或る嵐の日。
山口県下関市。関門海峡上に浮かぶ島。
正式名称を「船島」と呼ばれるその島は、しかし、それよりももっと有名な名前がある。
その名は「巌流島」。慶長十七年四月十三日に宮本武蔵と佐々木小次郎の間で決闘が行われたとされる島である。
この決闘において、宮本武蔵は佐々木小次郎を討ち倒したと言われる。
余談だが、プロレス界においても「巌流島の戦い」と呼ばれる戦いがあり、実際に巌流島で行われた試合もあるそうである。
そんな史実を嘲笑うかのように、嵐の中で立ち塞がる敵の名は【
二本のフォトンラージソードを操る『スペースコロニーワールド』の人型ロボットである。
【RAID – BossBattle – Start】
そしてレイドが始まる。
ムサシが咆哮するように二本にフォトンラージソードを天高く掲げる。
一気に殺到したレイド挑戦者を、ムサシはフォトンラージソードを斜め下に向けたまま胴体を360度高速回転することでまとめて薙ぎ払う。
流石にレイドに参加するプレイヤーだけあってそれで砕け散ったキャラクターは極僅かだが、かなりのダメージを負ったのは見てとれた。
ジン達がすぐさま飛び込まなかったのは、オルキヌスが「あの胴体の回転、攻撃に使ってきそうだよな」と言ったのを警戒し、「JOAR」への攻撃を優先してくる一般妨害プレイヤー——ここで言う「一般」はストームの手勢ではない、程度の意味だ——の対処を優先していたからだった。
「オルキヌスの読みが当たったな、大人数で一気に攻めると、あの回転攻撃でまとめて薙ぎ払われるわけだ」
そう言いながらも、ジンはリベレントとオルキヌスの方を向いて問いかける。曰く、あれを止められるか? と。
「フォトン属性の武器はフォトン属性の武器に反発する性質がある。俺のフォトンラージソードなら筋力の比べ合いくらいにはなるかもな」
その後、どっちが勝つかはやってみなけりゃ分からん、とオルキヌス。
「このまま、妨害プレイヤーと小競り合いしてても始まらないし……、やってみるしかないな」
ジンならそう言うと思ってたぜ! と、言うが早いか、オルキヌスが駆けていく。
大上段からの斬り下げ攻撃 《カラミティストライク》が発動し、ムサシのヘイトを得る。
ところが、ムサシは回転薙ぎ払い攻撃を行ってこなかった。
前衛プレイヤーが最初の回転薙ぎ払いを喰らって以降、回転薙ぎ払い警戒し、後衛プレイヤーを護衛しながらの、砲撃戦に移行しているのが理由だろう、とジンは思った。
そして、ムサシは近接戦闘してくる敵にヘイトが強くたまる性質でもあるのか、魔力砲撃には見向きもせず、オルキヌスだけを狙って、二本のフォトンラージソードを振り下ろす。
「まずい! 流石に二本同時は捌けねぇ!」
オルキヌスの悲鳴に、ジンがリベレントの名を叫ぶ。リベレントは素早く頷き、もう一本のフォトンラージソードを受け止めた。
「ストームが乱入してくるより早く一気にダメージを稼ごう!」
ジンが《ライトニングピアッシング》で突撃する。
だが、ムサシの剣術はそう単純ではなかった。
新たに近接攻撃してくるジンがいると見るや、リベレントの大楯と拮抗していたフォトンラージソードを引き、ジンの方へと向ける。
「まずっ!?」
既に発動している《ライトニングピアッシング》は止められない。
だが、直後、悲鳴のようにジンの名前を呼びながら、アリが動いた。
ジンにかけていたバフを解除し、《ネケク》の魔術を発動、光の鞭を出現させ、ジンに振り下ろさんとするフォトンラージソードを持つアームの動きを封じる。
だが、ムサシの膂力は高く、逆にアリを引っ張り始める。
ジンの安全は確保されたが、今度はアリが危険だ。
ムサシは力強くアームを天高く掲げ、アリを上空へと飛ばす。
「こんのぉ!!
