『VRO』は全世界を舞台にしたゲームだが、実際には全ての世界が一続きになっているわけではない。
世界は幾つかの「リージョン」によって分割されており、手続きをとれば自由に移動出来るものの、少なくとも海の上を飛び続ければ到着出来る、というようなものではない。
今まで、「JOAR」達が遊んでいた世界は「日本」リージョンだ。
対して、今、「JOAR」がいるのはイギリスであり、『VRO』におけるイギリスは「イギリス」リージョンとなっている。
そこでログインすると、このようなポップが出る。
【最終ログイン地点と現在のアクセス元リージョンが異なります。どちらでポップしますか?】
【[最終ログイン地点]】
【[アクセス元リージョンの初期開始地点(三つある初期開始地点のいずれかにランダムで飛ばされます)]】
下を選べばいいんだよな、とジンは下のボタンをタップする。
視界が暗転し、気がつくと、ビックベンに立っていた。
「そういえば、ビッグベンも行きたかったけど、中を見るには予約が埋まってたんだよなぁ」
残念そうにビッグベンの時計塔を見上げながら、ジンが呟く。
ビッグベンは『ファンタジックアース』に侵食されているようで、ここはイギリスリージョンの『ファンタジックアース』の開始地点のようだ。
「しかし、三つの初期地点からランダムか。これは合流に苦労しそうだ」
と呟いて、パーティーチャットを開こうとすると、ジンの元に三つの光が転送されてくる。
青白い光が消えると、そこにいたのは、見慣れた仲間、オルキヌス、アリ、リベレントの三人だった。
「三人とも、よくここに飛んで来れたな!」
「あぁ、パーティリーダーの位置が選択肢に出てたから簡単だったぜ」
「そう来たか」
三人には【[パーティーリーダーの位置]】というボタンが出たらしい。
「で、どこいくよ? ロンドンには『ロンディニウム』ってプレイヤータウンがあるらしいけど、見て回るか?」
「それも楽しそうだけどよ、俺たちゃ、戦闘パーティだぜ。どこかダンジョン行かねぇ?」
メニューを操作し、自身の車を道路上に出現させながら、オルキヌスが言う。
「別にいいけど、じゃあどこ行く?」
「実はよ、射撃用のオプションを落とすボスが出るダンジョンに当たりをつけててな」
「お前! 最初から調べてたのか!」
「おう、旅行前からな」
「そんなところばっかり用意周到にやりやがって!」
とはいえ、オルキヌスの射撃性能が強化されるなら、それは全く悪いことではない。むしろ良いことだ。
「はぁ、じゃあオルキヌスの希望するダンジョンに行こうと思うけど、アリとリベレントはそれでいいか? 他に行きたいところがあるなら、言うのは今のうちだぞ」
「私は別にどこでもいいわ」
「うん、特に希望はないかな。それに、『VRO』のイギリスはいつでも来れるし」
アリとリベレントが頷く。
先に説明した通り、リージョン間の移動は手続きさえすれば、現在アクセスしているリージョンに拘らず可能だ。
なので、イギリスリージョンで気になる場所があるなら、またいつでも行くことは可能なのである。
ロンドンから北へ約二百マイル(約322キロメートル)。
ウエスト・ヨークシャー州のブラッドフォード市。
パキスタン系移民の多いこの街は、アラビア語を掲げる商店が多いのが目立つ。
そんな中でも、緑の多い閑静な住宅街がコティングリー村だ。
日本の住宅街と違うのは、建物のほとんどが煉瓦積みの建物であることだろう。日本のような木造建築はほとんど見受けられない。
その中心地。
本来ならコミュニティーセンターがあるはずの区画を中心とした一帯が『スペースコロニーワールド』に侵食されている。
その広大なエリアに、本来の建物の代わりに作られているのはあまりに巨大な工場。
『フェアリー・ファクトリー』と名付けられた『スペースコロニーワールド』の兵器工場である。
