修学旅行2日目。
二日目は自由にロンドンを見て回れた一日目とは違い、行き先が学校によって決められている。
行き先は個人では絶対に行けない場所。「エレベートテック」というメガコープの影響下だから行ける場所へ。
そうして、辿り着いたのは、「ロビン・ルイス」の本社ビルであった。
「ロビン・ルイス」は自動車や航空機エンジン、船舶などを手掛けるメガコープである。
かつては経営難から国営化され、事業をバラバラに切り離されるなど、大変な目にもあった企業であるが、今は完全に盛り返し、全ての事業を一つの企業の元に統合。
まさに立派な巨大な複合企業、メガコープとして成立している。
彼らの躍進の始まりは古い歴史の中でのみ語られる出来事「第一次世界大戦」に端を発し……。
などと、メガコープ史の特別授業が会議室の一室で行われていた。
【Shigeaki.S > なぁ、これテストに出ると思うか?】
仁が真剣に授業を聞いていると、チャットの通知が光る。見れば、重明だった。
【Satoshi.I > いや、授業に集中しろよ】
なんか前にもこんなやりとりをした気がする、と思いながら、仁は呆れた顔で、チャットを返す。
【Shigeaki.S > だってよう、メガコープ史なんて大体母体企業の自己満足だろ? 大学試験に出るわけでもないしよう。テストに出ないなら尚更じゃねーか?】
帰ってきた返事はこれまたどこかで聞いたようなものだった。
以前のテスト勉強で人生初高得点(?)を得た事により、以前よりは勉強に熱心になった重明だったが、あくまでテストのための勉強といった思考であり、テストに関係のなさげなこのような状況ではこの通りである。
【Shigeaki.S > そもそも俺たち遊びに旅行に来てんだぜ−? なんで勉強させられてんだよー】
【Satoshi.I > 「修学」旅行な。勉強要素もあるだろ、そりゃ】
【Shigeaki.S > ん? ってことはやっぱりテストに出るのか??】
【Sathoshi.I > まぁぶっちゃけ……出る可能性はあると思うぞ】
正直に言うと出るか出ないかは五分五分……、いや、出ない方が七くらいだと思うが、まぁ、三は出る可能性があるので嘘とは言えないだろう。
こう言わなければ、重明はやる気を出さなさそうなので、やむを得ないのだ、と仁は自分に言い聞かせた。
「へぇ、創業者の一人であるミスター・ロビンはライト兄弟とも直接親交を結んでいたのか」
伝記で読むような人物の登場に仁は驚く。
授業は続き、時代は第二次世界大戦へ。
「ロビン・ルイス」は第二次大戦勃発に従い、軍需産業に特化し、ミスター・ルイスが晩年に生み出したエンジンは、救国のエンジンと呼ばれ第二次世界大戦でバトル・オブ・ブリテン等のイギリス本土防衛戦において大きな活躍をしたと言われている。
「救国のエンジン……」
口頭では説明されなかったが、レジュメにはその名前が記載されていた。
「『マーリン』……」
それは「キャメロット」の女魔術師の名前だった。「キャメロット」の元ネタが『アーサー王伝説』であり、それがイギリスで著名な伝説であることを知らない仁ではなかったが、「キャメロット」と邂逅した翌日なので、どうしても思考はそちらに飛んでしまう。
「また、『レイド・ウォー』で会おうぜ」というガウェインの言葉がどうしても、脳裏を過る。
だが、そんなことがあるだろうか、と仁は考える。
現時点では「ハーモニクス・ソリューション」は自ら侵攻はしない専守防衛戦略を取っている。
そもそも、日本企業の殆どは企業間紛争などを経験しておらず、中でも日本二大メガコープとさえ言われる「ハーモニクス・ソリューション」は、単独で十分に満ち足りている。敵対企業を攻める理由が特にないのである。
それは、同じく日本二大メガコープの片割れである「エレベートテック」も同様だと、仁には思える。
そうでないなら、今頃多少の小競り合いくらい――例えば「エレベートテック」傘下の企業から侵攻を受けるなど――は起こっているはずだからだ。
実際にはそんなことは起こっていない。
つまり、「ハーモニクス・ソリューション」と「エレベートテック」はお互い衝突するつもりはなく、従って、その同盟企業である「ロビン・ルイス」と戦うことになる可能性は低い……はずだ。
はずなのだが、どうしても気になる。
「キャメロット」がそれだけ強敵だからだろうか。
こっそりと、机の下にウィンドウを出現させ、「キャメロット」についての情報を集める。
まず、「キャメロット」のパーティは極めてバランスが良い。タンク役のギャラハッド、サポート役のマーリン、更にアタッカー役のアーサーとガウェイン。しかも、アーサーはフォトンセイバー使い、ガウェインは魔法剣士のため、遠近両用の戦闘が可能だ。
厄介なのは太陽が出ている場合に全性能が三倍に上昇するらしいガウェインの《ガラティーン》だろう。この「全性能」にはWSの射程も含まれるらしく、ガウェインの魔法剣は恐るべし攻撃範囲を誇る。
アーサーの《エクスカリバー》の【オーバーロード】スキルがあり、射程が大幅に伸びるらしいとの記録もある。
(もし、「キャメロット」と敵対したら、部下は戦線を下げさせたほうが良いな。ガウェインとアーサーが得物を全力で振り回したら、うちのベオウルフがやってる以上の無双ゲーになるぞ)
まぁ、二人いるわけだから
