文化祭も終わり、その翌日。みんなが片付けをしていた。
「俺達、見事ベストパフォーマンス章貰ったぜー」
「『JOAR』喫茶や『JOAR』お化け屋敷と僅差だったけどな」
「馬鹿、あれだけ『JOAR』尽くしだったところに、『JOAR』抜きでベストパフォーマンス章取ったんだぞ、すげーことだぞこれ!」
片付けしながら話題になるのはやはり、昨日の最後に発表されたアンケートで最も票を集めた出し物が評価される「ベストパフォーマンス章」の結果だった。
会話を聞いてお分かりの通り、今年のベストパフォーマンス章は見事、2ーAが獲得したのである。
そんな話題で盛り上がる中、突然、校内放送が響き渡る。
単なる校内放送ではない、災害時などの緊急時に鳴らされる放送開始の音だった。
「緊急放送です。全校生徒は教師の指示に従い、直ちに講堂に集まってください」
それは短い放送だった。しかし、異常に満ちていた。
通常、緊急放送にはその放送の理由が告げられるのが通例だ。しかし、今回の放送にはそれがなかった。
また、集合場所も奇妙だった。普通、この手の集合場所は校庭か陸上競技場が多い。見晴らしも良いし、あらゆる災害に対処可能だからだ。
それが講堂? 講堂は袋小路だし、屋根もあって、災害時に逃げ込むには危険だ。
教師も困惑しているようで、《オーギュメントグラス》で何やら確認の連絡をしている様子だ。
「出席番号順に廊下に並んで」
結局、教師はよく聞く指示を飛ばし、講堂ヘと移動を開始した。仁、有子、重明も怪訝には思いながらも、それに従うしかない。
その頃、恭子の大学でも、同じように全生徒が講堂へ集められていた。
大学において学部ごとではなく全校生徒が集められるとは只事ではない。
やはり、恭子も何事だろう、と内心不安に思いながら、講堂に向かった。
一同がそれぞれの講堂に集まると、MRプロジェクタが何かの映像を映し出していた。MRプロジェクタは周囲の《オーギュメントグラス》とローカルネットワークを形成し、プロジェクタが指定した場所に映像を表示する機器だ。
現在は屋外のビジョンなどにも当たり前に用いられている普及した技術だ。
画面には左上に【LIVE】の文字と、
【より多くの方に聞いてもらうため、多くの人間が集合するのを待っています。
もし屋外でこの映像を見ている方は、なるべく周囲の方に呼びかけて下さい。
企業や学校の方は集会を開き、この映像を皆さんで見てください。】
という記述。
最後に右下には【World Mega Coop Nexus】の文字。
「
思わず仁が読み上げる。
基本的にメガコープ間に対してのみ作用し、一般人に何か発布を出すことは少ない。
厳密に言えば、一般人に対しても影響のあるメガコープ法を出すこともあるのだが、それを意識する一般人は少ない程度には、大々的な発表は行われていない。
それがこのように大々的に人を集めて発表するとは何事だろうか。
しばらくして、画面が切り替わる。
【5】
なんだか、レイドを待つ時のようだ、と仁は思った。
【4】
有子もどこか緊張した面持ちでMRプロジェクタの映像を眺めている。
【3】
重明はなんのこっちゃ分からず、緊張感のない表情だ。
【2】
恭子は自分の妹や他の「JOAR」の仲間も学校でこれを見ているのかな、などと考えていた。
【1】
驚くべきことに映像は『VRO』においても、その上空を埋め尽くす形で投影されていた。
「皆さん、初めまして。
メガネをかけた髭面のおっさんが映像いっぱいに出現する。右下には【リアルタイム同時翻訳放送】の文字。
「本日皆さんにお話するのは、老若男女問わず注目の的になっているVRメタバースMMO『ヴィジョン・リアリティ・オンライン』についてのお話です」
「『VRO』の……?」
仁が困惑したように呟く。
なぜ、
「開発者不明のかのオンラインゲームはその開発者について、様々な憶測が飛び交っておりました。今日は、この私の口から、その開発者について発表させて頂きたいと思います」
ざわざわ、と講堂内で囁き声が聞こえ始める。
「『ヴィジョン・リアリティ・オンライン』の開発を行ったのは、我々、
ざわ、と明確に講堂内がざわついた。
衝撃的な事実だが、同時に納得も出来る。『VRO』は、あらゆる要素で他のVRMMOを凌駕している。それは、あらゆる道の一番が力を結集して作ったからこそなのだろう。
