「疲れたぁ」
「ハーモニクス・ソリューション」への顔出しが終わったその日の夜。
「JOAR」のパーティプレイヤーハウスにてジンが最近購入した二人がけのソファーに腰を下ろし、脱力する。
「お疲れ様」
アリが隣に座り、レモンジュースを手渡す。
「くぅ、酸味が疲れに効くなぁ。ありがとう、アリ」
今回の戦いもギリギリの戦いだった。
ジンは難しい選択を迫られたし、選択をした後もたった一人で多数の有力敵と戦うことになった。
もし途中でアリが合流してくれなかったらと思うと、冷や汗をかくどころの話ではない。まず間違いなく、確実にデータ初期化の目にあっていただろう。
「あの時は本当にありがとうな、アリ」
「いいのよ。ジン一人だと危ないと思って、お姉ちゃんと相談した上で助けに行ったの。なんかお姉ちゃんの玉兎が先導してくれて、それを追っていったら、丁度いい場所に出られたの」
「玉兎が?」
不思議な話だったが、金烏と玉兎は同じ島に生息する動物で、「金烏玉兎」という言葉もあるくらいセットになっている動物だ。何かしらの繋がりがあるのかもしれない。
「それもそうだけどよ、その後のローカルスペースでのやり取りも大変だったよな」
とオルキヌス。
「レイド・ウォー」が終わり、一行は再び、「ハーモニクス・ソリューション」のローカルスペースに移動した。
そこで起きたのは醜い責任の押し付け合いだった。
ベオウルフ曰く「オレは最も戦力の厚い正面の前線を抑える仕事を全うした。抜かれたやつは後詰が対処すべきだろう」とのこと。
シャルル曰く「俺は左右の前線を抑える仕事を全うした。正面を受け持っていたのはベオウルフなんだから、正面を抜かれたのはベオウルフの責任だ」とのこと。
かくして、ベオウルフとシャルルによる責任の押し付け合いは長く続いた。
ちなみに、ジンがこれに巻き込まれなかったのは、ジンの判断により「ハーモニクス・ソリューション」が救われた、と言う事実についてはどう頑張っても覆せなさそう、と二人が判断したからである。
ただし、それはジン及びその仲間達がこの責任の押し付け合いと無関係でいられたことを意味しない。
なぜなら——。
「ジン、お前はどう思う?」
「ほう、面白い。尻拭いした立場から言ってみろ、どっちのせいだ?」
などとそのやり取りの矛先がジンに向くからである。
「えぇ? え、いや。どっちが悪いとかはないんじゃ……、強いて言えば、俺がもっと早くフォローできればよかったかなぁ、とか……」
「なんだそれは。オレはどっちかと聞いているんだ」
「ジン、はっきりしない男はモテないぞ」
「そ、そう言われても……」
このやりとりは「ハーモニクス・ソリューション」が予定を組んだ顔合わせの一時間分たっぷり使い行われ、終わり、VVで帰宅する頃には「JOAR」全員がへとへと、と言う有様であった。
「前に温泉街行った時みたいに、どこか遊びに行きたいよ」
などとボヤくジン。
「お、どこか行くか?」
「いいわね、どこ行く?」
「また温泉にする? それとも海?」
そのボヤきにジンにとっては意外にも、全員が乗り気だった。
「いや、海はもう寒いでしょ。けど、どうせ行くなら、今度も現実世界にしましょうよ。今の私達は現実世界で旅が出来るだけのお金があるんだし」
「だよな。たまには贅沢して、今の俺達はお金持ちの有名人だって実感したいぜ」
アリのツッコミと提案にオルキヌスが同意する。
とはいえ何処へ行くか。というと、アイデアは特になかいようで、ジン、アリ、オルキヌスの三人はうーん、と唸る。
「じゃあさ、キャンプ行きたいな」
どうやら三人にはアイデアがないらしい、と理解したリベレントがおずおずと告げる。
「お姉ちゃんが提案なんて珍しいわね。それにしても、キャンプ? あ、お姉ちゃん、もしかして」
「う、うん、この前見たアニメの影響……。あのアニメ、ゼミでも流行ってて、同じゼミの人が結構キャンプ行ってるんだよー。私も行ってみたくてー」
