「ハーモニクス・ソリューション」本社、最上階の会議室。
社長を含めた上層部が集まり、全員でレイド・ウォーのログを見ていた。
もしこの光景を仁が見ていれば、ドキリとしたことだろう。
まさか、敵対勢力に所属していた戦力の「G.D.」をこっそり助けたことがバレたのではないか、それを利敵行為として糾弾するつもりではないか、と。
「如何でしょうか?」
「ハーモニクス・ソリューション」における「レイド・ウォー」関係の総責任者である智顕が尋ねる。
「我々にはゲームについてはよく分からないが、並べられている報告書を見る限りでは間違いないように思えるな」
「うむ、疑いの余地はなさそうだ」
智顕の問いかけに、上層部の面々が頷く。
「だが、もっと確証が欲しいな。これは戦争なのだろう? 捕虜は取れなかったのかね?」 捕虜から聞くことが出来れば確実なはずだろう? と上層部が尋ねる。
「はっ、『レイド・ウォー』でルール上得られるのは対象企業の株式のみです。ですので、敵対戦闘員を直接的に捕虜にし、尋問することはルール上許されておりません」
「ふぅむ、そうなのか。平和と言えば聞こえは良いが、新世界秩序というのは難しいものだな……」
智顕の答えに、上層部が唸る。
「ですが、敵対戦闘員に接触を図り、金銭などを対価に情報を引き出すことは禁止されておりません。また、『日本小規模企業連合体』、『ムービング』、『イノコア』を始めとしたこれまでの『レイド・ウォー』の相手をそれぞれ吸収した際、有力な戦力に関しては引き抜きをしております。このため、捕虜とは少し違いますが、情報を得ることには成功しています」
「おぉ、素晴らしい。流石は社長の長男殿だ」
上層部が智顕の言葉に賞賛を贈る。
「こちらが、それによって得られた情報です」
「ふむ、ますます間違いないように思えるな」
智顕が上層部の《オーギュメントグラス》に情報を送信し、上層部がそれを見て確信を強める。
「社長、如何いたしましょうか?」
会議室の奥で、ずっと黙ってやり取りを聞いていた隆司に向けて、専務が問いかける。
「決まっている。我らの目的、世界に『調和』を齎らす邪魔をする者がいるなら、排除だ」
隆司は顔を上げ、短く告げる。
この場に仁がいれば、心臓が止まったことだろう。敵対勢力に所属していた戦力の「G.D.」をこっそり助けたことを利敵行為として糾弾し、排除されるのではないか、と。
「では、早速各部署に指示を出します。調査し、暴き出しましょう。これまでの『レイド・ウォー』の敵、それを裏から支援している何者かについて」
「はい、すぐに行動を開始します」
専務がそう言うと、上層部の面々は頷いた。
「全ては、科学の力でもたらす『調和』のために」
この場に仁がいればここでようやく安心しただろう。どうやら自分達の話ではないらしい、と。
彼らは「ベンチャー企業にしては敵の数が多すぎる」ことを問題にしていたのだ。
結果、彼らが出した結論は、「ベンチャー企業を裏で支援している者がいる」というものだった。
戦いは、次の段階へと移ろうとしていた。
即ち、専守防衛から、侵攻へと。
◆ ◆ ◆
「というわけで、来週から始まる修学旅行は今決めた班での行動を基本とします。特に班長は常に班の仲間の動向を確認し、万一はぐれたら、すぐに先生に連絡してください」
HRが終わり、放課後の時間が始まる。来週には修学旅行ということで、その班決めをしていたのだ。
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「
そんな後の放課後なので、早速、決まったメンツで何かしようと、教室の各所で班が集まり始めていた。
「武田班集まれるか?」
そんな中、仁達の所属する班も班長である学級委員長の優希から呼び出しがかかる。
「おう!」
「あぁ」
「えぇ」
「どうしたの、武田君」