だが、話はこれで終わりではないな、と仁は思った。何せ、ではなぜ作ったのか、という話が続くはずだからだ。
「では、なぜそのような開発をし、開発元を隠してまで運営していたのか、といった部分が気になってくるでしょう。次はそれについて話をさせて頂きます」
果たして、話の展開は仁の想像した通りに推移した。
「最初に。遺憾ながら、今日までの間に、秘密を守りきれなかった者により『来るべき時』という言葉を聞いた人間がいるでしょう。それが今日、まもなくすぐこの後の事となります」
「なっ」
重明までもが、その言葉に硬直した。
ここで、その言葉が出てくるとは。
「説明しましょう。『ヴィジョン・リアリティ・オンライン』の開発、その目的とは、恒久的な世界平和です」
再びざわつく、今度は疑問符の言葉が多く飛び交う。
「なぜオンラインゲームが世界平和に繋がるのか、と困惑されていることでしょう、それは今から説明させて頂きます」
少し、カメラが引き、周囲にいくつかの映像が映し出される。
「民族問題や宗教問題が解決された今、世界を満たす戦争の原因はただ一つ。企業間の紛争です」
表示される円グラフは世界中の紛争の実に99.9%が企業間の紛争であることを示している。
「我々、
アーネストの隣に表示されたウィンドウに流れる映像は小競り合いとは言っても、一つの街を舞台に多くの街の人々を巻き込んだ戦争だった。
「ですが、企業の目的がライバル企業の排除や買収である以上、戦争以外に取れる手段があるはずです」
再び映像がアーネストのアップに戻る。
「そこで、我々、
「レイド……ウォー、だと」
それじゃあ、まさか、と仁は脳内で想像を巡らせる。
「はい。皆さんがこれまで体験していた『レイド』というコンテンツはこの『レイド・ウォー』のための練習コンテンツであり、企業が優秀な兵士を見つけるためのコンテンツでした」
そして、その想像はすぐに正しいと肯定される。
「勿論、提案するだけでは、世界平和は実現出来ません。ですので、我々、
なお、現時点で、『ファーストオーダー』、『ロビン・ルイス』、『エレベートテック』、『ハーモニクス・ソリューション』などの有力企業から同意を得ており、この推進に反対する事は有力企業10社以上の戦力と相対する事になることをご理解下さい」
恐らくこれは対外的な宣言でしかないのだろう。
実際には根回しはほぼ完全に終わっており、有力メガコープの殆どは既にこの計画に賛同しているのだと思われる。
そうなるとそれ以下のメガコープも逆らえるわけなく、実質的にこの宣言に逆らうメガコープなどいないと分かりきっているからこその宣言なのだ。
「ルールは簡単です。企業の代表は今日から、『ヴィジョン・リアリティ・オンライン』のセカンドオーナー画面に入れるようになります。
この画面から、自企業の兵士を登録してください。登録を申請し、プレイヤーが同意すれば兵士になります。
なお、『レイド・ウォー』の基本的なルールは『レイド』と同様になります。つまり、データの初期化はありますので、プレイヤー諸兄はよく考えて同意して下さい。これは、兵士の損耗という現実世界の戦争にも存在する要素を可能な限り再現するためです」
初期化、というゲームにしては厳しすぎるとも取れる条件の理由はここにあったのか、と仁は納得する。
「次に、企業間紛争を起こしたい場合、このセカンドオーナー画面から紛争の対象にとりたい企業を選んでください。選ぶと、通知が対象の企業に飛びます。
その後24時間以内に対象の企業が開戦を宣言する事で『レイド・ウォー』が開始します。
24時間以内に対象の企業が開戦を選ばなかった場合、不戦勝となります。
いずれの場合でも、勝者となった企業は敗者となった企業から、任意の割合、株式を取得出来ます」
株式を取得出来る。つまり子会社にしたり買収したり出来る、という事だろう。
「以上が、本日、今この瞬間より始まる、新たな新世界秩序の発表となります。それでは、皆さん、平和な日々をお過ごしください。貴重なお時間を頂き、ありがとうございました」
その言葉を最後に、映像は終了した。
同時、仁の視界には無数のメール着信通知が届いた。
いずれも件名は多少の違いはあれどほとんど同じ。
即ち【戦力契約について】。