イギリスはロンドン。「ロビン・ルイス」本社ビル一階。
誰でも入れるようになっているその空間にはお土産を買えるコーナーが広がっている。
「おぉ、最新モデルのファントムじゃないか」
優希が嬉しそうに手を取る。
「プラモデル? 車好きなの?」
有子が、優希に話しかける。
「まぁね。このモデルは日本ではまだ発売されてないんだよ。買ってしまおうかな」
真剣に優希は悩む様子を見せる。
「ふぅん、リアルの車も良いやつほしいもの?」
珍しく興味を示している有子の様子に仁は密かに首を傾げる。
「え? あー、確かに欲しいね。まぁ、就職次第かなぁ。無理に買うつもりはないよ。高いしね」
「ならいいか」
思いがけない質問に優希は嫌な顔一つせずに答え、有子が頷く。
何が「ならいいか」なのか、仁は再び首を傾げるのだった。
「そうなんだ。私、高給取りになれるよう頑張らなきゃ」
などと、その背後で頷く玲子の言葉にも、仁はやはり首を傾げる。
「おーおー、やってんなー」
一方の重明はその様子を楽しそうに眺めていた。
「でも、確かにかっけぇな。なにか買うか……」
「キャメロット」をモチーフにした土産物が並んでいるコーナーを眺めていた重明は、車コーナーの方に移動してきた。
「『キャメロット』グッズもあるんだな」
その様子に仁は、「キャメロット」グッズの存在に気付く。
「キャメロット」は新世界秩序前から「ロビン・ルイス」とスポンサー契約を結んでいたパーティだが、まさか本社の土産コーナーにグッズが売られているほどとは。
本人をモチーフにした様々なグッズは勿論。それぞれの武器、《エクスカリバー》、《ガラティーン》、《カルボネックシールド》、《ストーンヘンジ》をモチーフとしたグッズもある。
「『ハーモニクス・ソリューション』も『JOAR』グッズとか出してくれないかねぇ」
「『JOAR』が『ハーモニクス・ソリューション』と結んでる契約は、
あえて、推測を意味する言葉を交えながら、仁が答える。
「なんだよ。じゃあ、お……『JOAR』は『スカイライク』と契約を続けるべきだっていうのかよ」
「その場合はグッズの販売とかもあったかもな、ってだけだ。どっちが正しいとかじゃない」
俺達、と言いかけて、仁に睨まれて訂正しつつ、重明が唇を尖らせる。
対する仁は少しドライだ。
「べき論で言うなら、『JOAR』は『エレベートテック』と契約を結ぶべきだっただろうね、ET学園の生徒だと言うならね」
その言葉に優希が会話に加わる。
「なにおう!」
「なぜ、君が怒る」
重明が怒るが、事情を知らない優希は困惑するばかりだ。
だが、仁は知っていた。都内エレベートテック学園内で優希と同様の声が結構上がっている事を。
とはいえ、『エレベートテック』の提示額は『ハーモニクス・ソリューション』のそれより少なかったのだ。責任は自分達の価値を見誤った『エレベートテック』にある、と仁は思っていた。
お土産コーナーの時間が終わると、その日は終了で、ホテルに戻る事になった。
重明は今晩もログインしたいと主張したが、正直寝不足で辛かったので仁は断った。
翌日。生徒一同は貸し切りバスに乗って、ロンドンの外に出て、「ロビン・ルイス」の車を作る工場の見学となった。
工場見学は重明や優希は喜んでいたが、仁や有子はそこまでだった。玲子は必死に優希の解説なんかを聞いていた様子だったが。
それが終われば、バスはさらに北へ、途中、バーミンガム、マンチェスターと経由しつつ、スコットランドの首都、エディンバラに到着する。
実に約四時間もの長旅になったので、その日はそれで終了。
疲れを癒やすため、エディンバラのホテルで休むこととなる。
翌日。後は帰るだけの明日を除けば、今日が修学旅行の最終日である。
今日はロンドンで最初の一日と同じく、班ごとの自由行動であった。
「っていうかよう、スコットランドの首都……ってどういうことだ? ロンドンが首都なんじゃねーのか?
