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第42章「レイド〜甲子園球場攻城戦」

 兵庫県西宮市甲子園町。

 そこにその巨大な球場はある。

 鉄道系メガコープが保有する野球チーム、そのホームベースであり、当然、その管理運営はその鉄道系メガコープが行っている。

 名を「甲子園球場」。

 プロ野球での試合で使われる他、全国高等学校野球選手権大会でも使われており、その大会の自体が換喩として「甲子園」と呼ばれているほどである。

 そんな未だに全国高校生球児達の憧れの舞台であるその球場が、魔物の巣窟となっていた。

 『ナイトアンドウィザード』の侵食である。

 そして何より、レイドである。

「実在の建物を舞台にした攻城戦は珍しいですね」

 「JOAR」の面々の隣で、そんな言葉を呟くのは、攻城戦と聞けば即参上「富岡」のアッパーであった。

「『富岡』の皆さんから見ても珍しいんですか?」

「えぇ。そろそろ運営さんもネタ切れなのかな?」

 などとアッパーが呟く。

 ネタ切れ、果たしてそうだろうか。

 むしろ何かが新しいフェイズに入ったのではないか、なんとなく漠然とそんな考えが頭をよぎる。

【15秒前】

 だが、どうやら考えている時間はないらしい。

 ジンは声を張り上げて、「JOAR」の指揮下に入るものを募る。

 だが同時に、声を上げる者がいた。

 彼らの名は「新撰組」。「JOAR」と同じく勢力不統一パーティでとにかく刀っぽい武器を持ち寄る趣味パーティだ。ただ、全員が統一された浅葱色の羽織を羽織っているため、見た目の統一感は高い。

 趣味パーティとはいえ、ここで名乗りを上げる程度の実力がある。その証としてわかり易いのは、やはりメガコープとスポンサー契約を交わしていることだろう。

 彼らがスポンサー契約を結んでいるのは本業の傍ら日本刀コレクションを買い集め展覧会などを全国で展開していることで有名な「天下五剣」というメガコープだ。

 共に日本刀愛好家である二つが結びつくのは自然なことであったのは想像に難くないが、いかに「天下五剣」とて道楽のみでスポンサー契約を結ぶことはない。

 「新撰組」はスポンサー契約を結べるだけの実績をこれまで積み上げてきている、と見るのが正しい。事実、「JOAR」の面々は「新撰組」を知っていたし、この場にいる多くのプレイヤーが「JOAR」と「新撰組」という二つの有力パーティのどちらにつくべきか悩んでいた。悩ませるだけの実力と実績が「新撰組」にはあるのである。

(まいったな、他のスポンサーを持つパーティが出てきたか)

 ここでドキリと緊張の色を滲ませるのは、ジンだ。

 メガコープが他のメガコープに負けることはあってはならない。

 それ故、メガコープがスポンサーについているパーティは決まって、スポンサーからこう言われる。

 曰く。

「他のメガコープがスポンサーを務めるパーティと一緒になった時は、決してそのパーティに負けてはならない」

 と。

 要するにメガコープ間の企業間紛争の一環である。

 そんな小競り合いがゲーム内に持ち込まれたことにジンは一抹の怒りを覚えなくもないが、実際に紛争が起きるよりはよっぽどいいのかもしれない、と思っている。

 さて、そうしている間に、結果が出た。

 多くのプレイヤーの迷った様子に反して、結果は圧倒的多数の「JOAR」支持であった。

 「JOAR」と言えば、かの「トーキョータウン」の一夜城を陥落させた英雄だ。

 言うなれば、攻城戦で大きな戦果を上げた実績持ち。

 これに従わない理由はない、と言うのが最終的な大半のプレイヤーの思考だったらしい。

 ジンは共有チャットで傘下に入ってくれたパーティにお礼をいうと同時に、金鳥と視界を共有して、攻城兵器の配置を確認。

 素早くチャットで攻城兵器の担当振り分けと、攻城兵器防衛部隊の振り分けを行う。

 作戦は正面と左側面、右側面からの三正面作戦。

 賛同者が多いため、四方向全ての攻城兵器を乗っ取ることも可能と見えたが、あえて、一方向を残すことで、「新撰組」側には残された方向からの攻撃に集中してもらう作戦だ。

 こうすれば、「新撰組」側から妨害を受けて攻撃部隊が瓦解する可能性も低くなるし、結果的に「新撰組」側も含めた四正面作戦になり、敵戦力の分散にも期待できる。

 念の為、金鳥には「新撰組」についていってもらい、「新撰組」の動向を監視してもらう。

「行こう、本命は攻城兵器の多めな左側面だ。俺達はそこの正面を受け持つ」

 そうジンが号令すると、「JOAR」と「富岡」も動き出す。

 左側面の門が開き、敵集団が出現する。

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 リベレントが《ウォークライ》を発動し、周囲のヘイトを集めて、攻城兵器から注意をそらす。もはや見慣れた光景だ。

