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第90章「設立〜株式会社ジョアー」

 「ハーモニクス・ソリューション」との戦いを選んだ「JOAR」一行。

 彼らはその話し合いをパーティプレイヤーハウスで始めた。

 現実世界で話し合うには周囲に『ハーモニクス・ソリューション』の機器が多すぎるのだ。管理社会を志しているらしいことを考えると、『ハーモニクス・ソリューション』製の機器を使ってデータを収集している可能性は否めない。

 その点、『ヴィジョン・リアリティ・オンライン』は、天下の世界ワールド巨大複合企業メガコープ連結体ネクサスが展開しているサービスで、盗聴の危険は比較的少ないはずであった。

「戦うと言ってもどうする? 日本には『ハーモニクス・ソリューション』の対抗株になれそうな規模を持ったメガコープはもう残ってないぞ」

 ジンが早速本題に入る。

 「ハーモニクス・ソリューション」の保有する戦力は膨大な数となっている。「JOAR」は日本最強のパーティであり、世界でも有数のパーティではあるが、たった四人でどこまで数の不利を覆せるかは怪しいところがある。

 まして、「ハーモニクス・ソリューション」には「デネ」と「パラディンズ」がいる。

 両パーティの実力は総合的には「JOAR」には劣るが、瞬間的なパフォーマンスで「JOAR」を上回ることもある。両パーティを抑えながら数の不利を振り切って戦うのは難しい。

 故に、「ハーモニクス・ソリューション」を止めるために戦うには、「ハーモニクス・ソリューション」に近接した規模を持つメガコープに「ハーモニクス・ソリューション」と戦う気になってもらい、そこに「JOAR」が戦力として加わる、という手順を取る必要があった。

 だが、日本には既にそんな規模のメガコープは残されていなかった。

「どうするって言ってもなぁ……。海外のメガコープでも探すか?」

「でも、ここ最近の海外侵攻で海外企業を飲み込んだ『ハーモニクス・ソリューション』の規模はすごいよ。海外にも匹敵する企業なんてあるかなぁ……」

 オルキヌスが腕を組みながら言うが、リべレントはその見解に懐疑的だ。

「じゃあどうすれば……」

 悩む三人。

「おい、アリもう少し真剣に考えてくれよ」

「あぁ、ごめんなさい。答えなんてもう決まってるのにな、と思って」

 三人しか悩んでない事実に気付いたジンが非難の色を込めて悩んでいない一人、アリに向けて言葉を投げかけるが、アリは軽く笑って答える。

「決まってる、って?」

「『ハーモニクス・ソリューション』はあまりに強大なメガコープ。もはやこの世のどこにも対抗株となるメガコープはいない」

 アリが状況を再確認するようにそう言うと、ジンは、あぁ、と頷く。

「簡単な話よ。ないんだったら作ればいいんだわ。今こそ、オルキヌスとの最初の約束を果たす時。今こそこの名声を活かす時よ」

 そう言って、アリはイタズラっぽく笑う。

 作る? と、首を傾げる三人。

「まだ分からない? 作るのよ、企業を。そして、『JOAR』のこれまで高めてきた名声の全てを使って、呼びかけるの。共に『ハーモニクス・ソリューション』と戦おう、って」

