帰国した翌日。学校は振替の休日。
まだ時差ぼけも治らない中、「JOAR」の面々は勝久を経由して、「ハーモニクス・ソリューション」からの召集命令を受けていた。
あらゆる盗聴を警戒するため、全員本社のローカルネットワーク上の会議室に来るべし、とのこと。
眠気と疲れの取れない様子の四人——特に恭子は普通便だったので帰国してからそんなに間が開いていない——が、ボケーっとした様子で、リムジンVVに乗って揺られているのはそんな事情であった。
「うはー、やっぱこのコーラ最高!」
呑気に、リムジンVVの冷蔵庫に入っている特製クラフトコーラを勝久に開けてもらって飲んでいる重明を除いて、全員が緊張した面持ちだ。
何せ、「JOAR」一行は呼び出される理由に心当たりがあった。
前回の「レイド・ウォー」では、友人である「G.D.」を救うために利敵行為スレスレの行いをした。
それを糾弾されるのではないか、と内心恐れていた。
重明はその辺り思いつきもしないようだが、勝久の前である都合上、伝えるわけにもいかない。
せめて、重明が余計な事を言わないように、と祈りつつ、一行を載せたリムジンVVは「ハーモニクス・ソリューション」本社ビル屋上へと到達する。
そのまま流れるように、一行は仮眠室へ案内される。
「準備が完了しましたら、ローカルスペースへおいでください」
一同は前回と同じく、それぞれ仮眠スペースに寝転がり、鍵をかけてから《オーギュメントグラス》でローカルスペースへダイブする。
「お、来たか、『JOAR』!」
ジンの到着に気付き、シャルルが声をかけてくる。
「シャルル、今回も俺達が一番最後か?」
周囲を見渡すと、戦力契約している全員が集まっているようだった。
「いんや、まだ集まってない奴もいるみたいだ。何せ緊急の招集だったし、全員が全員東京に住んでるわけでもないからな」
今、VVを総動員して日本中から戦力契約してるプレイヤーを本社に集めてる最中みたいだぜ、とシャルル。
「そ、そうか」
戦力契約を結んでいるプレイヤー全員を集めている、のか、とジンは思った。
最悪の場合、プレイヤー全員の前で糾弾されることになる可能性がある、とジンは恐れた。
「それにしても、突然召集してどうしたんだろうな」
「さぁ、見当もつかないな」
シャルルの疑問にジンが惚けて見せる。実際、杞憂であれば良いのだし、下手に推測を口にして自分達の立場を悪くすることはない。
「待たせしました、隊長」
そこにローゼンクロイツがやってくる。
「ローゼンクロイツ、お疲れ様」
「はい、ありがとうございます」
そこでローゼンクロイツは「JOAR」四人を見渡して尋ねる。
「何か、お疲れですか?」
「あぁ、実は海外旅行から帰ってきたところでな」
「そうだったんですね。終わった矢先に招集なんでついてない、と思うべきか、旅行中に召集されなくて良かったと考えるべきか、悩ましいですね」
「確かに、後者の考え方は大事だな」
ジンが頷く。
(まぁ、旅行のことは「ハーモニクス・ソリューション」も把握してるから、そこは配慮してくれた、と言う可能性もあるけど)
それから全員が揃うまでに三十分はかかった。
「皆さん、急な招集にも拘らず全員迅速にお集まり頂きありがとうございました」
智顕が一同の前に立って、話し始める。
「皆さんは五回に渡ってこの『ハーモニクス・ソリューション』を防衛してくれました」
過去五回の戦いの記録が空中に投影される。
「何も小規模メガコープながら侮れない力を持っていました。それは彼らの経済力では考えられないほどでした」
敵の規模数がデータ化して表示される。いずれも「ハーモニクス・ソリューション」と同等と言っていい数。
もちろん、練度は同一ではない——恐らく「ハーモニクス・ソリューション」の方が上——が、これは考え難いことだった。
「よほど報酬が安いのかとも考えましたが、会社買収後に戦力契約を結んでいたプレイヤーに話を聞いてみたところ、報酬額はうちほどではないですが、充分に相場の範囲内でした」
