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第73章「侵攻〜ピークォド・コーヒー 下」

 『VRO』アメリカリージョン、ワシントン州北西部キング郡シアトル。

 「ピークォド・コーヒー」本社前の駐車場で炎の巨人・イフリートを中心に二つの軍が向かい合っている。

 「ハーモニクス・ソリューション」軍と「ピークォド・コーヒー」軍だ。

 両軍ともに遠距離攻撃要員がイフリートに攻撃を放ち、無数の魔法、魔術、フォトンビーム、弾丸、矢、レーザーがイフリートに突き刺さっていく。

 そんな遠距離攻撃要員に向けて、近距離攻撃要員が突撃を仕掛け、近距離攻撃要員同士がぶつかりあう。

 総ダメージ量は「ハーモニクス・ソリューション」側が優勢なようで、イフリートの攻撃は基本的に「ハーモニクス・ソリューション」側へ向けられている。

 イフリートの主な攻撃は拳によるパンチ攻撃であり、アリの継続回復を受けながら、リベレントが受け止める事で、現状は「ハーモニクス・ソリューション」軍遠距離攻撃要員の損耗率は高くはない。

 近距離攻撃要員がぶつかりあう戦闘も態勢を立て直したベオウルフが先頭を切って奮闘しているのもあり、「ハーモニクス・ソリューション」軍が優勢。

「どう思う? このまま押し切れると思うか?」

 遠距離攻撃要員に加わったオルキヌスが射撃モードに切り替えた《フォトンクレイモア》から赤いフォトンビームを放ちながら、ジンに問いかける。

「可能性は低くないと思うが、後半の行動パターン次第だな」

 ジンは短く答えると詠唱を再開する。

「と、そうだよな。魔法砲撃中は喋れないよな、すまん」

 その様子にオルキヌスは短く謝罪をしてから、自身も射撃に集中する。

 戦いは——敵近距離攻撃要員部隊の内側へと突入し暴れ回っているベオウルフを除き——比較的地味な数値の増減で表現出来るようなものに終始している。

 敵対プレイヤーと直接的に斬り合いに終始している近距離攻撃要員はいつ自分が負けて初期化されるか分からない緊張感を持って戦っている一方で、遠距離攻撃要員の中にはあくびをしながら攻撃をするような要員までいる始末だ。

 我らがJOARのタンク、リベレントが優秀すぎる弊害と言えるかもしれない。

 まさにリベレントは遠距離攻撃要員全員にとって、自分達を守る女神が如き存在となっていた。

 だが、そんな退屈な時間も永遠には続かない。もちろん、イフリートがやられる時がきた、という意味ではない。

 イフリートのHPが半分を切る時がやってきたのである。

「HPが半分切ったぞ、警戒しろ!!」

 ジンが叫ぶが、あくびをしているほどに緊張感が失われた者達には届かない。

 そして。

 大きく空中に飛び上がったイフリートが、その手中に火球を出現させる。

「まずい!」

 と、ジンがリベレントに叫ぶ。

 リベレントは素早く頷き、火球がどこに落ちても受け止められるように駆け出す準備をする。

 しかし、その努力は無駄であった。

 確かに、放たれた火球は《ウォーターウォール》二重掛けされたリベレントにより防がれた。

 ただしそれは、最初に放たれた一発は、という言葉を頭につける必要があった。

 そう、イフリートは火球を一発ではなく、五発、連続して「ハーモニクス・ソリューション」軍の遠距離攻撃要員部隊に向けて放ったのだ。

 うち一発は防がれた訳なので、都合四発、リベレントの防ぎきれなかった一撃が無防備な遠距離攻撃要員達の頭上に降り注ぐ。

 基本的に、遠距離攻撃要員というのは防御力やHPが高くない場合が多い。防御力やHPにステータスや装備を割り振るくらいなら、タンクや位置取りを信用して、他の能力値、例えば命中率に関わる能力値や攻撃威力に関わる能力値に割り振る方が合理的だからだ。

 故に、この火球攻撃は致命的だった。

 もはや何人やられたか数えるのがバカらしくなるほどの数のプレイヤーキャラクターが一斉に赤いデータ片となって消えていく。

「危ねぇ!」

 防御力やHPが低いという点で御多分に洩れないジンだったが、集団の先頭近くにいたことと、オルキヌスがすぐ隣にいたことが幸いした。

 飛んでくる火球の爆発をオルキヌスが《ラージセイバーガード》で防いだことで、ジンへのダメージは最小限に抑えられ、なんとかやられることなく済んでいた。

 ちなみにこれはジンの隣に控えていたローゼンクロイツも同様である。

「回復するわ」

 慌ててアリが駆けてきて、ジンの体に触れてHPを回復させ始める。

 このままではまずい、とジンは思った。

 イフリートは遠距離攻撃でしかダメージを与えられないにも拘らず、「ハーモニクス・ソリューション」軍は遠距離攻撃手段を大きく喪失してしまった。

 対して「ピークォド・コーヒー」軍の遠距離攻撃部隊はイフリートからの攻撃にほぼ晒されていないこともあって万全の状態だ。

 先ほどまでは「ハーモニクス・ソリューション」軍が優勢ではあったが、それは最初にベオウルフが稼いだ分であって、「ピークォド・コーヒー」軍が攻撃を継続し続ける場合、その差はすぐに埋まってしまうだろう。

