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第34章「日常〜トーキョータウン奪還記念祭」

 かくして「JOAR」連合パーティは無事に《トーキョータウンの権利書》を奪い返し、元の領主へと返還した。

 この時、領主は新たに権利書を得たジンこそが領主に相応しいと譲らなかったが、ジンは自分は「多様性街」の用心棒なので、とあくまで断り、領主に権利書を半ば押し付けた。

 この話題は瞬く間に『VRO』内部に伝わり、そして現実世界にもネットニュースとなって広まった。


 その翌日。

 ジン達「JOAR」連合パーティ一行と彼らに設計図を提供したシェットは領主からパーティに招待されていた。

 領主の館に多くの人々を招いての「トーキョータウン」奪還記念祭を行う、というのだ。

 ジン達はそんな中でも「トーキョータウン」を奪還したまさに張本人であり、このパーティの主役とでもいうべき存在達なので、是非とも、可能な限り、参加して頂きたいとの文面であった。

 ジンは最初、また領主になるように言われるんじゃないか、と参加を渋ったのだが、オルキヌスやアリ、「時代」のワンなどにも絶対に参加するべきだ、と強弁され、反論も思いつかなかったのでやむなく出席する事にした運びである。


「やぁ、ジン君。来てくれてよかったよ」

 「JOAR」一行が会場に入るなり、「トーキョータウン」の領主、レイクがそれを目ざとく見つけ、声をかけてくる。

「げ」

「はっはっは、げ、とは挨拶だね」

 あまりに失礼なジンの態度にもレイクは気にした風もなく笑う。

「俺は領主はやりませんからね!」

「あぁ、分かってるとも。もう権利書を受け取ってしまったからね、また私が領主をやっていくよ」

「ならよかった……」

 心底安堵した、という様子でジンがほっと息を吐く。

「ちなみに、領主にはならないが補佐官になる、というのはどうかね?」

「領主と同じくらい政治的な判断を求められそうなので遠慮させて頂きます。俺は武官ですので」

 と思ったら、レイクは諦め悪く別のポストを提案するが、ジンはそれを断る。

(ん?)

 と、会話の途中、視界右上にメールが着信した通知が表示された。会話の途中だったので、件名は見えなかったが。

 珍しいな、とジンは思った。

 勿論、今の時代もメールは大活躍している。

 ただ、活用される場面はビジネス場面が多く、ジンのような学生がメールで誰かとやりとりするということは滅多にない。

 友達とのやりとりはチャットで済ませてしまうし、ネット上でのやり取りもマイクロポストSNSのダイレクトメッセージDMで事足りる。

 残るは企業からの宣伝目的のメールダイレクトメールだが、これも今時はチャットアプリに届くものも多いし、メールだとしても自動振り分けされるので通知が来ないことが多い。

 要するに、メールの通知が来る、というのはジンこと仁にとって珍しい事態なのである。

 とはいえ、今、会話の途中にメールを見るわけにもいかない。

「ならうちの将軍というのはどうかね? 用心棒達をまとめる役職だ」

「それも『多様性街』との先着がありますので」

「だが、将軍だぞ? 単なる用心棒より上の役職だ。当然、報酬も『多様性街』より上だぞ?」

 レイクは自分を助けてくれたジンに良いポストを与えたくて仕方ないらしく、その後も様々なポストを提案してくれたが、ジンはその全てを断った。

 色々な言葉を費やして断ったが、実際のところ、最終的には全て同じ理由。「私達はまだまだレイドに挑んでいきたい。そのために固定のポストは可能な限り避けたい」、と。それは「JOAR」全員の総意でもあった。

