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第76章「異変〜アルトリウス来日」

 「JOAR」が、ヒノカグツチと戦い新たな武器の新たなモードに習熟したその翌日。

「なんか盛りだくさんな週末だった気がするなー」

 通学路を並んで歩く重明がそんな事を呟く。

「だな」

 その言葉に仁も頷く。

 「ピークォド・コーヒー」との戦いが最初、金曜日だった。

 ボスバトルだったその戦いは、ボスのHP損耗状況だけを見れば終始「ハーモニクス・ソリューション」に優位に進んだと言えるが、その裏でたくさんの部下達が犠牲になった。

 幹部とはいえ、所詮は外部戦力に過ぎない仁には、今後の「ハーモニクス・ソリューション」の作戦をまだ知らないが、仁は、あれだけの戦力を補充するにはそれだけの時間がかかるはずで、「エレベートテック」攻めはそれが完了してからの話となるだろうと考えていた。

 つまりしばらくは準備期間のはず。

 とはいえ、それは「エレベートテック」にとっても同じこと。

 今、「エレベートテック」は「ハーモニクス・ソリューション」が攻めてくるのに対策するための準備を急いでいるはずで、「エレベートテック」との最終決戦は、どちらが先に準備万端になるかの勝負となっているといっても過言ではないだろう、と仁は考えていた。

 その翌日、土曜日は、恭子のデート(重明と有子曰く)のストーキング。正直こちらは仁にとっては何も得るもののない無駄な時間であったが、とはいえ、「JOAR」のメンバーで遊ぶことがなによりの楽しみになりつつある仁にとっては、この無駄こそが好ましかった。

 さらにその翌日、日曜日は《ファンクサスブレード》を熟練するためにヒノカグツチと戦った。

 この戦いはネットニュースでも取り扱われ、【ジンのライトニングソードに代わる新たな武器ファンクサスブレード】などと言った見出しで扱われた。

 ちなみに名前が判明しているのは質問会で調子に乗ったオルキヌスがバラしたからである。

 まぁわざわざ隠すほどのことではないし、もっと本当に隠すべきだったかもしれない、《ファンクサスブレード》のモードチェンジとチェンジ後のWSもバッチリニュースにされてしまっているので、正直、そこまで大した問題とは思っていない。

 仁は知るよしもないが、もし、優希が約束したのが日曜日だったら、土曜日にヒノカグツチ狩りに行っていたはずなので、あの恭子へのカマかけが出来なくなっていただろうことを考えると、人生とは不思議なものである。


 学校に到着すると、校内は不思議なざわめきに満ちていた。

「おはよう、有子。なんか騒がしいけど、なにか知ってるか?」

 仁は先に学校に着いていたらしい有子に声をかける。

「あぁ、なんか朝のショートホームルームSHRの代わりに全校集会があるんですって」

「全校集会?」

 思わぬ言葉に仁が聞き返す。

「えぇ。『ハーモニクス・ソリューション』との紛争の件じゃないか、って噂されてるみたい」

「紛争の件? 一体何を?」

 有子の言葉に仁が首を傾げる。

「君たちは能天気だから気付いていないようだがね、校内では自分達の学校の母体が変わるかもしれないと不安になっているものも少なくないのだ」

 そこに優希と玲子が近付いてきて、優希が口を挟んだ。

「あぁ、なるほど。言われてみると不安だよな。『ハーモニクス・ソリューション』ってこれまで教育事業にはあんまり手を出してきてないし」

 仁が頷く。

「加えて、『ハーモニクス・ソリューション』にはこの学校のヒーローであるはずの『JOAR』が与していますからね。どう考えていいのか悩むものも多いですよ。どうして『エレベートテック』を選ばなかったのやら」