 その大胆なアリの提案に、三人は思わず沈黙する。

「作るって、そう言うことか。株式会社ジョアーを設立して、俺達自身が『ハーモニクス・ソリューション』と戦う、と」

「えぇ、そして私達の名声で戦力を集めるの。呼びかけるのよ。世界有数の私達と一緒になって『ハーモニクス・ソリューション』の陰謀を打ち砕こう、って」

 なんとか声を絞り出して再確認するジンにアリはもう一度力強く頷く。

「無茶苦茶だぜ。そんな事出来るわけ……」

「そうだよ。それに万一失敗したら、私達の素性が全世界にばれたまま、全てを失うんだよ

?」

 オルキヌスがアリの自信満々な表情に首を横に振る。リベレントも失敗時のリスクがあまりに高すぎる、と反対の立場を取る。

「いや、やろう」

 けれど、ジンは違った。

「ジン!?」

「ジン君!?」

 オルキヌスとリベレントが驚愕の声を上げる。

「ここまで散々議論した通り、他に手はない。そして俺達は何がなんでも『ハーモニクス・ソリューション』の計画を阻止するために動くと決めた。なら、やらない理由がない」

 そう言ったジンの視線は真剣そのもので、オルキヌスとリベレントはそれ以上何も言えなかった。


 そこからは主に仁にとって怒涛の日々が始まった。

 企業設立のための様々な準備をする必要があったのだ。

「どうせなら本社ビルも欲しいよな!」

「どうせならちゃんとした企業ロゴが欲しいぜ!」

 などなどといった仲間からの要望——主に重明からだ——にも応えつつ、仁は着実にその準備を進めていった。

 かくして、四人——厳密には二人と二人——の住む地域の中間あたりの地域にあるオフィスビルの一階層を買い切り、そこを本社として「株式会社ジョアー」は結成された。

 ロゴには「JOAR」の文字とその下に「PIONERING VR, PIONERING SPACE」の文字。そして、金属で出来た的のような図形が描かれている。

 デザイナーの説明によると、円や球体が「VRや仮想空間」を象徴しており、そこから伸びる放射状の線がデータ転送や未来技術の表現、そして同心円とリングが宇宙開発の「軌道」や「惑星」を示唆している、とのことだ。

 また、経営陣が若い面々であることからくる革新性も示しているとのとこだが、仁にはよく分からない。

 ちなみに、VRと宇宙を意識したロゴになっているのは、全員で相談した末、「株式会社ジョアー」の表向きの事業はVRと宇宙開発と食品輸入事業にしよう、ということになったからだ。VRはほぼ全会一致、宇宙開発は重明、食品輸入事業は恭子の主張であるが、デザイナーはデザインにあたり食品輸入事業をひとまず扱わないことにしたらしい。一応、複数の円に複数の線が交差するデザインは「多様な事業が交差する様子」を示してはいるらしい。

「でもなんか蔑ろにされたみたいで傷つくよー」

「まぁまぁ、実際に何か事業を展開するわけじゃないんですし」

 と恭子は少し不愉快げであった。重明が必死で宥めている

「ま、それはともかく!」

 有子が二人を置いて、話を進める。

「ここに、『株式会社ジョアー』設立です!」

 有子が宣言し、スーパーで買ったクリスマス売れ残りのシャンメリーを開封する。

「あ、それ社長の俺が宣言するところだろ」

「早い者勝ちよ」

 その様子に仁がツッコミを入れるが、有子は勝ち誇るばかりだ。

「全く有子には叶わないな」

「相変わらず仲がいいな」

 やれやれ、と首を横にふる仁の様子に、そう言って笑うのは優希だ。

「ひとまず、株式会社ジョアーはこの五人でやっていくことになる。よろしく! 乾杯!」

 仁が改めて宣言すると、有子が全員に配ったシャンメリーのグラスを掲げる。

「乾杯!」

 四人がそれに続き、グラスがぶつかりあう音が響く。


 五人が乾杯をしたその時、あらゆる媒体の動画広告で一つの広告が流れ出していた。

「はじめまして。俺たちの名は『JOAR』。『ヴィジョン・リアリティ・オンライン』で日本最強とさえ言われているチームだ」

 そこに立っているのは、知らぬものはもはや少ない。ジン、オルキヌス、アリ、リベレントの四人だ。

 だが、その四人が立っている場所は誰も見覚えがない。どこかのオフィスの一角のように見えるが……。

「俺達『JOAR』は、これまで『ハーモニクス・ソリューション』の兵士として活躍してきた。けれど、ここに俺達は独立し、『株式会社ジョアー』を設立することを宣言する」

 その動画は日本語だけでなく、各種外国語に翻訳されたものが世界中で流れていた。

「その理由は『ハーモニクス・ソリューション』が進めている『ハーモニクス』計画にある」

 ジンの顔がアップになり、その横で動画が流れ始める。

 オルキヌスが撮影した牧場化計画について語る動画だ。わかりやすさ優先で編集されたものだが、「ハーモニクス・ソリューション」が人間牧場化計画を企んでいたことはすぐに伝わる。

「このように、『ハーモニクス・ソリューション』は人間牧場化計画を目論んでいる。だが、もはや『ハーモニクス・ソリューション』を止めうる企業はない。俺達が何も知らず頑張りすぎたせいだ。すまない」

 ジンが頭を下げる。

「だが、俺達はもう逃げない」

 カメラが引き、四人の姿が現実の見た目へと変化する。

「俺は『株式会社ジョアー』の社長、石倉 仁」

「役員の関原 重明」

「同じく、見波 有子」

「同じく、見波 恭子」

 四人が一人ずつ、一歩前に踏み出して名乗りを上げる。

「『株式会社ジョアー』は明日、『ハーモニクス・ソリューション』にレイド・ウォーを申し込む」

 だが、と仁は続ける。

「俺達四人だけでは、恐らく勝てないだろう。この広告を見た君。もし、君が『ハーモニクス・ソリューション』の陰謀を止めたいと思ってくれたなら、そのために力になりたいと思ってくれたなら、是非今すぐに画面下の連絡先に連絡してくれ」

