その後、二ヶ月の時が過ぎた。
都合五回、レイドを経験し、その五回ともストームの妨害を受けた。
ジンは少しずつストーム対策を取るようになっていたが、変幻自在のストームの多種刀流の扱いは巧みで、まだ仕留め切るには至っていない。
「はい、というわけでついに来てしまいました」
デレクトの個室。一同の食事が終わったタイミングで、仁が言いにくそうに皆の前に立つ。
「だいたい想像付いてるし、遠慮はいらないからさっさと言いなさい。大事なのはその後どうするかでしょ」
有子が言いにくそうな仁の背中を押す。なお、重明だけは「?」といった顔をしている。
「今日、『スカイライク』から連絡があった。このままレイドで最優秀パーティを取れないようであれば、来月からスポンサー契約を打ち切る、と」
「うええええええええええ、やべぇじゃねぇか!!」
唯一、仁の逡巡の意味を理解していなかった、オルキヌスが驚愕する。
見波姉妹は想像していたので、やっぱり……、といった程度だ。
「で、どうする? あの厄介な粘着モノをどうにかする案はあるの?」
「正直、分からない。俺もストーム対策を頑張っているが、ストームは意図的に毎回持ってくる武器を変えてきてる。万全の対策出来るとは言い難い」
ただ、一個だけ糸口はある、と仁は言う。
「奴は元々片手剣とバックラー使いだった。それを俺対策に多種刀流に転向したんだ。その関係で、どうしても片手剣を使う比率が多い。三回目の遭遇のときも、片手棍で攻撃した後、引き続き片手棍を使えばいいのに、片手剣に切り替えたしな」
そこに付け入る隙があると思う、と仁は言う。
「なるほどね。ならそれに期待だけど。後は周囲の傭兵よね。正直あいつらさえいなければ、ストーム一人なんて楽勝なんだし」
「あいつらなー、戦い方が厄介なんだよな。装備も良いもの使ってるし、その割に微妙に逃げ腰というか……」
有子の言葉に重明が呟く。
「えぇ、あいつら、本気で戦うって感じじゃないもの。あくまで時間稼ぎが目的ってトコね。多分彼らも本気で戦って初期化されるのが怖いんじゃない?」
重明の言葉に有子は自分の分析の内容を告げる。
「そこだよね、初期化が怖いだろうに、なんで彼らはストームに従ってるんだろう?」
そこで、恭子は常々の疑問を口にする。
「実際、それは気になるところだよな」
恭子の疑問に仁も頷く。
実際、それは「トーキョータウン」奪還戦の頃からの謎だった。
プレイヤーキルされたキャラクターはレイドで負けた時ほどではないもののペナルティを負う。
それを覚悟してでも、ストームに従う理由とはなんだったのか。
とはいえ、この際、「トーキョータウン」奪還戦に参加した理由は良い。
百歩譲って、プレイヤーキルのペナルティは「所持アイテム」に限られるので、実は——あの装備の充実度合いからが考えにくいことだが——彼らの装備は
だが、レイドに参加するのはそのような小手先の手段では回避不可能なあまりに強いペナルティが待っているはずだ。
即ち、初期化。
これまた百歩譲ってアイテム類は他人に預けることで消去を免れるとしても、それ以上に大事な自キャラの成長が全てパーになることに耐えられる人間などいるはずがない。ちょっと育っただけの捨てキャラならともかく、レイドで「JOAR」一行に一歩も譲らず戦えるだけのステータスを保有しているキャラクターである。
「ま、それについては聞いてみるしかないんじゃない?」
そこで、有子は思いがけないことを言い出した。
「聞いてみる……って、誰に?」
「そりゃ本人達に、よ」
「本人達に……、まぁ聞けたら確かに話は早いけど、どうやって?」
有子があまりに自信満々に言うものだから、可能なのか、とも思うが、しかしその方法がどうしてもイメージ出来ない仁。
「あら、知らない? ストームの部下だった傭兵達、その一部が例の一夜城の跡地にキャンプしてるのよ。ほら、あそこはあくまで、ストーム達の土地扱いだから」
