それからいよいよ旅行の出発日。
「JOAR」一行は東京国際空港に集合していた。
通称「羽田空港」とも言われる東京国際空港は、首都圏を代表する拠点空港の一つにして、日本最大のハブ空港である。
そんな羽田空港から、「JOAR」一行の目的地である沖縄本島にある那覇空港までは約二時間半ほどのフライトとなる。
アクティビティに費やすお金を最大化するため、選んだのは大手メガコープの航空旅客ではなく、
とはいえ、「JOAR」にとって、機内食はあえて実体のものを求めなくても構わないものだった。
四人は《オーギュメントグラス》を航空機に設置されているネットワーク中継機に繋ぎ、「スカイライク」のARテイクアウトメニューを呼び出す。
四人それぞれが思い思いのものを選択すると、手元にドリンクのAR体が出現する。
当然触れて口元に運ぶと味がする。
《オーギュメントグラス》をかけていない人間がいれば、ドリンクを飲むパントマイムをしている不自然な人間が視界に映ることだろうが、幸いにして普及度99%を超える《オーギュメントグラス》を使っていない人間など機内に一人もいなかった。
「それ、なんだい? 機内食はないはずだよね?」
「あぁ、これ。ファミレスの『スカイライク』が開始予定のARサービスなんですよ。
仁が、聞いてきた隣の席の人に失礼のないように、一人称にも気を配って返事をする。
そう、「スカイライク」のARテイクアウトサービスは現在、試験運用中の状態だった。
「スカイライク」の担当者は、「JOAR」のメンバーがLCCで旅行に行くと聞きつけて、機内で是非試してほしい、とこのARテイクアウトサービスのテストキーを受け取ったのだ。
ついでに、もし注目を集めたら積極的に宣伝して欲しいとの言葉ももらっており、仁の先程の丁寧な対応もスポンサー契約に基づく、当然の態度であった。
ちなみに四人は全会一致で「窓際が良い」と主張したため、四列シートに横並びではなく、四列シートの窓際席をそれぞれ自分の席としている。
逆にいうと、全員それぞれの隣には通路側に座っている見ず知らずの他人がいる状態で、だからこそ、先程の仁のように宣伝する事も出来る訳だ。
(俺以外の三人もうまくやれてると良いけどな……)
まさか、「スカイライク」の評判を落とすような事をしてないと良いが、と少し心配をしている。
やはり窓際は人気なのか並んでは取れなかったため、仁は他のメンバーに思いを馳せる。
恭子は心配していない。有子は少し心配だがまぁ、大丈夫だろう。やはり、一番、心配なのは重明だ。
とはいえ、心配しても答えは見えない。
ジンはARのグラスに注がれたARのコーラを啜りながら、窓から見える雲と青い海を見下ろしていた。
ドリンクとちょっとした軽食——いずれもAR——を楽しみながら、白い雲と青い空、そして青い海を見下ろしながら二時間半。
一行は那覇空港に到着していた。
ベルトコンベアで預けていた荷物が流れてくる方式はもはや過去のもの。荷物タグをロッカーに読み込ませる事でロッカーが開き、預けていた荷物が取り出せるようになる。
四人は大きさも色もとりどりのキャリーケースを手に、一同は那覇空港から外に出る。
キャリーケースは大きさが小さい順に、仁、恭子、有子、重明。
仁は空色、有子は赤色、恭子はピンク、重明は黒。
「とりあえず、瀬底島のホテルに行こう。まずは荷物を預けないとな」
そう言って、ジンは視界に乗換案内を表示しながら、一同を先導する。
バス停「国内線旅客ターミナル前」からバスに乗り、バスは北へ北へと進んでいく。
「このバスで二時間近く揺られなきゃならないらしい」
とジン。
夏休みも終わりシーズンというだけあり、バスの中の人はまばらだ。
「で、だ。聞かせてもらおうか、重明」
「な、なんだよ」
「その荷物の量はなんだ! 女性陣より荷物多いとかどうなってんだよ!」
「何って、水着だろ、浮き輪だろ、あと夜遊ぶためのボードゲームだろ、折りたたみ式のパラソルだろ、水鉄砲だろ……」