つまり、彼らは自らの財布事情を超えた戦力を雇っていたことになる。
「お分かりでしょうか。この情報は彼らを裏から支援している何者かがいる、と言うことを示唆しています。ともすれば、それは、我ら『ハーモニクス・ソリューション』を排除するために、かもしれない」
ざわ、と会議室がざわつき始める。
これまで敵対してきた企業達が、その実、裏で他のメガコープの影響を受けていたかもしれない、という。
この場にいる殆どは、「ハーモニクス・ソリューション」とは戦力契約を結んでいるだけの存在だが、五回の戦いを経て、それなりに帰属意識を持っている。
自分達の所属するメガコープに向けて、そのような陰謀を働かせているメガコープが存在する。その事実は彼らに衝撃を与えるのに充分だった。
「そして、我が社諜報部による調査の末、我々は彼らへ出資していたメガコープを突き止めました」
さらにざわつきが高まる。
話の核心に全員が注目している。自分達が所属するメガコープを陥れようとするそのメガコープ、それは何者なのか、と。
智顕の背後に一つの社章が映し出される。
「え」
それはその場にいる全員が知っているほどに有名な社章。特にジン達にとっては馴染み深いものだった。
「『エレベートテック』。それが私達を陰謀に陥れようとしたメガコープの名前です」
それは、「ハーモニクス・ソリューション」と並ぶもう一つの日本の二大メガコープの片割れ。
ジン達にとっては母校の母体となっているメガコープの名前であった。
「彼らは卑劣にも自らが敗北し、企業としての形を失うことを恐れ、同盟関係にない中小企業に資金を与えて、我々を潰そうとしたのです」
その場にいる一同に怒りの感情が生まれる。
「我々としては、このような卑劣な行為を見過ごすわけにはいきません。専守防衛はこれまで。我々は、これより、『エレベートテック』に反撃に出ます」
その堂々たる宣言にノーを突きつけるものはいなかった。
「ですが、『エレベートテック』は幾つかの有力企業と同盟を結んでおり、戦力の融通なども行なっているようです。まずはこれを削らなければ、こちらが負ける可能性が高いでしょう」
そこで、まずは同盟企業を潰します、と智顕は言う。
「『ロビン・ルイス』と『ピークォド・コーヒー』。この二社が特に強大なメガコープになりますので、まずはこの二つを叩きます」
まずは前者に対し、明日、攻撃宣言を行う、と智顕は宣言する。
「話は以上です。解散」
士気は大いに高まっている状態のまま、全員がローカルスペース会議室からログアウトしていく。
「おい、どうするよ。『エレベートテック』って俺達の母校だぜ」
リムジンVVの中、意外にも覚悟が決まってないのは重明だった。
「
その言葉に、仁が応じる。
「そりゃ迷うだろ。逆になんでそんなにお前は迷わねーんだよ」
「なぜって……」
そんなの言うまでもないことだが、そういえばもう一つ最もらしい理由があることに気付いた仁はそちらを言うことにする。
「元々、この前、『ロビン・ルイス』の講堂で聞いた『エレベートテック』の思想は危険思想だと思っていた。専守防衛を基本として周りに無理に広めないならあるいは、と思っていたが、実態がこうなんじゃな」
実際には自らの手を汚さず、敵対勢力を消そうとしていた。そんなことは許せない。
重明はそれでもまだ割り切りきれていない様子で、うーん、と唸っていた。
「何にせよ、『ロビン・ルイス』ね。まさか本当にこんなに早く『キャメロット』のメンバーと再会することになるなんて」
「あぁ。そっちは楽しみだ。ボコボコにしてやろうぜ」
有子の言葉に重明はけろっとした様子で答える。『ロビン・ルイス』と戦う分には、まだ良心は咎めないらしい。
そして、翌日。
戦いの時がやってくる。
「またこっちに戻ってくるとはな……」
イギリスのロンドン。その中でもシティ・オブ・ロンドンと呼ばれるロンドンの中心地に「ロンディニウム」というプレイヤータウンはある。
