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第30章「異変〜来るべき時に備えて」

 レイドや自己研鑽、『VRO』三昧をして過ごす『JOAR』の夏休み。

 その夏休みも半分が過ぎた頃、夏休みにも関わらず、一日だけ登校せねばならない日、登校日がやってくる。


「登校日なんてだるいよなー」

「そもそも授業自体リモートにすればいいのに。『エレベート・テック』の名前が泣くぜ」

 などと言う他の生徒のボヤキなども耳に入りつつ、仁は駅から学校への道を行く。

 生徒の話題は大きく分けて二つ。

 一つは先程示した登校日を嘆く話題。

 もう一つは。

「ねぇ、聞いた? 『JOAR』の話」

「聞いた聞いた。夏休みの間に一気に有名になったよね」

 驚く事に「JOAR」の話題であった。

 夏休みの間に幾つものレイドを最優秀で生き残り、「New Onsen City」の危機を救い、そして「多様性街」の用心棒になった「JOAR」はまさに話題の的。

 この夏休みの間に躍進したパーティとして、久しぶりに再開した友達と話すにはぴったりの話題となっているようだ。

 本人すら自覚のないうちに、仁の口角も自然と上がる。

「よう、仁。ニヤニヤしてんな!」

 いつの間にか隣に立っていた重明が仁の背中を強く叩いた。

「ってぇ!」

 仁が思わず声を上げる。

 大きな声を出してしまったので周囲の注目を集めてしまったかと思ったが、みんなそれぞれのおしゃべりに夢中で特に注目を集めた様子はない。

「そう言うお前もめちゃくちゃ上機嫌じゃねぇか!」

 重明の方を見ると、重明はめっちゃくちゃ露骨に満面の笑みだった。 

 面白い事が起きていて堪らないと言う様子である。

「そりゃそうだろー。これだけ話題になってて嬉しくないやつがあるかよー」

 かなり迂闊な発言だが、重明からすれば「何が」を言っていないだけでも、気をつけている方だろう、と仁は呆れつつ思った。

「何だよその顔は、じゃあお前は嬉しくないってのか?」

「そりゃあお前、正直言って……」

 仁は周囲の見渡しこちらの会話に注意を傾けている人間がいないのを確認して。

「嬉しいに決まってるだろばかやろー、すっかり有名人だぜ!」

「だよなだよな」

 重明が仁に対し肩を組むように動き、仁もそれに応じる。

 左右に揺れながら前へ前へ歩く二人。


 そこへ。

「それ、私と初めて会った時もしてたわよね? 癖なの?」

 背後から有子に声をかけられた。

「そうだな……重明は幼稚園から嬉しい事があるとだいたいこうするな」

 上機嫌の重明によって左右に揺らされながら、仁は頷く。

「ふーん、本当に小さい時からの付き合いなのね、あんた達」

「まぁ、幼馴染だからな」

「おう! 幼馴染だからな!」

 突然、左右に揺れるのをやめ、サムズアップで有子に応じる重明。

 ちゃんと会話聞いてたのかよ、と呆れる仁。

「ま、でも有名になったのは確かよね。この前の渋谷でファイアドラゴンと戦った時なんか、最初から他のプレイヤーが私達を狙ってくるのが当たり前になってたし」

「だな。今後はどう目立たないように振る舞おうとしても勝手に注目を集めちまうのは覚悟した方がいいかもしれない」

 有子の言葉に仁が頷く。

 どんどん有名になっていく「JOAR」の一同、その周囲の環境は少しずつ、しかし確実に変化を続けていた。


 かくして、登校時間は終わり、僅かな教師からの話なども終わり、帰りの時間。

 『JOAR』としても、さっさと『VRO』内で待機したいところだったが、なぜか不思議と屋上に集まろう……として、鍵のかかったドアに阻まれていた。

「昼休みでもないのに屋上が開いてるわけないか」

 と重明が呟くと、そうね、だな、と有子と仁が頷く。

 で、と仁が続ける。

「何の相談もしてないし、昼飯も食べないのに、全員がさっさと屋上に集まったのは、そう言う事なんだな?」