「よく断ったわね」

 レイクが、じゃ、楽しんで、と言いつつも残念そうに去って行ったあと、アリがジンに声をかける。

「あぁ、正直いい話もたくさんあったからちょっと惜しい気持ちはあるけどな」

「だよなー。俺も横で聞いててちょっと心揺らいだぜ、将軍とかさ」

 その話の途中にまたメールの通知が表示される。


「なぁ、ちょっと……」

 ジンは首を傾げて、メールの確認をしようとしたところに。

「やぁ、『JOAR』の諸君! 君達に誘ってもらったおかげで我々も英雄扱いだ。ありがたい限りだとも」

 「時代」のワンが何やらドリンクを片手にやってきた。普段の戦闘用防具を身に纏ったままの「JOAR」に対し、ワン達はどこで仕立てたのかスーツを装備している。

 「JOAR」の名誉のために言っておくと、招待状にはドレスコードなどは記述されていなかったし、周囲を見渡すと、フォーマルな格好ではないキャラクターの方が多いくらいだ。

「いえいえ、そんな。『時代』の皆さんがいなかったら攻城兵器を守りきれなかったと思いますし、あの領主……ストームの元へ行く事も出来なかったと思います。ありがとうございました」

「はっはっは、そうとも。我々は有力パーティだからな。ま、それも君達にもうすぐ追い抜かれるかもしれないが……。いずれにせよ、『トーキョータウン』を救おうと手を挙げたのは君達だ。だが、君達が動くにあたって、私達に声をかけてくれたことは誇りに思おう」

 ジンの謙遜にワンが笑う。

「そんな追い抜くなんて、まだ我々にはスポンサーもいませんし」

「どうかな。今回の件で君達は一躍有名人だ。時間の問題かもしれないぞ」

 そう言って、ワンが笑う。

「それにしても、流石は日本リージョン最大の街が開くパーティーだけあって、食事も一級品だ。君達はもう食べたかね?」

「いえ、まだ来てすぐに領主に捕まって話を聞かされていたので」

「おぉ、そうだったか。それは呼び止めてすまない。私のおすすめは向こうにある江戸前寿司だ。今時まともな生魚の刺身や寿司など、なかなかリアルでは食べられないからな。貴重な体験だったぞ。やはり普段食べるプリント寿司とは違うな。ではな、楽しめ、今回の主役達よ」

 などと笑いながら去って行った。

 ちなみにプリント寿司とはフードプリンターで作られた寿司の事で、ごはんトナーの上に何らかのフードトナーを乗せただけのシンプルなプリントフードだ。当然、本来の寿司とは天と地ほどと言っても良いくらいの違いがあるが、何と言っても素早くプリント出来て、手軽に食べられるので、仕事などで忙しい人達から強い人気がある。

 それが引き合いに出る辺り、ワンさんはリアルは結構忙しい仕事をしている人なのだろうか、とジンは何となく思った。

「言われてみると、入り口近くで固まってるのも邪魔ね。行きましょうか」

 とアリがそう言って、動き出すと、他の「JOAR」一同も動き出す。ジンも、まぁメールは後でいいか、とアリに続く。


「やぁ、『JOAR』の皆さん、おかげで楽しませて頂いてますよ」

 料理の置かれているテーブルに近づくと、そこにいたのは「富岡」のアッパーだった。

「アッパーさん、作戦を立てるのにも協力頂いて、ありがとうございました」

 実はジン達は作戦を立てるにあたり、アッパー達「富岡」の知恵を借りていた。

 城攻めの経験が「JOAR」より圧倒的に多い「富岡」の知恵は大変参考になった。実際の作戦中の仕事は攻城兵器の運用と護衛、と地味ではあったが、極めて多大な貢献をしてくれた人達だと言えよう。

「いやいや、我々はただ趣味で城攻めをしているだけですから。コンテンツとしての城攻めではなく、本当に野良の城を攻められるなんて。些か不謹慎ですが、とても楽しかったです。その上、こんな歓待まで受けてしまって、申し訳ないくらいですよ」

