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第47章「レイド〜巌流島決戦 下」

 嵐の巌流島で、二人のプレイヤーキャラクターが向かい合う。

 一人はジン。「JOAR」のリーダーにして魔法と剣術を使いこなす魔法剣士。

 一人はストーム。片手直剣を主装備としつつ、曲刀、ナイフ、刀、片手棍などの武器を使いこなす多種刀流の使い手。

 まず動き出したのは、ストーム。片手剣を構えたまま、ジンと距離を詰めようと踏み込む。

 ストームのWSなしとは思えない鋭い太刀筋の一撃が、ジンに向かって振り下ろされる。

 ジンは咄嗟にこれを受け止めるが、ストームのラッシュの前には防戦一方だ。

(まずい、素の剣術の差が出ている)

 恐らく、ストームは現実世界で剣術かそれに類する何かを納めているのだろう。

 WSなしのシンプルな技量のぶつかり合いになると、ジンはやや劣勢に置かれていた。

(ストームの奴、多種刀流なんて磨くより、片手剣でストレートに戦った方が強いんじゃないか……)

 ジンはふと、そんなことを思った。

 そんなストームが自分の実力を信じきれず、多種刀流に手を伸ばした理由を、しかし、ストームの動機すら満足に知らないジンは類推することすら許されない。

 いずれにせよ、このまま剣術勝負になると、ジンには勝ち目がない。

 矛盾した話だが、ストームがジンを倒すために習得した多種刀流を使っている時の方が、ジンにとってはまだ勝利の糸口が見えるのである。

 故に、ジンはストームに「この戦い方ではジンを追い詰められない」と思わせる、所謂ミスリードを誘う必要があった。

 だから。

「やっぱりな。多種刀流を学んだと言っても、結局は片手剣に頼り。そんなだから、いつも俺を倒し損ねる」

 ジンは実際には片手剣の技量を評価しているのを隠し、そんな挑発を贈る。

 同時、後方に飛び下がり、《サンダーミサイル》で、その動きを封じながら、《ライトニングソード》で一太刀浴びせてみせる。

 一太刀浴びせたと言っても、WSでもなければ急所を当てたわけでもないため、大したダメージにはなっていない。

 だが、先の挑発と合わさると。

「……そうだった。片手剣だけじゃ、お前には届かないんだったな、ジン!」

 ストームは片手剣を納剣し、徒手空拳になって、拳を構える。

 まんまとミスリードに引っかかり、片手剣での戦いをやめてくれたわけだが、とはいえ、全てがジンの思い通りとはいかなかった。

 片手剣の使用をやめたストームは恐らく何かしらの武器を握るだろうから、その握った武器種によって攻め手を変えるつもりだったのだ。

 だが、実際にはストームは武器を握らず、拳を構えた。

 『VRO』には《コンスティチューション》スキル、所謂体術スキルが存在する。

 武器なしの徒手空拳で相手にダメージを与えられるスキルで、盾を持たない片手直剣使いが利き手で剣を使いながら、もう片手や足で敵に追撃を仕掛ける、というような使い方がされる。

 ただ、よほどスキルレベルが上がっていないとその攻撃力は実用に耐えないし、そもそも拳はあくまで自身の体扱いなので、武器を受け止めようとすると普通にダメージを受けるだけに終わる。当然、捻る部位がないのでWSもない。

 『VRO』において体術スキルは、ほとんどの場合死にスキルのような扱いを受けていた。

 ストームはその体術スキルをなんらかの方法で実戦に耐えるだけの使い方に昇華したというのだろうか。

 警戒するジンをよそに、ストームが一気にジンへと肉薄する。

(こ、拳が来るのか……?)

 ジンはストームの拳を警戒し、《ライトニングソード》を構える。

 拳であれば、《ライトニングソード》で斬り払えばいいだけだ。

 右の拳が握られ、ジンに迫る。

 単なるストレートパンチではなく、蛇の如く、しかし鋭く動く拳はどこに着弾するのか読めない。

(剣術を捨てたと思ったら、次は武術で攻めてくるつもりか?)

 意識を右の拳に集中し、飛んでくる右の拳を《ライトニングソード》で迎撃する。

 だが、右の拳に意識を集中したジンは気付かなかった。

 彼の左手が腰の刀へと伸びていることに。そして、捻られたことに。

 刀の居合WS《瞬断》が発動し、ジンの胴体が袈裟斬りにされる。

「!?」

 一気にジンHPゲージが減る。HPの右に赤い雫のアイコンが点灯する。出血状態にあることを意味する状態異常だ。

 やられた、とジンは気付いた。右腕は完全なる囮。右腕を切られてダメージを負ってでも、刀の一撃を当てたかったのか。

 それにしても、右腕を捨てるとは。そういえば、最初バックラーと片手剣で戦っていた時も、片手剣を左手で持っていた。てっきり防御優先で盾を利き手で持っているのだとばかり思っていたが、この男、左利きなのか。

