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第61章「防衛〜イノコア 上」

 岐阜県大垣市。岐阜県が1990年代から整備を始めた先端情報産業団地ソフトピアジャパン。

 世界のIT業界をリードするグローバルレベルの企業から、ITに可能性を見出し、ここソフトピアで新たなビジネスモデルの成功を目指すベンチャー企業まで、様々な企業を誘致してきた過去のあるIT企業の集まる場所である。

 その中心たる光輝く二本の角という特徴的な見た目からツインタワーという愛称もあるソフトピアジャパンセンタービルと、大垣市情報工房と岐阜県ソフトピアジャパン・アネックスの合築ビル。その間の噴水があるエリアに翼の生えた巨大な人型のボスがある。

 ちなみに両者の建物は『ナイトアンドウィザード』世界の侵食で西洋の城のような見た目になっている。

「やっぱり超有名企業ってのは敵が多いんだなぁ」

 そう呟きながら翼の生えた巨大な人型のボスを越えてその向こう側、ソフトピアジャパンセンタービルから見て、南側、大垣市総合体育館の付近にいるプレイヤー集団を見ながら呟くのは、ジンである。

 「ムービング」とのレイド・ウォーの後も数回、ITベンチャー企業とのレイド・ウォーを経て、今回の相手もまたITベンチャー企業「イノコア」。

 イノベーション革新コアを組み合わせた名称から窺える通り「革新」をビジネスの中心に添えると豪語する企業であり、ベンチャーでありながらも多くのメガコープと取引のある企業である。

 そんなソフトピアジャパンセンタービルの南側に布陣する「イノコア」軍に対し、ジン達「ハーモニクス・ソリューション」軍は北側、岐阜県市町村行政情報センターの駐車場付近に布陣している。

「なんだぁ、ジン。数回のレイド・ウォーでもうだれちまったのか?」

 そんなジンの呟きにシャルルが応じる。

「まぁ、確かに毎回神経はすり減らしてますけど、この程度でだれてるなら、レイドなんてこんなにやってないですよ」

「はは、だよな」

 ジンとシャルルは元々シャルルが軟派なノリなのもあり、それなりに仲良くなっていた。

「どうでもいいな」

 ベオウルフは相変わらずで、どうやってパーティ内で仲良くしているのか疑問なほどに口数が少なくぶっきらぼうだが、こちらにも変化はあった。

「それで、今回はどうする?」

 それは、ジンを「ハーモニクス・ソリューション」軍全体の指揮官と認め始めている点である。

 複数の戦いで明確に臨機応変な対応を行ったことが評価され、ジンは二人から信頼できる人間と認識されたようだった。

「敵は翼が生えた敵、おそらく飛翔能力がある。『デネ』の部隊が前衛を努めつつ、『パラディンズ』の部隊と『JOAR』の部隊が後方から撃ちまくるのを基本にして先ずは様子を見たいな。それで敵の動き次第では編成を変えよう」

「お、聞いたぜ。そっちの大剣使い、《フォトンクレイモア》を手に入れたんだってな。俺達もニンバスとは一回だけ戦ったからなんとなく性能は知ってるぜ。じゃ、それで行くか。ベオウルフの旦那もそれでいいか?」

「構わん。前衛がオレ達だけというのはむしろ燃える」

 ジンの指示に二人が頷く。

【15秒前】

「ローゼンクロイツ、我が方の部隊から近接攻撃しか出来ない奴をピックアップして『デネ』の方へ派遣しろ」

「はい!」

 素早くジンが副官のローゼンクロイツに指示を出す。

【10秒前】

「足手まといを増やされてもな」

「そう言うな。どうせこっちで遊ばせといても出来ることはないんだ、うまく使ってくれ」

【RAID WAR−Boss Battle−Start】

 緑色をした巨大な有翼の人型、【Garudaガルダ】が動き出す。

 一斉に遠距離要員が射撃開始し、無数の光の奔流とそして炎や水、雷といった属性攻撃の奔流が飛び出していった「ハーモニクス・ソリューション」軍に対し、「イノコア」軍は近接武器を揃えて一斉に前進を始めた。