「えぇ、きっと仁の想像通りよ」

 有子が頷き、そして言葉を続ける。

「誰かに監視されている気がする」

 三人の言葉が重なり合う。

「やっぱりね、ちなみに、お姉ちゃんもだって」

 と言う有子に、仁は、なら恭子とも通話を繋ごう、と提案する。


「まさか、みんなもだったなんて」

 通話を繋ぎ事情を説明すると恭子が自身の驚きを口にする。

「また『ハーモニクス・ソリューション』なのか?」

「ううん、今回は光学迷彩とかじゃないと思う、振り返ったら黒い影が見えるから」

 仁の問いに恭子が答え、そういえば今回の自分もそうだ、と仁も頷く。

「ってかよ。前回は仁が狙われてたから通報が意味なかったけど、今回は有子と恭子さんもなんだろ? とっとと警察に通報するのが早くね?」

「それならもうしたわ。なのにどうにも動きが鈍いのよ……」

 重明の問いかけに有子が首を横に振る。

「と、言う事は、だ」

 日本の警察機能を遂行するメガコープ「トラストセキュリティ」は、以前話した通り男性のストーカー被害への動きが鈍いことで有名だが、それ以上にもっと有名な動きが鈍い案件がある。

 そう、仁をストーカーしていたのが「ハーモニクス・ソリューション」に近い存在だと撮影までして通報したにも関わらず逮捕に至らなかった一件と同じ理由。

 「トラストセキュリティ」は他のメガコープが関わっている案件には露骨なほどに動きが鈍いのである。

 これは多くのメガコープが独自の戦力を持ち、その対立がすなわち、企業間紛争へと繋がりかねない事と無関係ではないだろう。

 要は「トラストセキュリティ」は他のメガコープと対立し、紛争に繋がるのを恐れているのだ。

 つまり、有子と恭子のストーカー被害について動きが鈍いのは、ストーカーがメガコープ関係の仕事で動いているから、と言うことを意味する。

 だが、そこでふと仁は思った。

(けど、「トラストセキュリティ」は捕まえもしてないのに、メガコープ案件だと気付けているのはなんでだ? 「トラストセキュリティ」もストーカーの理由を知っている?)

 警察と呼ばれ慣れ親しまれている「トラストセキュリティ」だが、彼らもメガコープには違いない。やはり何か、メガコープ達だけが知る陰謀に自分たちは巻き込まれているのか? と、仁は不安になる。

 けれど、これを仲間達に伝えても、いたずらに不安を煽るばかりなので、仁は黙っておくことを選んだ。

「でもよう、光学迷彩とかがないんだったら、また追い込んでやれば今度こそ逃げられないんじゃないか?」

 重明の言葉に確かに、と一同が頷く。前回、「ハーモニクス・ソリューション」に関係すると思われる黒服に逃げられたのは VVによって空へと逃げられたからだ。

「そうすれば今度こそ現行犯で逮捕させられる。それを取引材料に情報を引き出せるかもしれない」

 メガコープ案件には露骨に及び腰な「トラストセキュリティ」だが、流石に現行犯であれば逮捕せざるを得ない。

「よし、やろう!」

 仁が手のひらに拳をぶつけ合わせ宣言する。


 作戦はシンプルに前回と同じ。違いは光学迷彩がないので水鉄砲はないことと、囮役は一人で行動している事が多い恭子にする、と言う事。

 恭子はいつものように買い出しに出かけて、今はその帰り道だ。

 ルートはいつも通り、監視しているメガコープ所属のストーカーも違和感を覚えていないはず。

 その証拠に、背後からずっと気配を感じている。

【Yuko.M > あとどれくらいで帰ってくる?】

 と、恭子の視界に有子からのチャットが届く。

 これは作戦準備完了の合図だ。

 相手はメガコープ。こちらの通信を監視している可能性は否めない。そのため、エレベート・テックの管理下にあるがために監視の範囲外である学内で事前に暗号を決めておき、その暗号でやり取りをする事でこちらがストーカーに対して対抗行動をとっていることを知られないようにする作戦だ。

