無事に《ファンクサムブレード》を手に入れた仁は、早速その日のうちに勝久を経由して、智顕に報告する。
その後の返事は早かった。
「今晩のうちに攻撃宣言を行うとのことです。皆さんは『VRO』内で待機を」
「もうですか? 早くありませんか? もう明日は金曜日ですし、明日の夜なら、多くの戦力が休みで……」
「上層部は可能な限り矢継ぎ早に同盟メガコープを陥落させたいとのことです。今日まで皆さんの準備を待った分、可能な限り早急に攻撃したいのかと」
「そう言うことですか……」
確かに、自分の武器のために数日の時間をかけてしまった。本当なら翌日にでも攻撃をしたかったとすれば、随分待たせてしまった事になる。
「承知しました。すぐに準備します」
「お願いします」
勝久との通話を終え、仁はすぐに「JOAR」一同に連絡を入れる。
【Yuko.M > 今から? 今から攻撃宣言って事になると、向こうの反応時間次第では学校に行けないわよ】
【Shigeaki.S > いいじゃん。学校サボれてラッキー】
【Yuko.M > あんたね……】
とはいえ、確かに学校行けないのはちょっと問題だよな、と仁は反応を眺めていたが。
【Satoshi.I > それ言えば、恭子さんは?】
【Kyoko.M > あ、うん、私は金曜日の単位はある程度勉強できてるから平気。むしろ土曜日は予定があるから埋まらなくてよかったよー】
【Yuko.M > そうなの? 今はじめて聞いたけど】
【Kyoko.M > うん、ほら、この前、イギリスで一緒した優希くん? から本を借りに行くのー】
【Yuko.M > へぇ……】
有子は思った。「自分を介して受け渡しすればいいのに、そうしない、つまり、下心があるな」、と。
【Yuko.M > これは、私も休日の予定は決まったわね】
【Shigeaki.S > だな。俺も行くぜ、有子】
【Satoshi.I > ? どう言うことだ?】
【Shigeaki.S > お前マジかよ!】
【Yuko.M > 仁がこの辺鈍いのは今に始まった事じゃないでしょ。土曜日は仁も集合ね】
【Satoshi.S > な、俺、鈍くないぞ。指揮官もやってるし、結構勘所はある方だぞ】
【Yuko.M > はいはい、じゃあ集合理由も分かるわよね】
む……、と仁は唸る。確かに、有子と重明が何の話をしているのかは全く不明だ。
【Kyoko.M > え、みんなで出かけるの? いいなー】
同じくわかっていない様子の恭子はそんなことを呟く。
そんな話をしている間に、《オーギュメントグラス》に入れた『ヴィジョン・リアリティ・オンライン』コンパニオンアプリから通知が来る。
【Satoshi.I > やばい、攻撃宣言が実行されたみたいだ。『VRO』に入って、待機しよう】
そうチャットに打ち込むと、素早く《ヴァーチャルヘッドギア》を被る。
「ダイブ・スタート!」
ジンがパーティープレイヤーハウスの二階の男性用寝室ベッドから起き上がると、隣でオルキヌスも体を起こしたところだった。
「よっ、ジン」
「よっ、オルキヌス」
二人は互いに声をかけ合ってから、寝室を出る。
「あら、二人ともおはよう」
「おはよう〜」
と、アリとリベレントも女性用寝室から出てきたところで、二階廊下で挨拶を交わす。
そして、一行はみんなで階段を降りて、階下のワンルーム、通称「リビング」にて椅子に座って、思い思いの飲み物を取り出す。
「後は待つだけか。攻める時はこの待つ時間が結構辛いよな」
「そうね」
オルキヌスの言葉にアリが頷く。
「向こうもこっちの事情は分かってるだろうから、ギリギリまで開戦しないことで、こっちの精神を削ってくるかもな。気楽にリラックスして待とう」
ジンが自分用のオレンジジュースをぐっと飲み干してそう言う。
「そう言うジンも、普段はそんな風に一気飲みしたりしないでしょうに。緊張が丸見えなのよ」
「ぐっ……。仕方ないだろ、侵攻はまだ二回目なんだから」
