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第36章「日常〜我慢なしのレストラン」

 どのメガコープとスポンサー契約を結ぶのか、紛糾に紛糾を重ねたあの日から数日後。

【Shigeaki.S > ついに届いたぜー、特別優待券!】

 嬉しそうなチャットが重明から届く。

【Sathoshi.I > あぁ、うちにも届いたよ。有子は?】

【Yuko.M > 多分、届いたと思う。今、書留が届いて、お姉ちゃんが対応してる】

 電子メールやチャットが主流なこの時代、郵便が用いられることは珍しい。

 ただ、メガコープ乱立時代に先んじて民営化していた日本郵便株式会社は未だに日本の信書輸送の根幹を担っており、様々な企業が有している通信傍受エシュロンシステムなどにより傍受されている事が明白な電子通信よりその信頼性は高い。

 そんなわけで、特別優待券は書留によって届けられる物理的なチケットの見た目をしていた。

 一面真っ黒なそのカードを仁が覗き込むと、黒い表面に3つの丸いインジケータが出現し、それぞれが青い丸に重なる形で【OK】と言う表示に切り替わると、【特別優待券】という文字とクーポンコードが出現する。

 この通り、クラシックなのは見た目だけで、その中身は最新のハイテク機器。

 カードには指紋認証、顔認証、虹彩認証と言う3つの本人確認が仕込まれており、その全てが認証されて初めて、カードに割引用のクーポンコードが出現する。

 クーポンコードも時間経過でコードが変化するワンタイムパスワード方式で、コードをただ盗んだだけではその恩恵を受けることは出来ない。

 当然のようにそれらはスタンドアローンで動作し、外部から干渉を受けるようなこともない。

 唯一の泣き所はカードに発電機構がないところで、電源はナノ電池頼りだ。

 セキュリティ上、交換出来る機構にも出来ないため、もし電池が切れかけたら、「スカイライク」に連絡を入れて交換してもらう必要がある。

 とはいえ、電池は最新鋭のナノ電池を並列に並べたもの。理論上は10年毎日使っても切れることはないはずであるが。

 こんなすごい技術の塊みたいなものをポンとくれるんだから、メガコープってのはつくづくすごいよなぁ、と仁は思った。

【Yuko.M > 今、届いたわ。物理チケットなんてアナログかと思ったけどとんでもないわね……】

 有子も同じことを感じたと見え、そんな言葉をチャットに残す。

【Shigeaki.S > なぁなぁ、せっかくだから早速行ってみようぜ!】

 そして、その辺りの感動を感じることなく、浮かれてそんな事を言うのが重明である。

【Satoshi.I > 行くって……】

【Shigeaki.S > 決まってんだろ、デレクトだよ!】


 かくして、JOAR一行は「スカイライク」系列のファミリーレストラン「デレクト」へとやってきた。

「ちゃんと食べにくるのは初めてのレイド以来だな……」

 仁がそんな事を呟く。

「だよなぁ」

 学生が気軽に飲み食いする場所として頻繁に利用されるイメージのあったファミレスだが、メガコープ乱立時代の今は違う。

 気軽に美味しく栄養の有る食事をしかも安価で楽しめるプリントフードの台頭以来、ファミレスも高級路線を選ぶところが多く、学生のバイト代やお小遣いでは、ファミレスとは明確に贅沢の場である。

 かつてのレイド決起集会も彼らにとっては数ヶ月に一度の贅沢だったのだ。

 それとは別にドリンクバーを頼りに勉強会を開いた時もあったはあったが、あれは食事を目的とはしていないので例外だ。

 そんなファミレスに食事を目的に数ヶ月もしないうちに再び足を踏み入れる。

 仁達学生にとってはびっくりするような事態であった。

「いらっしゃいませー」

「すみません、これ、もう使えますか?」

 重明が優待券を取り出し、認証を通して提示する。

 お調子者の重明のすることなので、自慢のようにも見えるが、「スカイライク」から「届いてすぐは通達が間に合わず使えない場合がある」と聞かされていたので確認が必要だったのだ。

