目次
ブックマーク
応援する
2
コメント
シェア
通報
第39章「依頼〜CM撮影」

 翌日、お台場のプレイヤーハウス。

 ややこわばった面持ちのジンに対し、JOARの他のメンバーは浮かれていた。

「なぁ、ストームのことだけど……」

 ジンが思い切って切り出すが。

「そんなことよりCM撮影の話だろー、いよいよ今晩だぜー!」

 オルキヌスは浮かれポンチでまるでお話にならない。

 ジンははぁ、とため息をついた。重明はこういうところがある。

 いい加減なようで人の細かいところによく気が付くのだが、浮かれて機嫌が良い時はそっち優先になって気が回らなくなる。

 とはいえ、今回ばかりはオルキヌスばかりを責められない。

 アリは勿論、リベレントさえ浮かれてしまっている。

「ストーム君のことが気になるのは分かるけど、今日のところはCM撮影に集中しようよ。大丈夫だよ、一度は勝ってるんだしさ」

 と、この通りリベレントもこの様子だ。

 一度は勝っていると言われても、ストームはあれから新しい戦い方を習得してきているし、前回のジンはその新しい戦い方に全く対応しきれなかった。

「お姉ちゃんの言う通りよ。それとも、ストームのせいで、CM撮影までグダグダになっても良いって言うの?」

 アリの言葉に、む、とジンは唸る。

 確かに。アリの言葉には一理ある。

 CM撮影。それはJOARがスポンサー契約を結んでいる「スカイライク」からの申し出だった。

 「スカイライク」のCMをジン達を使って作りたいので、その撮影をさせて欲しい、という話だった。

 撮影されたCMは当然日本中で公開されるとのことで、JOARの知名度を一気に躍進させることは想像に難くない。

 当然、JOAR側にしてみれば絶対に失敗出来ない撮影でもある。かっこ悪いCMになったりしたら――NGが出て撮り直しになるだけのはずだが――、そのイメージで固まってしまう可能性さえあるのだから。

「確かに、ストームのせいでCM撮影が台無しになるのは避けたいな」

 ジンは頷いた。

「しかし、CM撮影って具体的に何をやるんだ? 俺達のアバターの見た目でってことは、『VRO』ここでやるのか?」

「おいおい、メールの集合場所読んでないのか? 集合場所は『スカイダイン』の開発スペースだって書いてあっただろ」

 「スカイダイン」は、「スカイライク」所有のメタバースSNSの名称だ。

 ファミレスだけが立ち並ぶスーパーマーケットのようなメタバースで、格安で「スカイライク」系列のファミレスが提供するメニューの味を楽しみながら集まってダベることが出来る。

 ファミレス特化メガコープの提供するメタバースだけあり、味覚エンジンもかなり制度の高いものが使われており、味覚を楽しみながら会話を楽しむなら日本だとここ、というくらいには人気の高いメタバースだ。

 また、インスタンスエリアにする事も出来、招待されたメンバーだけでパーティを開くような使い道も出来たりと、かつてのカラオケに匹敵する若者の集まる場所として広く利用されている。

 仁や重明も『VRO』を始める前はよく利用していた。

「なんだ? 食事風景でも撮るのか? ってか、それ以前に、俺達のアバターって共通アバターじゃねぇよな?」

 今時、多くのメタバースSNSでは、共通規格で作られたアバターを使用できる。

 かつて開発されたバーチャル・リアリティ・モデリングVRMをより発展させたもので、多くのユーザーはゲームのキャラクターメイキングをするような気軽さで自分の分身を作り出し、それをほとんどのメタバースでそのまま利用できる。