防衛は向こうから攻めてきているのだから、戦闘の結果どうなろうと兵士も母体のメガコープも自業自得だ。
だが、侵攻する場合は違う。兵士はこちらの都合でデータを初期化され、メガコープもこちらの都合で潰されてしまう。
本当にそれで良いのだろうか。
勿論、『エレベートテック』の構想は潰さなければならないと感じる。感じるのだが……。
「なーに、細々と考えてんだよ。俺達は名声のために戦うと決めたんだろ。なら、細かいこと考えるのは無しだぜ」
オルキヌスがジンが悩んでいると見抜き、声をかける。
「お前だって、『エレベートテック』を敵に回す事に悩んでただろうに」
「俺はもう振り切ったね。お前もそうしろ。俺達は名声のために戦ってるんだ」
自慢げに笑うオルキヌス。
「そうかよ。……でもそうだな。俺達は名声と金のために頑張ってるんだ。今更それをやめられないよな」
そう言って、おかわりのドリンクを取りに立ち上がった。
それから23時間後。学校を休み、交代で仮眠を取っていた時のことだ。
【兵士登録している企業が開戦状態になります。間も無く自動テレポートが起動します】
「来たぞ!! 皆起きろ!!」
その時番をしていたジンが皆を起こす。
ついに、戦いの時が来た。目をこすりながら起きる三人。
直後、全員が白い光に包まれる。
アメリカ合衆国ワシントン州北西部キング郡シアトル。ピュージェット湾に面した太平洋岸北西部最大の都市である。
『VRO』においては北部はスペースニードルと呼ばれる塔を起点に「スクアミシュ・タウン」と呼ばれるプレイヤータウンが存在するが、
「ピークォド・コーヒー」の本社がある南部は廃墟のみが存在し、エネミーがポップするエリアとなっている。
そんな「ピークォド・コーヒー」を中心に二つの勢力が睨み合う。
片方は4thアベニュー・サウスと呼ばれる通りの「ファースト・オーダー」の店舗前に陣取る「ハーモニクス・ソリューション」軍。
もう片方はイースト・マージナル・ウェイ・サウスと呼ばれる通りに陣取る「ピークォド・コーヒー」軍。
彼我の距離は約800m。また、その間には無数の建造物があり、お互いを見通すことは出来ない。
「随分離されたもんだな」
「ジンの能力なら敵軍は見えてるのか? なら助かったな」
「あぁ、相手がどこにいるのか分からないほど困るものはない」
ジンの呟きにシャルルとベオウルフが応じる。
【15秒前】
「それで、敵はどこなんだ?」
「西の方だ。この先に線路が三つあるんだが、その先の道路に陣取ってる」
「攻略対象らしき構造物はないんだな? なら、ボス戦か」
シャルルとベオウルフがジンの情報を元に今回のレイドを予想する。
【5】
「それが、ボスの姿が見えないんだよな」
「レイドが始まったら出てくるだろ」
「だな。ジン、地点を絞って見られるなら、両軍の中心付近を気にしといてくれ」
「あぁ、分かった」
【1】
ジンは指示通り、両軍の中心あたりに金烏の視点を向ける。そこがちょうど「ピークォド・コーヒー」の本社前だということをジンは知らない。
【RAID WAR – BossBattle – Start】
結論から言うと、金烏は必要なかった。
開始宣言と同時に、太陽の位置から巨大な火球が降り注ぐのが、両軍の全員の目に見えていたからだ。
火球はちょうどジンが金烏越しに見ていた「ピークォド・コーヒー」本社前に落下し、大きなツノの生えた人型の巨人となって立ち上がった。
「ボスだ。行くぞ」
「全軍、ジンに続け!」
「オレ達も続くぞ」
ジンが駆け出すと、シャルルとベオウルフが部下に声をかけ、一斉に「ハーモニクス・ソリューション」全軍が動き出す。
4thアベニュー・サウスを南下し、すぐに見えてきた交差点を西に。
サウス・ランダー・ストリートをまっすぐ進めば、同じく、サウス・ランダー・ストリートを東進してきている「ピークォド・コーヒー」軍が見えてくる。
「近接部隊前へ!」