 今回の敵は想定通り四方向に分散しているため、数は多くない。

 リベレントに集中した敵を、「JOAR」一同と「富岡」は確実に排除していく。

 投石機の攻撃は順調で、確実に城壁が破壊されている。

 敵の増援はまばらで、まもなく雲梯も到着するだろう。そうなれば、「JOAR」と「富岡」が一番乗りで敵城内……厳密には球場内に侵入出来る。

 そして、事態は「JOAR」の目論見通りに進み、まもなく、雲梯が城壁に到着する、という時。

「そうはさせないよっ!」

 突如、雲梯が破壊されてボロボロに崩れ去った。

「何が起きた!?」

 思わずジンが雲梯の方に向いて問いかける。

 返事はない。雲梯の運用部隊は全滅していた。

「最後に見えたのは《プロメテウス》の炎だった。魔術師よ!」

「『新撰組』の妨害か?」

 だが、金鳥で見る限り、「新撰組」が少数でも部隊を分けた様子はない。全力で攻め上っているところだ。

 少数とはいえ、結果的に四正面になっているのが効いているのか、着実に攻城兵器を進行させている。

「魔術師をパーティに入れるか悩んだけど、正解だったね。《ハーデス・ヘルメット》は便利だ」

 そんな言葉と共に崩落した雲梯の跡地から滲み出るように現れたのは真っ黒な隠蔽重視装備に黒い髪に赤い瞳、ストームだ。

「ストーム!!」

 お前が目論見を打ち破ったのか、とジンが憤る。

「ははっ、いい顔だね、ジン」

 そう言いながら、ストームは腰に下げた二本の片手用直剣のうち片方を左手で抜剣する。

「お前は引き続き隠れて雲梯の破壊を、雲梯が終われば次は破城槌だ」

「承知致しました」

 言葉を投げかけられた魔術師は右腕のマインドサーキットを回転させ、手元に兜のようなものを出現さえ、被ると同時にその姿が掻き消える。

「させるかよ!」

「させないのはこちらです」

 オルキヌスがそれを追うが、槍を持った傭兵がそこに立ちふさがる。

 ジンがオルキヌスを案じつつ、ならばアリに、と指示を送ろうとするが、アリもまた、片手剣にバックラーを持った傭兵に足止めされており、釘付けになっている。

 リベレントは魔物の相手をしている。

 なら。

「アッパーさん! パーティを分けてもらえますか? 二人は魔物の相手を、もう二人は……」

「分かりました! 魔術師を追います!」

 素早く判断したアッパーがもう一人の仲間を引き連れ、魔術師を追う。

 またジン自身もストームとにらみ合いをしつつチャットで雲梯を担当するパーティに警告を飛ばす。

 ストームはその睨み合いの中で、バックラーを腕に通す形から手で持つ形に切り替える。

 と思った直後。そのバックラーが鋭い勢いで投擲された。

「!?」

 それが《シールドスロー》という名のWSだと知らないジンは驚愕し、咄嗟に《ライトニングソード》で迎撃する。

 が、その武器を使った瞬間こそがストームの待ち受けていた隙。

 《ストレートピアッシング》がジンの胴体に突き刺さる。

「ぐっ」

 ジンは咄嗟に《ライトニングソード》を捻り、《パラライズウィップ》を発動、ストームの動きを封じようとする。

「はっ、その技はもう見たよ!」

 だが、その動きを読んでいたのか、ストームは後方に飛び下がってこれを回避、武器を槍に持ち替えて《マッハスラスト》で攻撃を仕掛けてくる。

(くっ、中途半端な距離は不利だ!)

