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第53章「企業〜科学の力で『調和』を」

 最初の戦いを終えた数日後。

 仁達は東京都丸の内にある「ハーモニクス・ソリューション」の本社へと移動していた。

「うおー、スッゲー。VVって初めて乗ったぜ〜!」

 空飛ぶ車、VV。より厳密には空飛ぶリムジンであるリムジンVVに乗るように求められた「JOAR」一行は、今、東京摩天楼の空を飛びながら、丸の内に向かっていた。

「すみません、頂いたスケジュールによると、他の戦力契約したパーティに会うとのことですが、もしかしてリアルで顔合わせするんですか?」

 気になった事を仁が尋ねる。

「いえいえ、それは危険が伴いますし、ともすればリアルでの年齢差や身分差を理由に誰かが誰かを軽視した、といったような話にもなりかねませんので、そうは致しません……と聞いております」

 質問を受け、同乗していた黒服が答える。

「ならよう、そもそも本社に行く理由はどこにあるんだ?」

「おい、重明。口調に気をつけろ。相手は一大メガコープの社員だぞ」

 重明が質問するが、その答えの前に、仁が遮る。

「なんだよ、それ言ったら俺達だって、一大メガコープの指揮官クラスだぜ」

「ぐっ、それは確かにそう……なのか? け、けど、若造に偉そうにされたら、向こうも良い気はしないだろ。これからどれくらいこの方と会うのかは分からないけど、人間関係うまくやっていくには、相応の……」

