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第62章「防衛〜イノコア 下」

 岐阜県大垣市ソフトピアジャパンで繰り広げられる戦いは後半戦に入っていた。

 ボス、ガルダのHPはまさに半分を切ったところ。

 ガルダのHPを削ったのは主に遠距離要員で固めた「ハーモニクス・ソリューション」軍の攻撃。

 多少は「イノコア」軍の攻撃によっても削れているため、まだ確定とまでは言えないが、この調子で行けば、4本あるHPゲージが最後の一本になることにはどちらが勝者となるかは確定的、と言う状況。

 敗戦濃厚の「イノコア」軍は、魔術師部隊を使って起死回生の一手として、ガルダを引き摺り下ろそうとしたが、行動パターンの変化とタイミングが被ったために失敗。

 魔術師部隊は空中に投げ出され、ガルダから離れられない状態にあった。

 そして、その魔術師部隊とは、かつて「JOAR」と仲良くしていた魔術師パーティ「G.D.」の事であった。

「おい、どう言うことだよ。なんで、こんなところに『G.D.』がいるんだよ!」

「そうだよ。レイドなんて危険なことやりたくないって言ってたのに」

 悲鳴のような声をオルキヌスとリベレントが上げる。

「おい、不安そうな声を上げるな、部下が不安になるだろ」

 その言葉をジンが叱責する。

「だってよぉ」

「今の俺たちは部隊のリーダーなんだ、それを忘れるな」

「そりゃそうだけどよ……」

 オルキヌスが続く言葉を述べるより早く、空中軌道を取っているガルダがそのまま、「JOAR」と「パラディンズ」とその部下達に向けて、突っ込んでくる。

 ジンが慌ててリベレントの名前を呼ぶ。

 が、リベレントはその声より早く部隊達の前に立って、その大楯を地面に突き立てている。

「ルックス・ムーラス・クストーディオ!」

 ジンとリベレントが同時に魔法を詠唱して、リベレントの大楯を中心に光の壁が展開される。

 直後、強烈なガルダの体当たりが光の壁と激突し、周囲に強烈な衝撃波が飛ぶ。

「全員、一斉攻撃!」

 ジンの号令に合わせ、ガルダに向けて光と水の奔流がガルダへと襲いかかる。

 ガルダは強い叫び声のような鳴き声をあげ、再度空中に逃れつつ、竜巻を発生させる。一気に高度が上がって、強烈なGがかかったことで、「G.D.」のメンバーの悲鳴が聞こえてくる。