「|Enemy intrusion confirmed.《敵影を確認》」
「|I activate the “fairy” system in combat mode. 《「妖精」システムを戦闘モードで起動します》」
「JOAR」一行が裏口——と言う設定だが正規のダンジョンの入り口である——から入り込む事により、そのような英語音声と共に無数の昆虫の羽のようなものを生やした球体が出現する。
なお、音声は同時に日本語訳されても聞こえるため、「JOAR」一行の理解には問題はない。
「やっぱり英語音声なんだな」
「海外に来たって感じがするぜ」
立ちはだかる【
この工場は基本的にこの妖精球体を作っている工場らしく、敵はこの妖精球体ばかりだ。
素早く攻撃を回避する上に、遠くから必中のレーザーを撃ってくる厄介さに最初は手を焼く「JOAR」だったが、ジンが範囲攻撃の魔法を打ち込むことでその範囲に巻き込む形で敵を倒す、と言う手法の確立により、確実に奥へ奥へと進めるようになった。
ダメージは嵩むので、アリの回復あってのことではあるが。
「すまんな、アリ。助かるよ」
「いいのよ。サポートが私の仕事だから」
やがて、一同は奥で待ち受けるボスに対面する。
【
それは二人組のヒューマノイド。つまり、人型のロボットだった。
ご丁寧に胸の部分になだらかな膨らみがあり、女性型であることが分かる。
背中には妖精の翼が生えており、それで飛んでいるようだ。
偽りの双子が寸分違わず鏡写しのような動きでフォトンセイバーを抜く。
「二人組のボスか。その分、二ゲージずつとゲージは少なめみたいだが……」
「片方に気を取られるともう片方にやられるって評判らしいぜ」
「だろうな。スポーツのマンツーマンディフェンスの要領で行こう。オルキヌスが右の妖精、リベレントが左の妖精を常に注視。攻撃を防ぐのに集中してくれ。俺が攻撃する」
「あいよ」
「分かった」
二人が頷く。それよりやや早く、偽りの双子がシンクロした動きで左右から挟撃をかけてくる。
素早くオルキヌスとリベレントがその一撃を受け止める。
「トニートル・アダレレ・グラディウス」
ジンは《ライトニングソード》に雷を纏わせながら、偽りの双子に攻撃を仕掛ける。
地面を強く蹴って、お馴染みの《ライトニングピアッシング》の一撃。
オルキヌスが防いだ方の偽りの双子……【
「チッ、弱点じゃないか」
機械系の敵は雷が弱点であることが多い……。が、偽りの双子はそうではなかったらしい。
この辺はそうしないとスペースコロニーワールドの敵全てが雷に弱くなってしまうので仕方ない部分もあるのだろう。
偽りの双子・姉は後方に飛び下がり、フォトンセイバーをジンに向ける。
同時、ジンは武器を《マジカルレイピア》に持ち替えていた。
放たれたフォトンビームの射撃をジンは《リポスト》で回避し、そのまま一気に偽りの双子・姉に向けて反撃を放つ。
攻撃後の隙を突かれ、よろめいた偽りの双子・姉にオルキヌスの《カラミティトランプル》が炸裂、強烈な四連撃に偽りの双子・姉にHPが大きく削れる。
姉のピンチを見てとったか、【
フォトンビームを連射しながら刺突する《ランガンピアッシング》と呼ばれるフォトンセイバーでよく見られるWSである。
「効くかよ!」
だが、オルキヌスはそれを《ラージセイバーガード》で防ぎ、そのまま《ディザスターターン》を発動。姉妹まとめて大きなダメージを与える。
完全にヘイトはオルキヌスに向いているようで、両者は再びシンクロした動きで、オルキヌスを狙う。
だが、動きが読めているなら怖いものは何もない。
先ほどと同じ組み合わせてオルキヌスとリベレントが攻撃を防義、アリのバフを受けたジンが攻撃する。
瞬く間に姉のHPが枯渇し、赤いデータ片となって消失する。
「あれ? 第二フェイズがなかったな」
そういえば、とジンが呟く。HPが半分を切ると、敵の動きが変わるのが通例だったら、今回はそれがなかった。