アタッカー二人がいるわけだが、こちらもタンクを務められる人物が二人いる。フォトン属性の防御にはフォトン属性が特に有効なので、アーサーにオルキヌス、ガウェインにリベレントを割り当てる。と、するとメインアタッカーは
が、そうなると、対するはタンク役であるギャラハッドだろう。ギャラハッドの《カルボネックシールド》は特殊な性質は少ないシンプルな大楯だが、ほぼほぼリベレントを相手するようなもので、正直勝ち筋はあまり思いつかない。
(前にリベレントと戦った時は《パラライズウィップ》で倒したけど……)
既にあの技はストームとの戦闘の結果、知れ渡っている。何かしらの対策はされていると考えるべきだろう。
とすると考えるべきは、ギャラハッド対策か。
「以上で、『ロビン・ルイス』本社での特別授業を終わります」
などと考えていると授業の後半を聞き逃していることに気付く。
本当にテストに出たらどうしよう、と思いながら、仁達は続いて講堂へと移動することになった。
講堂は社長からの訓示などを聞く時に用いるとのことで、社内でも滅多には使われないらしい。
流石、メガコープの本社ビルに務める全社員を収容できるだけはあり、講堂は広い。一学年六百人を越えるマンモス校の都内エレベートテック学園の高校二年生を全員収容してなお余りある。
「はじめまして。『ロビン・ルイス』の
スペンサーが挨拶を始める。
社長の登場に、一瞬、講堂がザワつくが、外周の教師が睨みつけることで、すぐにそれは沈静化する。
「なぁなぁ、『ロビン・ルイス』の社長なのに、名字がロビンでもルイスでもないのはどういうことだ?」
「『ロビン・ルイス』の社長は世襲制ではない、ということなのだろうね」
重明の問いかけに優希が答える。
「へぇ、家柄に拘らずに優秀な人間を社長にしてるってことか。良いことだな!」
「馬鹿、社長の話中だぞ。でかい声出すな」
重明がのんきにそんな声を上げるので、慌てて仁が止める。
「さて、我々『ロビン・ルイス』は皆さんが学業を修めている学校の母体であるところの『エレベートテック』と同盟を結んでいます」
スペンサーは気にした風もなく話を続けている。
「『エレベートテック』は
そう、『ハーモニクス・ソリューション』には同盟企業がいない。勿論、『ハーモニクス・ソリューション』も
「これは先の二つの大戦から、二社が学び取った教訓が影響しています。
『エレベートテック』も『ハーモニクス・ソリューション』も先の二つの大戦においてはヨーロッパやアメリカに多くの同盟企業を持っていました。そして、そういった同盟企業の要求により、二社は多くの派兵を行い、戦禍を拡大させてしまいました」
これは想像になりますが、と前置きし、スペンサーは話を続ける。
「恐らく『ハーモニクス・ソリューション』は同盟企業を持つことは戦争に加担することになることを意味する、と考えたのでしょう。だから、先の二つの大戦から反省し、企業と同盟関係を結ぶことを辞めた」
では、「エレベートテック」はどうなのでしょう、とさらにスペンサーは続ける。
「『エレベートテック』は過去の反省をしていないのでしょうか? 戦争に加担しても構わないと思っているのでしょうか? ET学園で学んでいる皆さんならお分かりのことと思いますが、これは大きな誤解です。『エレベートテック』は『エレベートテック』で、過去の二つの大戦から反省しています」
そうなのか? と重明が首を傾げているが、仁はそれをスルーする。
「ですが、『エレベートテック』がどういう意図で同盟企業を増やしているかは存じ上げない人も多いのではないでしょうか」
これがこのスペンサーという男の言いたいことなのだ、と仁は感じた、
「それは、シンプルな発想ですが、全ての企業が同盟企業になれば、戦争することはない、という事です。全ての企業で繋がりあい、相互補助しあえれば、戦争は起きません。『エレベートテック』はそのために同盟企業を増やしており、我々はそれに賛同して同盟を結んでいるのです」
「なっ」
驚くべき話だった。
それはつまり、『エレベートテック』の目的は、『エレベートテック』主導による
「へぇ、良いこと言うじゃねぇか」
重明は感心気味だが、仁にはそうは思えなかった。
確かに、
『VRO』による新世界秩序が宣言されてから、紛争は鳴りを潜めてはいるが、そもそも彼らがうまくやっていれば、そんなこともしなくてよかった、と言えるはずだ。
『エレベートテック』主導による
だが、それは同時に、『エレベートテック』とそれに近しいメガコープが強い実権を握るということを意味する。
確実に、後から加入した外様メガコープと最初から加入していた譜代メガコープの間には強い発言力さが生まれるだろう。『エレベートテック』とそれに近しい親藩メガコープの権力はそれ以上に強いものとなることは疑いようがない。
つまり、事実上『エレベートテック』が世界の支配者となる構図だった。
危険思想だ、と仁は思った。
幸いなことは実現は極めて難しいことだろう。
新世界秩序においても、『エレベートテック』も専守防衛に努めており、無理矢理目がコープに同盟を迫るようなことはしていない。
であれば、『エレベートテック』の思想に共感しない『ハーモニクス・ソリューション』のような企業は賛同しないはずで、つまり、この思想は実現不可能な思想だ。
だから、『エレベートテック』が専守防衛の方針を破らない限りは、大丈夫なはずだ、と仁は思った。
間もなく、社長の公演も終わり、一同は一階の土産物コーナーへと案内されるのだった。