「仁様、ありがとうございます。そう言われてみれば、私についてきちんと説明していませんでしたね、先にそちらから答えさせて頂いても構いませんか、重明様」

「お、おう、構わないぜ」

 丁寧な口調に少し気圧されつつ、重明が頷く。

「ありがとうございます。改めまして、私の名前は片浜かたはま 勝久かつひさ。まず結論から申し上げますと、社内のポストとしましては、皆様の方が立場は上となります」

「ほら、見ろ」

 言っただろ、と重明がニンマリ笑う。

「だからって、あんまり調子に乗らん方がいいと思うが。あ、すみません、話を続けてください」

「私の今のポジションは皆様の現実世界での補佐です。現実世界での副官あるいは秘書と思って下さい。皆さんがゲーム内にいない間は会社との連絡役も担います」

「ほうほう、じゃあ喉が渇いたからジュースが飲みたいなー、とか言ってみると?」

「普段は難しいですが、リムジンVV内でしたら。コーラでよろしいですか?」

 勝久はそう言って、備え付けられた冷蔵庫からビールの瓶を取り出して開封し、重明に手渡す。

「お、おう、本当に出てくるとは……ありがとうございます」

 思わず丁寧にお礼を言ってしまう重明だった。

「そうか、それで最初に連絡先を交換したんですね」

「そういう事でございます」

 恭子の言葉に勝久が頷く。

「では私のポジションについて理解頂いたところで、重明様の質問に答えさせて頂きますが……」

「うめっ、これめっちゃうめーぞ!」

「合成コーラではなく伝統的な製法で作られたクラフトコーラでございますので」

 勝久が大事な話をしようとしているにも拘らず、重明が瓶コーラを口に含んだ結果、空気を読まずそんな声を上げる。

「めっちゃ高級品ってことか?!」

「お前……ちょっと、俺にも飲ませろ」

「あ、私も私も!」

 思いっきり話が脱線する様子に勝久は思わず苦笑する。

「失礼。全員分ございますので」

 冷蔵庫から新たに三本の瓶コーラが取り出される。恭子は遠慮したので、うち一本は再び冷蔵庫に戻された。

 三人がそれぞれ瓶コーラを口に含んで、ひとしきりその味に驚いたのを見守ってから、勝久が再び口を開く。

「さて、話を戻します。本社に皆様を招集した理由は、基本的には隆司が皆様に直にお会いしたいから、という事でございました」

「たかしって誰だ?」

「あんた、本当ニュースとか見ないのね」

 勝久の言葉に重明が首を傾げ、その様子に有子が呆れ顔だ。

「大多和・隆司。『ハーモニクス・ソリューション』の現社長だよ」

「しゃちょ!? 社長が直々に俺達に会うって!?」

「左様でございます」

 などと話している間に、リムジンVVは『ハーモニクス・ソリューション』本社ビルの屋上に到着する。

 一瞬揺れて、リムジンVVが屋上に着地する。

「到着致しました。それでは、まずは軽く社内をご案内致します」

 勝久が先導し、屋上に降り立つ「JOAR」一行。

「すげー、屋上だけで広いな」

「弊社はVVを積極的に活用している関係で、本社ビルの形状をなだらかな砂時計型をしており、屋上を広くとっております」

「へぇー」

 一行はエレベータに乗って階層を移動する。

【視界スクリーンショット禁止エリア】

 という警告が出現する。

「なんだこれ。まるで美術館だな」

「社内は未発表の情報がたくさんございます。視界スクリーンショットを撮られることで漏洩するのを警戒して禁止エリアとさせて頂いております。ご了承下さい」

 その後はいくつかのオフィスや会議室などを案内されて回る。

「おぉ、《オーギュメントグラス》だ! でも見た事ないパーツがついてるぞ」

「未発表の新型です。皆様が興味を持つのはそれよりこちらではございませんか?」

 勝久の示した方向に一同が視線を向ける。

「これは……随分小さいけどもしかして《ヴァーチャルヘッドギア》?」

「はい。こちらも未発表の新型です。小型で携帯性に優れるのがメリットです。次世代回線NG対応の通信機器を内蔵していますので、屋外でもフルダイブが可能です」

「あんまり屋外ではフルダイブしたくはないけどね」

 と、有子。

「まぁ、女性が外で無防備になってるのは危険すぎるよな」

 と仁も頷く。

「こちらは皆様がどこでも戦場にアクセス可能になるためにと急ピッチで開発が進められております。安全性が証明され次第、皆様に支給される手筈になっております」

「おぉ、そりゃすげー。最新式の《ヴァーチャルヘッドギア》がもらえるんだってよ、仁」

「あぁ、すごい話だな。流石は一大メガコープだ」


 その後も見学は続き、やがて再び最上階に戻ってきた。

「では、この向こうで隆司がお待ちです」

 そう言って、勝久が大きな扉をノックする。

「誰だ」

「勝久でございます。『JOAR』の皆様をお連れしました」

「入れ」

 扉が自動で開く。

「では、皆様どうぞ」

 勝久に言われるがまま、四人は部屋の中に入る。

「君達が『JOAR』か」

 壁一面を覆う巨大な窓にむいて立っていた男が、振り返る。

「ぜ、全身義体……」

 その見た目に、思わず重明が漏らす。

 義体技術は人間の体を機械に置換する技術である。基本的には体に問題が生じたものを置換していく義手や義足、人工内臓の延長線上にある技術だが、ごく稀に全身を義体に置換する人間がいるという。

「私について詳しくない人は、皆決まってそこに反応するな」

 男、隆司が苦笑する。

「機械に出来る事を、わざわざ人間がする必要はないだろう。非合理的というものだ」

 左右に立つ護衛と思われる男も全身とは言わないが、体の大部分を義体かしているようで、目から赤外線が放たれ、赤く光っているのが《オーギュメントグラス》越しに見える。武器を持っているようには見えないが、この分だと、腕や足に何を仕込んでいるやら。

 仁は思わず唾を飲み込む。

「実を言うと、兵士達の人事は息子に任せていてね。君達のことは詳しくはないんだが、指揮官クラスとしての勧誘だと聞いている」

 空中に視線を彷徨わせながら、隆司が言う。恐らく、義眼に《オーギュメントグラス》に相当する機能があるのだろう。

「は、はい、そう聞いています」

「指揮官か。本当なら、私の息子がそうなりたがっていた」

「次男の嵐士君の事ですよね。ニュースで拝見しました。お悔やみを……」

「そう言うのは構わない。あいつには結局新世界秩序に適応出来なかったと言うことだ。到達前にその存在を知っていたが故の悲劇だな」

 なんだか、息子に向けるにしては冷たい言葉だな、と仁は思った。

「それに、あいつの人格データはこのチップに残っている。必要な時はいつでも会える」

 それは合理主義の塊ではあるのだろう。だが、仁には歪に思えた。

「それはともかく私は、そんな息子とそう歳の変わらない君達が指揮官クラスとは少し数奇な運命を感じるな、と思っただけだ」

「あんたの息子より全うしてみせる……でございます」

 一応敬語を使おうとしているらしい重明が自信を持って応える。

「あぁ、そうしてくれ。さて、それより、君達には我が社について多少理解しておいてほしい」

 重明の言葉に頷いた後、隆司は続ける。

「我が社の社是は有名だから知っている者も多かろう。『個々のニーズに合わせたテクノロジーソリューションを提供し、人々の生活を調和ハーモニクスさせる』と言うものだ。我々は人々の調和ハーモニクスを重んじる」

