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第43章「日常〜学校での変化」

 「JOAR」がレイドにおいて、圧倒的多数の支持を得たにも拘らず、少数である「新撰組」に敗北した、というニュースは瞬く間に広まった。

 主に「JOAR」を信じて支持した人々から裏切られたとして、口コミが広がった結果であり、今後、「JOAR」は結束が必要なレイドにおいて苦戦する可能性が高くなると思われる。

 そんな少し気の重い朝。

 本当ならゆっくり眠るか、逆に開き直って『VRO』にインして、仲間たちと駄弁ったり、いっそスカっとするコンテンツに挑んだりしたいところだが。

 残念ながらそう出来ない理由があった。

「仁ー? まだ起きないのー? 始業式に遅刻するわよー」

 階下の母親からの呼びかけが全てを代弁してくれた。

 そう、今日は始業式。ついに夏休みが終わり、再び学校の日々が始まるのである。


「おはよう、仁! 辛気臭い顔してんな!」

 ややとぼとぼと歩いている仁に向けて、重明が背中を叩く。

「ってぇ!」

 重明の鋭い一撃に仁が思わず大きな声を上げる。

「すまんすまん、あまりに辛気臭い顔してるからよ」

「辛気臭い顔してるからよ、ってお前、逆にお前はショックじゃないのかよ、昨日のこと」

「そりゃショックだけどよ、気にしても仕方なくないか? 一回二回の負けくらいあるって。初めて『時代』の人とあった時も、最優秀は取れなかったじゃねぇか」

「あの時とは何もかも違うだろ」

 「時代」と初めて会った時は、まだスポンサーもいなかったし、そもそも「時代」と「JOAR」は敵対していなかった。

 だが、今回は違う。

 「JOAR」にも「新撰組」にもスポンサーがおり、そしてスポンサーがいるからには敵対の関係と言えた。

「分かってんのか? こんな事が続けば、最悪『スカイライク』から契約解除を持ち出されても不思議はないんだぞ?」

 重明の能天気さに耐えられず、仁が問いかける。

「だから、まだ大丈夫だって。次こそストームを倒してやろうぜ」

 あくまで能天気な重明に仁はため息を吐く。

「大丈夫って何を根拠に……」

「何って、決まってんだろ。世間様の反応だよ。お前には聞こえないのか? 耳を澄ませてみな」

 訳の分からないことを言う重明。仁は首を傾げながら、周囲のざわめきに意識を集中する。

「『JOAR』のCM見た?」

「見た見た! 『どんな野菜もうちにかかれば美味しい料理に』!」

「よかったよねー、戦う『JOAR』もかっこいいし」

「うん、昨日は負けちゃったみたいだけど、また頑張ってほしいよね」

 と、こんな様子。

 そう、世間、というか少なくとも、登校している学生の間では、「JOAR」の話題は全く衰える様子なく、というか、「JOAR」の話題でもちきりだった。

「そういえば知ってる? 『JOAR』が学生かもって話」

「え、なにそれ、初めて聞いた」

「『JOAR』って夏休みの時期までは夜のレイドにしか参加してなかったのに、夏休みの時期になってからは、どんな時間のレイドにも参加してるんだって。もしかして、普段夜だけだったのは学生だからかもって」

「それだけだと単に社会人って可能性もあるんじゃない?」

「でも、ここ一ヶ月ずっとレイド三昧だよ。そんな休みが続くのは学生くらいだって」

「えー、本当に学生だったら夢があるね。私達も『VRO』で頑張ったらスポンサーがついてお金持ちになれるかも!」

「いや、あんたのゲーム音痴っぷりじゃ無理でしょ」

「えー、ひどーい」

 などと、その興味は「JOAR」のプレイヤーの正体にまで及んでいる。

 そんなやり取りの一つを聞いて、重明は何やらニヤリ、とした。

【Shigeaki.S > 始業式終わったら、ローカルスペースで会おうぜ】

 そんな内容の事をチャットで発言する。

 ローカルスペースとは、ローカルネットワーク上に構築された仮想空間の事だ。小規模なメタバースの事と考えてもらって問題ないが、バースというには狭い範囲なので、スペースと呼ばれることが多い。

 学校内は授業中にグローバルネットワークに接続しないようローカルネットワークが敷かれており、接続が義務付けられている。

 そして、そこから許可された範囲内でのみグローバルネットワークにアクセス出来る仕様になっているが、そのローカルネットワーク上にも休み時間に生徒たちが交流できるためのローカルスペースが存在している。