重明、仁、有子、そして、学級副委員長の玲子が集まる。
優希、重明、仁、有子、玲子が仁の所属する班のメンバーだった。
学級委員長と学級副委員長が両方いる班と聞くと、どれだけ問題児だらけの班なのかと思われるが、実際のところ、ちょっぴり問題児である重明の動向を心配する声があったことから、重明、仁、有子の三人が固まっているところに、さらにこの二人が合流して五人の班になった形であった、
「今度の土日、みんなで修学旅行の準備に行かないか? 一人一人がバラバラに準備するより、その方が楽しそうだろう?」
その言外に、重明に一人で準備させるのは不安、という意味があるような気がしたのは、仁の気のせいではない気がした。
「いいんじゃない?」
最初に同意したのは有子だった。
「武田君が言うなら」
やや遅れて玲子も応じる。
「もちろん、構わないぜ」
何か思案していたらしい、重明がまぁいいや、と言ってから応じる。
「石倉君は?」
「あー、と、そうだな。ちょっと最近、急用が入ることがあってな。土日は入る可能性があるから、ちょっと悩んでたんだ。図々しくてすまないんだが、土日どっちか、ってことにしてもいいか? 急用が入らなければ、土曜日に、入ったら日曜日に。両方に入ることはないと思うから」
急用とは勿論、「レイド・ウォー」の事だ。
やはり、『VRO』のプレイヤーには学生や社会人が多いため、休みの日であることが多い土日の方が、多くの戦力を動員出来る。そんなわけで、「レイド・ウォー」は土日に発生する事が多い傾向にあった。
だが、「JOAR」であることを表向き隠している彼らはそんなことは言えない。
「ふむ。真面目な石倉君が言うなら、それほどの用事なんだろうね。分かった。土日両方空けておくことにしよう。他のみんなも構わないかい?」
重明と有子は一も二もなく頷く。何せ事情は仁と同じだからだ。
「まぁ、武田君が言うなら……」
玲子はたっぷり一分悩んでから、最後にそう言って了承した。
そして、土曜日。幸いにして、「レイド・ウォー」発生の兆候はなく、一同は無事にショッピングモール『アイオーンモール』に来ることが出来た。
ショッピングモールを主とした大手流通系メガコープ『アイオーン』の系列店である『アイオーンモール』は多数の商品を扱っており、雑多なものを買い物に行くなら、まずはここ、と言う場所だ。
「まずは何を買う?」
「そうだな……。みんな、カバンは持っているかい? 出来れば、キャリーバッグが推奨されているぞ」
仁の問いかけに、優希が質問で返す。
幸い、「JOAR」一行は沖縄旅行の折にキャリーバッグを買っていた。
「そうか。なら、俺と上杉は持ってないから、まずはその買い物に付き合ってくれるか? 既に持っているなら、その観点から助言が貰えると助かる」
「おう、いいぜ!」
重明が自信満々に答える。
優希はその言葉を頼りにしていいものか少し悩んだ様子を見せながら、苦笑し、キャリーバッグを売っている店に移動する。
「さて、まずはハードタイプかソフトタイプかだけど……、おすすめはあるかい?」
キャリーバッグにはABS樹脂やポリカーボネートで作られたハードタイプとナイロンで作られたソフトタイプがある。まずはこのどちらかにするかは重要な選択だ。
「俺は断然ハードタイプがおすすめだな。衝撃に強いし、密閉性が高いし、あと濡れに強いのも見逃せないな。それから、これが一番でかいんだが、バッグって汚れるからな。ハードタイプならさっと拭くだけで回復出来るから便利だ。布製のソフトタイプではそうもいかない」
尋ねられてまず最初に答えたのは仁だ。アドバイスが欲しいと言われて、自分が出来るアドバイスは何かを到着までずっと考えていたが故に出来たことだった。
「んー。まぁハードタイプが悪いわけじゃないけど、ソフトタイプにもいいところはあるわよ」
それを聞いて、有子も口を開く。