「あぁ、姉だけを先に削ったからだな。両方の満遍なく削らないと第二フェイズが来ないらしい」
「先に教えろよ! 達成出来てよかったが」
結果、特に苦戦することなく、「JOAR」一行は偽りの双子との戦いに勝利した。
「ま、一回じゃドロップしないか。どうする、もう一回回るか?」
「そうしたいが、結構時間が押してるぞ」
オルキヌスのやる気満々の言葉に、ジンが水を差す。
「明日は朝から学校の決まってるルートでの観光だ。あんまり夜更かししてると辛いぞ。寝よう」
「じゃ、そうすっかー」
ジンの言葉に、オルキヌスは素直に頷いてダンジョンを出た。
出たところで、一組のパーティと出会った。
「おや、珍しいですね、こんなダンジョンに人がいるだなんて」
先頭に立っているのは『スペースコロニーワールド』出身と思われる装備をした糸目の青年だった。
自動翻訳が働いたことで、本来は英語話者であることが分かる。
だが、それより、その後ろに立つ男に見覚えがあった。
「テメェ、ガウェイン!」
オルキヌスが声を上げる。
「あ? どこかで会ったか?」
突然、名前を呼ばれ、ガウェインが首を傾げる。
「日系人のようです。自動翻訳が働いていることから考えて、恐らく日本人。アーサー抜きで日本リージョンに遊びに行った時の縁でしょうか?」
背後でローブを纏い、木で出来た杖を持った女性が呟く。
「俺達はなぁ、テメェにデビュー戦を潰されたんだよ」
「はっ、なんだそりゃ、お前がよえぇのが悪いんだろうが」
「なんだと……!」
オルキヌスとガウェインが睨み合う。
「ガウェイン、自重なさい」
「その辺にしろ、オルキヌス」
ジンと糸目の青年の声が被る。
「あいよ、アーサー」
「でもよ、ジン!」
大人しく従うガウェインと反論しようとするオルキヌス反応は対照的だった。
「ジン?」
アーサーと呼ばれた糸目の青年が反応する。
「その雷を纏った剣……! ははっ、ガウェイン、彼らはあなたが興味を持っていた『JOAR』じゃないですか。ニアミスしていたとは面白い」
「何!?」
ガウェインが鋭くジンを睨む。
「あんたが、ジンか! トップ層にいる珍しい魔法剣士同士、ちょっと興味あったんだ。いっちょやりあわねぇか?」
それはデュエルということだろうか。
「ありがたい申し出だけど、もう落ちるところなんだ。明日、朝が早くてね」
「なんだ、そうなのか」
露骨にがっかりした様子のガウェイン。
「せめて、ちゃんと自己紹介を。私はアーサー。見ての通り、『スペースコロニーワールド』出身のフォトンセイバー使いです」
「改めて、俺はガウェイン。あんたと同じ、魔法剣士だ」
「ボクはマーリン。見ての通り魔法使いだよ」
「……ギャラハッド。大楯使い」
ジンはよろしく、と言いながら、「JOAR」側からも自己紹介をする。
「へぇ、大楯使い、魔法剣士、『スペースコロニーワールド』出身、後衛の支援役、と考えると、少しパーティ構成が似ているね」
とアーサー。
確かに、とジンは思った。戦うとしたら、厄介そうだ。
「まぁ、デュエルはやめておいて正解だろうね」
マーリンが口を挟む。
「あ? どういう意味だよ」
「だって、『JOAR』は『ハーモニクス・ソリューション』の戦力なんだろう? ボクらは『ロビン・ルイス』の戦力だ。そして、『ロビン・ルイス』は『ハーモニクス・ソリューション』のライバルとして有名な『エレベートテック』と同盟を結んでる。いつ敵になるかわかったもんじゃない」
「……手のうち、晒さないに越したことはない」
マーリンとギャラハッドが説明する。
「はっ、なんじゃそりゃ。手の内晒した程度で負けるほど『キャメロット』は柔じゃないぜ」
ガウェインがそれを笑い飛ばす。
「まぁ、そういうことならいいや。また、『レイド・ウォー』で会おうぜ、ジン。それにそっちの、オルキヌスもな」
そう言って、キャメロットはダンジョンに入っていった。