重明の説明は続く。
とにかくたくさんの遊び道具を詰め込んできたという事らしい。
「そうか」
仁がはぁ、と溜め息を吐く。
「なんだよ。そういうお前は逆に荷物少なすぎるんじゃねぇのか? そんなんで何するつもりだよ」
「何って……海でする遊びはほとんどアクティビティになる予定だけど……?」
「あ」
そう。一泊二日のこの旅程。海に遊びに行ける時間は少ない。
水着でビーチをのんびりする時間はほんの少しで、ほとんどの時間はさらに水着の上にライフジャケットを着て、いろんなアクティビティを楽しむのがメインとなる予定だ。
そんな風にいろんな話に盛り上がっていると、二時間なんてあっという間で、バス停「本部博物館前」に到着する。
そこで、バスを乗り換えるとバスは少しだけ道を戻って、白くて立派な瀬底大橋を渡って、沖縄本島から目的地である瀬底島へと移動する。
瀬底島は沖縄本島から西方沖六百メートルの位置に存在する面積二平方キロメートル程度の小さな島だ。
一同はホテルに荷物を預け、水着と貴重品だけを持って瀬底ビーチへ向かう
ホテルから瀬底ビーチまでは徒歩で15分ほどの距離だ。
瀬底ビーチに到着した一行はロッカーに貴重品を預け、更衣室で水着へと着替える。
「きれー」
その声が誰の声なのか、咄嗟に分からなかった。
そうしてビーチに降り立った一行を待ち受けるのは全長約八百メートルにも及ぶ白い砂浜。真っ白な砂浜の向こうに広がるのはどこまでも続く水平線とエメラルドのグラデーション。
それを前にした一行はただその美しさに感嘆するしかなかった。
「お台場のビーチなんて、ここと比べたらただのビーチだな……」
緑色のブーメラン水着の重明がそんなよく分からないコメントをする。
「いや、まぁ、言いたい事はなんとなく分かるわよ」
一瞬発生した沈黙の後、真っ赤な色をしたシンプルなビキニ水着の有子がフォローする。
「それで、次の予定は、リーダー?」
黒いワンピース型水着に白いパレオをつけた恭子が尋ねる。
「あぁ、昼まで三十分くらい海水浴。そのあとは海の家でお昼ご飯食べて、そのあとはパラソルとビーチチェアをレンタルしてあるから、そこで一時間ほど食休め。そのあとアクティビティだ」
その問いに、視界に表示させた予定表を見て、水色のボクサー水着の仁が答える。
「よっしゃー! じゃあさっそく! 海だーーーーーーーーーーーー!!」
仁のその言葉を聞き、重明が三十分を一分も無駄にはしないとばかりに、海へと飛び込んでいく。
「おい待てよ重明、先に日焼け止め塗らないと……!」
仁、有子、恭子もこれに続く。
四人は男女に分かれて日焼け止めを塗りあったり、水を掛け合ったり、重明の持ってきた大きな浮き輪に四人で捕まって海上をクルクル回ったり、重明の持ってきた水鉄砲で撃ち合いを演じたり、海水浴を思う存分楽しんだ。
海の家で昼飯のタコライスを堪能し、一行はジンが借りたパラソルとビーチチェアでのんびりとくつろぐモードに入っていた。
一つのパラソルに入るビーチチェアは二つが限界なので、男性組と女性組に分かれている。
「いやー、こんなでかいパラソル借りられるんだなー。携帯パラソル要らなかったわ〜」
と重明。
「俺言っただろ、パラソルとビーチチェアは借りられる、って」
「そうだっけー?」
重明がはてな? と首を傾げる。
「そんなことより、向こう見ろよ、向こう」
話を逸らすためか、単にさっきまでの話題に関心がないのか、重明が女性組のパラソルを顎で示す。
「眼福だよなー。特に恭子さん。ワンピース型なのはちょっと残念だけど、黒い丈の短いワンピースに白いパレオってのはめっちゃ似合ってるぜ……」
「お、おう。まぁ、そうかもな」
思いっきり女性組の水着をガン見する重明に、仁は自分にはそこまでする勇気はないな、とちょっと引く。
「なんだよ、ちゃんと見とこうぜ、アクティビティ? が始まったら、ライフジャケットになっちまうんだから」