アリの指摘に対し、ちょっと照れた様子で、両手で頬を押さえながら、リベレントが言う。
「ふぅん、いいんじゃない。ね、ジン、オルキヌス」
「リベレントさんが行きたいなら勿論!」
オルキヌスはすぐに乗り気になった。が。
「アウトドアかー、大丈夫かな」
心配そうなのはジンだ。
ジンが思い出しているのは「JOAR」にとって初めてのお出かけとなったお台場旅行のことだ。
ビーチバレーで遊ぼうとして、全員体力がないせいで、第一試合だけでバテバテになってしまったことがあった。
「何、体力の心配してるの?」
「そりゃ心配するだろ。お台場なら車で帰るだけだけど、キャンプで体力切れしたら、最悪野垂れ死ぬぞ」
「ジン君、もしかして、本当に天然自然の中でキャンプすると思ってる? キャンプってのはキャンプ場っていう管理された自然の中でやるものだよ。もし何かあったら《オーギュメントグラス》が自動でSOSを出してくれるし、それを受けたら、キャンプ場に詰めてる人さんが助けてくれるよ」
「へぇ、そうだったのか。自然の山とか登ってそこでやるのかと思ってたよ」
何も知らなかったジンはリベレントの説明に感心したように頷く。
「まぁ、安全だって言うなら」
ジンも頷き、いよいよ「JOAR」一同のキャンプ行きが決まったのであった。
「仔細はリベレントに任せていいか?」
「うん、任せて、ぴったりのところを探してくるよー」
その日が終わった翌週の金曜日。
「JOAR」一行は飛行機に乗って、北海道へ向かっていた。
月曜日も祭日であり三連休である。「JOAR」一行は三連休の間に二泊三日のキャンプ生活を楽しもうとしていた。
「それにしても、ARテイクアウトサービスが少し恋しいな」
重明が呟く。
「JOAR」は「ハーモニクス・ソリューション」との契約を締結するのに合わせて、「スカイライク」との契約は解消されることになった。
過去に沖縄行き帰りの飛行機の中で「JOAR」一行が利用していたARテイクアウトサービスは「スカイライク」の試験的サービスであり、まだ正式なサービス化はされていない。
「スカイライク」との契約を解除した「JOAR」一行はもうその恩恵には与れないのであった。
「それにしても、キャンプに行くにしては荷物って結構少ないんだな」
「うん。基本的なものはキャンプ場で借りたり、消耗品は買ったり出来るからね」
へぇ、と仁は頷く。
「後は、料理に使う食材とかは現地で買った方が早いし」
確かに、と仁は再び頷く。
流石しっかり考えてるなぁ、と仁は感心しつつ、いや、感心している場合ではないと仁は首を横に振った。「JOAR」のリーダーは自分である。恭子のなんでも段取りよく準備するところはしっかり見習うべきだ、と仁は考えた。
やがて飛行機は北海道に到着し、「JOAR」一行は電車とバスを乗り継いでキャンプ場へとたどり着いた。
北海道の東部。根室振興局管内。オホーツク海が見える綺麗な自然の中にそのキャンプ場はあった。
「へぇ、もっと山の中とかなのかと思ったけど、こんなオーシャンビューの綺麗なところだなんてね」
「うん、そう言うところもあるんだけどね、今回は釣りを楽しみたいなと思って」
有子も場所について聞いていなかったらしく、そんな関心したような声を上げる。
「へぇ、釣りっすか、キャンプっぽいっすね」
楽しそうだ、と重明が相槌を打つ。
「でっしょー。釣りが楽しめるキャンプ場はあちこちになるけど、ここは釣竿のレンタルもしてるからピッタリだと思って」
「とにかく、急がないと暗くなるよ、早くテントを建てよう。予約したフリーサイトはこっちだよ」
東京から根室中標津空港まで一時間半のフライト、そこから電車とバスを乗り継いで二時間。
昼間に出発した「JOAR」だったが、もう夕方が見えてきている。
秋の日は釣瓶落とし、秋の夜長と言う言葉にあるように、秋の夜は早い。こればかりは科学の発展した現在においても変わらない現実だ。
「やっぱり……俺達の課題は……体力……だな……」
