目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第86章「日常〜クリスマス祭り」

 そして、冬休みが来た。

 十二月二十四日、世間はクリスマスムード真っ只中。

 一同は見波家に集まっていた。

「ジャーン、七面鳥でーす」

 そう言って、恭子が冷蔵庫から取り出したのは血抜きされたまるまる一匹の七面鳥ターキー。いくつかの野菜と一緒にビニール袋に収められている。

「おぉー、すげー、買ったんすか!」

「うん、『ハーモニクス・ソリューション』が輸入系の企業を子会社化したから、そこを経由して安く売ってもらっちゃった」

 重明の声に、そう言って恭子が笑う。

「ちなみに、この七面鳥を入れるために新しく買った冷蔵庫も、オーブンも『ハーモニクス・ソリューション』の子会社化した家電系企業のものよ」

 横から、有子が補足する。

「え、ってことは今回のためだけに冷蔵庫とオーブンを新調したってことか?」

「うん。この家で料理するの私だけだから、家族も私がお金を払うなら好きにしていいって」

 仁が思わず驚くが、恭子はなんでもないことのように頷く。

「それに、今回だけのことにしておくつもりはないよ。今後も色んなもの買って、色んなもの作ろうよ。みんなで集まってさ」

 そう言って、恭子が目を細める。

「……けどよぅ、こうしてみると色んな企業を子会社化したよな、『ハーモニクス・ソリューション』」

 ぼそっと、重明が呟く。

「……うん、そうだよね。それはちょっと気になってる」

 その言葉に恭子が頷く。

 実は、この「子会社化」というのは通常の買収を行ったわけでも、敵対的買収をしたわけでも、レイド・ウォーで防衛戦をして子会社化したわけでもない。

 「ハーモニクス・ソリューション」は未だにレイド・ウォーによる侵攻をやめていなかった。

 戦力契約を結んでいる仁達へ説明された名目は日本各地に「エレベートテック」の同盟企業が残っているから、という名目にはなっているが、それが真実かどうか怪しいことはこの場にいる四人全員が気付いている。

「ま、いいじゃないか。俺達は名声と金のために『ハーモニクス・ソリューション』と契約してるんだ。その思惑なんて知らなくたって平気さ」

 そんなことより、その七面鳥、どうするんだ? と言うのは仁。

「う、うん。そうだね。この七面鳥は勿論、丸焼きにするよ!」

 そういって、恭子が曖昧に笑った後、そう宣言する。

「この七面鳥は一日かけて解凍してから、二日間マリネした後だから、これから早速焼くよー」

「マリネって?」

 今日この言葉に仁が問いかける。

「食材を酢やレモン汁みたいな漬け汁に浸して柔らかくしたり、保存したりする調理方法だぜ。七面鳥の場合は、スパイスを揉み込んだ後、香味野菜と一緒にビニール袋に入れて密閉して寝かせるんだ」

