「ハーモニクス・ソリューション」は突然のピンチを迎えていた。
どの戦場も有利に推移していたはずだ。
そりゃ、三つの部隊がもっと連携していればもっと有利だったはずではあるが、それでも数の有利を活かして、戦いは着実に「ハーモニクス・ソリューション」有利に進んでいた。
だが、戦場は突然の転機を迎える。
ベオウルフ率いる「デネ」が従える部隊の防衛網の一部が強引に突破され、城門まで接近されたのだ。
それはいい、部隊の配下達のレベルは有力プレイヤーたる「JOAR」「パラディンズ」「デネ」には叶わないだろう。
「ムービング」も虎の子の有力パーティくらいはいただろうから、彼らがベオウルフが突出しすぎるタイミングまで戦力を温存させ、かつベオウルフを迂回させていたなら、突破されることもあろう。
だが、問題は、ひとりでに城門が開いたことであった。
それにより、包囲網を突破出来るような戦力が城内に侵入してしまった。
城内には、遠距離戦を仕掛けているシャルルら「パラディンズ」とその部下しかいない。
彼らは城の左右から迫る敵の迎撃に必死であり、しかも、未知の敵から強襲を受けているという。
「何がどうなってるんだ……」
ジンは選択に迫られる。
今すぐにでも城にとって返したいが、そうすると、遠距離攻撃で牽制してくれていた「パラディンズ」の部隊が動けなくなっている以上、どうしても左右の守りが疎かになる。
左右の敵戦力はかなり削られており、《ジュワユーズ》の的確な射撃により攻城兵器もほとんど残っていないが、とはいえ、未知の手段で城門が開かれたと言う情報は無視出来ない。
考えにくいが、まだ「ムービング」側に虎の子の部隊が残っていた場合左右の前線が決壊し、さらに左右の城門が開門させられれば、もはや城内の敵を殲滅するのは不可能に近くなる。
【[Party] Jin > オルキヌス、俺は城内に戻る。お前は撹乱を続けてくれ、念の為、残されている攻城兵器の破壊を優先】
【[Party] Orcinus > 分かった、気をつけろよ】
「ローゼンクロイツ、ここの指揮は任せる。これまでの方針を維持していけばいい。万一決壊したら連絡してくれ」
「わ、分かりましたっす!」
ジンが決断した内容。それは自身が単身で城内に戻り、城内の敵と交戦するという選択だった。
そうと決まればジンは、オルキヌスとローゼンクロイツに指示を出した上で、素早く取って返し、城門を開けて城内へ戻る。
階段を駆け上がる。
「ムービング」の精鋭集団の背中が見えてくる。
「マキシーメ・エト・マキシーメ・マンニョム・トニートル・スパエラ・シェリング・スルクールズ・シコッティルデ・マキシーメ・エト・マキシーメ・ムルチ・プルーヴィア・エアステリスコ・シァエロム!」
ジンが空中に左手を掲げると、その上空に巨大な雷の球体が出現し、それが無数に増えていく。
詠唱の終了と同時に左手を「ムービング」の精鋭集団に向けると、一斉にその雷の球体が殺到する。
雷属性の魔術は相手を硬直させる効果を持つ。
その間にジンは《ライトニングピアッシング》で一気に敵集団の最も後ろにいた敵を攻撃、後方からの追撃は想定していなかったのか、最後衛にいたのは軽装の魔法使いで、一撃でそのHPゲージが消失し、赤き欠片と消える。
「まさか単身で後ろから追ってくるとはな!」
「ムービング」の精鋭集団が振り返り、大楯を構えたタンク役二人が正面に出てくる。
ところはまだ階段の上。狭く足場も悪い。
その上、「ムービング」の精鋭集団が上を取っており、ジンからすれば大変に分が悪い。
(多勢に無勢、地の利も向こうにあると来たか……。練度は流石にこっちが上だと信じたいけど、極端な差があると考えるのは楽観が過ぎるだろうな)
ジンは敵を睨みながら考える。
幸いなのは、「ムービング」の精鋭集団が全員残る判断を下したことだろう。
もし、タンク役だけを残し、こちらを足止めした上で、他のメンバーが先行する、といった作戦を取られていると、危なかった。
(けど、積極的に攻めないと、そうされる!)
