日本二大メガコープの片割れ「エレベートテック」がもう片割れ「ハーモニクス・ソリューション」に吸収されたというニュースは瞬く間に全国に広がった。
「ハーモニクス・ソリューション」は積極的にこの対決の結果をリリース、「キャメロット」を見事打ち破った「JOAR」の活躍を強調した。
それから一週間の時間をかけ、「エレベートテック」が有していた日本各地の教育機関・エレベートテック学園はハーモニクス・ソリューション学園として再編成された。
仁達も一週間の休学期間を経て、都内ハーモニクス・ソリューション学園に登校することになった。
「見たかよ、ネットニュース。どころかオールドメディアでさえ俺達のこと扱ってたぜ」
実質的には新しい学校への登校。緊張している仁に対し、重明はテンションが高い。
「あぁ、見た見た。すごいよな」
「だろー? 最初はたった二人だけの弱々パーティだった俺達も、今や、日本最大のメガコープの最大戦力だぜー」
「デネ」や「パラディンズ」の名前も報道されてはいるが、それでも報道の主役は「JOAR」だ。
いまや「JOAR」は日本一有名なパーティとなっているのであった。
「ねぇねぇ、『JOAR』の話聞いた?」
「聞いたに決まってるよー、この一週間、『JOAR』の事ばっかり調べてたー」
当然、登校中の生徒達の話題も「JOAR」で持ち切りだ。
「アルトリウス先生の事は残念だけど、『エクスカリバー・フォース』がいなくなるのはせいせいするねー」
「ねー、息苦しかったもん。『JOAR』はよくやってくれたよー」
「ほんとほんと。あれ、『エレベートテック』が勝ってたらむしろどうなってたのって感じ」
思ったより自分たちに好意的な意見が多いことに、二人は気を良くしながら登校していく。
学校も当然だが見た目には殆ど変化がなく、仁の緊張も解けてくる。
「あそこで戦ったんだよな……」
と思わず仁がぼやく。その視線の先にあるのは都内ハーモニクス・ソリューション学園の第二グラウンド。
「な、俺達の学校が戦場になるとは思いもしなかったぜ」
「危ないところだった」
「な。俺正直、《エクスカリバー》に飲み込まれた時は初期化を覚悟したよ」
「無事で良かったよ」
「本当だよ。次はこんな無茶なしで行きたいな」
「『キャメロット』以上の強敵なんてそうそういないだろ」
二人は笑いながらクラスに入る。
流石にクラスに入ると違和感は顕著になった。
「人、減ったなぁ」
「だな」
「エクスカリバー・フォース」の構成員がいなくなるのは想定していたが、それ以上に減っている。
「おはよ。反『ハーモニクス・ソリューション』の生徒達はこの一週間の間に別の学校に転校していったみたいね」
有子が二人に挨拶をする。
「あぁ。『JOAR』に好意的な声が多いと思ったら、そもそも『キャメロット』派の生徒はみんないなくなってたってわけか」
と納得した様子の仁。
そして、一限目。
新しい教師陣の紹介のため、全校集会となった。
講堂で新しい理事長の挨拶から始まり、新しい校長の挨拶、そして、新しい教師たちが紹介されていく。
あまり「エレベートテック」への帰属意識がなかった一部の教師が多少残っているくらいで、ほとんどが新しい教師だ。
「ハーモニクス・ソリューション」がこれまで教育に力を入れてなかった事を考えると、教師のレベルは未知数といえる。仁は少し値踏みするくらいの気分で教師たちの様子を眺めていた。
「そして最後に、我ら『ハーモニクス・ソリューション』の頼りになる守り神をご紹介しましょう!」
その言葉と同時に、講堂の理事長を照らしていたスポットライトがまばゆく仁達を照らした。
「『JOAR』構成員のうち三人、石倉 仁君、関原 重明君、見波 有子君です!」
一瞬、講堂内がシンと静まり返り、そして直後、盛大な拍手が溢れた。
