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第44章「レイド〜石切山脈防衛戦」

 現代の空飛ぶ車、VV。

 オルキヌスの持つ超伝導モータファンエンジンと翼の揚力で空を飛ぶ、「空飛ぶ車」と異なり、四方に搭載された四基のターボファンエンジンによる推力偏向ノズルにより垂直離着陸機能と音速に及ばないなりのスーパークルーズ機能を有する現代技術の結晶である。

 オルキヌスの「空飛ぶ車」が車に翼とエンジンを生やしたフィクションの車であるのに対し、VVは現実世界に実在するノンフィクションの空飛ぶ車なのである。

 そして、現実世界の車に様々な種類があるように、VVにも幾つかの種類が存在する。といっても、VVはまだまだ高価なため、極僅かな富裕層の移動手段か、軍事的な輸送機としてのみの運用が殆どだ。

 が、『VRO』ではもう少し多岐に渡る使われ方をしているらしく、大型のVVが空中物資輸送網を形成しているという設定がある。コンテナを背負った輸送トラックのVV版。コンテナを内部に抱きかかえた輸送VVである。

 その輸送VVの輸送空団コンボイが煙を吹いて不時着している。

 全ての輸送VVは推力偏向ノズルを畳み、ランディングギアタイヤを展開して地面に着地している。その周囲には整備士と思われる人々が集まり、VVを修理しているようだ。

 ここは『VRO』内の茨城県笠間市稲田にある稲田石の採石場である石切山脈。

 休止した採石場に地下水が貯まり、湖のような景観を作り出し、茨木百景に選ばれるほどの景勝地となった。別名は「茨木のグランドキャニオン」。

 その湖が『ファンタジックアース』の侵食により消え去り、底に輸送VVが不時着している状態だ。

「ふむ、護衛対象が現代の存在とは珍しいな」

 と呟くのは「時代」のワンだ。再び学生の身分に固定された「JOAR」一行は夜や夕方のレイドにしか参加出来なくなり、その一発目のレイドから、早速同じく夜のレイドにしか参加できない「時代」と一緒になった。

 これまで護衛系のレイドは侵食先の存在が護衛対象となるのが基本だった。『スペースコロニーワールド』なら宇宙戦艦だったり、『ナイトアンドウィザード』なら突如出現したお城だったり、『ファンタジックアース』なら何らかの建造物が侵食で変質したものだったり、だ。

 やはり、レイドになにかの変化が起きているのか。ジンはそんな事を考えるが、それどころではない。「時代」はエンターテイメント系メガコープ「セイエイ」とスポンサー契約を結んでいる。つまり、負けられない相手である。

【15秒前】

 その表示と同時、ワンとジンが同時に演説を始める。

 結果、僅かに「時代」が優勢といった人数に別れた。

 前回負けたとはいえ一回だけの事。多くの者はなんだかんだいって、また「JOAR」に可能性を感じている。

「ふむ、半々か。では、分担と行こう。私は西側を担当するから、君達は東側を防衛したまえ」

「え」

 いいのか、とジンは視線で問う。それは自分の最優秀パーティを取る可能性を減らす提案だ。

「うむ、君達には一度指揮下に入ってもらった借りがあるからな。だが、例のストームによって瓦解するようなら、その分はもらうぞ」

 ストームによる妨害については当時協力してくれた各種パーティにも伝えている。だが、彼らがストームから狙われている様子はない。

 あくまで標的は「トーキョータウン」奪還作戦の首謀者であるジン達「JOAR」であるようだ。

 ジンは素早く指揮下に入ってくれた仲間達に指示を送り、東側に振り分けていく。

【[Share] ]Jin > 「時代」は不意打ちを好まないためが、最近「JOAR」の妨害を好む勢力が存在している事が分かっており、これまで何度も妨害を受けている。彼らは高い隠蔽スキルを持ち姿を隠しているが、攻撃前には隠蔽は解除される。戦闘中、敵のいる方向だけでなく周囲の警戒を怠らないように】

 と、ジンはストームについての注意喚起を指揮下の仲間達に伝える。

 ワンの見込み通り、敵は二方向に別れて石切場を降下してくる。

 精霊に属する敵のようで、降下してきた後は距離を取りつつ、属性攻撃を仕掛けてくるようだ。

【[Share] Jin > 防御の硬い者が前に出て守りを固め、後方から魔法使いと魔術師が属性攻撃で仕留めるんだ。ついてはやや割当を変更する】

 ジンは敵のタイプを見極めて素早くフォーメーションの変更を指示、効率よく精霊種の敵を撃破させていく。

 「JOAR」もこの指示の通りのフォーメーションを守り、オルキヌスとリベレントが精霊の攻撃を受け止める役、ジンとアリが攻撃役を担う。

 時折、強力な精霊が現れたが、それは回避力の高く属性攻撃が強力なジンの遊撃によって対応することで事なきを得ていた。

(ただ、逆に言うと俺がまた釘付けになると、強力な精霊への対処が少し大変だな)

 そう考えた直後、強力な精霊種が様々な場所に出現。合計三体現れたとの報告が入る。

「早速、来たか……」

 ここにストームが来れば、防衛部隊は瓦解する可能性があるな、と警戒する。

 とりあえず、ジンは端から順番に処理していこうと《マジカルレイピア》に魔法剣で弱点属性を付与して精霊種に攻撃しようと向かうが。

「今がベストタイミング、だよね!」

 そして、案の定、この最悪なタイミングをストームは見逃さなかった。

「来たか!」

 だが、分かりやすいタイミングだった故、ジンはそれを先読みすることが出来た。

 金鳥越しに接近するストームを先行して発見出来ていたのだ。

 なので、初撃の《ストレートピアッシング》を《リポスト》で回避し、一太刀を浴びせることに成功する。

「やるじゃん、散々やられたら知恵もつくってもん?」

 周囲で傭兵と「JOAR」一同もぶつかり始めた。

 睨み合いを演じている時間はない。その間に防衛部隊が瓦解する恐れがある。フォーメーションの変更を指示するか、さっさとストームを下すか。

【[Share] Jin > planb 】

 ジンは悩んだ末、ストームから目を離さず、ホロキーボードで文字を入力する。

 「プランB 」それは、事前に決めておいた合図。

 自分がストームに絡まれ身動きが取れなくなった場合に各個の判断で動け、という指示である。指揮官としては役目放棄に近いが、自分が指揮出来ない間に、以前の指揮が原因で瓦解されても困る。