「やっぱりソフトタイプのメリットは軽いことだわ。ハードタイプはそれだけで重くて、重いのが使いにくいって人には不向きね。あと、ソフトタイプはハードタイプと違って外側にポケットがあるのも強いわ。普段使いする小物はこっちに入れておくと良いわね。これはハードタイプには絶対無理だわ」
「なるほど、やはり一長一短あるんだね」
二人のプレゼンに優希が頷く。
「なら、僕はハードタイプにしようかな。重いのは気にならないし、小物はウエストポーチを別につけていく予定だからね」
「私はソフトタイプにしようかしら。重いのは辛いし、小物が入る場所は多い方がいいわ」
なら次はサイズはどうする? メーカーは? と様々な論争が発生し、仁と有子がそれぞれアドバイスをして決めていく。
その後、必要な消耗品などを買い、一同は解散する運びとなった。
消耗品の購入は優希が事前に回る店をメモしてくれており、それを順番に回るだけで済んだ。
仁はリーダーとしてこの段取りの良さは見習わなければ、といたく感心した。
その後、仁、重明、有子は近くの喫茶店に再集合した。
やがて、そこに恭子もやってくる。
これにはある理由があったのだが、そんなことより、恭子は今日の三人の外出の様子に興味が尽きない様子だ。
「へぇー、修学旅行かぁ。懐かしいなぁ」
「お姉ちゃんが行ったのは二年前よね」
「うん、あの時はワシントン州だったな。『エレベートテック』の同盟企業である『ピークォド・コーヒー』の本社があってね。そこに訪問もしたよー」
「ピークォド・コーヒー」は「ピード」の略称でも知られる日本でも浸透している巨大コーヒーチェーンメガコープだ。「コーヒーで世界を変える」と言うポリシーを表明していることで有名だ。
「あー。覚えてる覚えてる。『ピード』グッズをお土産に買ってきてくれたよね」
その言葉に有子が頷く。
「えー、『ピード』いいじゃねぇか。うちは『ロビン・ルイス』だぜ。車なんて興味ねーよー」
「ってことはイギリスか」
重明の愚痴に恭子が頷く。
「そ、俺達の修学旅行の行き先はイギリスっす」
元々イギリスの国営企業だったのが独立したメガコープである『ロビン・ルイス』は、航空機や車両を製造している企業だ。
「いいじゃない。『キャメット』グッズとかあるかもよ」
「あいつら、俺達のデビュー戦にしゃしゃり出てきて良い印象ないっすよ……」
『ロビン・ルイス』といえば、『キャメロット』とスポンサー契約をしていることで有名だ。今も戦力契約をしていて、順調に勝利を続けていると聞く。
「すみません、お待たせしました」
そこへ、勝久がやってくる。
「JOAR」の現実世界の副官を務める「ハーモニクス・ソリューション」の社員である。
「突然お集まり頂きすみません」
「いえ、ちょうどみんなで集まりたかったところだったので。でも、なんの用事なんです?」
「はい。みなさん、修学旅行に行くとお聞きしまして。他のメンバーより少し早いですが、先にこちらを渡しておこうと思いまして」
そう言って差し出されたのは以前に見せられた小型の《オーギュメントヘッドギア》だった。
「おぉ! 最新モデルのやつ!」
「はい、しかも発売前のモデルです。他人に見られると、皆さんの身元がバレてしまうかもしれませんので、それだけ気をつけてください」
「分かったよ、ありがとうな」
「こら、重明。すみません、ありがとうございます」
「いえいえ、それでは、旅行を楽しんで来てください。出来れば、それを使話なければならない事態にはならない様に祈っております」
それはつまり、修学旅行中に「レイド・ウォー」が発生する、と言うことだ。確かにそれは避けたい事態だ、と一行は思った。
「それでは、ご歓談をお続けください。私は失礼致します」
勝久が立ち去っていく。
なお、十分に歓談を楽しみ、帰ろうとすると、既に勝久により会計が済まされており、驚くことになるのはもう少し後の話になる。