その一角に存在している「ロビン・ルイス」本社ビルが「スペースコロニーワールド」の侵食により、巨大な塔へと変じていた。
「なんだ、ロンドンにいたことがあるのか?」
「まぁ二、三日な」
シャルルの問いにジンが答える。じゃあ、旅行か、とシャルルが頷く。
「無駄話は良い。攻城戦だが、どう攻める?」
そこにベオウルフが加わってくる。
「部隊は三つだ。三方向からの同時攻撃、と行こう。幸い、敵の有力パーティは『キャメロット』ひとつきりだ。どれか一部隊は壊滅を覚悟。壊滅しそうになったら、『キャメロット』をその場に釘付けにする」
「危険だが、確かにそれが妥当か。分かった、どこに『キャメロット』が現れても恨みっこなしだな」
「釘付け? はっ、こっちに来たら、オレが倒してやるよ」
ジンの提案にシャルルとベオウルフが頷く。
「それから、調べてるとは思うが、アタッカーであるアーサーとガウェインは範囲攻撃が協力だ。ベオウルフと敵の通常戦力みたいなことになるから……」
「分かってる。部下は下げろ、だな」
「オレとて部下に無駄に死んでほしくはない、心得た」
続くジンの警告にも二人が頷く。
かくして、正面から「JOAR」。右側から「パラディンズ」。左側から「デネ」。
それぞれが、攻城兵器を出現させ、攻撃位置へと移動を開始する。
塔のゲートが開き、迎撃部隊が飛び出してくる。
どうやら城内からの攻撃ではなく、野戦を選んだようだ。
ジンはローゼンクロイツを介して、攻城兵器操作部隊以外の部隊を前面に出し、野戦に応じる。
数はやや「ロビン・ルイス」側に有利だが、「JOAR」が戦線に加わることでその不利を補う。
金烏で状況を見る限り、三方向とも同様の展開になっている様子だ。
「『キャメロット』はどこだ……?」
金烏を使い、空中から「キャメロット」の位置を探る。あのメンツだ。相当目立つはずだが、どの戦線にもまた姿はない。
やがて、各遠距離型攻城兵器が配置につく。塔に向けて、攻撃を開始する。
その時だった。
「行きますよ、《エクスカリバー》」
ジン達の後方から巨大な黄色い光の柱が出現する。
「あれは!?」
金烏を介して見てみれば、そこにいるのは紛れもない「キャメロット」のメンバー。馬に乗っていることから考えて、馬でどこからか移動してきたようだが、どこから現れたのかさっぱり分からない。
だが、間違いない、あの巨大な黄色い光の柱こそは《エクスカリバー》。恐らくオーバーロード状態にある。
そして、アーサーが騎馬に拍車をかけて、走らせる。
その先にあるのは、遠距離型攻城兵器。
巨大な黄色い光の柱が振るわれる。
伝承に曰く、エクスカリバーは千の松明を束ねたような明るさを放ち、九百六十人もの敵兵を一振りの元に倒したという。
その一撃はまさにその再現であった。
まるで草刈りでもされたかのように、遠距離型攻城兵器を破壊し、その周囲にいた護衛プレイヤーを完全に一掃してみせた。
その数、果たして九百六十人で足りるかどうか。
ジン達は慌てて駆け出す。
アーサー達が踵を返して、別の方面部隊を攻撃しないうちに、足止めしなくては。
【[coop] Jin > キャメロット出現。俺達が足止めする】
了解というチャットの返事を見るより早く、ジン達はアーサーに対面する。
「ヤァ、ジン。会うのは三度目ですね。あなた達を待っていましたよ」
「正面が俺たちだって分かっていたのか」
「えぇ、概ねのことは足音を聞けば分かります。それに、この世界なら目を見開く事だって出来る」
アーサーが閉じていた目を見開く。
《エクスカリバー》が構えられる。
「おいおい、先におっ始めるんじゃねーよ、アーサー」
そこにガウェインやギャラハッド、マーリンといったメンバーも追いついてくる。
いよいよ、「キャメロット」と戦う時が来たのだ。
前回の邂逅から一週間も経っていない。本当に、思ったより早い再会だった。