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第64章「修学旅行〜イギリス 上」

 羽田空港からイギリスにあるロンドン・ヒースロー空港までは本来なら約十四時間のフライトである。

 だが、旅行に出た都内エレベートテック学園の生徒達は、日本二大メガコープの片割れの底力を知ることとなる。

 そこにあったのは、「ロビン・ルイス」製の極超音速旅客機であった。

 開発されたは良いものの、運用コストが高く、基本的に高額のチャーターでしか使われない旅客機であるが、その性能は極めて高く、最高速度は驚きのマッハ5。東京からロンドンまで約二時間で到着出来てしまうと言う驚きの速さである。

 それを修学旅行で使おうと言うのだから、「エレベートテック」は恐ろしい。

 あるいは逆に、まるで韓国に遊びにいくくらいの気軽さで、ロンドンへ移動出来てしまうからこそ、このような欧米への修学旅行が成立しているとも言えるのかもしれない。

 見送りに来た家族達に手を振り返しながら、ボーディング・ブリッジを歩いて、極超音速旅客機に乗り込んでいく都内エレベートテック学園高等部二年生の一同。

 中には飛行機に乗ったこともない、と言う人も珍しくなく、ドキドキした様子の生徒も見られる。

「そういえば、恭子は見送りには来なかったな。まぁ大学で忙しいのかな」

「言われてみたら、旅行前なのに昨日からお姉ちゃんを見てないわ。確かに、忙しいのかもしれないわね」

 仁がふとした疑問を口にし、有子が確かに、と頷く。

 極超音速旅客機は通常の飛行機と同じ程度の速度で滑走路まで移動し、滑走路から飛び立つ。

「皆様、間も無く当機は、極超音速飛行モードに移行いたします。機内の安全は確保されておりますが、お手洗いなど必要な時以外は、ベルトを締めていただきますよう、よろしくお願い致します」

 違うのは、充分に高度が上がってから。

 通常の旅客機ならとっくに巡航速度に達しているところを、さらに加速し続ける。

 ソニックブームを放ちながら、何もない空をすごい速度で飛翔する極超音速旅客機。

 なのだが。

「快適すぎていつも乗ってる飛行機と区別つかないな」

 素晴らしい技術の結集で、極超音速旅客機はマッハ5で飛行しているにも拘らず、機内は通常の旅客機の巡航飛行となんら変わりなく見える。

「皆様、機内の時間を充実させるため、ARテイクアウトは如何でしょうか? 当機のローカルネットワークに接続するとご利用頂けます。こちらは『エレベートテック』の子会社となった『スカイライク』の試作サービスでございます」

「え」

 思わぬ情報に仁は慌てたようにローカルネットワークに接続する。

 するとそこには、かつて見慣れた「スカイライク」のARテイクアウトメニューのUIがあった。

「マジか……」

 どちらから仕掛けたのか、などは分からないが、いつの間にか、かつて「JOAR」とスポンサー契約を結んでいた「スカイライク」は「エレベートテック」の子会社になっていたらしい。

「もし……」

 もし、自分達が「ハーモニクス・ソリューション」を選ばず、「スカイライク」と契約し続ける道を選んでいれば、違った未来があったのだろうか。

 一瞬、そんな考えに囚われる。

 意味のない仮定だ、と仁は一人、首を横に振る。

 自分達はいろんなものを天秤にかけて、名声を選んだ。先日の戦いではそのためなら、友さえ下すと決めた。

 この悩みは余分なものだ。早々に切り捨ててしまわないと。仁はそう思って、再び首を横に振った。


 極超音速旅客機はやがて巡航モードに移行し、通常の飛行機と同じ程度の速度でロンドン・ヒースロー空港に着陸する。

 ロンドン・ヒースロー空港はイギリスの首都ロンドンの西部にあるイギリス最大の空港である。グレーター・ロンドン行政区画リージョンの西端に位置し、非常にロンドンとのアクセスが良い。