「全員、散会!」

 部隊が一斉に周囲に散らばる。

 竜巻はそのうち一塊を追いかける。

 前半戦でベオウルフからもらっていた情報と異なり、追尾してくる事実に驚愕する一同。

 部下の何人かが竜巻に飲み込まれ、赤いデータ片へと消える。

 続けてガルダがさらに竜巻を放とうとする。

「まずい、備えろ」

 どう備えればいいのかも分からないまま、ジンはとりあえず叫ぶ。

「《フルンディングピアッシング》!!」

 直後、そんな叫び声が響き渡る。

 ソフトピアジャパンセンタービルの展望フロアから飛び出したベオウルフがそのまま自由落下しながら、WSを放ったのだ。

 ガルダが強烈な叫び声をあげて、空中で暴れ回る。

 それに振り回されて「G.D.」のメンバーが悲鳴をあげる。

「この、大人しくしやがれ!」

 空中で突き刺した《フルンディング》をさらにねじ込みながら、ベオウルフが叫ぶ。

 その攻撃にガルダがより強い叫び声をあげ、体を振り回し、ベオウルフを振り落とそうとする。当然そうなれば「G.D.」はより振り回され、より大きな悲鳴が上がる。

「ベオウルフがヘイトをとっている間に射撃を再開するぞ!」

「俺達も続け!」

 ジンが素早く判断を下し、『JOAR』と『パラディンズ』の部下達が一斉に射撃砲撃魔法魔術による攻撃を再開する。

「おい、ジン。俺達は『G.D.』の救援を優先するべきじゃねぇのか?」

 シャルルが部下の指揮のため、ジンのそばを離れたところに、入れ替わりでオルキヌスが近付き、進言する。

「『G.D.』を? 何を言ってるんだ?」

 そのオルキヌスの進言を理解不能、と言った風に聞き返すのはジンだ。

「何って……。『G.D.』は俺達の仲間だろ? 助けるのは当然のことだろ」

「違う。今の『G.D.』は『イノコア』の仲間。俺達の敵だ」

 困惑するオルキヌスにジンはあくまで冷静に告げる。

 話はそれだけか? とばかりに、ジンは詠唱に戻ろうとする。

「ちょっと待ってよ」

 だが、そこにリベレントが話に加わってくる。

「確かに、アレイスターちゃん達は今は敵になってるかもしれないけど、友達ではあるでしょう?」

「そうだな。アレイスター達は友達だ」

 リベレントの問いかけにジンが頷く。

「だったら、友達は助けるものでしょう?」

「そうだな。そう出来ればいいと俺も思う」

 けれど、ジンの答えはリベレントの期待していたものではなかった。

「どうして!?」

「さっきも答えた。俺達は『ハーモニクス・ソリューション』の所属で、『G.D.』は『イノコア』の所属だ。その二つは今まさに敵対してるんだ。そこで手加減したり、利敵行為を働くわけにはいかない」

ジンの答えはさっきと変わらなかった。

「そんな……」

 リベレントは続ける。一時の敵味方がそんなに重要か、と。

「一番重要だ。俺達は今、『ハーモニクス・ソリューション』の兵士としてその名声を得てるんだ。ここで、利敵行為を働けば、下手すれば俺達は契約解除される。そうなったら、これまで通りの名声も生活も、望めなくなる」

「そんな……、友情より名声を取るっていうの!?」

 ジンの言葉に、リベレントが彼女にしては珍しく強い語気で反論する。

「そうだ」

「お姉ちゃん、悪いけど、今回は私はジンに賛成よ」

「アリちゃん!?」

 思わぬ横槍にリベレントは驚愕する。

「どうして!? アリちゃん、あんなにアレイスターちゃんと仲良かったのに」

「えぇ……。私だって正直断腸の思いよ。あのアレイスターが初期化されるなんて……考えたくもない」

 リベレントの問いに、アリは歯を食いしばるようにしながら、なんとか絞り出すように、そう言い切った。

「だったら……!」

「だけど……、これまでの生活を手放すなんて……、もう私には考えられないのよ!」

 それは、強い言葉でつい本音を隠しがちなアリとしては珍しい正真正銘心からの叫びだった。

「そんな、友情より生活を取るっていうの?」

 だが、それはリベレントにとっては信じられない答えで、これまであまりなかった姉妹喧嘩が始まってしまう。

「大体、オルキヌスはなんでそっち側なのよ。いつも名声名声言ってるくせに。あんたはじゃあ、『G.D.』を助けた結果、名声を失っても良いっての?」

「う……。い、いや、そりゃよう……、名声は欲しいんだけどよう……」

 アリは味方を増やすため、その矛先をオルキヌスへと変える。

「で、でもよう、それで、仲間を見捨てるのは、違うんじゃねぇか?」

 しどろもどろなりに、オルキヌスは自分の想いを言葉にする。それはリベレント側につくことを意味する。

「ジンこそ、最初は名声なんて興味ないって風だったのに……」

「何言ってんだ、ここまで有名になって、ここまで恩恵受けて、そうなる前までと同じなわけないだろ。今は名声を手放すなんて考えられないと思ってるよ」

 かくして、事態は「G.D.」を助けたいリベレント&オルキヌスVS利敵行為はしたくないジン&アリによる大喧嘩へと発展した。

 リベレントとオルキヌスとしては、なんとしても友達である「G.D.」を助けたい。

 ジンとアリとしては、名声と生活のためにも利敵行為はしたくない。

 両者の主張は完全に背反しており、お互いに譲れる部分はない。

 故に、喧嘩にも終わりは見えない。

「だ、だったら、こういうのはどう?」

 それでも、このままではいけない、とリベレントは考えたのだろう、妥協点を提案し始めた。

「一度、魔術師部隊に協力してもらって、ガルダを引き摺り下ろしてもらうの。それなら、ベオウルフさん達に攻撃の機会を与える事が出来るし、アレイスターちゃん達はその間に、逃げられるはずだよ」

