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第57章「日常〜キャンプ 下」

 翌日。

「さぁ、今日は釣りをするよ!」

 起きるなり、嬉しそうに恭子が言う。

「楽しみっすね」

 重明もそれに同調する。

「朝ごはん作るね」

 恭子が寝袋から出て、買い出しに出かける。

 10分もしないうちに戻ってくると買い物袋から八枚切りの食パン、ロースハム、ピザ用チーズ、卵、有塩バター、薄力粉、牛乳、コンソメ顆粒、そしてパセリ、アルミホイルを取り出す。

 炭用コンロに火をつけ、鍋に有塩バターを入れて溶かしていく。

「あ、作り始めてから聞くのもなんだけど、ダッチオーブン借りても良い?」

「お、結構本格的な朝飯っすね。いいっすよ」

「うん、楽しみにしててね」

 底に薄力粉を入れて粉気がなくなるまで炒める。

 ダマにならないように牛乳を少しずつ加えて混ぜ合わせていく。

「あ、手伝うよ」

「ありがとう」

 混ぜ合わせるのはジンも手伝った。その間に恭子はロースハムを切っていく。

「お、少しずつとろみが出てきたな」

「ありがとう、じゃあ続きやるね」

 恭子はそのとろみが出てきた液体にコンソメ顆粒を入れて混ぜ合わせていく。

「ソースはこんなものかな」

 次に食パンを取り出し、両面に有塩バターを塗り、表側に先程作ったソースとロースハムを乗せる。

 その上にさらに両面に有塩バターを塗った食パンをその上に乗せる。

「おぉ、それは、クロックマダムですね!!」

 見ていた重明が完成形を理解したらしく、テンション高く叫ぶ。

「そうなのー、前から作ってみたくって」

「オレも食べてみたかったっす!」

 更にその上に卵とピザ用ソースを乗せ、アルミホイルを敷いて、ダッチオーブンに入れて焼き始める。

「はーい、出来た人から食べ始めちゃって、熱いうちに食べちゃうのが一番だからねー」

 こうして出来たのがクロックマダム。

 二段重ねの食パンにホワイトソースとチーズ、ベーコンが挟まり、更にその上にホワイトソースと目玉焼きが乗った豪勢な食パン料理である。

「じゃ、仁から貰いなさい。手伝ってたんだし、それくらいの役得はあっていいでしょ」

 仁は重明の方も見るが、重明も特に異論はないらしい。

「じゃ、遠慮なく」

 食器に盛られたクロックマダムに仁はかぶりつく。

「うまい!」

 パンはパリパリ、チーズにホワイトソース、ベーコンというカロリーの暴力が仁に襲いかかり、卵黄はとろとろで、卵黄より向こう側はまた違った風味が出てくる。

「喜んでくれてよかったよー」

 恭子はそんな仁の様子に微笑みながら、次々にクロックマダムを焼いて、有子へ重明へ配っていく。

「うん、本当に美味しいね。元のレシピは六枚切りの食パンを使うのを推奨してたから、八枚切りでもうまく作れるか心配だったんだけど、問題なさそうで良かったよー」


「さ、釣りだよ釣りー!」

 恭子がテンションを上げて、「レンタルしてくるー」と恭子が走り出す。

「あ、俺も手伝いますよ」

 どう考えても釣り竿とバケツ4つずつを一人で持っていくのは無理だ。

「俺も俺も」

「もうみんなで行きましょ」

 三人がそれに続く。

 かくして、釣り竿とバケツを一人一つずつレンタルし、浮きや釣り針といったしかけと釣り餌用の塩イソメを購入し、釣りに赴く。

 キャンプ場である公園には百メートル近い釣り突堤がある。

 仁達はその最も奥に陣取り、釣りを始める。

 ちなみに、最も奥なのは、重明が「どうせなら一番奥行こうぜ!」と主張したからである。

 さて、釣りの始まりは釣り針に釣り餌をつけるところから始まる。

 このキャンプ場で販売している釣り餌は塩イソメ。イソメを塩漬けにして保存可能にしたものである。

 さて、イソメという虫をご存知だろうか。ムカデに似た足がいっぱいある長い毛虫のような虫である。

「うへぇ、これ触るのか?」

 思わず仁が尻込みする。

 そう、イソメという虫は見ていて気持ちのいい見た目をしていないのである。

「なによ、さっさとつけて釣りを始めましょうよ」

 有子が無造作に塩イソメの入った容器に手を突っ込み、一匹を選び取って釣り針に指し、竿をキャスティングする。

「そうだよね、わ、私も頑張ろう!」

 恭子も勇気を出して塩イソメに手を出し、釣り針につけて竿をしならせて、浮きと釣り針を遠くに飛ばし、海に浮きを浮かせる。

「お、おう……、ふたりともすげーな」

 そして、尻込みしているのは重明もだった。

「あんたらなにしてんのよ、早くはじめなさいよ」

 そんな尻込みする男性陣二人を呆れ顔で見つめる有子。

「くっ、俺はやるぞ!」

 最初にやる気を示したのは重明。

 ままよ、と塩イソメに手を伸ばし、釣り針につける。

「おぉ、お、俺もリーダーとしてみんなに遅れを取るわけには……」

 仁も焦ったように塩イソメに手を伸ばす。

 かくして、釣りが始まった。


 釣りを始めて一時間が経過した。

 幸い、釣果は坊主ということはなく、順調に釣りは続いている。

「あー、またこの小魚だー」

「いい加減、食えるかくらいは調べるか」

 仁は《オーギュメントグラス》の検索レンズアプリを起動し、小魚を検索する。

「コマイって言うタラ系の魚みたいだな。一夜干しにして醤油とかで食うと上手いらしい」

「へぇ、じゃあ今晩試してみて、明日の朝ごはんにしよっか」

「いいな」

 みんなで頷き合いながら釣りを続ける。

「ちなみに、さっきのカレイかヒラメみたいな魚はどっち?」

「あぁ、こいつは……カレイみたいだ」

「ふーん、どう区別つけるのか良く分かんないね」

 と、そこへ。

「あ、あの」

 四人組に声をかけられる。

 女性四人組。勿論、見知らぬ四人だ。

「その、《オーギュメントグラス》のストラップにしてるプラ板、『JOAR』ですよね?」

 ギクリ、と仁は焦る。もしかして、正体がバレたか?

