「トーキョータウン」奪還記念パーティの翌日。
ジンは「JOAR」一同に極めて大事な話がある、と告げ、一同をいつもの「JOAR」のプレイヤーハウスに集めた。
「どうしたんだよジン。『極めて』なんて、そんな大事な用事なのか?」
ま、まさか、とオルキヌス。
「やっぱりレイクの申し出を受け入れるから「JOAR」解散とか、そんな話じゃねぇよな?」
「違う違う違う、そんな悪い話じゃないよ。むしろ良い話だ」
オルキヌスが不安そうに言うので、ジンが慌てて首を振る。
オルキヌスとしてはよく知っている幼馴染があまり見たことのない種類の表情をしているのが不安なのだろう。
「全員集まったんだし、早く話してあげなさいよ。不安でおどおどしたオルキヌスを見てるの、なんかこっちまで不安になってきちゃうわ」
アリがそう言って、ジンを軽く責めるので、確かに、とジンが頷いた。
「すまん、もったいぶるつもりはない。結論から言うよ」
そう言って、ジンは事前に印刷しておいた六通——あの後さらに一通届いた——のメールの文面を机の上に広げる。
「ついに、俺達『JOAR』の元に、スポンサー契約についてのメールが届きました!」
直後、「JOAR」のプレイヤーハウスは歓声で満たされた。
その声の大きな主はやはりオルキヌスとアリ。
やはりスポンサー契約を受ける事に憧れていた二人の喜びは凄まじい。
その二人に比べればささやかではあるが、リベレントもとても大きな喜びの声をあげていた。
窓から差し込む朝日の光もまるで「JOAR」を祝福しているかのようだ。
その様子を見て、ジンは今がまるで幸せの絶頂であるかのような気持ちになった。
が、その幸せの絶頂は長く続かなかった。
「どう考えても、『オリオン・ネクサス』一択だろ!!」
「いいえ、絶対に『インサイト・ダイナミクス』だわ!!」
かれこれ30分。
そのほとんどがオルキヌスとアリの口論に費やされていた。
部屋を照らしていた太陽の光は大きな雲に遮られ、日中だからと明かりをつけていない部屋は少し薄暗く感じる。
「『インサイト・ダイナミクス』なんて全然知られてねぇじゃねぇか。そんな知られてない企業にスポンサー担ってもらったって仕方ねぇだろ。それともアリは何の会社か知ってんのかよ?」
「それは私も知らないけど……。けど、『オリオン・ネクサス』はないでしょ。確かに有名だけど、同時にバイト代も安いケチさで有名で、実際スポンサー料もびっくりするくらい安いじゃない!」
「なにおう、知名度こそが大事だろ!」
「何言ってんのよ! 実際に入ってくるスポンサー料こそが大事に決まってるでしょ!」
と、こんな具合に口論は続いている。
オルキヌスが推す「オリオン・ネクサス」は「最新の技術を用いて、人々の生活をより良いものに」がポリシーのメガコープで、「ハーモニクス・ソリューション」、「エレベート・テック」に並ぶ日本の三つ目に大きなメガコープと言える。といっても、日本二大企業とさえ言われているそれらと比べれば二段階くらい劣ると言うのが正直なところで、だから、と言うわけでもないが、かなりケチな事で有名で、今回提示されているスポンサー料も企業規模に反して明らかに安い。
「オリオン・ネクサス」は他にもスポンサー契約を結んでいるパーティがあるようなので、あくまで数いる契約パーティの一つ、といった感じなのだろう。
一方、アリの推す「インサイト・ダイナミクス」はビッグデータの扱いに長けたメガコープであり、一般市民からの認知度は低いが、メガコープを支えるメガコープとして確かな地位を築いており、その経済規模は大きい。だから、というわけでもないかもしれないが、今回の契約でも提示しているスポンサー料は他のどのメガコープの提示額よりも大きい。
まとめると「オリオン・ネクサス」は知名度は高いが、スポンサー料は安く、「インサイト・ダイナミクス」は知名度は低いが、スポンサー料は高い、と言ったところだ。
要するに、この口論は、「とにかくお金を欲している」アリと、「知名度を高めることを目的とする」オルキヌスの主張の対立なのだった。
これまで二人はどちらもともに「有名になること」を目指して頑張ってきた。
しかし、それは手段に過ぎず、二人にはそれぞれ目的がある。
アリの目的は「お金をたくさん稼いで親に楽をさせること」だ。
オルキヌスの目的は「とにかく世界一の有名人になること」だ。
ジンもリベレントもこれまでの交流で二人の目的は知っていたから、容易に口出しすることは出来なかった。
「でもどうするの、リーダー? このまま口論が続くと、意見がまとまらずに『JOAR』が空中分解しちゃうかもしれないよ」
「え」
ジンとしては二人が思う存分意見をぶつけ合わせれば良いと思っていた。
その結果、どこか妥当なところで 止揚が発生し、落とし所が見つかるはずだと思っていた。
どちらかというと現実主義者なジンは弁証法的な考え方をしていたのだ。
一方で、リベレントはそうは思っていなかった。
二人のそれぞれの目的は二人の根源的なところから生じている。
アリが家庭環境に由来している事は言うまでもないが、オルキヌスの果てなき知名度欲も彼の何らかの環境に起因しているのではないか、とリベレントは考えていた。
だからきっと、二人はお互いにぶつかり合っている間はきっと意見を曲げないはずだ。
そして、お互いが妥協しないのであれば、その行き着く先は決裂しかなく、最悪の場合それは、「JOAR」の解散に他ならない、と。
「そ、そんな。せっかくスポンサー契約の申し出が来るまでになったのに、そんなことでおじゃんにするなんて、二人はいくらなんでもそこまでじゃ……」
