大晦日。
「JOAR」一行はクリスマスに続き見波家に集まっていた。
「それでよ、俺、勝久さんに言ったんだよー。せっかく宇宙開発してる企業を子会社にしたんだから、外宇宙に向けてメッセージを発信するべきだ、って!!」
「ハーモニクス・ソリューション」による侵攻は続いていた。
最近、「ハーモニクス・ソリューション」は宇宙開発を担っているアメリカ企業「スペース・エー」を侵攻により、買収することに成功しており、重明が言っているのはその件である。
「それなのに、『伝えてはおきます』って程度の軽い反応でよう」
「まぁ、勝久さんもそんな立場が上の方ってわけじゃないみたいだし、そんな事言われても困るんだろう。伝えてくれるだけでもありがたいよ」
重明は仁も知らなかったのだが、以前から宇宙に強い関心があったらしく、それ以来ずっとヒートアップしているのを、仁が宥めていた。
「はーい、そろそろお蕎麦できるよー」
そこに恭子から声がかかる。
「はーい」
仁と重明、そして二人のやり取りを呆れ顔で見ていた有子の三人がそれに応じて立ち上がる。
そして、そばを受け取って戻ってくる。
そばはエビと野菜のかき揚げが乗っているだけのシンプルな蕎麦だ。蕎麦の麺はフードプリンタ製で、かき揚げもスーパーの出来合い品なので、ほとんど手間はかかっていない。
なお、その分、恭子はスープにこだわったらしい。
「来年の目標とか決めた?」
四人で年越し蕎麦をすすりながら、そんな話題が始まる。
「俺は来年こそは勉強頑張るぜ!」
「えぇ!?」
重明の堂々たる宣言に三人が驚愕する。
「いや、来年は受験だろ? 流石に俺ももっと真面目に勉強するよ。今年はみんなに色々教えてもらったしな」
と重明。
「仁はどうなんだよ。なんか目標とか無いのか?」
「目標かぁ……」
重明に振られ、仁は考える。
「日本一有名にはほぼほぼなったしなぁ……。最近『ハーモニクス・ソリューション』は海外にも積極的に攻撃してるし、世界一有名でも目指すか?」
「お……おう。その、仁は平気なのかよ。こうして侵略し続けてて」
「ん? あぁ、最初のうちは気になってたけど、もう慣れたよ。それにおかげで最近は海外でも『JOAR』の名前が広がってきてるしな」
嬉しそうに仁が笑う。
「あれだけ、名声とか別に、みたいな様子だった仁がここまで名声の虜になるなんてね」
「そりゃあ、これだけ人気になってそれを手放せって方が無理だろうよー」
茶化すように笑う有子の言葉に、仁が当たり前だろ、と返す。
「で、最初に切り出した有子は? 目標とかないのか?」
「私? 私は……そうねー。もっと貯金を増やしたいかな?」
「もっと? もう結構貯金してるだろ!?」
有子の答えに仁が驚く。
「お金なんていざってときのためにいくらあっても構わないでしょ。いくらあっても安心とは言えないんだし」
と有子。
「で、お姉ちゃんは?」
「私? んー、そうだなー。料理を披露する相手も増えたし、もっと料理の腕を磨きたいかな」
「おぉー、いいっすねー。来年も恭子さんの手料理食べたいっす!」
「うん、楽しみにしててねー」
重明の言葉に恭子が嬉しそうに頷く。
蕎麦も食べ終わって、まもなく年を越そうというタイミング。
仁達は《オーギュメントグラス》でカウントダウン番組を開き、みんなで一斉にカウントダウンを始める。
「5!」
「4!」
「3!」
「2!」
「1!」
「ハッピーニューイーヤー!!」
四人の声が重なる。
「今年もよろしく!」
「今年もよろしくね!」
「今年もよろしくな!」
「今年もよろしく」
そう言って、みんなで新年を祝う。
たっぷり四時まで語り明かして新年を楽しみ、一同は眠りにつく。
翌朝。
否、翌昼。
最初に起きたのは恭子。
冷蔵庫からおせちを取り出して、雑煮を作り始める。
プリントフード文化が根付いたこの世界。お餅というのは結構珍しい食材だ。
そんな初めて見る食材を恭子はウキウキで調理し始める。
