「アリ、俺とオルキヌスにバフ頼む!」
「えぇ!」
オルキヌスが一気に突っ込み、《カラミティストライク》で敵を怯ませる。
「トニートル・アダレレ・グラディウス」
怯んだ隙を逃さず、《魔法剣・雷》を纏った《ライトニングピアッシング》が怯んだ敵の頭部に鋭く命中する。
【RAID Complete】
【Most Best Party : JOAR】
【Last Attack : Jin】
ここに、此度のレイドも完了した。
元々幼馴染であるオルキヌスとジンの連携は見事で、最近はますます磨きがかかっている。
それを支えるリベレントのタンクっぷりもゲームを始めて以来ずっとやっているだけはあり、すっかり板についている。
(それに引き換え、私はどうなんだろう……)
最優秀パーティを獲得した喜びを讃えあいながら、アリはそんなことを考えていた。
「JOAR」一行が一通りプレイヤーハウスで祝勝会を楽しんだ後、リベレントが用事があるから、とログアウトしていった、解散になり、アリはぼーっと考え事にもならないようなもやもやした思考をしながら、「多様性街」を歩いていた。
「アリ、どうかしたか? ちょっと元気なさそうだが」
そして、そんなアリの気持ちは——アリとしては不服なことだが——よりによってオルキヌスに見抜かれる。
「いや、私の能力って、みんなと比べて劣ってるのかも、ってちょっと思っちゃって」
こうなるとオルキヌスは案外しつこいことをアリは知っている。なので、素直に自分が思っていることを吐露した。
まだ姉であるリベレントこと恭子にさえ言っていない愚痴だ。
「そんなことないだろ。今回の戦いだってアリのデバフがあったから周囲のプレイヤーの動きを抑えられたし、アリのバフがあったから、一気に二人でトドメを刺せたんだろ?」
何を言ってるんだ、とオルキヌスが笑う。
「そうだったらいいけど、もしかしたら、私のバフなんてなくても、あんた達幼馴染コンビの攻撃で普通に削り切れたかもしれないじゃない」
バフの効果、功績は目に見えにくい。アリの言葉を否定する根拠をオルキヌスは持ちえなかった。
「私は元々お姉ちゃんと二人で組んでアタッカーだった。だから、バフデバフにはあんまり自信がないし、未だに役に立っていると思えなくて……」
「そんなことを気にしてたのか……」
能天気を自認しているオルキヌスにとっては考えられないような悩みだった。
とはいえ、オルキヌスが自分の立場で置き換えて考えてみると、これまでアタッカーをやってきたのに突然サポーターをやる事になった場合、そこに不安な思いが一切ない方が不自然にも思えた。
「よっし、ならこう言う時は……!」
オルキヌスは即座に決断し、駆け出す。
「ちょ、ちょっと、突然どこいくのよ!」
「決まってるだろ、ジンに相談する!」
オルキヌスにとって即座に相談できる頼りになる相手と言えば、幼馴染のジンなのであった。
ちょっとまって、恥ずかしいから、などと制止するアリの言葉などどこ吹く風、とオルキヌスはプレイヤーハウスに駆け込んだ。
「ジン! アリが相談あるらしい!」
プレイヤーハウスに駆け込んだオルキヌスは大声でジンを呼ぶ。
以前の湯村温泉への旅行が楽しかったからか、観光地系プレイヤータウンのパンフレットを読んでいたジンは、そんな大声で呼ばなくても、と言いながら顔を上げる。
「ない! ないから!」
オルキヌスの後を必死で走って追いかけてきたアリがオルキヌスを上回る大声で否定する。
ジンはその様子を見て、またオルキヌスが余計なお節介を焼いたんだな、と理解した。
だが同時にアリの必死さを見ると、無実無根なお節介を焼いたわけでもなさそうだ、と感じた。
「どうしたんだ、アリ。俺は『JOAR』のリーダーだ。パーティの仲間に困ってる事があるなら、ちゃんと聞いておきたい」
真剣な表情に切り替えたジンはアリをじっと見据える。
そうして、真剣な態度を取られると、アリとしても無碍にするわけにもいかなくなり、大人しく、オルキヌスにしたのと同じような話をする事になるのだった。