 着陸した極超音速旅客機はターミナル4に移動し、ボーディング・ブリッジとドッキングする。

 いよいよロンドン観光の始まりだ。

 都内エレベートテック学園高等部二年生一行は年季の入ったロンドン地下鉄を通って、ホテルに向かう。

 ロンドン地下鉄は世界最古の地下鉄とされており、それの誇りを持つイギリスは敢えて、車両や鉄道以外は過度に近代化しないままに留められている。

 流石に《オーギュメントグラス》による非接触改札は存在していたが、通路はかなりの年季だ。

「歴史を感じる」

 移動は班ごとに集まって移動する。優希がそう呟きながら興味深げに通路を繁々と眺めるのを、エスカレーターすらないなんて不便なだけじゃないのかー? と重明が不思議そうに首を傾げていた。

 特に重明は長身で、ロンドン地下鉄の頭を下げないと通れないような狭い通路は大層お気に召さなかったようだ。

 ちなみに、このロンドン地下鉄を使った移動は歴史体験の一貫という名目であり、以降はチャーターしたバスを使うことになっている。重明も一安心である。

 ホテルに荷物を預けた後はいよいよ班ごとに別れての自由行動の時間である。

 基本的に、プランは事前のHRで大まかに決めており、教師にもそれが提出されているため、教師は《オーギュメントグラス》を介して、位置情報を確認し、そのプラン通りに動いているかを確認するだけで良いという寸法だ。

 もちろん、それはそれとして、迷いやすい場所や人が多い場所には指導員が配置されている。

 ロンドンと一口に言っても、その広さはかなりのものだ。

 かつてのロンドンである現在のロンドン中心部たるシティ・オブ・ロンドン地区だけで、その広さは東京23区の広さの半分ほどある。

 実際にはロンドンと言えば、セントラル・ロンドンのことを指すし、それよりさらに広い範囲として、グレーター・ロンドンという区分もある。

 そんな広さをカバー出来るのは、やはり「エレベートテック」の資本力の為せる技だろう。

「や、みんな」

 そんなロンドンに飛び出した武田班を出迎えたのは。

「お姉ちゃん!?」

 恭子だった。

「私だけ除け者なんて寂しいしさ、お金もあるんだし、と思って、来ちゃった」

 極超音速旅客機は使えないから、前日入りしたよー、と恭子。

 これには仁達も唖然とするしかない。そこまでの行動力があるとは。

「きょ、恭子さん!?」

 ところで、これに劇的に反応したのは意外にも班長の優希であった。

「あ、はい。えっと、班長の武田さんですよね。有子の姉の……」

「はい、存じ上げております。よければ一緒に回りませんか」

「え」

 これからどう班長を説得しようか悩むところだったのだが、意外にも優希の方から申し出てくれた。

「良いよな、上杉さん?」

「……武田君が言うなら」

 一方の玲子は正直嫌そうな雰囲気が滲み出ている。優希はそう言った雰囲気には敏感な方という認識だったが、今回に関しては全く気付く様子なく、恭子に盛んに話しかけている。

 仁はそういえば、恭子について優希に質問されたことがあったな、と思い出す。

「まさか、委員長……」

 恭子に一目惚れしているのではなかろうか、と思ったが。

「まさかな」

 恋心というものを経験したことのない仁は、あっさりとその説を破却した。


 そこからは恭子も交えた武田班の観光の時間だ。

 一行がまず向かったのは、ヴィクトリア駅から徒歩で約十分の位置にあるバッキンガム宮殿と、その近くにあるホース・ガーズだ。

 また地下鉄かよ、と重明が落ち込むのを、恭子が通路狭いの嫌だよね、と同意し、それに優希が古いというのも考えものですね、と先ほどとは180度違うことを言っている光景などもありつつ。