 必然的に最初にヘイトを取ったのは「ハーモニクス・ソリューション」側。

 ガルダは空中に飛び上がり、竜巻を放った。

「総員防御姿勢。後衛まで攻撃を行かせるな」

 ベオウルフが号令する。『デネ』配下の部隊が一斉に盾や防御魔術、防御魔法を発動し、竜巻を押し止める。

 その間にも無数の攻撃が鮮やかな色を以て、ガルダへと突き刺さっていく。

 最初の攻撃との違いは属性攻撃が氷属性の魔法魔術に絞られている点だろう。最初の複数の属性攻撃を受けて、即座に弱点が氷属性だと判明したのだ。氷属性は風属性に強い。竜巻を操るのも合わせて、ガルダは風属性であることが窺えた。

 「イノコア」軍はガルダの直下まで到達するが、相手は空中。近接部隊では攻撃がままならない。

(あれだけ数を揃えたのに、ほぼ近接特化なのか)

 ジンが魔法を詠唱しながらジンは敵プレイヤー集団、「イノコア」軍を分析する。「イノコア」軍は驚くべきことに「ハーモニクス・ソリューション」軍に劣らないほどの数を持っている。

 ただその戦力は大幅に近接部隊に偏っているようで、上空のガルダに打つ手なく散発的な魔術が飛ぶに留まっている。

 飛んでいるのが魔法ではなく魔術なあたり、恐らく、魔術でバフをかけて、近接メンバーで攻撃を仕掛ける、というシンプルな作戦だったのだろう。

 ただこの辺りは運もある、というべきだろうか。敵は空中型であり、あまりにその編成との相性が悪い。

 結果、彼らはどう判断するか。

「作戦変更だ! 敵後衛を攻撃し、敵の遠距離攻撃を撹乱する!」

 こうなる。

 要は、相手側に遠距離攻撃要員が多数いるのが厄介なわけなので、さっさと殲滅してやろう、というわけだ。

 かくして、「イノコア」軍から大きな鬨の声が上がり、「イノコア」軍全体の約半分ほどの戦力が、一気にソフトピアジャパンセンタービル側、つまり戦場の東側に向かって移動を始める。

「なんだ? 戦線破棄か?」

 その様子にベオウルフは首を傾げる。ベオウルフの判断は、「あまりに戦線が不利なので、戦闘を放棄した」というものだった。

 本当に戦闘を破棄したなら、リザインすればいいだけなので、明後日の方向に進撃するというのはおかしいのだが、ベオウルフにはそこまでの発想はなかった。

 というより、ガルダの攻撃が激しく、抑えるのに必死なので、それ以上考える余裕がなかったとも言える。

 「イノコア」軍司令官の指示をご存知の読者ならベオウルフの判断が誤りであることはお分かりのことと思う。


 結果、ガルダに攻撃するのに夢中だった最後衛、東海道本線の線路の南側に布陣していた「パラディンズ」部隊に対し、その側面を突く形で、「イノコア」軍が攻撃を仕掛ける。

 市街地であることが災いし、曲がり角を突然曲がって現れた「イノコア」軍に、「パラディンズ」部隊は直前まで気付くことができなかった。

「な、なんだ!?」

 「パラディンズ」部隊の一人が敵の接近に気付いた時にはもう遅かった。

 その報告がシャルルに伝わるより早く、「イノコア」軍は「パラディンズ」部隊に接敵。

「攻撃だと!? ベオウルフは何をやってたんだ!」

 シャルルが慌てて対応を始めるが、遅きに徹している。

 慌てたシャルルは急いで《ジュワユーズ》を切断モードへ変更。乱戦エリアの中に入っていく。

 局地的な戦果ではあるが、対「パラディンズ」部隊と「イノコア」軍との戦闘は「イノコア」軍有利に進むと思われた。

 直後、天から降り注いだ雷属性の球体が降り注ぎ、乱戦エリアの「イノコア」軍の兵士だけを麻痺させた。

「『パラディンズ』麾下の部隊は一気に南下しろ!」

「そ、総員、南下だ! あの二本角のビルの方へ全速前進!」

 突如聞こえた声。それが信頼出来る人間の声だと気付いたシャルルは素早く部隊を南下させ始める。

「おら、《ディザスターターン》!」

 そうして、『パラディンズ』部隊がいなくなり、「イノコア」軍の兵士だけが残されたそこへ、大男が飛び込み、赤い嵐の如く大回転を繰り出す。

 WSの名を聞けば、もはや誰何の必要もないだろう。ついにユニークフォトン武器を得た我らがオルキヌスである。

 南下するシャルルの隣に移動したウルフカットの少年がシャルルに声をかける。

「このまま『パラディンズ』の部下達には最初にいた駐車場のあたりまで移動して、うちの部隊と合流、そこから射撃を再開してもらおう。『パラディンズ』は我々、『JOAR』と連携して、『イノコア』の裏取り部隊を叩く」