雑煮といっても色んな種類がご当地であるらしいと調べた恭子はとりあえず、東京らしく関東式の雑煮を作り始める。
「おはよう、お姉ちゃん」
そこに有子が起き出してくる。
「おはよう、有子ちゃん」
ほうれん草をさっと塩ゆでしつつ、恭子が有子に挨拶を返す。
その背後ではトースターで角餅が焼かれている。
「おはようー」
「あ、仁君おはようー」
それから、しばらくして、仁が起き出してくる。
沸騰した鍋に白だし、酒、醤油、鶏肉、人参を入れて煮ながら、恭子が応じる。
「重明くんは?」
「まだ寝てます。あいつほっとくとずっと寝てますよ」
「じゃあ、出来たら起こしてくれる?」
「了解」
人参が柔らかくなったら火を止め、人参を型抜きしていく。
「もう出来るよー」
「起こしてきます」
仁が客間に向かうと、恭子はお椀に焼き餅、ほうれん草、かまぼこ、鶏肉、人参を盛り付け、汁を注いでから三つ葉とゆず皮を飾る。
「おはようっす〜」
眠そうに重明が客間から出てくる。
「お、噂の雑煮ってやつっすか!」
が、ダイニングのテーブルに配膳されたお椀の中身を見て、パッと元気に覚醒する。
「そうだよー」
「さっきまでもっと寝たいとか言ってたくせに、現金なやつだなー」
「だって餅だぜ? お前食ったことあるか?」
「いやまぁ、ないけどさ」
「だよねぇ、高かったもん」
重明と仁に、恭子が笑う。
「高かったといえば、おせちもよね」
全然話に上がってないけど、と有子。
そう。食卓の四つ置かれた椀の中央には大きな三重に積み重なったお重が鎮座していた。
「おせちも昔のフィクションでよく見るよな」
「おう、なんか縁起物が揃ってるんだろー?」
やはりプリントフード文化が当たり前のこの世界、おせち文化も金持ちの道楽となって久しい。比較的手料理が多めの仁でさえ、本物のおせちを見るのは初めてだった。
「昔の人は三が日をおせちで過ごしたらしいよ。たくさんあるし、一日で食べ切らずにゆっくり食べようね」
恭子がそう言いながら、おせちの一の重を開ける。
「一日一重ずつってわけだな」
と重明も頷く。
「じゃ、みんなで揃って」
と仁が言うと、全員が一斉に手を合わせる。
「いただきます」
科学技術が浸透したこの時代でも、信仰というものは途絶えていない。
それに、信仰に対する考えの緩い日本ではクリスマスなどのようにそういう行事として楽しむ者たちも少なくない。食事をする時手を合わせて「いただきます」と言う文化が意味は失われつつも残っているのも似たような理由だろう。
そんなわけで、まだ日本には初詣という文化が残っていた。
「JOAR」一行はおせちを食べ終えると、電車に乗って飯田橋駅まで来ていた。
飯田橋駅西口を出て、牛込橋に向けて左に進むと、そこには長蛇の列が待っていた。
「おぉ、流石は『東京のお伊勢様』。すごい人気だな」
長蛇の行列の先、飯田橋駅から徒歩五分ほどの場所にあるのは「東京大神宮」。
一八八〇年に創建された伊勢神宮の東京遥拝殿だ。
「ところで、遥拝殿ってなんだ?」
「離れた場所から神様や仏様を拝むために建てられた建物のことだよ。例えば、この東京大神宮なら、本当は三重県にある伊勢神宮までお参りに行かなきゃならないところを、この東京大神宮でお参り出来るって感じだ」
重明の問いかけに、仁が答える。
「なんだよ、詳しいな」
「いや、昨日のうちに調べただけだ」
「流石、事前にリサーチするのが得意だものね、リーダーは」
重明の言葉に首を横に振ると、裕子がその様子について、面白そうに笑う。
「そうだね。リーダーのリサーチはいつも頼りにさせてもらってるよ」
「そりゃどうも」
恭子にまで感謝され、仁は少し照れくさそうに笑う。
「あれ? お姉ちゃんに褒められて照れてるの?」
「そ、そんなんじゃないよ。そ、そういえば、有子に恭子。三が日の間一緒におせちを食ベる前提でさっき話してたけど、ご両親はいいのか? いや、年中出張しててなかなか家に帰ってこないのは知ってるけど、年末年始も?」