 しかし、そのホロキーボードで五文字を打ち込みEnterキーをタップする僅か六タップの隙を見逃さず、ストームが踏み込んで来る。

 右手に持っているのは片手棍。

 《リポスト》はまだクールタイムが終わっていない。

 ジンは咄嗟に後方に飛び下がるが、片手棍のWS《ハードインパクト》が鋭く地面を揺らし、破片が飛び散りジンにダメージと僅かなスタンを与える。

 その隙を逃さず、左手に片手剣を抜いてストームが更に踏み込む。

「っ!!」

 スタンは一瞬で解除されたが、ストームのその鋭い一撃を《マジカルレイピア》で受け止めるには刹那の時間が足りない。

 ストームの一撃がジンの胴体を袈裟斬りにする。大きく切り傷が入ったためあ、大きなダメージ判定が下り、一気にHPゲージが減少する。

「トニートル・サジッタ・スルクールズ!」

 攻撃を受けながらも詠唱し咄嗟に放ったのは《サンダーミサイル》。突き出した手のひらの魔法陣から青白い雷の矢が放たれ、ストームに突き刺さる。

 雷がストームを蝕み、動きを封じる。

 その隙を逃さず、ジンは《タップエクスチェンジ》で武器を《ライトニングソード》に持ち替え、《ライトニングピアッシング》で攻撃する。

 属性が関係ない相手には依然ライトニングソードの方が強いからだ。

 前回の睨み合い主体の戦闘とは打って変わって、極至近距離での剣戟。

 ただ、WSの絡まない剣のぶつけ合いとなると、有利なのは剣術に慣れていると思われるストームの方だった。

 対人戦の場合、《リポスト》はWSにしか反応してくれない。そのため、ストームは敢えてWSを使わず戦っていた。ジンもまた、WSを使えば硬直が発生し、その隙をストームに突かれる可能性が高いため、迂闊にWSを使えない状態にあった。

「随分、剣を操るのが上手いみたいだな。わざわざゲームのために練習したのか?」

「まさか! 僕は本当は軍の指揮官になるはずだったんだ、そのためにずっと戦いの訓練をしてきたんだ……、それを、それをアイツラは……、世界ワールド巨大複合企業メガコープ連結体ネクサスは!!」

 軍の指揮官? ワールド・メガコープ・ネクサスWMN? 突然、話の規模が大きくなった。ますます、ストームという人間が分からない。

 ただ、軍の指揮官になるはず、ということはそれなりのエリートコースを歩んでいた人間ということか? なにかの理由でそのコースから外れてしまったというのか? だが、そこにWMNが絡んでくる理由があるとは思えないが。彼らは確かに軍縮を叫んではいるが、それに従っているメガコープは殆どいないのだから。

 だが、考えている時間はない。

 剣と剣がぶつかり合う。

 そして、その間を縫って、曲刀の一撃WSが飛ぶ。

 まさに毒の一撃。

 ジンは咄嗟に後ろに飛ぶが僅かに腹の表皮を掠り、ステータスバーに毒状態を表すアイコンが点灯する。

「ちっ……」

 思わず舌打ちが出る。

 お互い防御が少ない者同士の戦い。僅かなWSの一撃が決定打になりかねないこの状況で、まさかHPが少しずつ削られる毒状態になってしまうとは。

 ストームが更に踏み込んで、片手剣を振るう。だが、踏み込んで来たなら、回避はできないはずだ。

 ジンは咄嗟に《パラライズウィップ》を放ち、ストームの動きを封じる。

「しまっ!」

「取った!」

 ジンの連撃がストームにヒットする。

 だが、仕留めきる前に麻痺が解ける。麻痺の解除が早い。

「麻痺対策の装飾品をつけてあるからね!」

「流石に対策されてたか!」

 ジンの一撃を、ストームが抜いたナイフで受け止める。

 峰の部分がギザギザの部分で受け止められた。

「それは……《ソードブレイカー》!」

 《ソードブレイカー》。峰のギザギザの部分で切断属性の武器を受け止めると、武器耐久度を大幅に減らすという恐ろしいPvP特化武器だ。素の火力が低いのが欠点で、特性の割に使われていない武器だが、多種刀流のストームならその欠点は欠点にならない。

 ジンは慌てて《ライトニングソード》を下げて、そのまま距離を取る。

 相手のHPがどんなものかは分からないが、五分五分くらいには持ち込めたはず。毒の分こちらがやや不利といったくらいだろう。

 まだ逆転の目はある。

 だが。

【RAID Complete】

【Most Best Party : Jidai】

 レイドはそこで終了した。

「なかなかしぶとい……というか、少しずつこっちの動きについてきてるな。次こそは潰す」

 ストームも今回の戦い運びには危機感を覚えたらしい。

 そう言って、踵を返した。傭兵もそれに続く。

「ま、もっとも。この調子なら僕が手を下すまでもないかもしれないけどねー」

 その通りだった。

 二度目の敗北。再び「JOAR」の評判は下がる。「スカイライク」からの評価も下がったことだろう。

 このままでは、不味い。

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