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第49章「日常〜文化祭当日」

 やがて文化祭当日がやってくる。

「おかえりなさいませ、ご主人様。三名様ですね、席にご案内します」

 恭子を除く「JOAR」一同が携わる『男女逆転メイド執事喫茶』は大盛況だった。

 最大の目玉はなんといっても、実際に調理された食事を食べられるという部分で、近年の学生にはなかなか調理された食事を味わえる機会はないということで、主に学生の参加者からの物珍しさで人気を博している様子だ。

 言うまでもなく、調理スタッフに調理を教えたのは重明であり、この盛況っぷりはかなりの面で重明のおかげと言えた。なお、重明は「料理長」などという役職を預かっており、大活躍中である。

 活躍という意味では、接客バイトの経験者も接客面で活躍しており、接客バイトの経験がある仁も接客面で大活躍していた。

「はい、えーっと、すみません、ご主人様、メモを取るので少しお待ちください」

 そんな中、頑張っているが少しおぼつかないのが、その手のバイト経験のない有子で、その見た目から接客担当に選ばれ、実際、大変人気ではあるのだが、客を捌くスピードはお世辞にも早いと言えず、少し客を詰まらせていた。

「大変申し訳ありません、ご主人様。執事希望とのことでしたが、現在ホールの執事が埋まっておりますので、お待ち頂くかメイドである私にご注文をお聞かせ願えますでしょうか?」

 そのフォローは仁が行ったりする。

 といっても、接客バイトは女子の方が経験豊富な傾向にあるため、執事に接客を希望しているお客さんにわざわざ仁がフォローに行くパターンは珍しいのではあるが。

「メイドさーん、こっち向いて、写真撮ろう!」

「はい、お嬢様」


 そんな忙しい時間の中。

「やっほー、有子ちゃん、仁君、遊びに来たよー」

 恭子も客としてやってくる。

「いらっしゃいませ、お嬢……様? ご主人様?」

 素早く仁が対応するが、その見た目に思わず困惑する。

「えへへ、私も男装して遊びに来ちゃった。ご主人様でいいよー」

 そう、恭子は他のメンバーに合わせて、男装して遊びに来ていた。

 元々長身で髪も短めの恭子は胸を補正下着で潰し、男性らしい服を身に纏っていると、周囲からは長身の男性にしか見えなかった。

「では、ご主人様、こちらへ、よくお似合いですよ」

「ありがとう、仁君」

 案内されて恭子が座る。

「ご注文はどうされますか?」

「あ、じゃあこの焼きそばデラックスセットで。指名は仁君ね」

「えっ。失礼、かしこまりました。お飲み物は?」

「紅茶で」

「かしこまりました」

 仁が注文を伝えに、キッチンに移動する。

 と途中で。

「おい、石倉。あ、あの方は?」

 随分親しそうだったが、と優希に声をかけられた。

「え、あぁ。あの人は恭子さん。有子のお姉さんだよ」

「見波さんの……そうだったのか」

 そうは言いつつも、優希の視線は恭子へと向けられている。

「? とにかく、俺は行くぞ?」

「あ、あぁ。呼び止めてすまなかったな」

 優希に解放された仁はすぐに、キッチンに向かい「焼きそばデラックスセット一つ〜」と大きな声をあげる。

「あいよ〜」

 と重明から元気の良い声が上がり、料理が始まる。

 その間に仁は紅茶を注いで、恭子の元へ配膳に戻る。

 他のお客さんの注文を聞いている間に、恭子の分の焼きそばが出来上がるので、「通常焼きそばセットひとつ〜」と声を上げながら、恭子の分の焼きそばを受け取り、配膳に向かう。