ニヤニヤする有子に対して、仁が照れ隠しがてら、先ほどから気になってたことを尋ねる。
「うん。むしろ年末年始こそ忙しい仕事してるから、帰ってくるとしても、月末くらいになるんじゃないかなー」
「帰ってきたら驚くでしょうねー。ベランダのモミの木に、大きなオーブンに冷蔵庫……」
恭子の解説を受けて、愉快そうに有子が笑う。
列の進みは緩やかで、なかなか前に進めないが、「JOAR」一行は楽しくお喋りで盛り上がり、全く苦にならなかった。
「重明、それじゃ持ってた手と柄が洗えてない。最後は柄と持ってた手を清めるために、こうやって……」
などと仁が重明に御手洗のマナーを教えるなどの一幕がありつつ、一行はようやく本殿の前に到着する。
流石に「現金」と言う文化は廃れて久しいので、お賽銭は賽銭箱の手前にあるNFCチップに《オーギュメントグラス》で決済して入金してから賽銭箱に投入する方式だ。
「仁、お参りのマナーも教えてくれ」
順番になる直前に不安になった重明がそんなことを尋ねてくる。
「まずは鐘を鳴らして、その後、賽銭を投入し、で、二礼二拍手。その後、祈って、最後に一礼をする、って感じだ」
「オッケー、覚えたぜ」
実はよく知らなかった有子も後ろでそうなのね、などと頷いている。
そして、一同がそれぞれ祈る。
(これからもずっと『JOAR』みんなでいられますように)
と仁。
(『JOAR』の誰もが初期化されないよう、もっともっと強くあれますように)
と重明。
(みんなをサポートして、『JOAR』の一人も欠けることがありませんように)
と有子。
(たくさん料理の腕を磨いて、『JOAR』のみんなに振る舞えますように)
と恭子。
誰も自分の願いが何かなど口にすることはなかった。
けれど、誰もが『JOAR』の他の仲間の事を考えていた。
四人は頷きあって、社殿を後にした。
その後、御神籤を引くなどもした。
「お、俺、商売運が良いらしい。学生の身で商売って言われてもなぁ」
と少し困惑気味の仁。
「私、金運が良いって。今年は良い年になるかもねー」
と嬉しそうな有子。
「俺は、学問がいけるみたいだぜ。これは良い大学入れちまうかもな!」
とノリノリの重明。
「わ、私、待人と恋愛が良い感じみたい。良い出会いとかあるかなぁ?」
「もう現れてるのに気づいてないだけかもよ?」
とドキドキした様子の恭子。に対してちょっと呆れ顔の有子。
「よかった。聞いてる感じ、走人はみんな特にいないみたいだ。俺達が離散する可能性は低いかもな」
と仁がちょっと安堵した様子を見せる。
「じゃあ、御神籤を結んで帰りましょうか」
と有子が言うと重明が御神籤を結ぶ? と首を傾げるのをよそに、残り二人が頷く。
重明も仁に説明を受けて御神籤を結び、四人は東京大神宮を後にした。
それから日は少し経ち、三が日の終わり。
いつものように
「そういえば、みんなもう冬休みの課題やったか?」
「ちょっとー、折角楽しい気持ちなのにそんなこと思い出させないでよ」
などと仁が切り出し、有子が不満を漏らす。
「意外にも俺もちゃんとやってるぜ。もうすぐ終わる」
「へぇ、意外ね」
とどこか自慢げな重明。に対して目を丸くする有子。
「数学の問題集解き直すやつがちょっと面倒だよな。量多くて」
「そんな課題あったっけ……」
仁が二人に同意を求めようとそんな言葉をかけると、重明が、げ、と声を上げる。
「あったぞ。だから普段置き勉してる奴らもみんな問題集持って帰ったし」
「ヤベェ、俺置き勉したままだ……。取りに行かねぇと」
と重明が焦り始める。
「まぁ、明日からなら先生は学校にいるかもな。急げ、んで、がんばれ」
「な、他人事みたいにー」
「流石に課題の進捗は他人事だろ」
そう言って笑い合う三人に。
「良いなー、私もみんなと同じ年がよかったー」
などと恭子が漏らす。
「だったら、私とお姉ちゃん双子ね。今よりもっと話題になってたかも」
「そりゃいいな」
今度は四人で笑い合う。
平和な時間が過ぎていく。