「はい、そちらの優待券については聞いております。使用できますので、どうぞごゆっくり」

 だが、問題はなかった。住所を教えていたわけなので、最寄りのファミレスには優先で通達を入れたのかもしれない。

 クーポンコードを確認された上で、奥の個室へ案内される。本来なら追加のテーブルチャージ料金が必要な部屋のはずだが……。

「え、あの。普通の席でいいんですけど」

「ご心配なく、テーブルチャージ料金は取りません。こちらは本社から仰せつかっているサービスです。防音になっておりますので、お好きに騒いでいただいて結構です」

 どうやら、特別優待券にはそんな効果もついていたらしい。

「こりゃすごいぜ。この個室、個室自体にドリンクバーがついてて、まじで部屋から出る必要ないぜ!」

 と騒ぐ重明の声も、先程の店員の言葉の通りなら外には聞こえないのだろう。

「とりあえず注文しましょ。今回も各自支払いでいいわよね」

 と言いながら、有子は素早く指を動かす。

 《オーギュメントグラス》とこの部屋の注文用中継機とをリンクさせて、早速注文しているのだろう。

「あぁ、構わないよ」

 有子の食べっぷりは知ってるし、という言葉は怒られそうなのでやめて、ただ頷く。


 一同は注文が終わり、少しずつ食事が届き始める。

 女性陣二人、有子と恭子は以前、レイド決起集会の時とそう注文傾向は変わらない。

 即ち、恭子が軽食で有子がガッツリ。

 対して注文傾向が違っていたのは男性陣二人、仁と重明だった。

 仁は前回の反省を生かして大皿料理は辞めていた。

「それなに?」

「なんだろうな。今日のおすすめ、らしい。ハンバーグに見えるけど……」

 有子の問いに仁が曖昧に答える。仁はたくさんのメニューを前に少し悩んだ末、「今日のおすすめ」を選んだようだ。

「えっと、伝票には書いてるかな……。あ、あった。チーズinバーグらしい」

「へぇ、美味しそうじゃない。一口分けてよ。私のもどれか気になるのが有るなら一口上げるから」

「えっ……。まぁいいけど」

 仁は女子からの思わぬ提案に驚いたが、有子がその辺りを気にしない人間なのはここまででよく分かっていたので、特に反対することなく提案を受け入れる。

「じゃあそのチーズの乗ったチキンくれ」

「いいわよ、はい」

 仁と有子がそれぞれ自分のメインを一欠片切り分け、交換する。

「お、チキン美味しいな」

「ハンバーグもなかなかいけるわね」

 二人がお互いの注文したメニューを食べて楽しむ。

 一方の重明は前回はサイドメニューを少し頼んでいたのだが。

 今回はサイドメニューに囲まれていた上に、野菜ソースの乗ったチキンというメインの品もあった。

「お、今回は随分たくさん頼んだな」

「おう、だって半額だぜ、半額。だったら遠慮なく食ってもいいだろ」

 それに、と重明は続ける。

「これから頑張ればスポンサー料だって入ってくるんだ! 今贅沢したって許されるさ」

 とても嬉しそうに重明が笑う。

 好きなものを好きなだけ食べる重明はとても嬉しそうだった。


 全員が完食して――有子だけは例によって完食できず恭子の手伝いを必要としたが――、一行は食後のドリンクタイムと洒落込んでいた。

「しっかし、今にして思うと、アイツラの言ってた『来たるべき時』ってのはスポンサー契約を持ちかける時って意味だったってことか?」

 腹を撫でながら、重明がそんな事を呟く。

「アイツラって……」

 なんて尋ねる必要もない、仁をストーカーしていた「ハーモニクス・ソリューション」の黒服や、恭子をストーカーしていた「ファースト・オーダー」の黒服の事だろう。

「それにしては、『ハーモニクス・ソリューション』も『ファースト・オーダー』もスポンサー契約を持ちかけてこなかったよ?」

 恭子がその言葉に疑問を呈する。

 そもそも現時点では「ハーモニクス・ソリューション」も「ファースト・オーダー」も今の所『VRO』のプレイヤーをスポンサーにしている様子はない。

「それは……監視してみたけど、結局お眼鏡に叶わなかったとか?」

 有子が自分の見解を述べるが、本人もその見解には納得していない様子だ。

 それもそうだろう、と仁は思う。

 『VRO』の有力プレイヤーとスポンサー契約を結んでいる企業なんて、あの時点でそれなりにいた。今更、光学迷彩やVVを投入したり、自殺を仄めかしたり、してまで守るべき秘密とは思えない。

 四人は黙り込む。

 相変わらず、あのストーカーをしていたメガコープの黒服達の目的は謎のままだ。

 一同はモヤッとしたものを抱えつつも、会計を済ませて、「デレクト」を出て、解散したのであった。


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