例の一夜城と言えば、言うまでもなく「トーキョータウン」の範囲内ギリギリに建築された城のことだ。投石機でボコボコに壊したはずだが、まだあそこにキャンプを張って人が住んでいると言うのか。
「なるほど。なら、『ニンジャ』のイアさん辺りに協力してもらって、城から出てきた奴を脅せばいいか」
そうと決まれば、ここで大人しくしている理由はない。
一行は解散し、家に帰り、家から『VRO』へとダイブした。
「事情は分かった。『JOAR』には大恩ある身。ぜひ協力させて欲しい」
早速ゲーム内でイアにメッセージを送ると、そう言って、協力してくれることになった。
「大恩って……、ラージサンドワームの件なら『トーキョータウン』奪還の時に果たしてもらったのに」
「あれ一つでオプションが四つ落ちるまで共に粘ってもらった恩は到底返しきれたとは言えないだろう」
「そうか……。まぁこちらとしては手伝ってもらえるなら助かるから構わないが」
律儀の塊のようなイアの言葉にジンは頬を掻く。
「む。失礼した。言い換えよう。『JOAR』の事を俺は友と思っている。だからその立場を危うくする者から守るためなら、是非手伝わせて欲しい」
「おう。俺もお前達のこと、友達だと思ってるぜ!」
その言葉にオルキヌスが嬉しそうに応じる。
ジンも友達ということなら、と頷く。
「けど、それなら、また暇な時に『多様性街』のパーティハウスにも遊びに来てくれ」
もてなすから、とジンが言う。
「友が言うのなら是非、『ニンジャ』一同で応じよう」
これで僅かなわだかまりは無くなった。
一行は「トーキョータウン」の駐車場にオルキヌスの車を駐車し、徒歩で一夜城跡地へ向かう。
「あれか。確かにキャンプを張ってるな」
ちょうど近くにあった塔型の建物の屋上へ移動し、そこから一夜城跡地を見ると、確かにボロボロの城に布のようなものを被せて、テントのようにしているのが見える。
「どうする? 一応真正面からお願いしてみっか?」
「いや、下手な事をして警戒を強めると、全てがおじゃんだ」
オルキヌスの提案にジンが首を横に振り、建物から降りる。
大きく一夜城跡地を回り込んで、「トーキョータウン」の外側から一夜城跡地を見据える場所に出る。
「じゃ、俺たちはこの建物の影で隠れてるから、いい感じに頼む」
「承知」
イアは早速、隠蔽オプションを防具にフル装備し、フードを被る。
すると、視界からたちまちイアが見えなくなる。
ジンは金烏の視界を借りて、イアを追いかけながら様子を追跡する。
イアは破損した城壁のそばで息を顰める。
しばらくすると、数人の傭兵が狩りに出かけるのか、一夜城跡地から出てくる。
イアはそれを見送る。複数相手にしてはイアに勝ち目はないからだ。
それから、一時間、根気良くイアは待ち続けた。
なお、この時点で、ジン以外はすっかり座り込んで、ネットサーフィンなどを楽しみ始めている。
やがて、その時は来た。
「ふわぁ、やっと終わりだ」
欠伸をしながら、一人の傭兵が一夜城跡地から出てくる。
イアはその背後を追跡し、十分に一夜城跡地から距離をとったところで、その首筋にフォトンナイフを突きつける。
「動くな」
「なっ!?」
イアの隠蔽が解除され、傭兵は自分が首筋にナイフを突きつけられている事に気付く。
「指示通りに歩け。さもなければプレイヤーキルする」
実はこの言葉には大きな嘘が潜んでいる。確かに首に切断属性のダメージを与えると大きなダメージが生じるが、イアは不意打ち特化のビルドのため、不意打ちを捨てて姿を晒した時点で、確実に一撃で傭兵を殺せる状態にはなかった。
そんなことは露も知らない傭兵は恐怖し、大人しく従う。
「げ、『JOAR』」
こうして、傭兵はまんまと、「JOAR」一行の元へと案内されたのであった。
「よう。ストームに雇われてる傭兵、だよな?」
「……」
「沈黙を保つと言うのなら、
ジンが真顔で凄む。
「ま、待ってくれ、話す。話すよ。どうせ今は契約時間外だしな」