 この問いには重明が答えた。

「わぁ、重明君も七面鳥の丸焼きに興味あったの?」

「そりゃ、男なら興味ないやついませんて」

 そう言って、重明が大きな主語を用いて笑うが、この場にいる男性二人のうち、興味があったのは一人だけだったので、やや分は悪い。

「スタッフィングは何にするんすか?」

「バターライスを炊いてあるよー。七面鳥に添えられてた内臓系も細かくして入れてあるー」

「おぉー、いっすねー」

 重明と恭子が二人で盛り上がる。

「すまん、重明、スタッフィングって?」

「詰め物のことだぜ。肉や魚、野菜の中に別の食材を詰めた料理全般のことを言うんだ。お前の好きな肉詰めピーマンもスタッフィング料理だぜ」

「なるほど……。つまり、七面鳥の中にバターライスを詰めるってことか?」

「そういうことだ。肉汁を吸った最高のバターライスが食えるぜー」

 仁の問いかけに重明が嬉しそうに答える。

 さっきから重明は上機嫌だ。

「でも、恭子さん。七面鳥って確か冷蔵庫から取り出して二、三時間室温に戻さないといけない上、焼くのも数時間かかりますよね?」

「うん。合計したら七時間くらいかかるかな。だから、昼前に集まってもらったんだ」

 重明の質問に恭子が頷く。

「なら、まずは飾り付けかな。その後は買い出しか? ターキーだけじゃ寂しそうだし」

 そういって仁が段取りを決める。

「あ、実はケーキも予約してあるんだ。少し遠いところだから、二人のどっちがかが受け取りに行ってくれない?」

「ならそれは俺が行くよ。買い出しは重明に任せていいか?」

「おう、任せろ。最高のスープを作ってやるよ。何作ろっかなー」

「なら飾り付けは私がするわ。お昼はどうする?」

「夜にこだわった飯食うなら、昼飯は軽く『ファースト・オーダー』にでもするか。ケーキ受け取るついでに適当に買ってくるよ」

 なら自分はいつもの、と一斉にみんなが応じ、仁がおう、と頷く。

 流石は伊達に九ヶ月近くも共に戦ってきていない。話はトントン拍子に決まっていく。


 まずはお昼まで、みんなで飾り付けの大枠を決めていく。

 物持ちの良い恭子がリーダー決定記念パーティの時の飾りを残していてくれたので、再利用も出来そうだ。

「折角のクリスマスだし、もっとキラキラした飾り付けも欲しくない?」

「なら、俺が買い出しついでに買ってくるぜ」

 この近くにあるアニオン系列のスーパーには二階に五百円均一ショップがあり、安くパーティグッズなどを購入出来るのを重明はリーダー決定記念パーティの時に見かけて知っていた。

「じゃあ、それは重明に任せた。俺はそろそろ昼飯調達とケーキの回収行ってくるよ」

「おう任せてくれ」

 そう言って仁と重明は外に出て、バイクに跨った。

 二人は新しく普通二輪のバイクを購入したのだった。

 買い出しを重明が請け負ったのは、言うまでもなく料理をするのが重明だからだが、それ以外に、仁と重明が買い物係になったのはバイクという足を手に入れたという事実が大きかった。