 そうなれば、今度は「ピークォド・コーヒー」軍が先ほどのような火球攻撃を受けることになるはずではあるが、「ピークォド・コーヒー」軍にしてみれば既に一度見た技である。ジンとて、最初から放たれる火球が五つだと知っていればいくらでも対処出来た。「ピークォド・コーヒー」軍が対処出来ない可能性に賭けるのはあまりに分が悪い。

 そして、そうして挽回された差を取り戻す能力を、もはや「ハーモニクス・ソリューション」軍は所持していない。

 悪夢のようだ。たった一つの判断ミスで、「ハーモニクス・ソリューション」軍の敗北が確定してしまった。

 だが、悪夢はまだ終わっていなかった。そもそもイフリートの攻撃はまだ終わっていなかったのだ。

 もし、ジンが冷静であれば気付けただろう事実。

 イフリートは飛翔したわけではない、単に高高度へ跳躍をしただけ、という事実に。

 飛翔と跳躍の違いをあえて説明する必要はないと思うが、一番大きな違いは、跳躍の場合、その跳躍が第一宇宙速度を突破しているのでない限り、いつかは重力に負けて落下してくる、という点にある。

 しかし、ジンは突然の大量の部下喪失という事実の前に、これまでにないほどに動揺していた。

 とはいえ、ことさらジンだけが無能を晒したかのような言い方は公平性に問題があると言えるだろう。この場にいる全員がそんな状態だったのだ。

 だからアリは盾もないジンのそばに移動し回復をはじめてしまったし、リベレントは大楯を構えることもやめて呆然と立ち尽くしてしまっていたし、オルキヌスは心配そうにジンを覗き込んでいた。

 「JOAR」だけではない、普段お調子者の「パラディンズ」のシャルルでさえ同じ調子だった。

 だから、こちらに向けて落下してくるイフリートにジンが気付いたのは本当にギリギリのタイミングだった。

 落下先は、先ほどリベレントが防いだことで、火球によるダメージが少なかった一角。

「リベレント!!」

 慌てて叫ぶが、リベレントは俯いていた顔を顔をあげてジンの方を見るのみで、事態にまだ気付いていない。

「上だ!」

 やむなく言葉を重ね、リベレントに警告を促す。

 その言葉でようやくリベレントは上空に視線を巡らせ、事態を理解したが、あまりに遅い。

 もはや《マジックウォール》の詠唱どころか大楯を上に向ける時間すらなく。

 リベレントと周囲の遠距離攻撃要員はまとめて吹き飛ばされた。否、後者に関してはこれまでの遠距離攻撃要員と同じく、そのほとんどが地面に激突すると同時に赤いデータ片となって消えた。

 吹き飛ばされ、地面に横たわったリベレントに対し、派手に土埃を上げながら着地したイフリートが拳を握る。

「いたた……。……!」

 リベレントはイフリートに狙われている事に気付き、慌てて立ち上がるが、大楯は少し離れたところに吹き飛ばされており、すぐに構えられない。

 急いで、大楯の元へ駆け出すが、それよりイフリートの拳が直進する速度のほうが速い。

「リベレント!!!!」

 ジンは咄嗟にずっと腰に下げていた《ファンクサスブレード》を抜き、WS《ライトニングスピード》を発動。

 自ら雷となり、文字通りの雷速で一気にイフリートの拳に向けて突きを放った。

 だが、それでもイフリートの拳は止まらない。

 ジンはイフリートの炎に燃やされながら、ジリジリと後ろへと押されていく。

 みるみるうちにジンのHPが減っていく。

 と、その時。

【モードチェンジ】

 不思議なことが起きた。

 ジンの《ファンクサスブレード》の刃が浮き上がり、くるりと一回転して、剣の形に戻ったのだ。

 同時、《ファンクサスブレード》が纏っていた雷が消え去り、その代わりに、膨大な水がその剣身に溢れ出した。

 突然拳に溢れ出した弱点属性の攻撃に、堪らずイフリートは悲鳴をあげ、攻撃を中断する。

 何が起きたのか分からないが、チャンスには違いない。

 ジンは連続剣技であるWS《サンダーストームラッシュ》を発動させるつもりで、《ファンクサスブレード》を捻った。

【オランド・ポラ・リュヴィア】

 だが、発動したのは見慣れない名前のWS。

 ジンの体を操る制御がシステムに移り、ジンが《ファンクサスブレード》を空中に突き上げた。

 同時、空に真っ黒い雨雲が出現し、雨が降り注ぎ始めた。

 雨は炎で燃える一帯を鎮火させ、さらに、イフリートが纏う炎をも鎮火させていく。

 そのまま、ジンは《ファンクサスブレード》から水を溢れさせ、一気にイフリートに向けて放った。

 濁流がイフリートを飲み込み、大きなダメージを与える。

 そこで、ジンの体を操る制御がジン自身に戻ってくる。

【[coop] Jin > 纏う炎消えた、近接部隊、可能なら転身】

【[coop] Beowulf > OK】

 ベオウルフが殿を務めつつ、「ハーモニクス・ソリューション」軍の近距離攻撃部隊が転身してくる。

 イフリートは吠え、ジンに向けて攻撃を仕掛けようとするが、大楯を取り戻したリベレントがそれを止める。

 そして、転身してきた近距離攻撃部隊による攻撃がイフリートを蹂躙し始める。

【RAID WAR Complete】

【Most Best Party : JOAR】

【Last Attack : Beowulf】

 かくして、大きな被害を出しながらも、戦いは終わった。

 此度もまた、「ハーモニクス・ソリューション」の勝利である。

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