ある日の「JOAR」プレイヤーハウスにて。
「ねぇ、みんな。リーヴの事、覚えてる?」
唐突に、リベレントがそんな話を切り出した。
「もちろん、覚えてるよ。この《マジカルレイピア》を作ってくれた鍛冶屋だろ? 確か、リベレントとはリアルでゼミ? が同じなんだよな」
アリとオルキヌスが誰だっけと言った顔をする中、ジンはちゃんと覚えていた。
「そうそう、そのリーヴだよ」
「で、どうかしたのか? なんか新しい鉱石の情報でもキャッチしたとか?」
ジンが興味津々と言った様子で、身を乗り出す。
リーヴは以前もこちらのリクエストに応えるために鉱石の情報を教えてくれた過去がある。常に鉱石などについてアンテナを張っているだろうことは間違いなく、ともすれば、リーヴが新しい——かつ自分達にとって有益な——鉱石の情報を得たという要件である可能性は高い、とジンは考えたのだ。
が、しかし。
「ううん、そうじゃないの。リーヴからはね、助けを求められたの」
「助けを?」
それは予想外の言葉だった。
「うん、昨日、『トーキョータウン』が悪意ある領主に権利書を奪われたって……」
それはその場にいる全員にとって驚きの言葉だった。
「権利書を奪われた!? それ、実質『トーキョータウン』が奪われたってことか?」
「うん。今、『トーキョータウン』は重税を含めた圧政に苦しめられてるって」
「そんな……」
そもそも「トーキョータウン」と言えば、日本リージョン一税金が安く、リージョン内で最も賑わっていると言っても過言ではない街だった。
それが、権利書を奪われたというだけで、一晩にして変わってしまったというのか。
「と、とにかく、あと二時間で今日の用心棒期間は終わりだ。終わったら、急いで『トーキョータウン』へ行ってみよう」
二時間後。
「多様性街」の用心棒期間が終了した「JOAR」一行は、領主であるペガサスに本日の用心棒期間の終了を連絡しつつ、オルキヌスの車に乗り込む。
お台場からオルキヌスの車が飛び立ち、吉祥寺へ向かう。
「おいおい……」
空から見るだけで「トーキョータウン」の異常はすぐに分かった。
あれだけ密集していた建物がまばらになっている。
先ほど触れた通り、「トーキョータウン」は日本リージョン一の賑わいを見せる街だった。
土地は有限であるため、多くの人々が「トーキョータウン」の土地が開くのを待っていた。
そんな過密の「トーキョータウン」が、もはや見る影もない。
聞いた話によれば街が乗っ取られたのは昨日の晩だという話だが、一日経たない間に圧政に耐えられなくなり、引っ越してしまった上に、新しく引っ越してくる人もいなくなった、ということなのか。
それから、街の郊外に見慣れない巨大な西洋風の城が建っている。
「とりあえず、駅前の方に着陸するぞ」
と、オルキヌスが声をかけ、緩やかに車が高度を下げ、駅前の道へ着陸する。
「で、これからどうする?」
「とりあえず、俺達に情報を流してくれたリーヴのところに……」
と言いかけたところに、全身甲冑を身に纏った二人組が駆けつけてくる。
「君達、今、空からこの街に入ったね」
「あぁ? その通りだけど、あんたらは?」
「私達はこの『トーキョータウン』の管理をしている領主様の傭兵だ」
堂々と甲冑の男二人は宣言する。
「領主様の傭兵だぁ? それがなんのようだよ」
「空から入ってきたってことは、君達、通行料を払ってないだろう。払いたまえ」
「通行料ってなんだよ」
「『トーキョータウン』を出入りするための料金だ。払わないなら、我々としては君達を犯罪者として取り締まらなければならなくなる」
「なんだとう?」
オルキヌスが反抗的な態度を取ると、即座に甲冑の二人組は即座に片手剣を抜剣する。
プレイヤータウンの内部は基本的に
「オルキヌス、いきなりここで騒ぎを起こすのは分が悪い。ここは支払おう」
ジンがオルキヌスを嗜め、ジンが料金を尋ねる。
回答された通行料金は想像より高く、四人を驚愕させることになるが、とはいえ、多くのレイドをクリアして大金持ちの「JOAR」にとっては全く払えない額ではない。
だが、平凡なプレイヤーでは支払うのは少し大変な額かもしれない。「トーキョータウン」の現状に嘆きつつもすぐに引っ越せないプレイヤーがいるのもこの通行量に秘密がありそうだ。
「ひどいことを考えるな」
ジンはそう呟きながら、オルキヌスに言ってリーヴの元へ向かってもらう。
「『JOAR』の皆さん、来てくれたんですね!」
皆さんの話題、毎日見てますと嬉しそうにリーヴが出迎えてくれる。
「リーヴさんの作ってくれた《マジカルレイピア》のおかげだ。本当にありがとう。正当な対価は払ったけど、活躍するたびもっと多くお金を積んでおくんだったと思うほどだよ」
ジンはそんな風にリーヴへ声をかける。
「ありがとうございます。でもお金をもらうとしても今はやめておいた方がいいです。単に取引するだけでもすごい高額の税率がかかってるので……」
「トレードにまで税金がかかってるのか……」
ゲームシステム上、プレイヤータウンはあらゆるお金のやり取りに税金をかけることが可能だ。だが、不便だし、プレイヤーからしても露骨に損した気分になるものだし そこまでして税金を集めても仕方ないので、トレードなどのような少額であることが大半なやりとりには税金を課さないのが普通だ。
それさえも、今の領主はやっているという。
「権利書を奪われたってのはどういうことなんだ?」