「えーっと、それは……、すまん、俺も詳しくないわ」
仁が解説しようとするが、よく考えると詳しく知らないことに気付く。
優希の方を二人で見ると、優希は、メガコープ中心の社会となった今となっては形骸化した話だが、と前置きをしながら、話し始める。
「イギリスの正式名称は知ってるか?」
「えーっと、グレートブリテン及びアイルランド連合王国、だよな?」
「そう。イギリスは四つの
「なるほど、イギリスってのは四つの国で出来てるから、首都も四つあるってことだな?」
「その理解で問題ない。一応、国際法上はイギリスという一つの国扱いで、イギリスという国の首都はロンドン一つだ」
優希の淀みない解説に、玲子が流石武田君、と称える。
「みんなー、おまたせ~」
そこに恭子も合流してくる。
今回は合流すると事前に決めていたので、一同は手近な喫茶店で恭子を待っていたのだ。
「あ、この喫茶店知ってる! あの旧時代に流行った有名な魔法小説の一作目が書き上げられたのはここって話だよね」
「有名なところだったのか」
恭子の言葉に仁がへぇ、と頷く。
「実は私がファンでね。恭子さんも興味がお有りなら旅行から帰った後にお貸ししますよ?」
と優希。
「本当? じゃあありがたく借りようかな。旧時代の本なんて、珍しいもの持ってるねー」
「実は祖父が本集めが趣味だったのです。私が興味を持った折に児童向けのものは貰い受けました」
「へぇー」
「じゃ、行きましょう」
二人が楽しそうに話しているのを面白くなさそうにしながら、玲子が話に割り込んで、移動を促す。
エディンバラ。もしくは、エジンバラと表記されるこの都市はスコットランドにおける政治と文化の中心である。
名前の意味は「エドウィンの城」という意味だとされるが、ブリトン人が「険しい丘」を意味する「エディン」と名付けた後にアングル人が砦を意味する「バラ」をつけた、という説もある。
いずれにしても、城や砦という意味がつくように、城郭都市であり、地盤が強固な溶岩の上に形成されている。
と言った説明を優希が説明してくれる。昨日のうちにネットで調べてパンフレットなどを読み漁ったらしい。
なんでそんな必死に色んなことを調べたのか、仁には理解出来なかったが、重明には理解出来たらしく、重明は終始ニヤニヤして、頑張ってんなぁ、などと呟いていた。
そんな彼らがまず最初に訪れたのは、スコットランド記念塔。
「この記念塔はウォルター・スコットさんという作家への敬意を示すために作られた記念碑なんだ。記念碑でありながら、約61メートルもの高さがあって、人々の敬意の深さが窺えるよね」
と優希が解説しながら、記念塔の周囲を回る。
「お、『アイヴァンホー』なら読んだことある」
と、仁。
「本当かい?」
「あぁ、電子アーカイブで」
実は僕も昨日の夜のうちに触りだけ読んだよ、と優希。
「よければ、読み終わってからでもまた感想を語り合おう」
という優希に、仁は、じゃあ俺も読み返さないと、などと返事をする。
さて、スコットランド記念塔から少し足を伸ばすと、プリンシズ ストリートがある。
「このストリートは北と南で景観が違うんだ。今までいたスコットランド記念塔は南側で、そのほとんどがプリンセス・ストリート
これから、まずは西側を見に行こう。と優希が言う。
そこで見たのは、全てが花壇で作られた「世界最古の花時計」。
時計の針さえも花壇と花で作られたそれは、まさに花で出来た時計と言った風体だ。
「今から約五百年前に作られて、今もなお動いているんだ。すごいよね」
古すぎて資料がないのか、優希の説明はその程度だったが、そんな昔のものが動く状態で残っているというのはすごい。一同は感嘆に暮れながらその時計を眺めた。
「次はストリートの北側に行こうか。北側はショッピングを楽しめる」