「お待たせいたしました、ご主人様。焼きそばデラックスセットでございます」

 仁が焼きそばデラックスセットを恭子のテーブルへ置く。

 焼きそばデラックスセットは焼きそばに加えて、焼きそばがフードプリンター製の合成卵による薄焼き卵に包まれている。

「ありがとうー。じゃ、ケチャップをお願いね」

 そして何より、旧時代からのお約束、メイドや執事がケチャップをおまじないを言いながらかけるというオプションがついていた。

「かしこまりました。美味しくなーれ、萌え萌えきゅん」

 腰に下げていた合成ケチャップを取り出し、薄焼き卵の上にハートマークを描いていく。

「ありがとう、仁君」

「お気に召したようで何よりです。それではまた何かありましたらお呼び付けください」

 仁がお辞儀をして、恭子の元を離れる。

「石倉、見波さん、ちょっと」

 そこへ再び、優希から呼び出しがかかる。

「どうしたのよ」

「あぁ、さっき石倉から聞いたんだが、あちらの方は見波さんのお姉さんなんだろ? それに石倉とも親しいみたいだ」

「あぁ、まぁな」

 優希が何を言おうとしているのか分からず、仁は念の為慎重に返事を返す。

「なら、あの方が食事を終えたら、そのタイミングで関原と一緒に休憩を取るといい。折角なら一緒に回りたいだろ」

「あ、そういうことか。分かった。重明にも伝えておく」

 仁はようやく理解したと頷く。


 そうして、恭子が食事を終え、仁がその皿を下げると、仁と有子、そして重明は廊下で京子と合流する。

 ちなみに、着替える時間も勿体無いので、二人はそれぞれメイドと執事のままだ。

 なお、重明はコックさんのような白い服に白いコック帽を装備した料理長スタイルをしている。ちなみにこれは誰に言われたからではなく、自己顕示欲の高い重明が自分で決めたスタイルである。