異口同音にそんな言葉が響き、両軍は1stアベニュー・サウスとの交差点の僅かに西の地点で激突する。
ボスはそのほぼ真北に位置する駐車場の中心でこちらの様子を見ている。
「指揮下の連中はオレに続け!」
そう叫ぶと、「デネ」とその配下部隊は激突から進路を変更、北のボスに向けて一気に突撃を開始する。
「先手必勝! 《グレンデル・キラー》!」
ベオウルフの
その一撃は確実に【
が。
「ぐっ、あちぃ!」
イフリートは全身を火炎で覆っており、それに近接攻撃を喰らわせると言うことはその炎に巻かれると言うことも意味していた。
ベオウルフは《フルンディング》を抜き、イフリートの表皮を蹴って後方に飛び下がりながら、腰に下げたハンドアックスを投擲する。
「オレのHP量でゲージが半分、だと……。お前ら、近接攻撃は中止だ、『ピークォド・コーヒー』軍部隊への攻撃に戻るぞ」
ベオウルフが身を翻し、部隊ごと反転する。
【[coop] Beowulf > 奴は炎の巣だ。近接攻撃は不可能。遠距離攻撃を仕掛けるしかない】
逃走しながら、素早くタイピングし、仲間に事実を伝える。
直後。
大きく跳躍したイフリートによる落下攻撃により、「デネ」と「デネ」配下の部隊がまとめて吹き飛ばされる。
ベオウルフもまた、吹き飛ばされる。
「くっ……そうか、オレがヘイトを稼いでいるからか」
腰から新しいハンドアックスを抜いたベオウルフはそれを投擲しながら、東、1stアベニュー・サウスの方へ駆け出す。
イフリートはそれを追って転身する。
「ベオウルフがやばい。単独でボスを惹きつけてる」
その様子を金烏で確認したジンは慌てて、仲間に告げる。
「ローゼンクロイツ、遠距離攻撃が出来る要員だけに俺に続くように指示を」
「はい!」
「よし、行くぞ、アリ。リベレントも来てくれ。オルキヌスは敵部隊への攻撃を続けてくれ」
ジンの号令に一同が返事を返す。
ローゼンクロイツが選定したメンバーがジン、アリ、リベレントを先頭に1stアベニュー・サウスを北上する。
「あいつは見るからに炎属性だ。魔法使いと魔術師は水属性の攻撃で一斉攻撃!」
再度のジンの号令に一斉に魔法と魔術が放たれる。
だが、移動しながらの短詠唱による僅かなダメージの蓄積ではベオウルフが与えたダメージ量には及ばず、ターゲットがベオウルフから移る気配は無い。
炎のパンチがベオウルフに迫る。
「仕方ない、リベレント!」
「うん!」
リベレントが一気に駆け出し、ベオウルフとイフリートの間に割り込み、大楯を地面に突き立てる。
ジンとリベレントが《ウォーターウォール》の魔法を詠唱し、リベレントの大楯に水の壁がまとわりつく。
イフリートの拳が水の壁に衝突し、拮抗する。
「アリ、今のうちに!」
「分かってる」
アリがベオウルフに近づき、魔術で回復を始める。
リベレントの盾ポケットからも玉兎が飛び出し、ベオウルフを回復し始める。
しかし、そうすると今度はリベレントが炎に巻かれてダメージが蓄積していく。慌てて玉兎がリベレントの元に戻り、リベレントに回復をし始める。
「リベレント、もういい、パリングして離れろ」
「分かった!」
リベレントが《ハードパリング》でイフリートの腕を押し返す。
イフリートが後方に飛び下がり、駐車場に戻る。
そこに虹色のフォトンビームが命中する。
「遠距離攻撃なら『パラディンズ』隊も負けてねぇぜ!」
シャルルとその部下達が合流してくる。
しかしそうなると「ピークォド・コーヒー」軍も黙ってはいない。
「ピークォド・コーヒー」の後衛が、駐車場の西側の道路に当たるユタ・アベニュー・サウスを北上し、イフリートに攻撃を仕掛ける。
そうはさせぬと、オルキヌスを先頭にした「ハーモニクス・ソリューション」の前衛がその後衛に突撃を仕掛ける。
そこに割り込むように「ピークォド・コーヒー」の前衛が割り込む。
ここに後衛達がイフリートを攻撃しながら、前衛達が後衛に牽制を行う構図が完成する。
膠着したこの構図はいつ破れるのだろうか……。