「なにおう……」

 玲子の言葉に重明が口を開きかけるが、仁が視線でそれを制する。

「なにか?」

「いや、なんでもねぇ」

 玲子が聞き返すが、重明は首を横に振る。

「……? 優希? なんか緊張してんのか?」

 そこでふと、重明の視線が優希の顔で止まる。

「い、いや? そんなことはないが」

「そうか? なんか。全校集会で何かすることになるのかと思ったぜ」

「いや、流石にそんなことはないよ。全校集会でどんな話がされるのかもしれない。『ハーモニクス・ソリューション』との紛争の件、というのも、噂に過ぎないしね」

 優希はそう言って首を横に振る。

「そうか……」

 けれど、重明には、やはり優希がどこか緊張して見えるのだった。

 実はこれは重明の勘違いではない。

 優希は恭子に有子達……つまり、都内エレベートテック学園に所属する「JOAR」の三人を守ると約束をしている。

 もし、この全校集会が本当に「ハーモニクス・ソリューション」との紛争の件だとすると、その過程で、「JOAR」に対し、何らかの飛び火が発生する可能性は否めない。

 すごく極端なことを想像すると、「エレベートテック」がその企業力で突き止めた「JOAR」の正体を公開し、退学を迫る、というような可能性だって、無いとは言えない。

 本当に自分は約束を守れるだろうか、と優希は考え、結果、緊張しているような面立ちになっているのだった。


 そして、全校集会が始まる。

「皆さん、先々週から『ハーモニクス・ソリューション』が我が『エレベートテック』の同盟企業を次々と落としているという話をご存知でしょうか」

 校長の話が始まるかと思えば、出てきたのは理事長であった。

 理事長は教師ではなく、「エレベートテック」に所属する役員の一人だ。

「校長から話を聞く限りでは、多くの生徒がこの問題について各自考え、悩み、そして不安に思っているとのことでした」

 その話し出しはまさに優希が先程話していたとおりのものだった。

「まず、『ハーモニクス・ソリューション』が弊社を狙っているらしいというのはまず間違いない事実のようです」

 どよめきが起きる。教師達が静かになるように生徒達に呼びかける。

 生徒達が静かになったのを確認し、理事長は再び口を開く。

「えぇ、不安でしょうね。皆さんはこの都内エレベートテック学園の生徒です。多かれ少なかれ、『エレベートテック』への帰属意識が有ることでしょう」

 理事長が頷く。

「まぁ、多少はそうでもない人もいるようです。本校の生徒の中にも『ハーモニクス・ソリューション』を支持するものもいるようですから」

 「JOAR」の三人と優希がドキリとした。特に優希は先に説明したような事情から、心臓が止まるかと思った。

「我々はそれを非難するつもりはありません。誰がどの企業を支持するかは各個人の自由ですから」

 だが、理事長の続く言葉で、四人は同時にほっと息を吐いた。

「私が問題にしたいのは、帰属意識から不安を感じる生徒が多いという方です。不安は病のようなものです。その病にかかったものは、中には勉学や運動に励む気力を失います」

 これは由々しき事態です、と理事長は続ける。

「私は皆さんにのびのびとこの都内エレベートテック学園で学生生活を送り、未来に向かって勉学や運動に励んでほしいと思っています」

 勿論、その結果、弊社に貢献して頂ければより良いという下心はあります、と理事長。

「そこで、本日は『ハーモニクス・ソリューション』との紛争に詳しい先生を一人お呼びしました」

 再び生徒がざわざわする。どういうことだ? と。

「紹介しましょう。イギリスのエディンバラからいらっしゃいました。パディグリー先生です」

 そう言って、理事長が舞台脇を示すと、そこから一人の男性が出てくる。

 「JOAR」の三人と優希と玲子は彼を知っている。修学旅行で出会ったアルトリウス、その人であった。

 アルトリウスは舞台の中央、理事長のいる場所までやってくると、理事長と握手を交わしてから、マイクの前に立った。

「ご紹介に預かりました。アルトリウス・パディグリーです」

 相変わらず目をつぶったままのアルトリウスは静かにそう話し始める。

「皆さん、困惑されていることでしょう。私は瞼を開くことが出来ないため、皆さんの表情は分かりませんが、空気の音で分かります」

 アルトリウスの静かでしかし力強いその言葉は不思議と相手に話を聞かせる力がある。

「えぇ、分かります。こんな目の見えない得体のしれない外国人がなぜ、『ハーモニクス・ソリューション』との紛争に詳しい先生、などと紹介されるのか、と」

 その答えを仁だけが知っている。厳密には仁は「JOAR」の面々には話したので、「JOAR」三人だけが知っている。

「説明しましょう。私こそが『キャメロット』のアーサーです」

 生徒達のどよめきが最高潮に至った。

「ご存知の方も多いと思いますが、『キャメロット』は『エレベートテック』の同盟企業である『ロビン・ルイス』と契約していました。あ、今年の二年生は修学旅行で見学に来てくれたそうですね、ありがとうございます」

 人当たりのいい笑顔でアルトリウスが笑う。

「既にご存知の通り、『ロビン・ルイス』は『ハーモニクス・ソリューション』に敗れました。しかし、『キャメロット』は全員健在です。『キャメロット』は、『ハーモニクス・ソリューション』の中核戦力のさらに筆頭である『JOAR』と交戦、これに対し優勢を維持していました。『ロビン・ルイス』が負けたのは他の戦力が弱く、それが『デネ』や『パラディンズ』を抑えられなかったためです」

 そして、とアルトリウスは続ける。

「『エレベートテック』は我々『キャメロット』を筆頭に、優秀な戦力をかき集めています。最大戦力の『JOAR』は我々が抑えます。そして、新たな戦力達は『デネ』や『パラディンズ』を抑えられると試算出来ています」

 馬鹿な、と仁は思った。確かに、「ハーモニクス・ソリューション」の最大戦力は「JOAR」だと言われている。だが、実際には対集団戦なら「デネ」、対個人戦なら「パラディンズ」が、それぞれ強みを活かせる。強みを活かしている時であれば、「JOAR」を超えうる戦力だ。

 つまり、アルトリウスが言っているのは、「ハーモニクス・ソリューション」の噂の中で「JOAR」が一際有名であることを利用した嘘に過ぎない、と仁は感じた。

 特に「JOAR」人気の高いこの都内エレベートテック学園においては、有効な嘘だろう。事実として、多くの生徒が頼もしそうな目でアルトリウスを見ていた。

 アルトリウスが空中に指を走らせると、アルトリウスの見た目が、『VRO』のアーサーの見た目へと変化した。

 ローカルネットワーク上にARマスキングアプリケーションを走らせて、アルトリウスの上にアーサーのマスキングを施したのだろう。

 ブォン、と、アーサーが《エクスカリバー》を取り出し、フォトンの刃を出現させる。

「この黄金のフォトンセイバー《エクスカリバー》に誓ましょう。私達『キャメロット』は、必ずや『ハーモニクス・ソリューション』とのレイド・ウォーに勝利し、『エレベートテック』を守ります」

 そう言って、アーサーは《エクスカリバー》を掲げ、強く宣言した。

 仁はプロパガンダに過ぎないと冷ややかに見ていたが、多くの生徒達はこの宣言に勇気付けられた様子だ。

 アーサーはマスキングを解除し、アルトリウスの姿に戻り、再びマイクに向かう。

「今後、私は世界史の教師として、この学校に務めさせていただきます。何か不安なことがあったら、是非声をかけてくださいね」

 そう言って、アルトリウスは人当たりの良い微笑みを披露した。

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