折角だし、ココナッツジュースでも飲むか、と仁は空中に指を走らせてARテイクアウトを試そうとするがメニューが出ない。
「あれ?」
「何やってるんだ仁。《オーギュメントグラス》ならロッカーに預けてきたろ」
「あぁ、そうだった」
基本的に生活防水は完備している《オーギュメントグラス》ではあるが、精密機器をあえて水没させたい人間はいない。ということで、一行はロッカーに《オーギュメントグラス》を預けてあったのだ。
「俺も残念だぜ、預けてなかったら、今頃恭子さん写真に撮ってたのによ」
「お前、それ一応盗撮だからな……」
そんな話の末、
「やぁ、君達はチーム・ジェイの皆さんかな?」
アクティビティを担当するインストラクターさんがやってくる。
チーム・ジェイというのは「JOAR」の面々の仮のチーム名だ。「JOAR」と名乗るわけにはいかないので、仮のチーム名が必要だったのである。
「はい、そうです!」
仁が体を起こす。重明もそれに続き、有子と恭子も事情を察して近寄ってくる。
「うん、元気いっぱいで結構だね。じゃ、早速ライフジャケットを着て下さいね」
そう言って、インストラクターさんがライフジャケットを配る。
こうしてアクティビティが始まる。
まずはバナナボートとジェットスキー。
女性組がバナナボートで、男性組がジェットスキーだ。
どちらも叫び声を上げながら、そのスピード感を楽しんだ。
「ジェットスキーたまんねぇな! ジェットスキー免許取ろうかなぁ!」
なんて重明が叫ぶ。
「ははは、学校に行くなら六万円くらいかかるけど、ここに旅行に来て遊ぶことを思えば払えないことはない金額かもね」
インストラクターさんが笑う。
四人は沖合で合流し、今度はシュノーケリングに挑戦する。
シュノーケルをつけた一行が水中に潜っていく。
沖縄本島屈指の透明度を誇ると言われる瀬底島周辺の海で、一行は魚たちと戯れる。
色鮮やかな魚たちが間近にいるという体験は水族館は勿論、VRによる仮装体験を上回る。
それが終われば今度はパラセーリングの始まりだ。
四人がモーターボートに牽引されながら空へと浮き上がる。
「うぉぉぉぉ、思ったより高いぞ!」
重明が情けない声を上げる。
「いつも車でもっと高く飛んでるじゃない」
「仮想空間と現実はちげぇよー!」
有子のツッコミも、重明には通じない。というか、声を上げてないのは有子だけで、少々有子の肝が座りすぎである。
最後は陸に戻ってきて、
「うおー、こいつは楽しいぜ、俺もバギー欲しいな」
「まずは免許取らないとな」
「取らなきゃならない免許が多くて大変だぜー」
重明はご満悦の様子だ。
全てのアクティビティを満喫し終えた頃には、すっかり日は沈んでいた。
「じゃ、ホテルに戻ろう。晩飯が待ってる」
服を着替えて貴重品を回収し、ホテルに戻る。
ホテルの晩飯はライブキッチン式のビュッフェだった。
ローストビーフにポキ丼、タコスと南国風の味覚が満載である。
「あれ、仁君、それだけでいいの?」
「恭子が少なめなのと同じ理由だよ……ほら」
そう、重明と有子が山盛り取ってくるのである。
対する仁と恭子は特別好きなもの、気になったものだけを少量。
そう、重明と有子の食べ残しをちゃんと食べ切るためであった。
食事が終われば後は寝るだけ。ツインの部屋を二つ取っているので、やはり男性組と女性組に分かれて部屋に向かう。
ややあって、女性組が男性組の部屋に遊びに来て、重明の持ってきたボードゲームで夜を明かすのであった。
「重明、あんた、こういうの得意だったの?」
「まぁな、両親が好きだったんだ。未だに送ってきやがる」
頭脳戦は苦手そう、という直球の偏見を重明は受け流す。
勝ち逃げは許さない、と有子がムキになり、夜は更けていく。
そして翌日。ほんの少しだけ海水浴をしたら、後は帰りの便に乗るだけだ。
さよなら沖縄。もしかしたら、また来年。