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第48章「日常〜文化祭準備」

 季節は巡り、10月。

 文化祭の時期が近づいてくる。

 10月頭。ある日のホームルームHR

 文化祭はクラスごとに出し物をするのが基本である。

 が、こういうのはなかなか決まらないのが世の常というもので、会議は踊り、しかして進まず。すっかりHRはロングホームルームLHRとなっていた。

「これ以上長引かせると部活動にも影響が出るのでそろそろ決めてしまいましょう」

 学級委員長の武田たけだ 優希ゆうきが教卓の前でそう告げる。

 電子黒板には所狭しと様々な生徒の挙げた意見が学級副委員長の上杉うえすぎ 玲奈れいなによりまとめられており、確かにそろそろ意見をまとめないとまずい。

「一個ずつ多数決するととても決まらなさそうなので、意見をいくつかのカテゴリ別に分割して、細かくカテゴリを絞っていこうと思います」

 優希がそう言うと、電子黒板と《オーギュメントグラス》をペアリングし、指を動かすと、電子黒板上に並べられた意見が整理され、カテゴリ別に分割されていく。

 ワックスで尖らせたかのようなツンツンヘアの優希は、その髪型から誤解されやすい男だが、学級委員長をやっていることからも窺える通り、極めて真面目な人間であり、この通り、整理も得意な几帳面な人間である。

 一方、黒い髪をストレートに流した清楚なイメージの玲奈はそのイメージに反して、案外いい加減なところがあり、司会をするよりはマシ、と書記を任せられるものの、その書記も割と雑、と評されることが多い。

 そんな玲奈が玲奈なりに丁寧に書いた文字達が順番にみるみるうちに整理されていき、いくつかのカテゴリとザブカテゴリに整理された。

「それでは、投票に入りたいと思います、まずは最初の大カテゴリから」

 その様子を見て、当然投票に参加しつつ、仁は勉強になるな、と感じていた。

 案が出尽くして、どの案を選ぶかで揉め始めたタイミングで、決を取りに入るのも勿論だが、単に案が並ぶだけでは議論が紛糾して決まっていないことから、単に決を取るだけでは難しいと判断し、カテゴライズを施し、カテゴリを少しずつ絞り込んでいくことで、決定することにした。

 仁はリーダーとは言いつつ、あくまで「JOAR」というたった四人のリーダーだ。一クラス、三十人単位の人間の上に立ったことはない。

 四人であれば、意思統一もまだ容易だが、より多数の上に立つことになれば、ある程度の妥協を求めるべきシーンも出てくるのだろう。

「では大カテゴリは飲食系に決まりました。続いて中カテゴリから選んでいきたいと思います」

 多数決はその最たる例だ。企業に主権を奪われ、今や形骸化している民主主義政治でも、最も合理的な手段として多数決が使われていたが、多数決は少数派を切り捨ててしまう選択肢でもある。

「中カテゴリは喫茶店に決まりました。続いて小カテゴリを決めていきます」

 それに、多数であることが常に正しいとは限らない。

 今回のように何が選ばれても困らない時なら良いが、その選択により何か重要なものが関わってくる時、本当に多数決で決めてしまっていいのかは難しい部分である。

 古代ギリシアの民主主義が衆愚政治、または暴民政治と言われた事からも窺える。

「小カテゴリはイロモノ系になりました。では最後に上がっている案からどれを選ぶかを決めていきます」

 そんなことを考えているうちに投票は最終工程まで至っていた。

 今はクラス全員の《オーギュメントグラス》をリンクしてローカルネットワークを形成した上で、管理者——ここでは学級委員長の優希——が投票アプリを起動して、各自が投票するだけで、自動集計されるので、多数決は圧倒的に手軽だ。