「それが、聞いた話なんですが……」
リーヴがポツポツと説明を始める。
経緯を簡単にまとめると次の通りだ。
昨晩、「トーキョータウン」の領主が外へ狩りに出ようと用心棒と共に出発。
しかし、「トーキョータウン」を出た直後、数人の
「ここで殺されてランダムドロップするか、街の権利書を賭けてデュエルするかを選べ」
とPK集団のリーダーが領主を脅迫。
『VRO』ではPKされるとランダムに所持アイテムをランダムに1〜5個ほどと所持金をドロップし、経験値を失い、復活地点に戻る仕様だ。モニュメント化しないのは、復活されるたびにPKするような悪質な手口を防止するためだろう。
領主は用心棒達ほどでなかったが、腕に覚えがあった。一対一で勝てば何も失わずに済むという可能性に賭け、デュエルに応じた。
そして、負けた。
「街の権利書を確定で奪われるって方がまずいでしょうに、デュエルに応じた領主も領主な気がするけど」
「アリちゃん!」
アリの言葉をリベレントが嗜めるが、リーヴは確かにね、と苦笑いする。
「まぁこの街の領主をやっているほどの人間だ。レアアイテムも多数持っていただろうし、それを奪われたくないと考える気持ちは分かるよ」
一方でジンは領主に同情的だった。
「それで、現領主は今どこに?」
「町外れにでっかいお城が建っているでしょ? あそこにいるよ」
ジンの問いにリーヴが答える。
「あれか。あんな城前からあったか?」
「ううん、事前に資源を集めてあったみたいで、一晩で建築されたの」
「正しく一夜城ってわけね……」
オルキヌスの問いにリーヴが答えると、アリがそれに小さく呟く。オルキヌスがアリの発言の意味がよく分からなかったようで首を傾げていたが。
「なぁ、オルキヌス。このゲームの建造物は全部破壊可能なんだよな?」
「え? あぁ、まぁ、そうだぜ」
ジンの問いにオルキヌスは困惑しながら答える。
「領主の居城が破壊されれば、一時的に街の権利書は効力を失うんだったよな?」
「そうだっけ、ってか、知らない間に、お前も詳しくなったな。」
今度の問いにはオルキヌスは答えられなかった。
「みんな。俺は『トーキョータウン』の現状を見逃せない。だから、あの城を攻めて、街の権利書を奪い返したい。協力してくれないか」
ジンは一同を振り返り、そう言った。
「それは反対したくはないけど……、けど実際どうするの? 敵は多数。こっちはたったの四人。攻城兵器も無い」
「攻城兵器の設計図なら前に家を建てた時の店長、ショットが攻城兵器の設計図も書けると言っていた」
アリの問いかけに、ジンは冷静に答える。
「ならメンバーはどうすんだよ?」
「賭けにはなるが……、お前達が乗ってくれるなら、これまで会ってフレンドになってくれたパーティのメンバーに連絡を取る」
オルキヌスの問いにそう答えたジンが可視化した自分のメニューには、「時代」「ニンジャ」「富岡」「G.D.」が一覧となって並んでいた。
「私は賛成だよ、リーヴの事は放っておけないしね」
まずは率先してリベレントが手を挙げる。
「お姉ちゃんが率先して意見するなんて珍しい。なら、いつもお姉ちゃんがしてくれるみたいに、私も賛同するしかないわね」
その様子を本当に珍しそうに見上げるアリが、腰に手を当てて頷く。
「俺は最初から賛成だぜ。超有名な街、『トーキョータウン』の解放! 如何にも有名になりそうじゃねぇか!」
本当は一番ビビっていたオルキヌスだったが、全員が賛同するなら、と手を大きく上げた。
「よし、なら早速みんなに連絡をとってみる。その後、シェットが本当に攻城兵器を作ってくれるか確認に行こう」
一同が頷く。
そして、「多様性街」。ショットの設計図屋。
「まじかよ。本当に攻城兵器を使う時が来るとはなー! いいぜいいぜ、何枚でも書いてやるよ。何が欲しい? やっぱりトレビュシェットか?」
「そうだな、徹底的に敵城塞を破壊したい。投石器は外せないな」
「運用出来るパーティは何組だ?」
「全員が集まるとして、全員に攻城兵器を任せるわけにはいかないよな……。2組が限界か」
「ならトレビュシェット二つだな! 早速書き上げるから少し待ってろよ!」
本当に書く時が来るなんて! 攻城兵器カテゴリのスキル上げといてよかったーと、テンション高くシェットが仕事にかかる。
そして、「トーキョータウン」郊外ギリギリの外縁部。
「呼んでくれてありがとう、『JOAR』の諸君。我々も『トーキョータウン』の現状には胸を痛めていたところだった。その解放の一助となれるのなら、私は是非とも君達の傘下に入らせてもらおうじゃないか。この局面で私たちに声をかけてもらったことを、私は誇りに思おう」
最初に来ていたのは「時代」のメンバーだった。
「お待たせしました。攻城戦と聞いて、我々が断るわけありませんよ。また『JOAR』諸君の指揮下で戦えて嬉しいです」
次に来たのは、「富岡」。
「お待たせしました! 『JOAR』の皆さん! 私達も及ばずながらお力になりたく参上しました!」
やや遅れて「G.D.」。
「PKとの戦闘と聞いて、散々迷ったが、この隠密の術が役立つ作戦があるというのであれば、我々にも参加させて頂きたい。散々手伝ってもらいましたから、その恩を返さぬ恩知らずとは思われたくない」
最後に「ニンジャ」。
結局、ジンが呼びつけた全員がこの危機に駆けつけてくれた。
「よし、なら手短に作戦を説明する。トーキョータウン解放作戦、開始だ!」