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第38章「レイド〜嵐来る 下」

 炎の海と化した「竹林の小径」。

 降り注ぐ小雨はいつの間にか嵐になって、周囲の炎を少しずつ鎮火させていく。

 そんな中、マンイータータイガーをそっちのけで、睨み合う二人のプレイヤーがある。

「お前は……ストーム?」

「よう、ジン。この前はよくも恥をかかせてくれたな」

 ストームは右手の剣を腰に戻し、バックラーを構え直す。

 そう、ジンに相対する男の名前はストーム。

 湯村温泉の「New Onsen City」の権利書を狙い、吉祥寺の「トーキョータウン」の権利書を奪って圧政を敷き、そしてJOARら連合軍とその筆頭たるジンに敗れた男だ。

 その装備は湯村温泉の「New Onsen City」でも見た黒づくめの隠密重視装備。さっきまで隠れていたというのか。

 その周囲にはさらに三人のプレイヤーが固めている。ストームの仲間?

「お前らのおかげで、僕達は敗北者として有名にされちまった」

 ストームはメニューを操作し、無数の武器を腰にぶら下げ始める。

「こうなったら、お前ら全員を初期化してやるから、覚悟しろ」

 ストームが左手に構えた剣の柄を捻る。

 ——WSが来る!

 ジンが《マジカルレイピア》を構え直す。

 鋭く放たれるはWS《ストレートピアッシング》。地面を蹴り鋭く相手に突きをぶつけるという《ライトニングピアッシング》から雷の要素を抜いたようなWSだ。

 ジンは咄嗟に《マジカルレイピア》をその進路上に置き、鋭く飛んでくる突きを受け止める。

「ぐっ!」

 だが、速度の乗った《ストレートピアッシング》の威力は高く、容易くジンの防御を打ち砕く。

 当然、そこで攻撃は終わらない、ストームはそのまま右腕にバックラーを通した状態のまま、新たに一本の剣を腰から抜き取る。

 再び剣の柄が捻られる。

「ルックス・ムーラス・クストーディオ!」

 咄嗟に《マジックウォール》の魔法を発動し、続く《エックスカット》の一撃を受け止める。

「ジン!」

 オルキヌスが、リベレントが、アリが、ジンを援護しようと駆け出すが、その進路を塞ぐように、ストームのパーティの残る三人がその進路上に立ち塞がる。

「お前ら、殺すなよ」

「へいへい、給料分は働きますよ」

 ストームの言葉に、ストームのパーティ、その残る三人が応じる。

(このやりとり、ストーム以外はストームに雇われた傭兵か)

 とはいえ、レイドと言えば失敗すれば即初期化の恐るべしコンテンツである。

 どんなゲーム内アイテムやゲーム内マネーを貰ったところで、初期化されれば全て無意味と消える。

 そんなコンテンツに飛び込むだなんて、よほど楽観的な傭兵なのか、あるいは、よほど実力に自信があるか、それとも、よほどの報酬を積まれているのか。

 そう言えば「時代」も。攻城戦の折に似たようなことに疑問を覚えていたな、とジンは思い出す。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 ストームは直剣を腰にしまうと、今度は曲刀を抜刀し、柄を捻っている。

 曲刀の《ポイズンスラッシュ》が炸裂し、ジンに毒の状態異常を与える。

「お前、多種刀流か!」


 多種刀流はアンリエットという女剣士が編み出したとされる『VRO』における技術の一つで、今まさにストームが披露した通り、複数種類の武器を携行し、それを自在に使い分けて戦う技術だ。

 『VRO』では一つの武器毎に使えるWSは二つ、《タップエクスチェンジ》を加味しても四つが限界だが、多種刀流をマスターすれば、それ以上のWSを自在に扱える形になるため、強力な技術である。

 それだけなら多刀流となるところを、多刀流と言われているのは、複数種類の武器種を扱えることが最大のメリットだからだ。

 使いやすい直剣、レンジに優れる槍、破壊力に優れる槌、状態異常を与えやすい曲刀。武器種にはそれぞれ個性があり、それを複数種使えるのが多種刀流最大のメリットとされる。

 と、強力かつ有用に聞こえる多種刀流だが、それに対して普及していないのはいくつか理由がある。

 一つの理由はモンスター相手PvEの環境ではWSが二つ使えれば、充分戦える事である。それはそうだろう。元々『VRO』はそうデザインされているし、現に「JOAR」を含む有力プレイヤーの殆どが多種刀流なしで充分に戦えている。