日が落ちて空が赤く染まり、太陽と反対の方向には夜の暗闇が忍び寄っている頃。
四人の男女がテントの前で大の字になって寝そべっている。
「だな……」
言うまでもなく、「JOAR」である。
「ははは、本当だね……」
「お腹減ったぁ」
四人はテントを張るのでその体力を奪われ切ったのである。
「でも、行かないとね。予約しておいたレンタル品回収してくる……」
恭子がよっこいしょ、と気合を入れて体を起こす。
「あ、俺も手伝いますよ」
「俺も……」
それに重明と仁も続く。
そして、様々なレンタル品や購入した消耗品がテントの前に運ばれてくる。
炭用コンロ、鍋セット、寝袋四つ、アウトドアチェア四つ、アウトドアテーブル、そしてランタン。
そして消耗品として木炭に着火剤。
「あれ、ランタン? 焚き火じゃないんすか?」
重明が疑問を口にする。
「本当は焚き火にしたいよね。でも、ここ直火NGなんだよね。焚き火台があればいいんだけど、それはレンタルしてないみたいで」
「そうなんですね、それは残念」
「さ、そんなことより、料理しよっか」
そう言って、恭子は近所のスーパーで買ったにんじん、玉ねぎ、キャベツ、じゃがいも、ウインナー、鶏もも肉などを取り出す。
「お、カレー……いや、ウインナーってことはポトフとか?」
「お、流石重明君、大正解〜。切って煮込むだけだから簡単でいいよね。キャンプっぽいし」
恭子がアウトドアテーブルにまな板を敷いて食材を切りながら、嬉しそうに頷く。玉ねぎは玉ねぎはくし切り、人参は乱切り、ジャガイモは人参より大きめにカット。
「冬にピッタリね」
有子も嬉しそうだ。
炊事場でレンタルした大鍋に水を汲んで、そこに人参とジャガイモを投入する。
その間に仁が《オーギュメントグラス》で調べつつ、炭用コンロに木炭と着火剤を入れて、火をつける。
「ってか……重明は何してんだ?」
何やらカバンをゴソゴソしているようだが。
「ふっふっふ、これを見てくれ!」
じゃじゃーんと言いながら、重明が取り出したのは。
「すごーい、ダッチオーブンだ。買ったの?」
「はい、キャンプならダッチオーブンだろう、と思って、思い切って買っちゃいました」
からの……、とさらに重明が何かを取り出す。
「ま、丸鶏ぃ!?」
思わず仁が面食らう。
「おう、前にローストチキン作ったけど、あの時はもも肉だけだっただろ? けど、やっぱりローストチキンといえば丸鶏だと前々から作りたいと思っててよ。キャンプするなら丁度良いと思って」
そう言って、重明は丸鶏の表面やお腹の中を水洗いし始める。
「ま、料理は二人に任せるか」
そう言って、仁は有子の隣のアウトドアチェアに腰掛けた。
恭子の方は人参にくしを刺してやや硬いくらいの頃合いを確認して、玉ねぎに
ウィンナー、そしてコンソメキューブを投入する。
重明は水気を拭き取った丸鶏にマジックソルト、ガーリックパウダー、ブラックペッパーを丸鶏の表面とお腹の中に強めにふり、お腹の中に冷凍ピラフを入れていく。
「お前……そんなのいつの間に買ってたんだ……」
「もち、昨日のうちに買っておいてカバンに入れておいたんだぜ」
「道理でお前だけ荷物が多い気がしたよ。何か遊び道具でも入れてるのかと思ったら……」
そんな会話をしながらも、重明はダッチオーブンを炭用コンロにかけて予熱をかけつつ、丸鶏の皮を引っ張りながらお腹を十字に竹串で閉じて、両脚をタコ糸で縛っていく。
「これで、よしと」
重明が底網を敷いたダッチオーブンに丸鶏を投入し、その周囲にじゃがいも、にんじん、とうもろこしを入れてオリーブオイルを回しかけた。
「あとは一時間待つだけだな」
「こっちもあと三十分待てば完成だよー」
「じゃ、我ら『JOAR』の『ハーモニクス・ソリューション』との契約を祝って!」
ポトフで乾杯をし、みんなでポトフとローストチキンを味わう。
「うはー、ぼんじりうめぇ」
「あ、お前、独り占めしやがったな!」
「いいだろ、作ったやつ特権だよ」
賑やかに、最初の夜は更けていく。