「ダメだ」

 だが、リベレント渾身の提案も、ジンによって却下される。

「どうして」

「地上勢力は現状、まだ敵の方が多い。その状態で敵を地上に落とせば、逆転の可能性はまだ残る。そうなれば、利敵行為と見做される可能性は否めない」

 そんなリスクは冒せない、とジンは告げる。


「なぁ、お前ら、冷静に考えろよ。今回は、よりによって『G.D.』だから、気が動転するのも分かる。俺だって完全に割り切れてるわけじゃない」

 お互い言葉は出し合い、睨み合いに発展したので、ジンが思い切って口を開く。

「けど、俺達が『ハーモニクス・ソリューション』という勢力につくことを選んだ以上、それに対抗する勢力とは戦わなきゃならない。例えば今後、『ハーモニクス・ソリューション』が『セイエイ』と戦うことになったらどうする? 確実に『時代』の皆さんが出てくるんだぞ」

 そうなった時、戦えませんって言うつもりか? とジンは問いかける。

「それに、今回はボスバトル形式だから直接と手を下さなくたって良いけど、『ムービング』の時みたいな攻防戦形式だったら、直接手を下さないとならない可能性だってあるんだ」

 そうなった時、戦えませんって言うつもりか? とジンは問いかける。

 オルキヌスもリべレントも黙りこくったまま、何も言えなかった。

 二人とて、名声などいらないと思っているわけではない。だから、理屈の上ではジンが正しいことを理解しているのだ。

 それでも、感情がそれを受け入れられない。

 理屈と感情のぶつかり合いが今この喧嘩なのであった。

「おい! ベオがやばいぞ!」

 だが、そこにシャルルが話に割り込んできた。


「クソ、この……大人しくしろ!」

 少し時間を巻き戻す。上空ではベオウルフとガルダの戦闘のような何かが続いていた。

 そして、とうとうその決着が決まろうとしていた。

 ギリギリとベオウルフの攻撃と、地上からの支援攻撃を受け続けたガルダはいい加減怒ったのか、極めて強引な空中三回転を繰り出す。

 当然、「G.D.」の面々もそれにより遠心力で振り回され、悲鳴を上げる。

 驚嘆すべきは《ネケク》の丈夫さか。それほど振り回されてなお、「G.D.」のメンバーは落下する様子はない。

 問題なのはそのような魔術などによってではなく単なる膂力のみによってガルダにしがみついているベオウルフの方で、流石に強烈な空中三回転のGにベオウルフが耐えかねてブラックアウト、そのまま落下を始める。


「おい! ベオがやばいぞ!」

 シャルルの言葉に、ジンがガルダの方を見上げると、ガルダが二回転目に入ったところで、ベオウルフがブラックアウトして落下を始めたところだった。

「ローゼンクロイツ、全員で《ネケク》を使ってベオウルフを!」

「おい、それはアレイスター達を助けるために……!」

「本気で言ってるのか。ここで、ベオウルフとアレイスターを天秤にかけてアレイスターを選んでどうなるか、想像つかないわけじゃないだろう」

 ジンの指示にオルキヌスが口を挟むが、ジンの凄みには勝てない。

「それに、あの様子だと、ガルダが『G.D.』を振り解くのにはまだ時間がありそうだ。その前にガルダを倒せば、助かるかもな」

「! そうか!」

 その言葉に単純なるオルキヌスは速やかに射撃モードの《フォトンクレイモア》を構え、援護射撃を開始する。

「ふぅん、最初のレイドの時もそうだったけど、ジン君って人をその気にさせるのが上手いよね。最初から喧嘩しないようにも出来たんじゃない?」

「いや、本音をぶつけ合うのも大事だ。それより、リベレント、次のガルダの突撃、受け止めたら、そのまま『G.D.』に声をかけられるか? お前が耐えている間なら、ガルダは地面に近い。その間なら……」

「そうか! その方法なら利敵行為にはならないし、ログでも分からない!」

 かくして、リベレントもやる気になった。


 あとの結果は正直消化試合という他ない。

 リベレントがガルダを抑え、その間に「G.D.」のメンバーが地上に降りる。

 後は、リベレントが抑えているうちに、「ハーモニクス・ソリューション」の近接要員が一斉攻撃すれば、既に弱っていたガルダはそれで赤いデータ片へと消えていったのであった。

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