「じゃ、お互い気をつけてな」

「おう、気をつけてな」

 バイクのエンジンをかけ、二人が一斉に見波家のガレージから飛び出していく。


 やがて、二人が戻ってくる。

「ただいまー、結構豪華なケーキ買ったな」

 ほい、昼飯、と仁がハンバーガー各種を有子と恭子に配る。

「ありがと」

「ありがとうー」

「あれ、重明はまだなのか」

「みたいだねー。今から七面鳥焼くよー」

 そう言う恭子はタコ糸で両足を縛っていた。

 そこから、シリコン製の刷毛を取り出し、表面にオリーブオイルを塗り始める。

「ただいまー。何スープにするか悩んでたら思ったより時間がかかっちまったぜー」

 ちょうどそこに、重明が返ってくる。

「時間かかった割には荷物自体はそんなに多くないな。本当に悩むのに時間かかった感じか」

「まぁな。マンハッタンクラムチャウダー作るぜー」

 仁は聞いたこと無い料理名に首を傾げつつ、楽しみだ、と返す。

「お、恭子さんは今から七面鳥を焼くところっすか」

「うん。これから百二十度くらいで四時間くらいだねー」

「楽しみだな、仁」

「そうだな。ところで、その突き刺さってる赤いピンみたいなのはなんです?」

「あれはポップアップタイマーだぜ。良い焼き加減になると飛び出すんだ。俺も始めてみた。どんな仕組みなんだろうな」

「へぇー」

 と言いながら仁はポップアップタイマーの仕組みを調べてみるなどする。

 恭子が七面鳥をトースターに入れたところで、ダイニングにやってくる。

「じゃ、みんなでハンバーガー食べようか」

「あ、待ってくれ、少しだけ準備が」

 恭子がダイニングに座ると、重明はバットにあさりを並べて塩水にひたひたにしてから冷蔵庫にしまい、ダイニングに座る。

 四人でハンバーガーを食べる。

 仁はテリヤキチキンバーガー、重明はダブルチーズバーガー、有子はビッグマック、恭子はチキンバーガーだ。

「しかし、『いつもの』で伝わるなんて、私達の付き合いも長くなったものね」

「全くだな」

 有子の言葉に重明が頷く。

「有子なんか、最初、俺達にデュエルをふっかけてきたんだもんな」

 仁が笑う。

「あの時はごめんね、有子ちゃんがどうしてもって聞かなくて」

 そんな他愛のない話をしながら、四人で重明の買ってきた飾り付けをしていく。

 と、インターホンが鳴る。

「お客さんか?」

「あ、多分、あれが届いたのね」

 有子が受け取りに行く。

 持ってきたのは部屋の中における程度に小ぶりな木だった。

「もしかして、モミの木か? 室内に置いとけるのか?」

「んーん、調べたら基本的に屋外じゃないと駄目みたい。でも一日だけなら室内でもいいんだって」

 恭子がモミの木の葉っぱが乾燥しないように霧吹きを吹きかけながら返事する。

「今日のために買ったのか? これからどうするんだよ」

「また来年のために育てるよ」

 そう言って恭子が笑う。

「まぁ、恭子さんなら大丈夫だろ」

「それもそうか」

 そうして、今度はモミの木の飾り付けもすることになった。

 すっかりクリスマスムードの家の中で、いよいよ七面鳥が焼き上がる。

 恭子が取り出した七面鳥はしっかり焼けて、赤いピンが飛び出しており、美味しそうだ。

「少し早いですかね」

「まだだぜ、仁。七面鳥の丸焼きは肉汁を馴染ませるために数時間おかなきゃならねぇんだ」

「へぇ、結構待たされるんだなぁ」

 そんな会話をしている間にも恭子は手際よく七面鳥をアルミホイルで包んでキッチンに配置する。

「じゃ、肉汁を馴染ませている間に俺が料理しますかね。恭子さん、マリネにつかったセロリとにんじん、もらっていいっすか?」

「いいよー」

「よしよし」

 フライパンにあさりと白ワイン、そして水を入れて中火で熱し、あさりの口を開かせてから、汁とあさりを分けて、あさりの身を取り出していく。

「海鮮なのか」

「おう、肉にしたら七面鳥と喧嘩しちまうからな」

 鍋にバターを入れ、溶けたらにんにくを加えて炒めていく。そこに玉ねぎにベーコン、それからマリネに使っていたセロリと人参を投入し、しんなりしたところでじゃがいもを投入する。

 そこに水、トマトピューレ、あさりの汁を加えて煮込む。

「後は煮込めば完成だ」

「クラムチャウダーって牛乳系のイメージがあったけど、違うんだな」

 そこにあるのはクラムチャウダーと聞いてよく見る白いスープと違い、赤いスープだった。

「おう。牛乳系にすると、七面鳥とあわさると恭子さんとかには重いかと思ってな」

 やがて煮込んでいるうちに七面鳥の準備も終わり、ダイニングに七面鳥、ケーキ、マンハッタンクラムチャウダーが並ぶ。

「誰がもも肉食べるー? 私はちょっとももは重いから手羽にするね」

「勿論、私食べたいわ」

「あ、俺も俺も」

 恭子の問いかけに有子と重明が手を挙げる。

「なら、俺も手羽で」

 そうして、みんなで七面鳥とクラムチャウダーを味わい始める。

 もも肉と手羽、そこに肉汁満点のバターライスにクラムチャウダー、そしてケーキと食べると、皆お腹いっぱいになってしまう。

「みんな、泊まっていきなよ。明日はむね肉と、それから七面鳥の出汁でラーメン作るから」

 言葉に甘えることにした。

 もうリーダー決定記念パーティの時に仁が言ったような心配は誰もしない。お互いに信頼しきっているからだ。


 翌日。クリスマス当日。

 朝から残ったバターライスとむね肉を食べ、昼はまた「ファースト・オーダー」のハンバーガーを食べて、夜は七面鳥の骨を使って出汁を取った。

 圧力鍋で野菜と水を加えて煮込むと、濃い濁ったダシ汁が取れる。

「ふっふっふ、実はラーメンには俺、一家言有るんすよ」

 なんて言った重明は昼から麺を手作りしてみせた。

 クリスマスの夜に楽しむ残った七面鳥の肉の乗った七面鳥ダシのラーメン。

 四人は和気あいあいと楽しみながらそれを楽しんだ。

 スープはとても濃く、食べ終わったあと、残したスープのコラーゲンが冷めてすぐに固まりだすほどだった。

「来年もこうして、クリスマスを祝おうな」

 そう仁が言うと、みんな迷わず頷いた。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?