「『JOAR』の本名については非常にセンシティブですから、迂闊に口外しないようにお願いします。ネットなどで発言しても、我々の技術力なら発見可能ですからね」
そういって、理事長が真面目な顔で警告する。
一方の仁は突然の出来事に頭がついてきていない。重明は順応が早く、盛大な拍手に手を振り返すなどしている。
しばらくすると、仁の頭がようやく追いついてきて、いま自分たちの人気がついに現実に還元されたのだと気付いた。
それはそう、重明とのかつての約束が――こちらになんの相談もなく行われたのは少し気になるが――果たされるときが来たということ。
そうして、仁も遅れて拍手してくれたみんなに手を振り返した。
それを受けて、みんなの拍手が一層強くなる。
仁は思った。「JOAR」をやってきてよかった。次は全世界に正体を明かしても良いくらい、有名になろう、と。
そして、全校集会が終わり十分の休み時間が始まると、三人は質問攻めにあった。
「どうやって『エクスカリバー・フォース』から隠れ仰せたの?」
「リベレントさんはやっぱり有子ちゃんのお姉ちゃんなの?」
「『キャメロット』と戦った感想は?」
「戦場がゲーム内のここだったって本当?」
「アルトリウス先生のこと嫌いだった?」
とにかく数え切れないくらいの質問が無数に飛び出した。
「はい、そこまでそこまで。前にも言ったけど私達厩戸王じゃないんだから、そんな一気に声をかけられても分からないのよ」
と、大きな声で場を仕切ったのは有子だ。
その言葉に聞き覚えのある生徒も多い。これはかつて学校のローカルスペースに「JOAR」が姿を表し、質問攻めにされた時にアリが言った言葉だった。
「本当にアリなんだ……」
と、有子の友人の一人が驚いたように声を漏らす。
「じゃ、リーダー、指名して」
「あ、じゃあ。佐藤さん」
「あ、はい!」
同級生なのだからある程度当然なのだが、名前を覚えられていることに驚きつつ、佐藤さんが応じる。
「リベレントさんはやっぱり有子ちゃんのお姉ちゃんなんですか?」
「私が答えても良い? その通りよ。リベレントは私のお姉ちゃん。何人かは、文化祭で見たことあるわよね」
やっぱり、と声が上がる。有子の長身の姉については文化祭の時に少し話題になっており、長身の女性であるリベレントと特徴が一致する。これは「エクスカリバー・フォース」に目をつけられた時にも話題になっていた事実だ。
「じゃあ次は?」
有子が話を切り上げる。仁が次の質問者を指名する。
「どうやって『エクスカリバー・フォース』から隠れられたの? 優希君は『JOAR』じゃないんだよね?」
当然来ることが予想された質問だった。
「そうだ。けど、優希は……」
仁が優希に目線を合わせると、優希が頷く。
「優希はリベレント……つまり有子の姉と仲が良くてな。それでリベレントだと見抜いて、協力者になっていたんだ」
「そんな、武田君……本当なの?」
驚いたように玲子が優希を見る。
「あぁ、本当だよ、上杉君。いやぁ、やっと秘密にしなくて良くなって助かったよ」
ははは、と優希が笑う。
「そんな……、あの女とそこまで仲良くなっていたなんて……」
ショックを受けた様子の玲子。
「……次は?」
有子は一瞬声をかけるか迷ってから、次に話を進めることを選ぶ。
気がつけばたった十分の休み時間だと言うのに、他クラスからも人が来ており、収拾をつけるのが大変そうになってきていた。
「アルトリウス先生の事、嫌いだった?」
「嫌いだったぜ!」
次の質問に対しては重明が真っ先に答えた。
「おいおい、勝手に答えるなよ。俺も思うところはあるが、授業自体は好きだったよ。分かりやすかったし、授業の進め方にも好感が持てた。正直、仕方ないとはいえ、辞めちゃったのは残念だよ」