「了解だ」

 これまた言うまでもないだろう。我らが「ハーモニクス・ソリューション」の前線指揮官と周りから見なされている人物、ジンである。

 ジンは自分たちより後方にいる「パラディンズ」部隊からの攻撃が飛んでこなくなったことに気付き、金烏を利用して状況を把握、素早く増援に駆けつけたのである。

 リベレントとアリが光の壁を展開して、「パラディンズ」部隊への追撃路を塞ぐ。

 「イノコア」軍が追撃を阻まれ、出鼻をくじかれ、混乱しているところに、「JOAR」のジンとオルキヌス、そしてシャルル率いる「パラディンズ」が近接武器を掲げて突入する。

 こうなると、形成は完全に逆転する。

 先ほどまでは混乱している「パラディンズ」部隊を「イノコア」軍が乱戦で叩く構図だったが、今は「イノコア」軍が停滞しているところを、極少数精鋭による乱戦で叩く構図となった。

「よくも俺の部下達を初期化してくれたな、覚悟しやがれ!」

 最も戦意を燃やすのは当然のように、自身の部下を攻撃されたシャルルら「パラディンズ」の面々。

 クールタイムが終わるたびに《ディザスターターン》を放ち、敵をガンガン吹き飛ばしていくオルキヌスに負けないとばかりに、《ジュワユーズ》やフォトン武器を操り戦う。

 ジンはというと、そんな彼らを支援するために、《パラライズウィップ》で周囲の敵を麻痺させていく。

 見れば、ガルダも間も無くHPゲージが半分を切る。

「よし、この調子なら、こっちの勝ちだな」

 襲撃をかけてきた「イノコア」軍は潰走をはじめている。

「念の為追撃はやめよう。駐車場に戻り、ガルダへの攻撃支援を続ける」

 ジンの言葉にシャルルも頷き、一行はガルダへ攻撃を加えつつ、部下との合流を図る。


  一方、襲撃部隊作戦失敗の報を聞いた「イノコア」軍指揮官は歯噛みする。

「だ、だが、まだ近接部隊の数だけならこちらが上だ。なんとかあのガルダを地上に引き摺り下ろすせれば……」

 そこでふと、気付く。地上に引き摺り下ろす。そんな方法を持ち合わせているという仲間の話を聞いたことがある、と。

「魔術師部隊に伝令。起死回生の作戦に出るぞ」


 ガルダのHPゲージが半分を切るまで本当に後僅かと言うタイミングで、「イノコア」軍の動きが変わった。

「なんだ?」

 シャルルとジンから後方攻撃を喰らったと報告を受けているベオウルフは「イノコア」軍の妙な動きに警戒心を露わにする。同じ失態を二度も犯せない。

 だが、その動きとは、ガルダの直下から近接部隊が移動し、半月状に散らばると言うもので、その目的が読めない。

【[Coop] Beowulf > 敵に新しい動き。警戒しとけ】

 ベオウルフは先の失態のこともあったので、ジンを含む全員にチャットで報告を入れる。

 近接部隊から代わってガルダ直下に現れたのは数人の魔術師達。

 彼ら彼女らは一斉に《ネケク》の魔術を放ち。

 ガルダの足を捕まえた。


「あれは《ネケク》? ガルダを地面に引き摺り下ろそうと言うのか?」

 その様子を遠くから見て、ジンが首を傾げる。

 ガルダは上空を滞空するばかりで激しい移動はしない。《ネケク》なら高度を下げられる可能性はあるだろう。

 だが、そのタイミングでHPゲージが半分を切ったのが、彼ら彼女らの不幸だった。

ガルダが突然動きを変え、高高度まで飛び上がったかと思うと、そのまま激しく空中を飛び回り始める。

 HPゲージが半分を切り、行動パターンが変わったのである。

 結果、魔術師パーティはそのまま逆に空中へと引っ張り上げられ、空中に身を投げ出された。

 こうなると、《ネケク》を解除すれば地面に落下して落下ダメージでやられてしまう可能性も高い。

「お、おい」

 そこで、オルキヌスが何かに気付いた。

「あの引き摺られているうちの一人、アレイスターじゃないか?」

「えっ?」

 アリが慌てて視界拡張の魔術をかけて見つめ、そして。

「間違いないわ、引っ張り上げられているのは、『G.D.』のメンバーよ」

 アリもまた、頷いた。

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