「なるほどな。それで、アリとしてはどうしたい? サポーターは嫌で、アタッカーに専念したいって言うなら、今後の作戦を考え直すくらいはするけど」
前のめりなパーティにはなっちゃうけどな、とジンは真剣な表情で応じた。
「いや、ここまでの連携がうまく言ってるのは、レイドでここまで成功し続けてる事を考えたら明白。ここでそのバランスを崩して、前のめりなパーティにしたいわけじゃない」
だが、ジンの言葉にアリはそうじゃない、と首を振る。
「違うんだよ、ジン。そういうことじゃねーんだ、アリは自信をなくしてるんだよ」
「自信か……」
ジンが腕を組みながら思案を始める。
「そういえば……」
ふと思い出して、ジンは自分の視界にウィンドウを表示させて、攻略Wikiを見る。
「なら、バフを強化する装備品を取りに行くのはどうだ? 装備に裏打ちされれば自信になるんじゃないか?」
そう言って、ジンは説明する。
とあるダンジョンの奥地にいるボスが《セフィロト・リング》と呼ばれる装備品をドロップするのだ。
このアイテムは十個の宝石がついた腕輪で、バフやデバフを使うごとに宝石が点灯。その宝石の光を使って攻撃することが出来るのだと言う。
勿論、それ以外にシンプルに魔術行使力を高める力があり、攻撃力もバフ力デバフ力も高めることが出来る。
「これなら、攻撃とバフをより両立出来るようになるし、宝石の光って形で自分の頑張りが可視化されたら面白いんじゃないかな」
ジンは相変わらず真剣な目でアリを見つめている。
その真剣な目に、思わずアリは口角を上げていく。
「本当馬鹿ね、こんなしょーもない悩みに真面目に悩んじゃって」
そう言って、アリは笑う。
「でも、そんな仲間だから、私も『JOAR』に入ってよかった、と思えるのね」
アリが目を細める。
「行きましょう。それで、もっとレイドで活躍してやるわ」
ところが、そのダンジョンには問題が一つあった。
そのダンジョンはインスタンスダンジョンなのだが、二組のパーティで挑まねばならないという特殊な仕様を持っていた。
「まぁ、SNSで地道に探すしかないんじゃないかな」
翌日、リベレントにも相談したところ、リベレントはそんな風に言った。
やっぱりそれしかないか、とジンはマイクロポストSNSでパーティ募集をポストする。
問題なのは、プレイヤー人口だ。
『ファンタジックアース』は他の二つの世界よりやや人気度が落ちる傾向にある上、擬似的な体の一部であるマインドサーキットを操作するという独特のシステムを持つ魔術師はあまり好まれない傾向にある。
そんな中、それなりに高難易度のダンジョンに挑めるほどの実力を持った魔術師パーティなどいるだろうか。
不安は的中し、その募集ポストにリプライが来たのは、そこから三日後を待つこととなった。
【私達は「G.D.」。魔術師オンリーパーティです。ぜひ高名な「JOAR」の皆さんとご一緒したいです】
かくして、「JOAR」と「G.D.」はダンジョンの前で現地合流することとなった。
「初めまして。『JOAR』の皆さん、私が『G.D.』のリーダー、アレイスターです。『JOAR』の皆さんのような有名な方々とご一緒できて光栄です!」
「G.D.」のリーダーの女性、アレイスターがそう言って微笑む。
「よろしく」
ジンはそう言って、自分の仲間を紹介し、アレイスターもまた仲間を紹介し、と自己紹介を交わす。
「じゃ、行きましょ」
自己紹介が終わると、アリは意気揚々とダンジョンへ足を向ける。
「いいのか? 本当に攻略する実力があるのか、とか」
「別に失敗したら全てを失うレイドじゃないんだし、とりあえず、挑んでみて、でいいでしょ」
というアリの言葉にジンは確かに自分は慎重になりすぎているのかもしれない、と思い、じゃあ行こうか、とアレイスターに声をかける。
「そうだ、念の為共有チャットを有効にしておこう」
「はい、お願いします」