今、「ムービング」の精鋭集団が一塊となってジンに向かい合っているのは、単身追いかけてきたジンが自分達を一人で相手する自身のある敵である可能性を考慮しているからだ。
もし、このまま攻めあぐねて睨み合いを続けていれば、タンク役だけで十分と判断され、他のメンバーは――ヒーラーくらいは残すかもしれないが――、再び中枢を狙って移動を再開してしまうだろう。
「マキシーメ・エト・マキシーメ・ルックス・アダレレ・グラディウス!」
敵はタンク役二人を左右に展開し、階段を封鎖して亀になろうとしている。
故に、先手を取ったのはジンだ。
《極・魔法剣・魔》を発動し、一気にタンク二人にむけて肉薄する。
発動するWSは《パラライズウィップ》。
射程拡張された雷のムチが襲いかかり、「ムービング」の精鋭集団を纏めて麻痺させる。
「うおおおおおおおおおお!」
鬨の声一つ、ジンは一気に麻痺しているタンク役を抜け、その背後にいる剣士二人に襲いかかる。
「トニートル・アダレレ・グラディウス」
《ライトニングソード》を纏う雷が活性化し、剣士二人のHPゲージを削っていく。
大ダメージを受けた、剣士二人は麻痺が解けたと同時、咄嗟に思わず、ジンから距離を取る。
「馬鹿! 道を開けるな!」
思わず、タンクが声を上げるが、もう遅い。
ジンはその隙を逃さず、《ライトニングピアッシング》を発動。
一気に地面を蹴って、踊り場で杖を持って構えるもう一人の魔法使いに向けて突撃する。
「る、る、ルックス・サジッタ……うわぁぁぁぁぁぁ!」
ジンはそのまま、魔法使いを赤いデータ片へと変換し、階下を見下ろす。
これで、上はこちらが抑えた。
「トニートル・フニクールズ・クリシェ」
慌てて、階段を駆け上がる剣士二人に対して、魔法を唱えると、剣士二人の足元に雷の縄が出現して絡みつき、転倒させる。
転倒した剣士二人はそのまま階段を滑り落ち始め、慌てて、タンク役二人が受け止める。
ジンが鍛えている《マジックエキスパンション》スキルは現在、最大八人までならMPの許す限り魔法の対象に取ることが出来る。四人であればもっと容易い。
もはや、近接攻撃しか出来ない四人が、階段の上を取っているジンに近づくことは出来ない。
(一時はどうなることかと思ったが、なんとか勝ったな)
油断なく階下の四人を睨みながら、ジンはふっと息を吐く。
だが、ジンはこの時違和感をおぼえるべきだったのだ。敵の数が六人という中途半端な数であることに。
パーティという単位は四人。つまり敵は八人いなくてはおかしいのだ、ということに。
直後、ジンの胴体に鋭い痒みが生じる。
見れば、胴体から二本の剣が生えていた。
「『JOAR』のジンには《シースルー》スキルがあるって話だったが、デマだったようで助かった」
後方からそんな声。
「そうか、《ハイディング》からの不意討ち……!? ということは、あの開門も……!」
それで謎が解けた。
「そう。『ニンジャ・メソッド』さ。お前達がトーキョータウン奪還の時に使った手法だ」
トーキョータウン奪還戦については、多くの媒体で物語として語られている程に有名な話となっている。
ジンは知らなかったが、《ハイディング》スキルが高いキャラクターが城門が開いた隙に城門に突入する手法は「ニンジャ・メソッド」と言われ、近年、攻城戦の新たな攻略法候補として、研究が進んでいた。
もうあれから数ヶ月が立っている。この二人は「ニンジャ・メソッド」の確立から今までの間に、《ハイディング》スキルを磨いたのだろう。
ちなみに、ジンが《シースルー》スキルを持つという誤解は金鳥により生じたものであり、今、ジンは屋内におり、金鳥は屋外の空を飛んでいるため視界が通っていないのである。