「みんなで一斉に休みが取れるなんて、学級委員長さんも気が回るねー」

 話を聞いた恭子が嬉しそうに両手を胸の上で合わせて頷く。

「なんかやけにお姉ちゃんについて聞いてきたわよ、もしかして狙われてるんじゃないの?」

「えー、男装してるしそんなことはないんじゃないかなぁ」

 などというやりとりを挟みつつ。

「で、どこ回る? 俺、料理を教えるのが大変で、他がどんな出し物してるのかとか知らないんだよなぁ」

「あぁ、俺も特に調べてないな、有子は?」

「え? あー、そうね。まとまって休めるとは思ってなかったから、ダラダラ回るつもりだったわ」

「じゃあ、まぁそれでもいいか」

 有子の言葉に仁が頷く。

「あ、それなら、お化け屋敷行きたい! 3-Cがお化け屋敷なんだって!」

「じゃあまずはそっち行ってみるか」

 どうやら誰にもいく宛がないらしいと理解した恭子がそれなら、と自身の行きたい場所を提案する。

「じゃあ、それで行こう。みんなもそれでいいよな?」

 仁が頷いて振り返ると、有子が少し硬い表情をしていたが、とりあえず、全員が頷いた。


 3-Cの教室を目指してぶらぶらと色んなクラスを横目で見ながら歩いていると、仁達はある事実に気付いた。

「『JOAR』関係の出店、多くね?」

「そりゃそうだろー、俺た……ゴホン、『JOAR』はこの学校のローカルスペースに姿を現したんだぜ。ある意味、この学校出身の英雄なんだから、讃えられて当然だろ」

 俺達、と言いかけて、仁に睨まれて咳払いして言い直した重明。

「迂闊な言動をするなよ。これだけ人がいるんだ、うっかり誰かの耳に入っても不思議じゃない」

「悪かったって」

「本当に分かってんのか?」

 重明がヘラヘラと謝罪する。

 とはいえ、仁と重明の会話の通り、「JOAR」をテーマにした出し物は多い。

「あ、このリベレントのプラ板キーホルダー下さい」

「はいー、毎度ありー」

 恭子がこっそりウィンドウショッピングを楽しんでいたらしく、自分のアバターをモチーフにしたプラ板キーホルダーを購入する。

 デフォルメされているが、大楯を構えて堂々と立つ赤髪ボブカットの少女は紛れもなくリベレントだった。

 プラ板は旧時代から愛されていた簡単なハンドメイド品で、絵を描いて、オーブンで焼くことで、熱収縮により、丈夫で絵の定着したアクセサリにすることが出来るようになる。

「あ、ずるい! 私もこのアリのプラ板キーホルダー下さい!」

 その様子を見て、慌てて有子も自分モチーフのプラ板キーホルダーを購入する。

 ワンサイドアップの赤髪に右腕にマインドサーキットを展開し、正面に構えたポーズのプラ板だ。

「お、楽しそうじゃねーか。どうだ、いっそ俺達も買ってみんなで揃えねーか?」

「身バレに繋がらないか?」

「本人がこんなファンメンドのキーホルダー使ってるなんて思わねぇって」

 そう言って、重明もオルキヌスのプラ板キーホルダーを購入する。

 《カラミティストライク》を放つ豪快な姿がデフォルメされて描かれており、《カラミティストライク》好きの重明としては大満足の出来らしい。

「まぁ、じゃあ、俺も……」

 他の三人が買っているのに自分だけ買わないというのも疎外感がある。

 仁は悩んだ末、ジンのプラ板キーホルダーを購入する。

 右手にライトニングソードを持ち、左手に魔法陣を展開したかっこいいキーホルダーで、仁も満更ではない。

 その他にもたくさん「JOAR」をモチーフにした出し物があり、「JOAR」一行はそれらを一つずつ見て、楽しみながら、お化け屋敷に向かった。

「『JOAR』喫茶、すごかったね」

「あぁ、出てたのはプリントフードだったけど、ビジュアル面では男女逆転メイド執事喫茶うちに劣らない店だったな」

「へっ、俺がいる以上、男女逆転メイド執事喫茶の方が上だぜ」

「気の所為かなぁ、私のコスプレが少なかったような……」

 そんなことを呟きながら歩いていると、3-Cの教室前へ到着する。


「さぁ! お化け屋敷! 行こう!」

 元気一杯の恭子。

「恭子って結構ビクビクしてる印象あったけど、お化けは平気なのか?」

「え? だって、お化けとはコミュニケーションしたりしなくていいし」

「そっか」

 何気ない仁の疑問に恭子はなんで? と言った風に問いかけ、仁はそれで理解して頷く。

 恭子がビクビクしているのは人間とのコミュニケーションが怖いからなのだ。

「いや、どう考えても言葉が通じないお化けの方が怖いわよ」

 ぼそっと、小さく有子が呟くが、その言葉は誰の耳にも届くことはなかった。

「ヤァ、ようこそ『JOAR』諸君」

「へっ!?」

 入り口に入ろうとするとそんな言葉を投げかけられ、有子が思わず素っ頓狂な声をあげる。

「おや、君達は『JOAR』じゃないのかな?」

「え? え?」

 困惑する有子。正体バレしているのに自分以外はそれを平然と受け入れているという光景も理解出来ず、困惑は深まる。

「落ち着け、有子。そういう設定だ」

 有子の感情を察した重明がこっそりと耳打ちする。と言っても、長身大柄の男が小柄な少女に耳打ちする光景なので、めちゃくちゃ目立っているが。

「あー、構わないかな?」

「あ、はい」

「『JOAR』諸君がこの度挑む新たなクエストは、幽霊屋敷だ! さぁ、自分の武器を手に取って、幽霊屋敷に挑もう!」

 そう言って、示された棚には、ライトニングソード、フォトンラージソード、大楯、マインドサーキットを模した腕輪がそれぞれダンボール製で用意されている。

 全員、迷わず自分の武器を手に取る。

「お化け屋敷なのに武器が貰えるのね」

「現れた幽霊に向けて武器を構えると、幽霊が消えるらしい」

「私先頭ね!」

 恭子がダンボール製大楯を持って先頭に躍り出る。

「なら次が俺だな」

「あぁ、なら、その背後が俺で、最後が有子だな」

「え、最後が私?」

 思わぬ言葉に有子が驚愕する。

「まぁ、この広さなら二列でいけるだろ。俺と恭子さん、仁と有子の二人組で進めばいいんじゃないか?」

 有子の考えを察した重明が助け舟を出す。

 かくして、「JOAR」一行は現実世界で幽霊退治クエストに挑むこととなった。

「びっくりしたー、あははー」

 基本的には先頭を行く恭子が一番驚かされることになる。

 が、恭子は基本的にそれを楽しんでおり、はいはい、と言いながら、大楯を掲げて幽霊を消滅させていく(という設定で幽霊役を退場させていく)。

 しばらくすると、なんだ、後ろの方は安全か、などと、有子も油断していく。

 そして、その隙を逃さず。

「ばぁ」

 恭子と重明が通り過ぎてから、幽霊が姿を現した。

「きゃああああああああああああああ!」

 有子の大きな悲鳴が上がる。

「ゆ、有子!?」

 思わぬ悲鳴に——ともすれば幽霊の登場以上に——驚きながら、仁がライトニングソードを幽霊に向けて掲げる。

 その後も有子は背後から来る様々な脅かし要素に悲鳴をあげ、すっかり幽霊が苦手だとバレてしまったのだった。

「意外な一面だなぁ」

「ゲーム内では絶対幽霊屋敷とか行かないからね!!」

 顔を真っ赤にして有子は言い放つ。

「おい、そろそろ時間だぜ、クラスに戻ろう」

「あ、うん。またね、みんな」

 かくして、四人の楽しい時間は終わりを迎えたのであった。

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