ダンジョン内部ではどんなギミックがあるか分からない。以前に挑んだダンジョンでは分断されることもあった。
そこで、ジンは事前に共有チャットが出来る環境を構築しておこうと思ったのだ。
ダンジョンに入り、敵が立ち塞がる。
「『JOAR』の皆さん、ここは私達の実力を見て下さい!」
敵を見るなりアレイスターがそう言って、「JOAR」の前に「G.D.」にメンバーが広がる。
「ちょ、八人用ダンジョンなんだし、四人だけじゃ危険だ」
「だからこそです!」
「G.D.」のメンバーが二人一組に分かれ、一組は魔術で刀剣を出現させて構え、もう一組は通常のように四層の魔法陣を出現させた右腕を構える。
前衛を務める一組が一気に駆け出し、敵集団に飛び込む。
その背後から後衛を務める一組がバフの魔術をかけて、前衛の一組を強化する。
前衛の一組は敵集団相手に善戦するがやはり多勢に無勢、少しずつ押されていく。
「やっぱり助けに回った方が」
「まだです!」
後衛の片割れであるアレイスターがそう叫び、魔術で敵集団に牽制攻撃を行いながら、敵集団に接近し始める。
直後、HPが半分を切っていた前衛の一組が一気に後衛の一組の側面を走り抜け、後衛に下がる。
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
後衛の一組は同時に《ウォークライ》を発動、ヘイトを自身に集めた上で、魔術で刀剣を出現させ、前衛と化す。
対する元前衛は前衛を攻撃やバフで支援する。
(HPが回復していっているな、《バトルヒーリング》か)
ジンはその様子を冷静に見つめていた。
要するにこのパーティには明確なタンク役がいないのだ。
二組に分かれ、それぞれが前衛と後衛を担当。前衛が消耗してきたところで後衛と交代し、前衛後衛が入れ替わる。
魔術の出来る事の広さを活かした一人でなんでも出来るようにした上で、交代しながらそれぞれが役割を担っていくという魔術師パーティならではの戦闘手法。
それだけではない、《ウォークライ》や《バトルヒーリング》など、様々な戦闘スキルも実用レベルまで磨いているのが分かる。
それも四人全員が。
「ふぅ、こんな感じです。どうでしたか?」
敵集団を殲滅し、アレイスターがジンを振り返る。
「すごいな、もしかして、普段はレイドを?」
「そんな、レイドだなんて、怖くて一度も参加した事ないです」
あまりに熟達した連携と独特のにジンはそう問いかけるが、アレイスターは静かに首を横に振る。
「すごい、魔術師って後ろからバンバン撃って支援するだけだと思ってた。こんな多彩に立ち回れるものなのね」
一方で、そんな「G.D.」の戦い方に強く感銘を受けたのがアリだ。
ジンはその様子を見て、どうやらこれを見ただけでも、このダンジョンにきた意味があったようだ、と感じた。
そこからは即席ながら連携の練習をしながらダンジョンを進んでいく。
メインの盾はリベレントがいるので、「G.D.」のメンバーは無理に交代によるHP管理をする必要がないため、基本的にはアリと共に遠距離からの支援攻撃やバフデバフがメインであったが、敵前衛の数が多い時には刀剣を持った四人がそのまま前衛を押し留める役目を担ってみたり、四人それぞれにワンツーマンの強い継続バフをかけながら戦ってみたりと、実に多彩な戦術を試すことが出来た。
やはり目立ったのは「G.D.」の面々の出来ることの多彩さであり、巨大な剣を持った中ボスに対し、「G.D.」の面々が光の紐のようなものを出現させる魔術でその剣を奪い、一時的に攻撃不能状態に陥らせてしまった時には、ジンはただただ驚くしかなかった。
アリもまた、もっと魔術で出来ることを増やして色んな貢献が出来るようになろう、と感じるきっかけになったようだ。
そして、やがてダンジョンの奥地がやってくる。
そこに待ち受けていたのは、白く輝く巨大な樹木。
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