【Kyoko.M > もうすぐだよ】

 対して恭子も応じる。

 言うまでもなく、了解の合図だ。

「有子ちゃんのためにも早く帰らなくっちゃ」

 直後、恭子が駆け出す。

 素早く角を曲って袋小路に駆け込み、立ち止まって振り返る。

「っ」

 黒い影が慌てて引き返そうとするが。

「よう、どこいくんだよ」

 重明がそこに立っていた。

「っ」

 重明だけではない、有子と仁の三人も黒服の女性を塞ぐように通路に立っている。

「まさか、ここまで行動的とは、驚きましたね」

 そう呟いた声は女性のものだった。

「私は怪しいものではございません。皆さんに危害を加えるつもりはありませんので、どうか、道を開けていただけませんでしょうか」

 どこかで聞いたような言葉。

「そうだろうな。で、所属はどこのメガコープだ?」

「その言葉……。そうか、私より先に皆さんに接触したメガコープがあるのですね……。手が速い……」

 仁の問いに、なるほど、と黒服の女が呻く。

「私は『ファースト・オーダー』のものです」

「ファッ……」

 「ファースト・オーダー」は日本では軍事面こそ弱いが国を超えた力を持つ世界最大規模のメガコープの一つだ。以前にも触れた通り国を超えて力を持つメガコープは極めて希少である。

 以前の「ハーモニクス・ソリューション」も大きな勢力だが日本限定のメガコープであり、少し事情が異なる。

「目的はご存知ですね。以前に皆さんが接触したメガコープと同じ。来るべき時までに候補を見つけるためです。皆さん、『JOAR』はその候補の一人であり、故にふさわしい候補かどうかを見極めるために監視させて頂いておりました」

 そして、黒服の女はまだこちらが知らない情報も口を滑らせてしまう。

「ほう、来るべき時、ね。その来るべき時について詳しく聞かせてくれよ」

 長身の重明がそれを生かすように振る舞い、威圧する。

「あぁ、前はそれを聞く前に逃げられたからな」

 黒服の女が失言をしたと言う事が発覚しないよう、仁もフォローを入れる。もし失言をしたと気付かれれば、そこで足元を見られる可能性もあるからだ。

「それは……出来ません」

「いいのかしら、そんなことを言っていて。もう警察には通報済みよ。いくら『トラストセキュリティ』がメガコープ案件には及び腰と言っても……」

「えぇ、現行犯なら逮捕されるでしょうね」

 有子の言葉に黒服の女が頷く。

「では仕方ありません」

 黒服の女が躊躇なく懐から拳銃を取り出す。

「!」

 一瞬で 「JOAR」の面々の緊張感が高まる。

「実力行使に出るつもりか?」

「まさか、犯罪者になるつもりはありません。ですが……」

 黒服の女はそう言って、自分の頭に拳銃の銃口を押し当てる。

「皆さんに事情を漏らすわけにはいきません。これ以上知ろうとするなら、私は死なねばなりません」

 黒服の女の視線は本気だった。

「警察が来るより早く、道を開けてください」

「じ、自分を人質にする気かよ……」

 重明が乾いた口で声を漏らす。

 誰が指示をするでもなく、重明、仁、有子の三人が静かに道を開ける。

 恭子もそれを非難する様子はない。

 誰も、目の前で人が死ぬ様子など、見たくなかったのだ。

 その様子を見て、黒服の女は拳銃を頭に当てたまま走り去っていく。

「なんなんだよ、命を賭けても隠さなきゃならない『来るべき時』ってのはよ……」

 重明の言葉はその場にいた全員の総意だった。


 だが、この様子を他の三人のストーカーも見ていたのだろう。自分が誘き出される側になっては堪らないと思ったのか、監視の目はなくなた。

 謎は謎のまま、その場に残りつつ……。

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