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第81章「日常〜ET学園での最後の一日」

 朝。仁は重明と連れ立って都内エレベートテック学園への道を歩いていた。

 今日の夜には、「ハーモニクス・ソリューション」は「エレベートテック」への攻撃宣言を行う。

 それはつまり、その翌日には「ハーモニクス・ソリューション」か「エレベートテック」のどちらかは買った方に吸収され、消えてなくなることになる。

 当然、仁は負けるつもりはないから、消えるのは「エレベートテック」になるだろう、と考える。

 けれど、それも内心は複雑であった。

 「エレベートテック」は、仁の通う都内エレベートテック学園の母体である。「エレベートテック」が消えてしまえば、都内エレベートテック学園がどうなってしまうのか、想像もつかない。

 最悪の可能性としては消えてしまうだろう。「ハーモニクス・ソリューション」には学校を経営する部門はないので、その可能性も大いにある。

 けれど、そうでなくても、少なくとも今の都内エレベートテック学園がなくなることだけは確実に確かだ。

 経営陣が総入れ替えされる可能性は高いし、教師だって、彼らは「エレベートテック」の社員であるわけだから、残るかどうかは良い方に考えて五分五分くらいだろう。

 つまり、今日は都内エレベートテック学園最後の日なのだ。

 その事実を生徒の中で自分と重明と有子の三人だけが知っている。

 重明も今日は珍しく黙りこくっており、同じ命題について悩んでいるものと思われる。


「よし決めた!」

 歩くことしばし、唐突に重明がそんなことを叫んだ。

 いつもの如く大声の重明は当然、周囲からの注目を集めた。まぁとはいえ、重明が突然大声を出すのはいつものことなので、「なんだ重明か」と言った様子でみんなの視線は元に戻る。

「お、おい、重明?」

 よからぬことを言うつもりじゃないだろうな、と仁は恐る恐る問いかける。

 今、都内エレベートテック学園は「エクスカリバー・フォース」と呼ばれる自警団が発足しており、都内エレベートテック学園を脅かさんとしている「JOAR」一同の身元を探っている。

 優希の協力により三人は「JOAR」である疑いが晴れているが、それにしては符合する部分が多すぎるのも確かで、「エクスカリバー・フォース」はまだ三人を告発するタイミングを伺っているものとものと仁は思っている。