アリはそこで《ネケク》を終了し、《イグニッション》の魔術で反撃する。
放たれた炎の反動で空中で急制動をかけたアリが、そのままリベレントの掲げた大楯の上に着地する。
アリとリベレント、美少女コンビとして活躍していた頃からのコンビネーションが為せる技だ。
ジン達がヘイトを稼いでいる間に、ムサシを遠巻きにしながらの魔法砲撃が次々とムサシに突き刺さり、ムサシのHP自体は着実に減っている。
ただ、このままでは「JOAR」の最優秀パーティ獲得は成らない。
つまり、ヘイトを取り損だ。
「よし、後衛を戦闘に巻き込むぞ。オルキヌス、攻撃しつつ後衛の位置まで後退」
「あいよっ!」
オルキヌスが後退り始める。
ムサシは最も高いヘイトを持ち、近接距離にいるオルキヌスを追いかける。
その先にいるのは、遠巻きにしていた後衛集団だ。
「まずい、こっちを巻き込む気だぞ!」
ようやく「JOAR」の意図に気付いた後衛護衛部隊と化していた前衛プレイヤーが慌てて、ムサシに向かって接近し、ヘイトを取って距離を離そうとする。
周囲に敵が増えたのを感知し、ムサシが行動パターンを変化、二本のフォトンラージソードを斜め下に構える。
またあの回転攻撃が来る、と悟った後衛が慌てて、逃げようとするが、ここはもう島の果て、そして左右に逃げるのでは間に合わない。
回転攻撃が放たれる。
当然その攻撃には「JOAR」一行も巻き込まれる……と思われたが。
「賭けだが、うまくいったな!」
斜め下に構えての回転攻撃、つまり、敵に最接近した位置が安置ではないかと考え、移動中のジンからのチャットを受けて、肉薄していたのだ。
結果は成功。
多くのパーティが瓦解する中、「JOAR」だけがピンピンしていた。
残されたパーティは同じ目に遭わないように分散し、再び遠距離攻撃で削っていく構えを取っているが、最も後衛が集中していた部分が瓦解したため、その火力は先ほどの見る影もない。
だから……。
「あとは削っていくだけだ、とでも?」
もちろん、それを許すストームではないのだった。
「来ると思ってたよ!」
ストームの片手棍から放たれるWS《ハードインパクト》を跳躍で回避する。
「流石に初撃で決めるのはもう無理か!」
もし《ハードインパクト》が決まったら使うつもりだったのだろう左手に構えていた曲刀を納刀し、片手剣を抜いた。
(背中に武器が増えてるな、あれは刀か? 気をつけないとな)
刀のWSは出血状態を付与するものが多い。出血状態になると、継続ダメージの上にステータスまで減少してしまう。
もし喰らってしまえば、一気に不利になる。気をつけなければならない。
「なぁ、お前、随分、金を使えるらしいじゃないか」
睨み合いの中、ジンの方から声をかける。
「へぇ、傭兵の誰かが喋ったのか? まぁ、人の口には戸は建てられないからな。そうだよ、僕はお金持ちだ。それがどうした?」
「その上、スポーツも結構出来るらしいじゃないか」
こっちはカマだった。
「まぁね、この前戦った甲子園に出たこともあるよ」
ストームも相手の隙を見逃すまいとしていたためか、うっかりと口を滑らせる。
「それだけリアルで名声を持ってるってことだろう? なら、なぜ、VRMMOでまで名声を求めるんだ?」
そして、本命の問いがぶつけられる。未だ分からないストームの動機の話であった。
「そんなこと決まってる! 『来るべき時』までに僕は有名になってないといけないんだ! それまで時間はない、と。父親を見返すためにも、こんなところでは止まれない!!」
「!?」
ジンが思わず目を見開く。『来るべき時』。それはあの日、『ファーストオーダー』のストーカーから聞いたフレーズだった。
「おい、お前、『来るべき時』がなんなのか知ってるのか?」
「おっと、口が滑ったか。これ以上はお前達が知る必要はない。だって、ここで初期化されて消えるんだからな!」
「それはお前の方だ、ストーム。お前との因縁は、このレイド中に終わらせる」
睨み合う二人。
ムサシとの決戦とはまた別の、巌流島での決戦が始まろうとしていた。