 画面下にメールアドレスが表示される。

「君達の協力を待っている!」

 画面が真っ黒に染まり、白い文字で【JOIN US】と浮かび上がり、そして広告は終わる。


「なぁ、仁よ。これ本物なのか?」

「あぁ、アーマード・バトルで使う本物だぞ。刃はつぶしてあるけどな」

 壁に飾られている武器を見て、優希が問いかけると、人が頷く。

「ほぉー。なんでこんなに?」

「重明が飾りたいって煩くてな。俺用の片手用直剣、重明用の大剣、恭子用の大楯を揃えた」

「私の分はないのよ」

 むすっと有子が言う。

「仕方ないだろ、魔術は現実にはないし……と」

 仁の視界右上にたくさんのメール着信の知らせが届く。

「始まったか」

 みんなで騒ぎながらシャンメリーを飲む姿を見ながら、仁が呟く。

「メールが来たのね?」

「あぁ」

 仁は空中に指を走らせ、メールと『VRO』のセカンドオーナー画面を開いて、希望者を一パーティずつ兵士登録していく。

「お」

 その中に見覚えのある人からのメールがあることに気付き、仁は顔を上げる。

「みんな、『VRO』にダイブしよう」

 仁と唐突な主張に三人は怪訝そうな表情をした後、「いいから」と言われて、仮眠個室に移動してダイブする。


 パーティプレイヤーハウスの寝室で目を覚ます。

「で、どうしたのよ」

 とアリが寝室を出て、同じく寝室を出て来たジンに問いかける。

「いいから、外に出よう」

 そう言って、ジンは先導するように階段を降りていく。

 三人はやはり怪訝な表情でそれに続く。

 扉を開けると、そこには大勢のプレイヤーキャラクターが揃っていた。

 ジン達「JOAR」の姿を認めると、そのプレイヤー達が一斉に大きな歓声を上げる。

「ヤァ、待っていたぞ、ジン!」

 特に目立つのは集団の先頭に立っていた六人のプレイヤー。さらにそのうち一人が一歩踏み出して、ジンに手をあげる。

「ワンさん!」

 そこに一人とは「時代」のワンであった。

「ストームとやらとの戦いに助太刀して以来ですな」

「イアさん!」

 さらに声をかけてくるのは「忍者」のイア。

「どうも〜。城攻め以外になるかもしれない戦いに出るのは初めてですが〜」

「アッパーさん!」

 「富岡」のアッパー。

「ジンさん! 『イノコア』の時はお世話になりました!」

「アレイスター! あの時はごめんな」

「いえ、皆さんの敵にまわってしまったのは私達ですから」

 「G.D.」のアレイスター。

「やっほー、リベレント。みんなの武器のメンテとか、武器が弱い子の新武器作りとか、手伝っちゃうよー」

「うそ、リーヴ!? 手伝ってくれるの?」

 そして「トーキョータウン」の鍛冶屋、リーブも駆けつけてきていた。

「よう! 俺様の設計図が役に立つかもと思ってな、助けに来てやったぜ」

「まさか、シェットさんか! いや、流石に役に立つかは分かんないな」

 「多様性街」の設計図屋シェット。

「まぁそう言うな。きっと力になるからよ。まずは攻城兵器でいいか?」

「ちょっと、まだ後が使えてるんですから。『エレベートテック』以来ですね、隊長。初期化されて解雇された後もレベリングしていた甲斐がありました」

「ローゼンクロイツか! ありがとう、嬉しいよ」

「自分以外にも、元部下がたくさん『ハーモニクス・ソリューション』を離れてきたり、解雇後にレベリングしたりして集まってますよ」

 「ローゼンクロイツァー」のローゼンクロイツがそう言って、背後を振り返る。

 そこにはたくさんのプレイヤーが挨拶のタイミングを待っている。

「みんな……」

 そこにはローゼンクロイツの言う通り見覚えのあるプレイヤー達や、例えば湯村温泉で会った店員をしていたプレイヤー達のような人達もいた。

「これまで縁を繋いできた人達が集まってくれたのね」

「あぁ」

 アリが呟くとジンもそれに頷くしかない。

 数は「ハーモニクス・ソリューション」の兵士には及ばないかもしれない。けれど、アリが言った通り、紛れもなく「JOAR」というパーティのこれまでの名声が、そして旅路が、集めてきた人々であった。

「みんな、勝とう!」

 ジンが宣言すると、大きな歓声が「多様性街」に響き渡った。

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