 重明の迂闊な言動がその疑いを強くすれば、「エクスカリバー・フォース」は再び仁達を怪しみ、告発するだろう。

「俺、今日は学食にする!」

「は?」

 意味不明な重明の言葉に、仁が思わず聞き返す。

 都内エレベートテック学園でお昼ご飯を食べる時、三つの方法がある。

 一つ目は普段の仁達のようにお弁当を持ってくること。

 二つ目は有子のように購買でパンやおにぎりを買って食べること。

 そして三つ目が学食である。

 学食では学校が雇ったスタッフによる麺類や丼もの、定食などが楽しめる。

「いやー、最近はET学園の学食ってレベル高いって噂でよ、前から気になってたんだよ」

「そうなのか」

 そういえば、「エレベートテック」は「スカイライク」をレイド・ウォーで下したんだったか、ならばそれが学食にも反映されているとしてもおかしくはない、と仁は思った。

「おう、出来ればコンプリートしたいくらいだぜ」

「いや、それはその……無理だろ」

 何せ明日以降、都内エレベートテック学園は少なくとも今の形ではなくなってしまうのだから。

「だからもっと早く始めとくべきだった。後悔してるぜ」

 仁からするとしょーもないこと、と言う感じだが、重明からすると本気で凹んでいるらしい。

「そ、そうか」

「って、わけだからよ。今日の昼は別行動だ。ほれ、俺の弁当やるよ、帰りに返してくれ」

 そう言って、重明は自分の分の弁当を差し出してくる。

「お、おう」

 仁はこの状況でそれだけの熱意はどこから来るのだろう、と思いながら、重明の弁当を受け取る。

 まぁ、重明の作る弁当はボリュームがあって美味しいので、それをまるっと貰えると言うのは仁的には悪い話ではない。

 ありがたく弁当を受け取りカバンにしまってから、ふと気付く。

「そういえば、有子を見かけないな」

「今更かよ」

「すまん、ずっと物思いに耽ってたからな」

「お、お前も学食か? だったら、二人で分担して注文すればコンプリートに近づくな」

「ちげーよ」

 本当に我が親友は能天気だな、と仁は笑う。

 とはいえ、学食コンプリートを今更志すと言うのは、重明もまた今日が最後だと理解している証拠だ。重明なりに考えた結果なのだろう。

「で、有子のこと何か知ってるのか?」

「さっき、女友達と一緒に歩いてたぜ」

「へぇ」

 有子は当然、「JOAR」意外に友達がいるし、当然同性の友達もいる。

 ただ、あまり他の女子と比べて群れることを良しとしない傾向にあり、あまり女友達と一緒に登下校したり昼食を摂ったり、と言う様子はなかなか見られない。

 その有子が女友達と一緒に登校とは。やはり、有子も有子なりに考えているところがあるのだろう。


 その考えていること、は学校に到着するとすぐに分かった。

 有子の周りにいる女子生徒は皆決まって、「キャメロット」グッズをつけていた。中には、エクスカリバーをモチーフにした指輪をキーホルダーにしたものを《オーギュメントグラス》につけているものさえいる。

 あのキーホルダーは、「エクスカリバー・フォース」のボスをしている俊太朗が家がエレベーとテック傘下の金属加工系中小企業の所属なのをいいことに、作ってもらったらしい指輪だ。

 基本的に「エクスカリバー・フォース」の構成員に配られており、皆が構成員の証としてつけていたのだが、流石に指輪はどうなんだ、と言うことで、禁止令が出た。

 そして、流石に「JOAR」と関係ないことで学内で争いたくなかった「エクスカリバー・フォース」が折れた結果、今のようにキーホルダーにしてつけるようになった、と言う経緯がある。

 つまり、有子は友達の中でも「キャメロット」のファンや信奉者と過ごすことを選んだらしい。

 確かに、「キャメロット」に入れ込んでいるメンバーは親「エレベートテック」思想が特に強い傾向にある。

 彼女らは都内エレベートテック学園が「ハーモニクス・ソリューション」のものになった場合、たとえ学校自体が存続することになっても、そのまま学校に留まるとは限らないだろう。

 そういう意味で、有子の過ごし方も「最後の一日」に相応しいものと言えるだろう。

(俺はどうやって過ごそう……)