「二人にとっては
リベレントはあくまで冷静にそんなことを言う。
「だから、二人に妥協をしてもらいたいなら、リーダー。君がリーダーとして言うしかないんじゃない?」
これまでも求められてきたリーダーの役割。
意見の対立に対して、リーダーが結論を出すことで、それを終わらせること。
とはいえ、最初に決めた通り、「意見を強制するリーダー」ではありたくない。
だから、不詳不精ではなく、納得してもらった上で、決定を受け入れてもらいたい。
そこで、ジンはメーラーアプリを開いて、届いたメールを視界内に並列で並べる。
まず前提。
この中で知名度が最も高いのはやはり、オルキヌスの言う通り「オリオン・ネクサス」だ。
この中でスポンサー料が最も高いのはやはり、アリの言う通り「インサイト・ダイナミクス」だ。
とするなら、妥協点はやはりその中間を攻めるしかない。
とはいえ、単に中間を攻めるだけでは、二人からは中途半端と映るだろう。
何かもう一つ決定打は欲しい。これなら妥協出来る、と思える、プラスアルファが。
ジンはそれぞれのメガコープが提示した条件をしっかりと見つめ直し、そして、一つ案が思い浮かぶ。
「どうせ最悪は『JOAR』解散だ。それなら……」
そう言うと、ジンはメールの一つを選び、メールの返信欄にホロキーボードで文字列を入力し始める。
それから数時間後。天気は悪化し、外は雷雨だ。
オルキヌスとアリは途中、昼食休憩やトイレ休憩を挟みつつも、飽きもせず口論を続けている。
確かにこれは自然と止揚が発生するのは期待出来なさそうだ、とジンは自分の見込みの甘さと、リベレントの認識の正しさを再認識した。
「なぁ、二人とも、ちょっといいか?」
深呼吸ひとつ。ジンが二人に声をかける。
「なんだ? リーダーと言えども、ここは譲れないぜ」「なに? リーダーだからって、ここは譲れないわよ」
「おう……」
オルキヌスとアリはそれぞれ一瞬ジンの方を向いてそう告げた後、再び向かい合って口論を再開する。
二人はジンが思っていたより……あるいはリベレントが思っていたよりも、頑固そうだ。
しかし、ここで尻込みしていては、「JOAR」解散の危機は去ってくれない。
「なぁ、二人とも確認させてくれ」
とジンは根気よく続ける。
オルキスヌは知名度が高い方が良い。アリは報酬が高い方が良い。その前提に間違いはないか、と確認する。
「そうだ」「そうよ」
だからこそ妥協はない、と二人はジンの方を一瞥もせずに言う。
「つまり、本当なら両方高いメガコープがあればいいんだよな? でも無いから、口論になってる、と」
「……そうだな。俺は知名度さえ高いならそれでいい」
「……そうね、私はスポンサー料が高いならそれでいいわ」
ジンの問いに二人は一瞬考えてから頷く。
そして、異口同音に言う。そんな条件のメガコープはないだろう、と。
「確かにないんだけどさ……。二人ともそれぞれがいい感じのラインを維持してるメガコープじゃだめか?」
要するに妥協は出来ないのか、と。
だが、二人は黙って首を横に振る。それは目的に反する、と。
ジンは、そうは言っても俺たちはチームなんだからお互いの目的を尊重し会おうぜ、と言いたいのを堪える。それが出来るならこんな口論にはなっていないからだ。
「じゃあ、知名度やスポンサー料が多少減る代わりに、
気になるフレーズに、二人の視線がジンへと向く。
「これを見てくれ」
ジンが手元に実体化させた紙はこれまでなかった紙、言うなれば七通目のメールだった。
「これ、『スカイライク』? それならさっき見たぜ」
だが、そこに書かれていた企業名は既に二人が数時間前に見た名前だった。
久しぶりの登場なのでお忘れの場合に備えて復習しておくと、「スカイライク」はファミレスを多数展開するメガコープである。「JOAR」が決起周回をしたのも「スカイライク」系列のファミレスであった。
「いえ、ちょっと待って。条件が少しだけ良くなってる。それにこれ……」
アリが詳細を精査して気付く。なにやら、気になる一文が追加されていた。
【弊社系列のファミリーレストランにて、無制限に使用出来る全品50%OFF優待券をお付けします】
「『スカイライク』系列のファミレスの料理が全部50%OFF!?」
思わずオルキヌスが声を上げる。
「しかも無制限にって……」
アリの方は絶句している。
思わぬ好条件だ。
確かにこれは、知名度やスポンサー料とは別軸で気にするだけの余地がある。
「おい、ジン、これどうしたんだよ」
「そうよ、こんな記述さっきはなかったわよね?」
二人がジンに問いかける。
「今回来てたメガコープの中で『スカイライク』だけは馴染みのあるメガコープだったからな、なんとか普段使いのメリットを出してもらえないか打診してみたんだ」
メガコープに交渉したと言うのか、と驚く二人。
「あぁ、このままじゃ平行線だと思ったからな。どうだ、この条件なら呑んでもらえないか?」
ジンは真剣な眼差しで二人を見つめる。
「こんなに頑張られたら、流石に無視はできねぇな」「ここまでされたら、無碍には出来ないじゃ無い」
二人はため息を吐いて折れることを選ぶ。
「じゃ、決まりだな」
ジンが二人と、そしてリベレントの方を向く。
三人が頷く。
「俺達がスポンサー契約を結ぶのは、『スカイライク』だ!」
こうして、「JOAR」はついにスポンサーを得ることが出来た。
この情報は『スカイライク』のプレスリリースを通じて世界中に広がり、世界中の人間が「JOAR」の名前を知ることとなる。