 上級者は3Dモデリングソフトを用いてさらなるカスタマイズを施すことも可能で、それらを販売している者もいる。

 が、『VRO』を始めとしたVRMMOのアバターは多くの場合共通規格で作られたアバターではない場合が多い。

 一部のVRMMOには共通規格アバターを出力出来るサービスを持っているものもあるが、『VRO』はこれに含まれない。

「確かに。どうするんだろう?」

 オルキヌスの思わぬ言葉にジンも確かに、と疑問を抱く。

「ま、なにか向こうに考えがあるんでしょ、行って分からなかったら聞けばいいのよ」

 二人で向かい合って首を傾げるジンとオルキヌスに対し、アリはさっぱりとしている。

 ま、それはそうか、とジンとオルキヌスもその意見に同意する。

「少し早いけど、そろそろ行こっか」

 リベレントが料理本を閉じ、本棚に戻す。

 その言葉を受けて、全員が立ち上がる。

「じゃ、『スカイダイン』のデレクト・ハブの広場で合流しよう」

 ジンがそう言うと、一同は頷いて、二階の寝室へと移動する。


 メタバースSNS『スカイダイン』。

 無数のファミレスが立ち並ぶその空間に、魔女のようなとんがり帽子に黒いローブ、腰に白銀色の剣を下げたアバターが一人。

「よう、仁」

 そのアバターに声をかけるのは、フランケンシュタインの怪物のような継ぎ接ぎの素肌を持つ長身の男。

「よ、重明」

 そう、それぞれ仁と重明のアバターであった。

 仁のアバターは魔法剣士風のアバターをネットショップで探して購入した有料のアバターで、お気に入りだ。市販されているアバターなので、見た目被りがある点だけは欠点だろうか。

 一方、重明のアバターはキャラクターメイキングで作成した代物だ。彼の趣味であるレトロゲーム、そのうちとある一本で主人公の相棒を務めるキャラクターをイメージしたものだが、あまり似ておらず、だいたいの場合、「フランケンシュタインの怪物モチーフ?」と言われてしまうアバターである。

「待たせたわね」

「お待たせー」

 そこにやってきたのは有名現代ファンタジーものの主人公を模した赤い髪の小柄な女性と、長身のウサギのぬいぐるみだった。

「そんなに待ってないよ」

 二人の言葉に仁が首を振る。

 ちなみに彼らがお互いのアバターを見慣れているのは、学内のローカルネットワーク上のコミュニケーションエリアでこのアバターを使ってやり取りすることもあるからである。

 本名で呼び合っているのもその関係で、彼らにとってこれらのアバターは本人と結びつくアバターなのである。

「じゃ、開発エリアとやらに行くか」

 インスタンス移動用の扉にコードを入れればいいんだったよな、と仁がインスタンス移動用の扉に近づく。

 仁の視界にインスタンス移動用のメニューが表示され、その右下の「コード入力」ボタンをタップする。

 指示されたコードを入力すると、視界が一瞬歪んで黒地に緑の線が走る無機質な空間が視界いっぱいに広がる。

「お待ちしておりました。JOARの皆さんですね」

 四人が全員その無機質な空間に入ると同時、「スカイライク」のイメージキャラクターである赤い鳥のアバターが出迎える。

 赤い鳥のアバターは、広報担当の佐藤さとうを名乗り、CM撮影を担当する、と告げる。

「で、どうするんスか? この見た目だとJOARとは分からないどころか……」

 と重明が言いかけると。

「はい、では早速ですが、皆さんにこちらのアバターをプレゼントさせていただきます」

 そう行って、佐藤が腕、というよりは翼を振ると、JOARのメンバーにデータが送信されてくる。

「これは……アバターデータ?」

「はい、早速変更してみてください」

 言われるがまま、四人がアバターを変更する。

 すると四人はたちまちうちに見慣れた『VRO』のアバターの見た目へと変化した。

「こ、これは……」

「当社のデザイン部が全力で再現致しました。多少のアレンジはありますが、気に入っていただけましたでしょうか?」

 確かに多少のアレンジはある。分かりやすいのがジンの武器で、本来は携行する武器は一種類だけで《タップエクスチェンジ》で切り替えるところを、腰に二本差しになっている。

「では準備はよろしいでしょうか。準備がよくなりましたら、武器を抜いてください。こちらで用意したモンスターと戦っていただきます。なお、魔法と魔術は再現しましたが、WSは再現出来ておりませんのでご了承下さい」

 そう言うと、一行の目前に三体のモンスターが出現する。

 巨大な口と牙を持つトマト、導火線のついたピーマンを持つサングラスを付けたピーマン、剣のように鋭いセロリを持ったセロリ。いずれも人間サイズだ。

 それぞれ【人食いトマト】【爆弾ピーマン】【ソードセロリ】と表示されている。

「じゃ、行くか!」

 オルキヌスが背負っていたフォトンラージソードを抜く。同時、青い刃が展開される。

 ジンも《ライトニングソード》を抜剣。リベレントも盾を構え直し、アリもマインドサーキットを展開する。

【戦闘開始】

「はぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 いつものように、リベレントが先陣をきって、《ウォークライ》を実行する。