 重明は明日からは食べられないかもしれない学食の制覇、有子は明日からは会えないかもしれない友人との時間。

 一方の仁は特に最後の日にやりたいものというものが思いつかなかった、

 自分で思っていたより、自分は都内エレベートテック学園に思い入れがないのだろうか、と仁は驚く。


 とりあえず真面目に授業を受けて昼休み。

 仁は屋上で自分の母親が作ってくれた弁当と、重明が渡してきた重明製弁当の二つを消化していた。

「よう、仁。やっぱりここだったか」

「優希か」

 そんな食事中の仁に声をかけてきた主は優希であった。

「恭子から聞いたのか?」

「まぁな」

 優希が仁の隣に腰を下ろし、購買のパンを取り出す。

「やっぱり、という割には遅かったな。なにかしてたのか?」

「玲子を撒くのに時間がかかってな。毎度毎度、なんであんなに自分のそばにいたがるのやら」

「なんでだろうな?」

 優希の疑問に仁も首を傾げる。

「そんなことよりお前だ。なんだか元気がないみたいじゃないか、大丈夫か?」

「そうだな、大したことじゃないんだが」

 仁はうっかり周囲に聞かれても大丈夫なように言葉を慎重に選びながら、他の二人と違って最後の一日にやることが思いつかない、という話をした。

「なるほどな」

 優希が頷く。

「ならちょっと考えてみればいいんじゃないか? 例えば……、ほら、この学園生活で一番楽しかったのはなんだ?」

 優希がパンをかじりながら、そう尋ねる。

「そうだな……。やっぱり修学旅行かな。恭子も来てみんなで海外旅行出来たし」

 仁は重明の作ったプリントフード製食材を調理した味噌カツ丼弁当を口に運びながら、たっぷり一分考えて、そして口にする。

「そうかそうか。じゃあ二番目は?」

「文化祭だな。恭子も来て四人で店を見て回るのは楽しかったよ。グッズも買えたしな」

 仁が自分の《オーギュメントグラス》についたキーホルダーを示しながら言う。

「なるほど。答えは見えてきた気がするが、三番目は?」

「三番目……。といったら、あれだろうな。重明が自分達の秘密を明かして人気者になろうとした時。みんなで必死に止めようとしたのが大変で今思い出すと笑える」

 楽しそうに笑いながら仁が言う。

「なら、決まりだ。仁、お前は、ET学園への思い入れがないんじゃない。ただ、仲間への思い入れが強すぎるだけだ」

「どういうことだ?」

「だって、学園生活の思い入れを聞いたのに、お前の答えときたら、仲間達の話ばっかりだったじゃないか。お前にとっては四人で何かする事が大事なんだ」

「そういうことか……」

 言われてみれば、学園生活を振り返っても思い浮かぶのは「JOAR」の仲間のことばかりだ。

 それはともすれば悲しいことなのかもしれない、「JOAR」の他に楽しい思い出が少ない、ということだから。

 けれど、仁にとっては、有子に連れられてお台場旅行に行った時のことを思い出すきっかけとなった。

「そうだった。俺はみんなで騒ぐのが好きなんだ」

 そのためには、とにかくお金が欲しい有子の願いもとにかく名声を求める重明の願いも叶え続けなければ。それに、仁自身、お金と名声がどんどん転がり込んでくる今の生活からは離れられない。

「なら、やろう」

「なんだ、もしかして、まだ戦うこと自体に迷ってたのか?」

「まぁな。けど、今の言葉で覚悟が決まったよ。俺は仲間達と騒ぎ続けるため、戦って、勝つよ」

「そうか」

 優希が笑う。

「俺としては進学先に迷うことになるから、『エレベートテック』にも頑張って欲しいけど、な」

 パンを完食し、優希が立ち上がる。

「それなら、なんで、俺達に協力してくれるんだ?」

「さぁね、なんでかな。鈍いお前には分からんかもな」

「なっ」

 「JOAR」の仲間以外にまで鈍いと言われた、と仁が驚く。

 優希は頑張れよ、絶対、初期化されたりするんじゃないぞ、と言いながらその場を後にする。

 そして、入れ違いにアルトリウスがやってきた。

「パティグリー先生……」

「こんにちは、石倉さん」

 仁が慌てて立ち上がり礼をする。

「おや、その足音。なるほど、覚悟は決まったようですね」

「え」

 思わぬ言葉に仁が固まる。

「言ったでしょう、足音を聞けば概ねのことは分かります、と」

 このように貴方を探して屋上に来ることだって出来ました、とアルトリウスは言う。

「今晩、なのでしょう?」

「!」

 アルトリウスの言葉に、仁に緊張が走る。

「慌てることはありません。誰かがミスをしたわけではありませんよ。私がただ、ちょっと鋭いだけです。足音を聞けば概ねの事は分かってしまいますからね」

 笑顔を見せるアルトリウスに対し、仁の緊張は高まっていく。

 今がレイド・ウォー手前の状態にあると知って、何をしに自分へ会いに来たと言うのか。

 最悪の可能性さえ考えられる。ここは屋上で、唯一の出口である塔屋はアルトリウスの背後。逃げ場がない。

「あぁ、勘違いしないでください。レイド・ウォー以外で貴方を排除するつもりはありません。本当は『エクスカリバー・フォース』の皆さんの活動も疎ましいと思っているくらいです」

 あの手の連中は迂闊に批判すると矛先がこちらに向きますから、言えませんが、とアルトリウス。

「ガウェインが貴方との正式な決着を望んでいます。それで、貴方の覚悟が決まっていないようだったので、発破をかけに来たのですが、どうやら余計な心配だったようです」

 そう言って、アルトリウスが背中を見せる。

「では、今晩会いましょう。ご心配なく、『エレベートテック』は遅滞戦術を取るつもりはありません。速やかに開戦しますよ」

 そう言って、アルトリウスは階下へ消えていった。

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