 そして、校長のありがたいお話の後、一同は学校のローカルスペースに集まっていた。

「で、用事ってなんだよ」

「決まってんだろ、。これ自体が目的だよ」

「バカ、なんでそっちの名前で呼んで……って、あぁ!!」

 そう、設定されているアバターの見た目は『スカイダイン』に集まった時のまま、つまり、「JOAR」一行の見た目のままだ。

「おい、見ろよ! 『JOAR』がいるぞ!」

 そんな声がローカルスペースの中に響く。

 後は劇的だった。

 ローカルスペース上の全員がドッと押し寄せるかの如く、「JOAR」一行の元にアバターが押し寄せた。

「本物ですか?」

「どうやってそのアバター作ったんですか?」

「この前の敗北について聞かせて下さい」

「リベンジの案はあるんですか?」

「本当に学校の生徒だったんですか?」

「リベレントさんはどこに?」

 どっと質問が押し寄せる。

 だが悲しいかな、「JOAR」の面々は聖徳太子ではない。多数の人間の言葉を聞き分けて質問に答えられるわけもなかった。

「お、おぉ」

 この状況を目論んだオルキヌスも思わず動揺するばかりで、何も言葉を発せずにいった。

「ちょっと待って。私達厩戸王じゃないんだから、そんな一気に声をかけられても分からないのよ」

 そこでようやくよく通る言葉を発したのはアリだ。

 それで、シンと一度言葉が落ち着く。

「はい、じゃあ一人ずつ答えるから手を上げて」

 アリが堂々と進行役を務める。

 一斉に生徒達――ジン達も生徒だが――が手を挙げる。

「ほら、ジン、誰か適当に当てて」

「え、あ、じゃあ、一番手前で最初に俺達を見つけて声を上げてくれた君」

 アリに促され、ジンが一人を指名する。

「はい、じゃあまずはこの質問からさせて下さい。本物ですか?」

「おう! 本物だぜ!」

 オルキヌスが正々堂々と胸を張った。

「こら、あんたが勝手に答えないの、リーダーに答えさせなさい」

「いや、まぁこういう目立つ仕事はオルキヌスに向いてるから別にいいよ」

 アリがオルキヌスを注意するが、ジンは諦めている様子だ。

 だが、そのやりとりが実際にレイド前後などに見られている「JOAR」の振る舞いに似ているということで、オルキヌスの言葉に真実味を与えていた。

 じゃあ、次、というアリの言葉に一斉に手が挙がる。

「えっと、それなら一番先頭にいる……あぁ、君じゃなくて……えっと、確か佐藤さんだっけ、そのアバター」

「は、はい!?」

 憧れの「JOAR」に認知されているという事実に驚きつつ、佐藤さんが答える。

「あの、リベレントさんはどこに」

「えー、リベレントさんは……」

「待て、オルキヌス。これは俺が答える。リベレントは別の学校の生徒なんだ、だからこのローカルスペースには入ってこられない」

 オルキヌスが答えようとしたところを、一瞬悩んだ末、ジンが割り込んで答えた。厳密には別の学校どころか年齢さえ違うのだが、不用意にリアルの情報を与えるのは危険なので、こういう答え方になる。

「じゃあ、三人この学校の生徒だったんですね」

「そうだ」

 佐藤さんの言葉にジンが頷く。

「こら、複数の質問に答えないの。次行くわよ」

 アリがそのやり取りに小さく注意をしつつ、次を促す。

 再び一斉に手が挙がる。

「な、なんか増えてないか?」

 ジンがちょっと引き気味だ。実は最初のやり取りで本物だと確定し、質問会が続くと分かった直後、何人かがリアルに戻って、リアルで普通に過ごしていた「JOAR」ファンに「ローカルスペースに本物の『JOAR』が現れて質問会してるぞ」と伝えて回った生徒達がいた。

 その影響で、現在、学内のかなりの数の生徒がローカルスペースのひとところに集まっていた。

「前回の敗北について一言」

「うむ。それについてはリーダーからどうぞ」

「前々回のレイドから、ストームって奴……例の『トーキョータウン』を選挙してた領主なんだが、そいつに粘着されてて実力を発揮しきれないでいる。可能な限り早急に解決して、元通りのコンディションに戻したいと思ってる。」

 答えにくい質問と感じたオルキヌスがジンに丸投げすると、ジンは素直に現状を答えた。正直解決の糸口はまだ見えていないが、そこを素直に言ってしまうわけにはいかない。なので、ちょっと強がりを言った。だが、ジンはそれを現実にしたいと強く思った。

「じゃあ次」

 全員が一斉に手を挙げる。祭りの気配を感じてか、「JOAR」に関心のなかった人まで集まってきている。

「なら次は奥の……」

 バチン、と突然視界が暗転した。

【ネットワーク接続エラー】

 画面中央に表示されるその文字列は、ローカルスペースが負荷に耐えられず落ちたことを示している。

「すげぇな俺達。ローカルネットワークを落としちまうくらい人気になっちまってたのか……」

 あまりの事実に乾いた笑いが浮かぶ。

 フルダイブから突然落ちてしまったため、脳に多少の負担がかかっている。仁は《オーギュメントグラス》を外し、少しこめかみを揉む。

「これだけ人気なんだ。頑張らないとな」

 それはそれとして。

【Jin.I > 流石にネットワーク落ちはやりすぎだ。今後は顔見せする時はもっと工夫しよう】

【Yuko.M > そうね、なんなら今回だけで辞めとくべきかも。下手にリアルを探り始められても困るし】

【Shigeaki.S > ここまで有名になってるとは俺も思わなかった。それを体験できただけでも良しとするか】

【Kyoko.M > いいなぁ。私もその場にいたかった……ような、いなくてよかったような……】

 幸い、重明も懲りているようなので、次はなさそうだったが、得難い経験だった。

 それに、一つ面白いことも起きた。

【Shigeaki.S > おい、学内掲示板見てみろよ】

 学内掲示板とはローカルネットワーク上で使えるスレッド機能付きの電子掲示板のことだ。

 メタバースとマイクロポストSNS、各種チャットサービスなどに押され気味ではあるが、特定の話題について同好の士が集まり、その話題についてトークするという点で、ネット上の電子掲示板はまだまだ盛んだ。

 特に学内ではマイクロポストSNSも使えないので、電子掲示板は盛んに使われている。

【「JOAR」にメッセージを送るスレ】

「へぇ」

 そこにはたくさんの応援メッセージが載せられていた。

「やっぱり、ストームには負けていられないな。次こそは、勝たないと」

 そう呟いて、仁は拳を強く握ったのであった。

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