 どうやらそれはうまくいったようで、三体のモンスターのターゲットがリベレントへと移る。

 ただ、三体全員のヘイトを買ったのはマイナスだった。人食いトマトとソードセロリの攻撃はともかく、爆弾ピーマンの攻撃力は高く、リベレントの防御を貫通する。

「ルックス・サジッタ・スルクールズ!」

 ジンは試しに、とばかりに《マジックミサイル》を発動する。

 すると、その詠唱にあわせて、光の矢が出現し、爆弾ピーマンに向けて飛んでいく。

「よし、爆弾ピーマンは俺とアリで担当する! オルキヌスは他二体を頼む」

「あいよ!」

 ジンの号令にオルキヌスが「スライドクリーヴ!」と叫びながら横薙ぎに薙ぎ払う。WSはないはずだが、それは見慣れた《スライドクリーヴ》の動きだった。

 一方のジンは、アリの《スナップ》による援護射撃と自身の《マジックミサイル》連射による牽制を挟みつつ爆弾ピーマンに接近する。

 だが、爆弾ピーマンは爆弾を投げて攻撃してきて、爆発で足止めしながら、後退しているため、なかなか近づけない。

 ――《ライトニングピアッシング》があれば一気に接近出来るのに……!

 《ライトニングソード》で飛んでくる爆弾を切り払いながら、思案する。

 視界の隅で、オルキヌスが人食いトマトに噛みつかれて叫びを上げているが、ソードセロリのHPは確実に削っており、決着がつくのは時間の問題だろう。

「アリ、俺に防御バフを全開にしてくれ! 強引に突っ込む!」

 結局、切り払って防御をしているから距離を離されるわけで、突っ切ってしまえば問題ないのだ。

「また無茶するわね!」

 ありの魔術が発動し、青いシールドのパーティクルが三重に出現する。

「うおおお!」

 鬨の声一つ。ジンが一気に地面を蹴って爆弾ピーマンに飛び込む。

 体が覚えている《ライトニングピアッシング》の動き。

 実際の《ライトニングピアッシング》ほど劇的な跳躍は望めないが、しかし。

 爆弾を投げるため足を止めた爆弾ピーマンとの距離を埋めるくらいなら問題はない。

 無数の爆弾が青いシールドのパーティクルに触れ爆発する。

 シールドが一枚割れる。

 両足が空中に浮き、視界が一気に爆弾ピーマンへ肉薄する。

 シールドが一枚割れる。

 残念ながら一回の跳躍では届かなかった。シールドは後一枚。これで耐えられなければジンは大ダメージを受けることは避けられない。

 けれど、ここまで距離を詰めて退く意味はない。ジンは迷わずもう一度地面を蹴る。

「イグニス・アダレレ・グラディウス!」

 《魔法剣・炎》を発動し、《ライトニングソード》の刀身を青い雷と赤い炎が入り交じる。

 シールドが一枚割れる。

「うおおおお!!」

 果たして。剣は届いた。

 そこから一気に猛烈なラッシュが爆弾ピーマンを襲う。

 視界の隅で、オルキヌスが腕に噛み付いた人食いトマトを大ぶりに腕を振って吹き飛ばし、そこに《カラミティストライク》そっくりの大上段の斬り下ろしで人食いトマトを両断する。

【戦闘終了】

 そこで戦いは終わった。

「ありがとうございました。頂いた戦闘の様子は編集させて頂いて、CMに使わせていただきます。配信時にはお伝えしますので、是非見て下さいね」

 赤い鳥のアバターが現れて、そう告げる。

「それから、そのアバターはサービスです。今後、JOARとして振る舞いたい時も多いでしょう、ぜひご活用下さい」

 勿論、ギャラは別途支払いますのでご安心下さい。と赤い鳥は続ける。

「ギャラ!」

 考えてなかったとオルキヌスが驚く。

 一行はギャラとCMを楽しみにしながら、その場を立ち去るのであった。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?