 ここで行われる衛兵交代式はロンドンの定番と言っても過言ではない観光ポイント。

 ホース・ガーズでの騎馬隊の交代式から始まり、軍楽隊の演奏の中、灰色の制服を身に纏った衛兵達の行進していく。

「ウォー、カッケェなぁ」

 ぼやいていたのが嘘のように、重明もテンションが高い。

「うーん、人が多くてよく見えないわね」

「だな……」

 テンション高い重明に反して、背の低い有子と仁は、少しテンションが低い。

 何せ定番スポットでかつ時間が決まっているだけあり、人が多く、背が低い二人には眺めるハードルが高いのである。

「馬に乗るのって憧れるんだよねぇ」

 恭子がそんなことを呟く。

「今度、『VRO』で騎乗してみる?」

「うーん、けどそれするくらいなら戦いのスキルを磨きたいよねぇ」

「お、恭子さん、『VRO』されるんですね。どんなキャラクターなんです?」

「え? あ、えーっと……。流石にそれはもっと仲良くなってからね」

 まさかリベレントだと明かすわけにはいかないので、たっぷり一分悩んでからボカす恭子。

「あ、そうですよね。すみません、興味本位で立ち入ったことを聞いてしまいました」


 次に一行が向かったのはテムズ川にかかる大きな跳ね橋、タワーブリッジである。

 ちなみに近くにロンドン塔もあるのだが、有子が嫌がったので行かなかった。仁達「JOAR」のメンバーは、「あぁ、幽霊が出ると言われてるからだな」と察している。

 もはやほとんど現存していない貴重な跳ね橋であるタワーブリッジを優希は素晴らしい、と眺めている。

「これがあの、落ちることで有名なロンドン橋かー」

 重明が関心したように声を上げる。説明不要かもしれないが、世界的に有名な童謡ナーサリーライムの一つである『ロンドン橋落ちた』の事を言っている。

「いや、ロンドン橋はもっと上流に別にあるんだ。地味な橋だから、観光の目標にはしなかったが、言ってみるかい?」

「そうなのか。ちょっと調べてみていいか?」

 優希の解説に、へー、と言いながら重明が空中に指を彷徨わせる。

「確かに地味な見た目だな。わざわざ見なくても良いかな」

「そうか、なら次の目的地に向かおう」


 次に向かったのはイーストエンド。かつては治安の悪い場所として知られていたが、アーティストやデザイナーが集まり熱気がありおしゃれな街へと変わったことで知られる。

 彼らの目的地はその一部、ブリック・レーンマーケットと呼ばれるフードマーケット。

 屋内のスペースに所狭しと世界各国の食事屋台フードストールが立ち並び、訪問者達に試食だけでもどうですか、と語りかけている。

 有子は嬉しそうにいろんな試食に手を出していく。

「うん、一度、有子ちゃんに全部食べてもらって、あとでおすすめを聴こうかな」

「賛成です。全部食べていたらそれだけでお腹いっぱいになりそうです」

 恭子の言葉に優希が頷く。

「俺は気になったやつに手を出していくぜ。お、あのサンドイッチみたいなの美味そー」

「あ、重明、美味いのあったら教えろよな」

 重明は試食せずにさっさと食事を購入していく。

「全部うめー」

「当てにならねぇ。俺も有子の帰りを待とうかな」

 重明の食事ボキャブラリーは美味しいかそうでないかしかないので、全く参考にならなかった。店である時点で、ほとんどの食事は美味しいのである。


 そうしている間に時間は夜が迫ってくる。

 一行はロンドン・アイまでやってきていた。

 ヨーロッパで最も高い片持ち式展望台としての側面も持つ観覧車ロンドン・アイは、一周三十分かかる。

 昼に乗れば、晴れていればウィンザー城までが見えるという展望の良さが、夜に乗れば、綺麗なロンドンの夜景が、それぞれ楽しめる。

 武田班は夜景を楽しむ事を選び、予約していたのだ。

「わぁ、綺麗ー」

「はい、綺麗ですね……」

 恭子が嬉しそうに微笑むのに優希が頷く。

「おー、たっけー!」

 その隣で、高さに重明が興奮した声を上げる。

「おい、重明、他人もいるんだからあんまり大声を出すな」

 ロンドン・アイのゴンドラは一つで最大二十五人乗ることが出来る。なので武田班以外の人間も乗っている。


 そして、夜も本番となり、一行はホテルに戻った。恭子はホテルが違うので岐路の途中で別れた。

「恭子さんと全然仲良くなれなかった……」

「そう、残念でしたね」

 悔しげに呟く優希に、玲子が面白くなさそうに返事する。

 ホテルに戻り、それぞれが自分の部屋に移動する。

 仁と重明は同室。有子は玲子と同室だ。

「なぁ、仁。せっかく携帯式の《ヴァーチャルヘッドギア》があるんだ、ちょっと、イギリスリージョンを遊んでみねーか?」

 そんなことを重明が提案するのだった。

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