 WSを変幻自在に扱うのが有効なのは、対人戦PvPである。

 ところが、二つ目の理由として、『VRO』では対人戦PvPがそこまで盛んではない事が挙げられる。

 『VRO』の対人コンテンツはデュエルくらいで、それもランクマッチなどはなく、野良でのデュエル以外にそう言った大会なども細々としか存在しない。

 そしてそこに来て、多種刀流には幾つかのデメリットもあった。

 一つは全ての武器を実体化させる都合上、携行する武器の数だけ装備重量が嵩み、それだけ鎧を装備出来なくなる事。

 ストームが今回布製の隠密装備なのは、実はこれが最大の理由である。

 戦闘とは畢竟、数値の増減であり、自らのHPが減りやすくなる軽装を好む前衛プレイヤーは少ない。これは魔法剣士が好まれない理由と似ている。

 二つ目に熟練度の問題。『VRO』には武器熟練度の概念がある。

 これが高いほどWSの性能が向上し、威力が上がる。多種刀流は複数の武器を取っ替え引っ替えする関係上、武器熟練度が器用貧乏な上がり方になりがちだ。魔法と物理で器用貧乏になりがちな魔法剣士と似ているかもしれない。

 最後に単純な技術の問題。多種刀流は先に述べた通り熟練度が上がりにくいため、個々のWSの性能は通常の前衛プレイヤーのWSに劣ることが多い。

 それを上回るには多種刀流の最大のメリットである武器種の使い分けを的確に出来る必要がある。魔法剣士が魔法と物理をうまく使い分けなければならないのと似ていると言えるだろう。そして、魔法剣士がそうであるように、これはそう簡単なことではない。

 だが、ストームは……。


「あぁ、そうだ! お前に勝つために、モノにしてきたのさ、ジン!」

 曲刀のさらなる《パラライズカット》の一撃を後方に飛び下がって回避しつつ、ジンは考える。

 現在こちらが押されている。

 複数の武器種を使い分けるストームの攻め手は未知数で、到底予測など出来ない。

 対してこちらの攻め手は以前のデュエルの際にほぼほぼ晒しており、絡め手で勝つことは困難。

 ——このままでは、押し切られる……!

 ジンの心に焦りが生まれる。

 距離を取るジンに対応するため、槍に持ち替えたストームはそこから《マッハスラスト》で攻撃を仕掛ける。

 音速に届かんという速度の突きがソニックブームと共に放たれる。

 回避は許されず、ジンの右肩に突き刺さる。

 右腕が痺れて、思わず《マジカルレイピア》を落としそうになる。

「こんのっ……」

 ジンは抵抗するため、武器を《ライトニングソード》へと持ち変える。

 ——《ライトニングピアッシング》で一気に距離を詰めて、反撃に出る!!

 多種刀流に切り替えたストームはバックラーを腕に通しており、以前ほどのバックラー捌きは見られないはず。

 そんな風に、頭に血が登ったジンは短絡的な反撃に移る。

 地面を蹴り、一気にストームに向けて突きを放つ。

 だが、そんな短絡的かつ直線的なWSを自分から喰らうわけはない。バックラーどうこう以前の問題であった。

 ストームはこれをサイドステップで回避し、《エックスカット》で攻撃を仕掛けてくる。

 鋭い二連撃が突き刺さり、ジンのHPを一気に削る。

「はははははははは! 終わりだな、ジン!!」

 残るHPはごく僅か。

 さらにストームの武器が捻られる。

 というところで。

【RAID Complete】

【Most Best Party : JOAR】

【Last Attack : Shizuka】

 レイドが終わった。

「ちっ、命拾いしたな」

 ストームはそう言って武器をしまう。

「次はないと思え」

 そう言って、ストームは空飛ぶダチョウのような動物を呼び出して騎乗して飛び去っていく。

 ストームに従う三人の傭兵もそれについていく。

「ストーム……」

 厄介な奴に目をつけられた、とジンは思った。

 先程のセリフから考えて今後のレイドでも妨害にやってくるつもりだろう。

 次までに、対策を考えておかないと……。

「よっしゃー、俺達の最優秀だー!」

 一方、空気の読めないオルキヌスはそう言って叫ぶのだった。

「ほれ、ジン。スポンサーの宣伝を」

「と、そうだった。皆さん! お祝い時も、そうでない時も、お食事はぜひ! 『スカイライク』系列のファミリーレストランへ!」

 オルキヌスに言われて、自分には新たな責務がある事を思い出し、そう叫ぶ。

 もうジン達はスポンサーのいる身の上なのだから。

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