 多数決アプリが《オーギュメントグラス》のデフォルトアプリの一つな辺りに、いまだに多数決が人類の意思決定手段として優れていることが窺える。

「では、投票結果は『男女逆転メイド執事喫茶』に決まりました!」

 投票結果が出る。

 おぉー、と言う歓声にまじり、えぇー、と言う声も上がっている。

 多数決なのでそう言うこともあるだろうが、同時に、なんとなくで好みのカテゴリを選んで行った結果、選択肢に選びたいものがなかった、と言うものもいたのではなかろうか、と仁は推測する。

 優希の取った手法は、クラスの人間に選択を強制する上で、効率的な手法ではあったが、納得感のある手法ではなかった、と言うことかもしれない。

「はい、では次回のHRで具体的な内容を詰めていきたいと思います。今日はこれにて解散」

 優希がそう言って解散宣言を出すと、全員が一斉に帰宅、もしくは部活へ向かう準備を開始した。

 そうなるのを見越して既に準備を終えさっさと教室を出ていく抜け目のない人間もいる。

 重明などもその一人だったが、仁と有子がそれに続かなかったため、結局廊下で二人を待った。


「『男女逆転メイド執事喫茶』だってよ」

「あらいいじゃない。私は楽しそうだと思うわよ」 

 帰り道、重明と有子がそんな言葉を交わす。

「マジかよ……、仁はどう思うよ」

「え、あぁ……そうだな。ちょっとびっくりだな。女装なんてしたことないし」

 重明から話を振られ、一瞬考えてから返事する。

「大丈夫よ、仁はタッパが低いし、顔も可愛い方だから、きっと似合うわよ」

「いや、それは正直複雑なんだが……」

 有子がフォローのような言葉を送ってくれるが、仁の内心はあまり穏やかではない。

 背が低いのは正直コンプレックスだし、顔が可愛い、というのも男性に向けて告げる褒め言葉としてはあまり嬉しい言葉ではない。

「何よ、せっかく私が褒めてるのに。仁の女装が楽しみなの、嘘偽りない本心よ?」

「いや、有子が嘘でそんなこと言うとは思ってないけどさ」

 ただ複雑なものは複雑なのである。

「私も仁君は女装似合うと思うよ」

 その会話に通話機能によりAR表示で並んで歩いている恭子が笑いかける。

「いや、そっちのフォローはいいですから」

「なぁ、俺は俺は?」

「え、えーっとね……」

「そうね……、仁とは別の意味で楽しみね」

 恭子がしどろもどろになっている間に、有子は少し思案した後、にんまりと笑ってそう告げる。

「な、なんだよその表情、別の意味ってなんだよ」

「さぁーなにかしらねー。準備が進むのが楽しみだわ〜」

 有子は上機嫌に歩調を早め、重明がそれを追いかける。

「お、おい、置いてくなよー」

 仁が慌ててそれに追いかける。

「それにしても、いいなぁ、みんなで文化祭だなんて楽しそう」

 AR体なので自動で追従する恭子がそんな言葉を呟く。

「恭子も当日は遊びに来てくれよ」

「うん、もちろん。10月の中旬だよね。予定空けておくよ。有子ちゃんや仁君の男装女装楽しみだなー」

「だから、俺はー?」


 それから何度目かのHR。

 優秀な被服部所属の生徒達が作り上げたメイド服と執事服が出来上がった。

「うん、やっぱりよく似合ってるわ、仁」

「だから、嬉しくないんだよなぁ……」

 満面の笑顔で、メイド服を身に纏い、ウィッグをつけた仁を褒め称える有子。

「何度も言うけど、本当に褒めてるのよ?」

「それは分かってるよ。けどなぁ……」

「もっとクオリティ上げる? 化粧品貸してあげようか?」

「いや良いよ……。ってか、有子、化粧なんてしてるのか?」

「ううん、私、今はまだ化粧しなくても可愛いもの。化粧品を下手に使うと、却って肌に悪いわ。けど、いざって時練習出来ないとダメでしょ? だから、いくらか持ってるの」

 相変わらず自信満々の表情でそんな事を言う有子。

「へぇ……」

「で?」

 そこで、有子が一言、何事かを問いかける。