流石にプレイヤーキルのペナルティが惜しいのか、慌てて傭兵が口を開く。
「何が聞きたいんだ? 言っておくけど、俺もストームさんのことは詳しくないぞ」
「まぁ、まずはジャブから聞くが、あそこで何してるんだ?」
「正直、特に何も。ただ、ストームさんが、もしかしたらあそこをまた使う可能性もあるだろうから、可能な限り維持しておいて欲しいって言われてるから維持してるだけだ。レイドに参加させられる事を思えば安全な仕事だから引き受けてる」
報酬も美味しいしな、と傭兵。
ジンはなるほど、と頷く。あの一夜城もお金を払って作った城であり、土地のはずだ。ストームも流石に惜しいと感じていたらしい。
土地は一定期間、人の出入りがないと、放棄した扱いになってしまうため、こうして人を雇って維持させているわけだ。定期的に自分が足を踏み入れればいいだけだろうに、とは思うが、その辺はストームに事情があるのかもしれないし、あるいは何かに備えて戦力を保有し続けておく方に目的があるのかもしれない、とジンは考えた。
「ちょうど、聞きたい話が出てきたな」
それはそれとして、傭兵の言葉の一つをジンは捉える。
「報酬、ね。何を貰ってるんだ? PKされたり、レイドで初期化されたりしても惜しくない報酬って、そうそうないぞ」
だって、初期化されたら何もらったってパーだろ? とジンは問いを続ける。
「流石にレイドに参加してもいいって奴は少なかったけどな。報酬については簡単だよ。初期化されてもパーにならないもの、現金を貰ってんだよ」
「は?」
思わぬ言葉に聞き返す。
「現金? 現金ってリアルマネーか?」
「あぁ。それもその月は働かなくていいかなって思えるくらい高額だ。あれだけの傭兵にそんだけの額を払ってるんだから、ストームさんのリアルはさぞかし裕福なんだろうな」
「おい、ストームやお前らが良い装備してるのってまさかRMTか!?」
「あぁ、その通りだ」
RMT、リアルマネートレードとは、その名の通り、ゲーム内のリソースやアイテムを現実世界のお金でやりとりする事を言う。多くのゲームでは禁止されているが、何せ、『VRO』は運営主体不明のゲームだけあり、RMTを取り締まる存在もいない。
あれだけの数の傭兵とその装備を全て現金で賄っている、そうこの傭兵は言っているのか。
どれだけ裕福であればそんな事が出来ると言うのか。
「分かったよ、ありがとう、質問は終わりだ。帰っていいぞレイドで会った時は容赦しないけどな」
「冗談じゃない。誰がレイドになんて参加するか。俺は自キャラが大事なんだ」
傭兵が去っていく。
「とりあえず、傭兵に慕われている理由は分かったな」
傭兵達は、決してストームのカリスマとか魅力的なゲーム内アイテムとかではなく、ストームの持つ潤沢な現金に集まっていたらしい。
「しっかし、分からねぇな。そんだけ金を持ってるんなら、人生勝ち組だろ? なんでまた
VRMMOなんかで躍起になるんだ?」
オルキヌスのその言葉は多少言葉は違えど、その場にいる全員の疑問だった。
VRMMOでの名声に意味がない、とは言わない。「JOAR」がそうであるように、VRMMOの名声が現実世界で影響が出ることもある。
けれど、現実世界で多額の金を動かせるほどの立場にある人間が、それを求めるのは、ジン達の常識に当てはめるとどうにもしっくりこないものがあった。
ただ、これまで接してきて、どうも、ストームは俺達とそう歳の変わらない子供のような気がする、とジンは感じていた。
恐らく高額の小遣いを扱えるほどに親が相当な大金持ちなのだろう。
しかし、だとしても、お金が自由に扱えるならVRMMOなんかよりいくらでも実力を発揮出来る場所がありそうなものだ。
特にストームが高い武道技術を持っていた。彼の言葉を信じるならあれは、現実世界で磨いた技術のはずだ。ならばスポーツ界でだって活躍できたはずだ。
なぜ彼がVRMMOに、『VRO』に拘るのか、そこには何かまだ秘密が隠されていそうに思うジンであった。