 ジンは敵のスピアのレンジから逃れようと後方に飛ぶ。

 再び両者の距離が開く。

「あれー? いいのかなー、こんな睨み合いをしてて。『新撰組』に戦果取られちゃうよ?」

「くっ……」

 金鳥越しに見える視界では確かに「新撰組」は順調に球場に接近している。このままでは良いところを全部「新撰組」に持っていかれる。

「けど、まだ取り付かれてはいない……」

「ふぅん、やっぱり何らかの手段で俯瞰して状況を見られるっぽいな、レアアイテムか、レアペット?」

「!」

 金鳥がそれと気付かれた訳では無いようだが、迂闊な言動でこちらの装備がまた一つ割れてしまった。思わずジンは焦る。

 はやく、はやく、なんとかしてこの目の前の邪魔者を排除しなければ。

「ジン、避けろ!!」

 だが、その視野狭窄は外部からの攻撃に弱くなる。

「!」

 オルキヌスの言葉に視界が広がるが、もう遅い。

 側面から繰り出された槍使いの《ヴォーパルピアッシング》は確実にジンの胴体を貫く。

「ぐっ」

 猛烈な痒みが体を襲う。

「よくもジンを!」

 その槍使いにオルキヌスが《カラミティストライク》で攻撃を仕掛ける。

 槍使いはそれを受けつつも、再び距離を取って、オルキヌスに向かい合う。

【[Share] Upper > まずいです。どんどん雲梯が壊されてます!】

 そこに追い打ちをかけるように、アッパーからそんなチャットが入る。

 優れた隠蔽を見破るには優れた看破スキルが必要だ。そして、看破スキルはほとんどの場合使われないスキルのため、わざわざ伸ばしている者は少ない。

 それはアッパー達も例外ではなく、消えた魔術師を見つけるのは骨が折れた。

 このパターンの場合、例外は二つある。一つは相手が《ハーデス・ヘルメット》を使っているのを活用し、魔術師の《魔力感知》を使うこと。

 もう一つはジンの金鳥だ。

 そして、前者は雲梯の運用パーティに魔術師がいなかったことで成立せず、後者はこうしてストームに釘付けになっているため、対処出来ない。

「くそ、俺が行かないと……」

 ジンは金鳥に指示を出し、「新撰組」の監視を辞めさせ、自身の上空に呼び戻す。既に「新撰組」は城に取り付き始めていた。

「ルックス・サジッタ・スルクールズ!」

 ジンは素早く魔法を詠唱し、ストームに《マジックミサイル》を放つ。

 ストームがそれを回避している間に、ジンは金鳥が発見した魔術師の位置へと駆け出す。

「だからさせないんだってば!」

 だが、それより早く、ストームの《ストレートピアッシング》がジンを突き刺す。

「がはっ」

 鋭い痒みに思わず息が漏れる。HPゲージが赤く変色し、もう残り少ないことを警告している。

「なぜだ、ストーム! なぜ俺達の邪魔をする!」

「なぜ? それは君達が先に僕らの邪魔をしたからだろう、ジン!」

 剣が抜き取られる。

 思わず膝を付きそうになるのを耐えて、ジンはストームへ向き直る。

「邪魔、だと?」

「そうさ。お前は僕が父さんに認められるための計画を邪魔した! 計画通りに慣れば今頃は、僕が! 僕が選ばれていたはずなのに!」

 今度はストームが冷静さを失う番だった。

「次男だからと僕から全てを取り上げた兄さんと父さんを、今頃見返せてたはずだったのに!」

 ストームが二本の片手用直剣でジンに連続攻撃を仕掛ける。

 メチャクチャな連撃だが、体に染み付いた動きなのか、意外にも動きに無駄がなく、ジンは防戦一方だ。

(一撃でも喰らえば負ける……)

 ストームの言い分はよく分からない。素直に受け取ると「New Onsen City」や「トーキョータウン」を手中に収めると父や兄を見返せる、ということになるが、そんなことがあるだろうか。それとも、父や兄もすごくこの『VRO』にのめり込んでいるというのか。

「連中があんな事を言い出さなければ……!」

【RAID Complete】

【Most Best Party : Shinsengumi】

 「新撰組」が城主を仕留めたらしい。

「ちっ、冷静さを失っていたみたいだ」

 次はない、とストームは踵を返す。

 HPゲージは本当に僅かに残ったのみ。

 もし、ストームが冷静さを取り戻していたら、ジンは初期化されていただろう。

 二重の意味で、「JOAR」は負けているところだった。

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