「で、とは?」

 仁は意味が分からず問い返す。

「とは、じゃないわよ。私の方はどうなのよ」

 感想をどうぞ、と胸を張る有子。

「そうだな……」

 長髪をヘアネットの中に隠し、短髪のウィッグをつけて、執事服を身に纏った有子に、仁は顎を撫でて思案する。

「何よ、考えないと感想出てこないの? 見たまんまでいいのよ、見たまんまで」

 ジト目で仁を見る有子。

「そうか? なら、そうだな。男装してても、元が可愛いから、可愛い男の子って感じだな」

「かわっ……!?」

 思わぬ言葉に、今度は有子が驚く番だった。

「そ、そう……ありがとう……」

 少し顔を赤くして、俯いた有子がそんな風にお礼を搾り出す。

「? お、おう」

 なんだか様子がおかしい有子に仁は首を傾げながら頷く。

「そういえば、重明は?」

 二人で盛り上がっていてすっかり忘れていたが、重明も一緒に着替えていたはずだ。

「お待たせ……」

 そこに重明がやってくる。

「ぶっ」

 その様子を見て、最初に声を発したのは有子。

 それは声というよりかは、吹き出した、と言う風であった。

「期待通りね、重明」

 お腹を抑えて笑いながら有子が言う。

「お、おい、どう言う意味だよ」

「そのままの意味よ。長身で強面だから、あんたの女装、面白いわ」

「なにおう」

 せめて似合わないと言わないのは有子の優しさだったのかもしれないが、重明にしてみれば意味のない優しさだ。


「はぁ、まぁ、じゃあ俺は裏方か」

 ひとしきり有子と言い合いをした重明は、そんな言葉を呟く。

「ふふ、いいじゃない。あんたみたいなのも表に出てた方がきっと面白いわよ」

 そんな重明に有子が笑う。

「そうだよ、関原君は表に出ていた方がいいよ。それに、裏方で出来る事ある?」

 その様子を聞いていた執事服を身に纏った玲奈がそんな言葉を投げかける。

「あー、上杉さん、このビジュアルからだと意外に思うかもしれないけど、重明、料理出来るぞ」

「え、嘘!? 本当に? フードプリンタのオペレーションが上手いとかじゃなくて?」

「あぁ、この前、重明の食べた料理食べたし」

「この前って言うにはもう結構前だけど、そうね、それは私も保証するわよ」

 玲奈の驚愕に、仁と有子が保証する。

 そうか、もうあれって夏に入る前なんだな、と思い出す仁。季節はすっかり冬に入る前である。

「じゃ、じゃあ、重明君。すぐ来てくれる? ちょうど、料理出来る人がいなくて困ってたの」

「お、おう。行くぜ」

 重明が玲奈に続いて歩いていく。

「みんな、重明君が料理出来るんだって!」

「本当? 料理出来る人がいなくて困ってたの、もうプリントフードにするしかないかもって」

「おう、料理出来るぜ。といっても、なんでもとは言わないけどな」

「すごい。助かるよ。器用な人を何人か用意するから、簡単なものを教えてくれない? 文化祭に出そうなやつで」

「じゃあ、焼きそばとかはどうだ? 麺や食材をフードプリンタでプリントしてあとは味付けして焼くだけだぜ」

 似合わない女装をしているネタ枠だった重明が一躍ヒーローになった。

 早速用意されたフードプリンタとIH卓上コンロ、そして幾らかの調味料を活用して、実際に焼きそばを作ってみせる。

「ざっとこんな感じだな」

 中には料理というものを初めて見る生徒もいたようで、おぉー、という拍手すら飛び出る。

 O-157の流行以降、他者に食事を提供する法律上のハードルが上がり、文化祭などでも食事が提供されることはめっきり減ったが、近年、衛生検査キットの一般化によって、手軽に他者に食事を提供出来る時代が戻ってきた。といっても、料理出来る人などなかなかいないのではあるが。


 かくして、文化祭の準備は進んでいく。

 もう当日は目の前だ。

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