「この……、抵抗するか!」

 恐るべしはベオウルフの筋力ステータスか。ほぼ振りかぶってもいないのに、二人に大きなダメージを与える。特に、軽装のジンにとっては無視出来ないダメージだ。

 だが、ベオウルフにとってはそれさえもおまけにすぎない。

「まずいわ、みんな。三人の魔法使いが!」

 アリから警告が飛ぶ。

 見れば、魔法を詠唱している。巨大な火球が空中に三つ、浮かび上がっている。

「諸共やる気か!」

「当然、お前達さえ倒せば、後は烏合の衆だ! シャルルがやってくれる!」

 火球がベオウルフ目掛けて飛んでくる。

 だが、ハンドアックスを深々と突き刺された、ジンとオルキヌスは逃げられない。

「大丈夫だよ、みんな」

【シャイニングシールド】

 リベレントの《スヴェル》から銀色の波動が放たれ、全ての火球はリベレントに吸い込まれていった。

「バカな! クソ!」

 ベオウルフがそこでHPの限界を迎えたらしく、赤いデータ片へと消える。

「お姉ちゃん!?」

 慌てて、アリがリベレントの元に駆け寄る。リベレントのHPゲージは真っ赤であった。

 ベオウルフを失った敵主力部隊は目に見えて動きが鈍る。

「隙あり!!」

「残念ですが、これ以上は進ませません!」

 そこに「時代」と「G.D.」が己の剣を手に背後から攻撃を仕掛け始める。

「……シャルルはどこだ?」

 ジンは戦闘の推移を見守りながら、シャルルを探す。まだ「パラディンズ」の姿が目撃されていない。

【[Coop] Eagle Alpha > 敵に見つかった! パラディンズに対策されていた。私一人生き延びた】

 そこへ、イアからチャットが入る。

【[Coop] Eagle Alpha > 一瞬であれば開門可能。直後に見つかって殺されるだろうが、お前達四人が入る時間くらいなら開けられる。どうする】

 イアの問いにジンは逡巡する。

 まだこちらの状態は完全ではない。自分もオルキヌスもベオウルフの攻撃によるダメージが回復しきってないし、タンクのリベレントに至ってはHPゲージが赤いままだ。

【[Coop] Eagle Alpha > 捜索されている。見つかるのは時間の問題だ。急げ】

 イアの続くチャットに、ジンは決断する。

「アリ、回復は中止だ。敵城内に侵入するぞ。『パラディンズ』を倒して、敵城内を制圧する」

 そして、ジンは決断した。

 ここでイアを見捨てても、意味は薄い、と。

【[Coop] Jin > 富岡、攻城兵器を起動し、侵攻を開始しろ。それを目眩しに、四人だけで城内に侵入する】

【[Coop] Upper > わかりました。囮、見事に引き受けて見せますよ】

【[Coop] Eagle Alpha > よく決断した、ジン。タイミングは任せるぞ】

 かくして「JOAR」の戦いは城内へ移ろうとしていた。

 ベオウルフとの戦いのダメージも癒えない、満身創痍のままで。

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