 そう言って、アッパーは軽く笑った。

「そうですか。楽しんで頂けたならよかった」

 ジンはこの人達は本当に城攻めが好きなんだな、と思いながら頷く。

「もう結構食事はされてるんですか? 何かおすすめのご飯ってありました?」

 そう言えば、とリベレントが尋ねる。

「あー、炭水化物ばかり食べてましたね。リアルでは糖質制限してるので、食べられるのが貴重で……。そこの炒飯とかは美味しかったですよ」

「そうですか、ありがとうございます」

「いえいえ、それでは楽しんでくださいね。」

 リベレントがお礼を言うと、アッパーは笑って手を振り、次の炭水化物が置いてあるコーナーへ向かっていく。あれは、おこわだろうか。

 そのタイミングで、また視界の右上にメールの着信が表示された。

「よし、今度こそ……」


「あ、『JOAR』の皆さん!」

 今度こそ中座してメールを確認しようとしたジンの元に、女性の声が近づいてくる。

「あら、アレイスターじゃない。楽しんでる?」

「アリさん! はい、楽しんでます!」

 近づいてきたのは「G.D.」のアレイスターだった。

「アレイスターさん、あの時はいきなりな上に、使ったことのない攻城兵器まで使わせちゃって……」

「そんなそんな、『JOAR』の皆さんに頼っていただけてとっても光栄でしたよ!」

 申し訳なさそうなジンにアレイスターは気にする必要なし、と自分の胸に拳をぶつける。

「それに、ジンさんの提案してくれた攻城兵器を操るって言う方法、難しかったけど、応用を効かせれば、今後の新技の発明に役立ちそうなんです! 良い刺激になりました!」

 アレイスターが続ける。

 彼女が言っているのは、ジンが提案した、魔術を攻城兵器に使うことで、攻城兵器の性能を底上げできないか、という無茶振りだ。

 実は「G.D.」一行はこれを律儀に遂行し、様々な工夫を施していたらしい。

 その効果の程は比較出来ない故に分からないが、実は彼女達の創意工夫こそが攻城戦の短期決着に一役買っていたのかもしれない。

「そうか! 君達の新技、良い刺激になりそうだ。またいつか見せてくれよ」

「はい、是非! また呼んでくださいね!」

 ジンの言葉に、アレイスターは嬉しそうに頷く。

「そういえば、アレイスター達は何か気に入った食べ物あった?」

「向こうのスイーツとか美味しかったですよ。こっちではいくら甘いもの食べても太らないからいいですよねー。高いですけど」

「分かるわ。ダイエット向きよね、味覚エンジンがちゃんとしてるVRMMOって」

 アレイスターの言葉にアリが頷く。

 と、そこへまたメールの通知が入る。

「すまん、ちょっと俺、隅でメール確認するわ」

 それじゃあまた後で〜、と離れていくアレイスターを見送りながら、ジンがそう言って「JOAR」の仲間に声をかける。

「ってあれ、オルキヌスは?」

「さぁ、まぁメール確認してきたら?」

「あぁ、悪いな」

 ジンはそう言って、ホールの奥の方へ移動する。向こうのほうでシェットがレイクから勧誘を受けているのが見える。


「えっ!?」

 メール確認したジンはその内容に思わず二度見をする。

 届いていたメールは四通。いや、今、五通になった。

 みんなに伝えないと、とジンがアリとリベレントに合流する。

「みんな、実は……」

「おーい、お前らー、さっきから聞いてきた美味そうなやつ、一通り集めてきたぞー」

 そこにオルキヌスがなにやら大皿を二つもってやってきた。

「オルキヌス!? おま、何やってんだよ」

「だってよう、お前ら話ばっかりで全然食べ始めねぇから。せっかくのパーティだぜ、楽しまなきゃ損だろ?」

 ほらよ、と強引にオルキヌスがジンに大皿を持たせ、どこにおいていたのか、さらに大皿を二つ持ってくる。

「レイクが隅の机使っていってよ、みんなで食べようぜ」

 「せっかくのパーティ、楽しまなきゃ損」。その言葉を聞いて、ジンは思わずふっと笑う。

 確かにその通りだ。今、このメールの話をみんなに話せば、パーティどころではなくなるだろう。

 そして、そうしてまで返信を急がなければならない要件でもない。

「じゃ、食うか」

 ジンは視界に表示させていたメール群をスワイプで視界から消す。

 そのメール群の件名は概ね同じ文面でこのような内容だった。【スポンサー契約について】。

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