「人々の調和って、具体的には? なんなんでしょう」

 重明が問う。

「私も常々それを考えている。君達も我が社の兵士となるのなら、君達なりに考えてみたまえ」

 そう言って、再び隆司は窓の風景に向き直った。

「話は以上だ。君達の部下と、そして同格の指揮官達と顔合わせをしたまえ。まずは社内で調和が取れなければ話にならない」

「失礼します」

 代表して仁がそう言うと、一同はそのまま部屋を出た。


 その後、仁達は仮眠室へと案内された。

「この中で、ローカルスペースにアクセスして下さい。自動的に顔合わせ用のホールに繋がるようになっております。アバターは他社製のものをそのままお使いください」


 一行がローカルスペースに入ると、既に多くのプレイヤーが集まっていた。

「最後の奴らが来たか。最後がよりによって俺達と同じ指揮官クラスとはな。重役出勤ってやつか?」

 ダイブしてすぐ、そんな言葉が投げられる。

「なにおう、俺たちゃがっ……」

「オルキヌス」

 ジンが迂闊なことを言おうとするオルキヌスを静止する。

「待たせてすまなかった。俺は『JOAR』のジン。そっちは?」

「オレ達を知らないとはな。オレ達は『デネ』。ベオウルフだ」

 男、ベオウルフは面倒臭そうに応じる。

「おぉ、ベネか!」

 オルキヌスが反応する。ジンも知っている有名パーティだ。「ナイトアンドウィザード」の有力パーティである。

「すまない、見た目は知らなかったんだ」

「そんなもんだよな。よっ、ジン」

 見知らぬ好青年が割り込んでくる。

「えっと、あなたは?」

「俺はシャルル。『パラディンズ』ってパーティなんだが、知ってるか?」

「あぁ、『時代』と一、二を争うとか言われてる、あの」

「そうそう、その『パラディンズ』だ。『時代』のワンとは仲良かったんだろ? 俺達ともよろしくな」

 『パラディンズ』は『時代』と比較されることから分かる通り、「スペースコロニーワールド」の有力パーティだ。

「俺達三人が指揮官クラスらしいぞ。ま、その中でも俺達がトップだと思うから、指示には従えよ」

「何言ってる、オレ達が一番だ。指示はオレがする」

「えっと……」

 のっけから生じている指揮系統の乱れに、ジンは思わずコメントに困る。

(なんだこれ、大丈夫か……)

「あの、ジンさんですよね!」

 二人の言い合いに、困惑していると、背後から声をかけられた。小柄な男性が立っている。

「えっと……君は?」

「『ローゼンクロイツァー』のローゼンクロイツです! 皆さんの部下になるパーティのうち一人です。私、ずっと『JOAR』に憧れてて!」

 見たところ全員がマインドサーキットを装着している。世にも珍しい『ファンタジックアース』オンリーパーティのようだ。

「よし、君達、うちの近衛パーティね。そして、君がジンの副官」

 突然、オルキヌスがそんなことを言う。

「おい、何言ってんだ、オルキヌス」

「いいじゃねぇか、最初から声かけてくれるくらいに慕ってくれてるんだぜ、部下の代表に任命しとけば後々便利じゃねぇか」

「いいんじゃない? もし媚びだったらそれはそれで任命に従って頑張ってくれるでしょ」

 アリもオルキヌスの決定に同意的らしい。自分の意見をあまり主張しないリベレントは当然、いつもの「みんながいいなら」、だ。

「分かった。ローゼンクロイツ、君を副官に任命する。よろしく頼む」

「はい! 任せて下さい!」

 ローゼンクロイツはとても嬉しそうに頷いた。

「よし、最初の任務だ、ローゼンクロイツ。俺達を部下となるパーティの元へ案内して、できれば紹介してくれ」

「はい、お任せ下さい!」

 こうして、「JOAR」は部下を得た。

「皆様、弊社を対象に攻撃宣言が出されました。早速ですが、防衛に出てください」

 そして、新たな戦いが始まる。

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