「まぁ私も『エクスカリバー・フォース』設立を煽っておきながら自分は関知しませんって態度だったのはあまり好きじゃなかったけど、授業は悪くなかったわね」
仁が呆れながら補足し、それに有子も同意する。
「じゃ、次だな」
「『キャメロット』と戦った感想を聞かせてください」
「楽勝だった! ……って言えたらかっこよかったが、危ないところだったな」
重明が調子よく口を開いてから、それを自己訂正する。
「あぁ、薄氷の勝利って感じだった。いつ誰が初期化されてもおかしくなかった」
「あ、あぁ、ハクヒョーだったよな、ハクヒョー」
仁の言葉に分かってるのか怪しいながら重明が同意する。
「正直、綱渡りの末に先に向こうを決壊させることに成功したって感じだったよ。一瞬、相手の虚を突けたからこその勝利だった。もし逆に向こうが先にこちらの虚を突けていたら、きっとこっちが負けていただろう」
仁は偽ることなく素直に感想を述べた。親「エレベートテック」の人間は少なくなっているとはいえ、「キャメロット」に少なからず好感を持っていた人間も少なくないはず。そういった人間を不快にさせないためにも、正直な感想を述べるのが良いと思った。
と、そこで、時間がやってきた。
「ほら、授業始めるぞ。みんな席につけー」
慌てて他教室からやってきた生徒達が自分の教室に戻っていく。
授業は比較的ゆるかやに進んだ。殆どの授業がまず教師と初対面なので、お互いの自己紹介に終始したからだ。
ただ、授業の進捗を考えるとここでこんな事をやった分のロスは補わねばならないので、次回からはビシビシ行く、などという教師が多かった。
良い悪いではないが、とにかく指導要領を順守しようという意志の教師が多そうだ。
その後も十分の休み時間ごとに人が集まってきて質問会が行われた。
様々な質問が飛び交ったが、仁は可能な限りその全てに誠実に答えた。重明は時々カッコつけて半分弱嘘みたいなことも言っていたが。
昼休みは以外にも人が集まってこないので流石にお昼はみんな自分の食事があるんだろうな、と思い、いつものように屋上に行くと、そこに人が集まってきた。
食事しながらで構わないので、話を聞きたいということだった。
有子も合流してきて、三人は食事しながら様々な話をした。
「だから、『スヴェル』手に入れたときのダンジョンについてはまたそのうちロアを収集しに周囲の村落とか巡りたいなと思ってるんだよ」
「あー、分かるわ。なにか設定ありそうだったわよね」
やがて質問も尽きてくると、三人の『VRO』談義を聞きたいという話になり、今後の余暇の過ごし方などの話をした。
「俺はもっと強くなりたいね。さしあたっては《フォトンクレイモア》もオーバーロードが出来るようになればいいんだがなぁ」
と重明。未だに方法が分かっていないのである。
「といっても、『キャメロット』も倒したし、オーバーロードが必要な敵なんているのかは疑問だけどな」
「いやいや、きっと世界にはもっと強敵がいるはずだぜー?」
「そりゃそうかもしれないけど、今の『ハーモニクス・ソリューション』に攻めてくるかね」
「ハーモニクス・ソリューション」はこれまで専守防衛を掲げてきた。しばらくは侵攻もしていたが、それは「エレベートテック」が小細工を弄してまで攻撃してきたからだ。
おそらく、「ハーモニクス・ソリューション」は専守防衛に戻るのだろうし、これからさらなる強敵と戦う機会があるかは不明だ。
なんならここまで強さがニュースになっている今、攻めてくる敵がいるかも疑問だ。しばらくはのんびり出来るかもしれない。
仁はそう思っていた。
そうして、「JOAR」が話題の中心を占める日々が過ぎていく。
数日もすれば質問攻めこそはなくなったが、それでも昼休みの食事会は続いていた。
そうして十二月の中旬、冬休みがやってくるまで食事会は続いたのだった。