「あ、あぁ、そうだけど……?」

 とりあえず、返事をしないわけにはいかない。仁は素直に頷く。

「やっぱり! 手作りアクセサリを作ってつけちゃうなんて、皆さんも『JOAR』が好きなんですね!!」

「あ……えーっと……」

 思わぬ方向に話が飛んで、一瞬、仁が状況を理解出来ず言葉に詰まる。

 そして、すぐに理解した。

 そうか、普通有名人のリアルが目の前にいると思うより、そのファンだと思う可能性が高いよな、と。

「違うんですか?」

「いや、違わないよ。俺達、『JOAR』のファンなんだ」

「やっぱりー。最近増えてきてるとはいえ、アクセサリとかつけてるほどのファンの会うのは初めてですー」

 嬉しそうに女性が笑う。

「あ、でも手作りってのはちょっと違うぜ。これはうちの文化祭で売ってたやつを買ったんだ」

「文化祭? 学生さんなんですね」

「あぁ、うちの都内エレベートテック学園は『JOAR』構成員のうち三人が所属してる事で有名なんだぜ」

「あぁ、それ、SNSでみました。へぇ、エレベートテックET学園の生徒なんですね。『JOAR』の皆さんと言葉交わせました?」

「それがよ、みんなが集まりすぎてローカルスペースが落ちちまって、最初にいた人らは話を聞けたっぽいんだけどなぁ、悔しいぜ」

 重明が自慢げにファンエピソードを語っていく。

 よくもまぁ、そんなベラベラと自分がファンだった視点の話を出来るもんだな、と仁は感心する。

 しかも全て嘘ではない。大したものだ。

 仁は内心、いつ本人だとバレるかビクビクしつつ、しかし、重明が饒舌にファン視点の自慢話を続ける。

「あぁ、私はET学園の生徒じゃないんだ、私大学生でねー」

 いつの間にか恭子や有子も話に加わっていた。

「へぇ、姉妹なんですね。『JOAR』のアリとリベレントと同じだー!」

「そうなのー」

 本当に大丈夫だろうな、と思いながら仁は釣りに集中しようとした。

 直後、仁の釣り竿が強く引かれる。

「なんだ!」

 あまりに強い引きに、仁は体が持っていかれそうになる。

「仁!」

 気付いた重明が素早く仁をがっしりと掴む。

「なんだこいつ、強い引きだぞ……。有子! 恭子さん!」

「うん」

「分かった!」

 四人で一斉に釣り竿を引く。

 数分の激闘の末、それは釣り上げられる。

「すごーい、シロサケだ!」

 女性が声を上げる。

 それは全長六十五センチメートルにも届く長さの大きな魚。

「すごい。これだけ連れたら、昼ごはんも晩ごはんも安心だね」

 恭子が嬉しそうに微笑む。

「昼ごはんは、白身魚とハーブのオーブン蒸しって奴でどうっすかね。ダッチオーブンで作れるみたいですよ」

 連れた魚の中にはカレイが含まれる。

「本当? なら私はシロサケ? をムニエルにでもしようかな」

「恭子さん魚捌けるんすか?」

「うん、経験あるよ」

「じゃ、おまかせします!」

「でも、この大きさだと四人だと多いよね。そうだ。そちらの四人もどうですか? もっと『JOAR』の話をしましょう」

「いいんですか? 是非!」

 だ、大丈夫か、と仁は心配になりながら、四人は釣り竿を返却し、昼ごはんの準備に移行した。

 重明は野菜等をスーパーで買ってから戻ってくる。

 カレイの両面にしっかり塩を振り、ダッチオーブンにオリーブオイルとカレイ、そしてズッキーニを入れて両面をしっかり焼いていく。

「へぇ、じゃあ皆さんはキャンピングカーでこちらに?」