 とはいえ、右腕を奪ったのは大きい。

 本来、『VRO』における刀は両手武器だ。右手だけでも振るう事は出来るし、WSも一部発動は可能だが、威力はかなり下がる。

 ジンがなんとかやられていないのも、それが理由だった。

 ジンは大きく——と言っても出血の影響でいつもよりは小さく——飛び下がり、周囲の様子を伺う。

 オルキヌスとリベレントは依然、ムサシのヘイトを取って戦闘している。

 恐らく、ストームの部下にはムサシのヘイトを取ろうなどという気概の人間はいないので、ムサシに二人を釘付けにして置けるならそのままにしておこうとの判断だろう。

 アリはその分、三人のプレイヤーから攻撃を受けており不利だ。それでもアリが仕留められていないのは、ストームが「トドメは自分が刺す」と厳命しているからだろう。

 三人のうち一人でも援護にくればジンもやばいのにそうならないのも同じ理由と思われる。

 再び、両者は睨み合いとなる。だが、睨み合いが続けば不利なのは出血しているジンの方だ。

 このまま一対一では勝ち目は怪しい。なんとしてでも、一対一でない状況を作らなければ。

 そう考えながら、ジンは体の正面をストームに向けたまま、ジリジリと並行移動する。

「どうしたの? さっきの威勢は何処いったのかな? あ、架空の血と一緒に失っちゃった?」

 ストームの挑発が飛ぶ。

 惑わされてはならない、とジンは自分に言い聞かせる。

 そして、目当ての位置まで到達する。

【Jin > こっち見ろ、察しろ】

 無茶振り甚だしいチャットを送りつけると同時、ジンは《ライトニングソード》の柄を捻る。

 放たれるは《ライトニングピアッシング》。

 雷を纏った状態で対象に向けて鋭く素早く突撃し貫くジンの象徴が如き技。

「はっ、そんな直線攻撃!」

 だが、欠点は相手に向けてあまりに直線的な動きを取ること。

 対人戦においてはあまりに読まれやすい。

 ストームは《ソードブレイカー》を抜き、WS《ソードブレイク》を発動してジンを待ち受ける。

 だが、ジンという名の雷の弾丸は、

「へ?」

 思わず振り返るストーム。

 そこにはジンにより攻撃の対象に取られて、反撃行動に出たムサシの姿が。

「うおおおおおおおお! 《スライドクリーヴ》!」

 一時的に攻撃対象でなくなり、手の空いたオルキヌスが一気にアリの元へ駆け寄り、周囲の敵を横薙ぎのWSで薙ぎ払う。

 同時、アリが《ネケク》を発動、放たれた光の鞭がジンを掴み、引き寄せる。

 残されたのはムサシからフォトンラージソードを振り下ろされるストームのみ。WS《ソードブレイク》の待機状態にあるストームは回避が出来ない。

「くっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」

 ストームがムサシの強烈な一撃をノーガードで受け止めてしまう。

「マキシーメ・エト・マキシーメ・マンニョム・トニートル・スパエラ・シェリング・スルクールズ・シコッティルデ・マキシーメ……」

「ジン!!!」

 そこに追撃の魔法を詠唱するジンに対し、激昂したストームが襲いかかる。

「させねぇよ」

 だが、そこにオルキヌスが割り込み、《ラージセイバーガード》で攻撃を防ぐ。

「くっ、傭兵ども、何をしてる!」

 ストームの言葉に、オルキヌスに不意を打たれて、次の手に迷っていた傭兵三人が慌ててオルキヌスに向かう。

「……エト・マキシーメ・ムルチ・プルーヴィア・エアステリスコ・シァエロム」

 だが、それより早く、ジンの広範囲の雷属性魔法が発動する。

 アリのバフもかかり強力な威力を持つそれは、素早く、傭兵三人とストームを行動不能に追いやる。

「トニートル・アダレレ・グラディウス」

 今度こそ、正真正銘、ストームを狙った《ライトニングピアッシング》が放たれる。

「くそ、くそ、おい、お前ら! 僕を守れ!」

 ストームは必死で傭兵に呼びかけるが、オルキヌスを追ってムサシが現れ、フォトンラージソードを振り上げた事で、ダメージを負っている傭兵たちの顔色が変わる。

「冗談じゃない。初期化なんてされてたまるか!」

 傭兵達がレイドエリアから逃げ出す。

「おい! 待て! 行くな!」

「所詮金で買った関係ってのは脆いな」

「くそ、お前は金はいらないのか? 金目的でスポンサー契約をしてるなら、僕が払ってやっても」

「残念だけど、お前さえいなけりゃ、俺達はうまくやれるのさ」

「くそ! どうせ、お前達なんて、『来るべき時』が来たら、真っ先にやられるに決まってるんだぞ!? そうなる前に僕と手を組んで……!」

「五月蝿い」

 ジンの一撃がストームの首を刎ね飛ばす。

 ストームの体が真っ赤な結晶となって消滅していく。これでストームのデータは初期化された。少なくとも向こう数ヶ月はジン達の妨害など出来っこないだろう。

 その後、ジン達は見事ムサシを撃破し、最優秀パーティの座に返り咲いたのであった。


 その夜。食事中、なんとはなしに、ホロテレビを見ていた。

「臨時ニュースです。『ハーモニクス・ソリューション』の現社長、大多和おおだわ 隆司たかし氏の次男、嵐士あらし君が自殺したとの情報が入ってきました」

 「ハーモニクス・ソリューション」は日本最大規模のメガコープの一つ。その家族の動向は当然ニュースとなる。それが、自殺とは。

「嵐士君はスポーツが得意で、昨年の全国高等学校野球選手権大会でも、左利きサウスポーの投手としてチームを優勝に導き、また、中世風の装備で戦うスポーツ『アーマード・バトル』においてもソード&シールドのスタイルで好成績を収めており……」

 ニュースでは嵐士君という仁から見ると一つ上の先輩の話が続く。

「将来は『ハーモニクス・ソリューション』の所有軍の指揮官を務めることになると期待されていたのもあり、また遺書を残さなかったことから、自殺の理由は不明となっており……」

 どうやら、随分恵まれた環境にいて、かつ自分も努力を重ねていた人物だったらしい。なぜ自殺したのか不思議だ。

「『ハーモニクス・ソリューション』は嵐士君の追悼式を明後日の夜に行うことを発表しており……」

 ニュースはまだ続くようだが、そろそろ夜のF .N.M.を狩りに行かないといけないし、食事ももう終わっている。

 仁はニュースを見るのを辞めて、二階へと登っていった。

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