剣が引き抜かれる。
ジンの体から血を思わせる赤いデータ片が溢れる。
HPゲージの横には麻痺を意味するアイコン。
「終わりだな、『JOAR』」
階下にいた敵も階段を登ってくる。《ハイディング》していた敵が剣が振り上げる。
「
直後、激しい雷が襲いかかり、《ハイディング》していた敵が麻痺する。
「アリか!? どうして?」
「話は後!」
アリのさらなる魔術が発動し、麻痺が回復する。
「トニートル・アダレレ・グラディウス!」
ジンが素早く剣を振るい、《ハイディング》していた敵二人に斬撃を浴びせる。
軽装とはいえ、その一撃で仕留めるには至らない。
敵は六人。
対するこちらは二人。
剣士二人が突っ込んでくる。二人から同時に放たれる斬撃を、ジンは《ライトニングソード》で受け止める。
「トニートル・サジッタ・スルクールズ!」
受け止めたままの体制で、ジンが左手を構え、魔法を唱える。
だが、その魔法が完成するより早く、剣士二人は後方に下がり、左右からタンク役二人が立ちふさがる。
アリのバフを受け、六人全員を対象にとって放たれた《サンダーミサイル》は、しかし、大楯に阻まれ、他の誰にも命中しなかった。
「実質お姉ちゃん二人か、厄介ね」
そのまま大楯持ちがまっすぐ突っ込んでくる。
タンク役が大楯を振るい、ジンを転倒させようとするのをジンは後方に小さく飛び下がって回避する。
アリの魔術によるリジェネ効果によりHPは回復しつつはあるが、転倒され追撃を受ければ、どれだけのダメージを受けるか想像もつかない。
「まずいわよ、ジン。伏兵が消えたわ」
気がつけば再び《ハイディング》したらしく、二人が消えていた。
「金鳥!」
ジンは再び肉薄してくる剣士二人の波状連続攻撃を《ライトニングソード》で受け止めつつ、叫ぶ。
金鳥が採光窓から建物の中に飛び込んでくる。
「そこだ! ルックス・サジッタ・スルクールズ!」
素早く《マジックミサイル》を放つと、《ハイディング》していた敵に命中し、《ハイディング》が解除される。
「
そこへアリの追撃が飛び、《ハイディング》していた二人が赤いデータ片と散る。
予期せぬタイミングで放たれた《マジックミサイル》はタンク役が庇うより早く剣士二人に突き刺さった。
剣士二人は不意討ちで動きを止めたところを仕留めようと大ぶりの動きをしており、隙だらけだ。
「一気に決めましょう!」
アリがマインドサーキットを剣の形に変化させ、剣士の一人と鍔迫合う。
「あぁ!」
ジンは《ライトニングピアッシング》からの連続攻撃で一気にもう一人の剣士を一気に削る。その猛攻に耐えられず、剣士が赤いデータ片と化した。
そのまま、ジンはアリが攻防している剣士にターゲットを定めるが、間にタンクが割り込む。
「邪魔を!」
だが、ジンはそれを《パラライズウィップ》を発動する事で強引に進路を切り開く。
《パラライズウィップ》を防ぐには回避するしかないため、タンクは回避するが、その隙さえあれば、ジンは一気にアリと交戦している剣士に一気に突っ込める。
そして、剣士が赤いデータ片と砕ける。
ジンとアリがタンク役二人を見る。
相手はタンク。正直真正面からやり合うのは面倒この上ない相手だが。
「……
「同じく、リザインだ」
そう言って、二人はメニューを操作し、光りに包まれ姿を消した。
かくして、「ムービング」の秘策は敗れ去った。
戦いは消化試合と化し、無事、戦いは「ハーモニクス・ソリューション」の勝利に終わった。
【RAID WAR Complete】
【Most Best Party : Dene】