 さらにつぶしたにんにくを加え、オリーブオイルを足しつつ香りが出てくるのにあわせて玉ねぎを投入する。

「えぇ、そこのオートサイトは車ごと乗り入れられるので女性だけでも快適ですよ」

 ミニトマトに白ワイン、水百リットル、さらにタイムを加えてひと煮立ち。

「おま、ワインなんて持ってきてたのかよ」

「いや、恭子さんが持ってきてた」

「な、なんで?」

「な、なにか料理に使えるかなって……」

 実はこっそり海を眺めながら飲むつもりだった恭子である。

 塩コショウで味を整え、蓋をして20分ほど加熱する。

「よし、最後にパセリとレモンを加えて、完成だ!」

「重明さん、男性なのに料理上手いですね」

「まぁな、これでも学校の文化祭で料理したこともあるんだぜ」

「へー、すごーい」

 昼飯の食事が終わると、後はみんなで椅子に座りながらお喋りする時間になる。

「『JOAR』って、『ハーモニクス・ソリューション』と契約するほどの大物なのに、インタビューとか受けてないですよね」

「確かに、受けてほしいよな」

「ですよね。どこも動かないなんておかしいです。『VRタイムス』なんて『JOAR』のこと、特にジンのことをレアアイテム初心者だった頃から注目してたはずなのに」

「なー」

 仁はその話を聞きながら、インタビューか、むしろこちらから売り込めないだろうか、などと考えた。

「あ、そうだ。コマイを一夜干しにする件ですけど、ここ、狐が出るんで、獣避けの超音波発生装置とか置いたほうが良いですよ」

「あ、なら、俺買ってくるよ。近くのホームセンターで売ってるだろ」

 仁はビクビクしながら話を聞いているのが精神衛生上良くなかったので、買い出し係を買って出た。

「あ、晩飯の食材とかなにかいるか?」

「んー、いや、今ある食材だけで良いと思う。朝ごはんの方はどうかな?」

「えーっと」

「コマイでしたら、醤油や七味があいますよ」

「じゃ、そのへん買ってくる」

 仁がでかけたところで、恭子がシロサケを捌き始める。

「そうだ。残ったアラは明日の朝ごはんのアラ汁にしようかな」

 と、アラをクーラーボックスに保管しつつ、捌いたシロサケの切り身をカットしていく。

 フライパンに油を引き、カットした切り身を並べていく。

 ある程度火が通ったところで、お酒を加える。

「恭子さんも手際良いですねー。すごーい」

 水分がなくなってきたところで裏返し、バターを投入し軽く混ぜていく。

「『JOAR』のみんなは料理とかするんですかねー?」

「どうだろうなー、リベレントさんとかは料理しそうな印象あるよなー」

「分かります! それこそ恭子さんみたいな印象ですよね」

 最後にケチャップとマヨネーズを混ぜたオーロラソースを添えて完成だ。

「ただいまー」

 そのタイミングで丁度仁が戻ってくる。

 八人はムニエルをお腹いっぱい食べ、そして解散することにした。

「そうだ。都内ET学園には『JOAR』にメッセージを送る学内掲示板があるって本当ですか?」

「あぁ、あるぜ」

「なら、私達の応援メッセージも載せておいて下さい」

「おう、任された!」

 かくして、夜は更けていく。


 翌朝、仁達は一夜干しにしたコマイと恭子謹製のアラ汁を楽しみ、きれいに後片付けして、キャンプ場を去ったのであった。

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