一同はそこで思い思いのショッピングを楽しみ、十二時に昼食にありついた。
食後になるともう十二時半程度となっていた。一同はもう一度ガーデンに戻ってくる。
「もうすぐ、十三時だ。見ていて」
そう言って、示したのは崖の上にそびえるエディンバラ城。
「エディンバラ宮殿のワンオクロックガンと言ってね。十三時丁度に大砲が放たれるんだ」
ガーデンからは大砲がよく見えた。
一同は大砲の迫力を楽しみ、エディンバラ城も見学した後、ロイヤルマイルでまたショッピングを楽しみながら、約1.6キロの街道を西に向かって歩く。
「ロイヤルマイルはエディンバラ城からこれから行くホリードールハウス宮殿までを繋ぐエディンバラのメインストリートなんだ」
ホリールードハウス宮殿では、イギリス王室のコレクションを優希の解説付きでみんなで眺めた。
次は裏手にあるソールズベリークラッグスを登る。
片道一時間のその丘登りを終えた時点で、時刻は既に夕刻。
「ここはエディンバラで一番高い場所なんだ」
ここから見えるエディンバラの風景はとても綺麗だ。
「ここは
「なんだって!?」
思わぬ言葉に重明が驚く。
「おや、関原君でも『アーサー王伝説』は知っていたか」
「あ、あぁ、まぁな。ゲームでも有名な題材だし」
「確かにね」
重明の言葉に優希が頷く。
「おや、先客がいましたか」
そこにずっと目を閉じている青年がやってくる。彼のかけている特殊な色合いをした《オーギュメントグラス》から、彼が依然社会が持つ障害に困っている人間だという事が分かる。ずっと目を閉じていることからして、目を開けないのだろうか。だとすると、網膜投影式である《オーギュメントグラス》も十分にその機能を発揮出来ないことだろう。
「初めまして。私はこのエディンバラに住むアルトリウスです。あなた方は日本語話者のようですが、観光客ですか?」
だが、《オーギュメントグラス》のなんらかの機能か、あるいはアルトリウスの鋭い感覚によっては、迷いなく綺麗に優希の前で立ち止まった青年はそんなことを尋ねた。
「はい。日本から来ました」
「そうですか。パラオから来た方という可能性もありますからね」
ははは、とアルトリウスが笑う。優希が、パラオにある州独自の公用語が日本語なんだ、と解説してくれる。
「よく勉強していらっしゃる。学生でしょうに関心ですね」
「なぜ学生だと?」
「足音を聞けば、概ねの事は分かります」
そう言って、アルトリウスは性別を一人ずつ言い当てていく。
「おや、あなたは一人だけ年齢が違いますね、引率にしては少し若いでしょうか……。修学旅行と踏みましたが、もしや個人的な旅行でしたか?」
「あ、修学旅行であっていますよ。私は個人的に一緒にいるだけです。そんなことまで分かるんですね」
恭子が慌てて説明する。
「そうでしたか。外すと恥ずかしいところでした」
再びアルトリウスが笑う。
「こうして出会えたのも何かの縁です。よければ握手して頂けませんか」
アルトリウスが一人ずつ、握手していく。
仁に握手したアルトリウスが、顔を近づけて密かに言う。
「お会いできて嬉しいですよ、ジン。アーサーです」
「なっ!?」
思わず、仁が後方に飛び下がって距離を取る。
全員が仁のその奇妙な動きに首を傾げる。
「ふふふ、すみません。つい秘密を一つ暴いてしまいました。ですが、歩き方の出す足音を聞けば概ね分かりますので」
声を様々な加工で変えてしまっている『VRO』でも、歩き方までは隠せない、と言うことか。
「では、皆さん、良い旅を」
そう言って、アルトリウスは去っていった。なぜこの場所に来たのかも分からぬままに。
そして翌日。
一行はエディンバラ空港から、日本へと帰国したのであった。
ある事実を突き止めた「ハーモニクス・ソリューション」が、「JOAR」の帰国を、首を長くして待っているとも知らずに。