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第27章「躍進〜用心棒契約」

 夏休みは続き、ジン達「JOAR」はいくつものレイドを生き延び、名声をさらに高めていた。

 さらに、観光地である「New Onsen City」を救ったと言う噂も地味ながらマイクロポストSNSなどで広まっていた。


 そんなある朝。

「おはようー」

 ジンがそう言っていつものように「JOAR」のプレイヤーハウスに入る。

「ん、なんだ、珍しいな、ポストに何か入ってる」

 そこで気付いたのは、ある日リベレントが「何かのために窓口はあった方がいいでしょ」などと言ってオルキヌスに作ってもらった郵便受けに新着メッセージありのマークが光っている、ということだった。

 郵便受けから荷物を取り出せるのはリーダーであるジンだけと言うルールになっている。

 なので、ジンは郵便受けを開いて。

「何枚も?」

 手紙が一つではなく複数枚にあることに驚くのだった。


「うぃーっす、おはよー」

「遅い!」

 いつものようにねぼすけのオルキヌスが最後の一人として「JOAR」のプレイヤーハウスに入ってくると、アリの叱責が飛ぶ。

「う、なんだよ、約束とかしてたっけ?」

「確かに。私に責める権利はなかったわね」

 オルキヌスのささやかな反論にアリは確かに、と頷く。

 そう、彼らは約束して集まっているわけではない。

 極端な話、レイドや何かの手伝いがある時にだけ召集をかけて集まるのだって良いのだ。そう言うパーティも決して珍しいわけではない。

 だが、「JOAR」は違った。彼らは一緒にいるのが心地よいから、自然と仲間内で集まり駄弁るようになったのだ。

「けど、アリがそんな怒るってことは何かあったんだな、何があったんだ?」

 しかし、オルキヌスも完全な馬鹿ではないので、アリの怒りから何らかの事情を感じ取り、問い返す。

「あぁ、実は……」

 そこから先はジンが言葉を継いで説明を始める。

 自分がプレイヤーハウスに来てみたら、郵便受けに複数枚の郵便が入っていたんだ、と説明を開始すると、オルキヌスは驚愕する。

「あの郵便受け、使われる時が来たのか! しかも複数枚も!!」

 ジンはそのオルキヌスの言葉に頷きながら、話を続ける。

 手紙の差出人は違ったが、内容は概ね同じ。

 簡単に言えば、自分達のプレイヤータウンの用心棒をやらないか、という用心棒契約の持ちかけだった。

「用心棒契約? 俺達に? そりゃいい。俺たちも有名になったもんだな!」

 嬉しそうにオルキヌスが声を上げる。

 それはその通りね、とアリが頷く。

「何だよ何が問題なんだよ。すごいじゃねぇか」

 とオルキヌスが実際に手紙を手に取る。

「おぉすげぇ、『トーキョータウン』からの勧誘まであるじゃねぇか! これもう決まりだろ決まり! 『トーキョータウン』の用心棒になろうぜ!」

 「トーキョータウン」は日本リージョン最大と言われるプレイヤータウンである。そんなところからのお誘いなど、名誉以外の何者でもない。オルキヌスでなくてもテンションが上がるのは当然と言えるだろう。

 事実、この手紙を開封して読んだジンも最初は喜んだし、アリやリベレントも嬉しそうだった。

「あんた、本当に用心棒やるつもりなの?」

「当然だろ、逆にせっかくの契約を蹴るなんて選択肢あるのか?」

 アリの言葉にわけがわからねぇとばかりにオルキヌスが首を傾げる。

「オルキヌス、用心棒になるってことは、決まった日に決まった時間、そのプレイヤータウンに留まらないといけないってことなんだぞ?」

 オルキヌスの疑問にジンが告げる。

「そりゃそうだろ、用心棒なんだから」

「そうなると、その決まった時間にレイドが発生したら、挑めなくなるわよ」

 何が問題なんだ? とさらに首を傾げるオルキヌスにアリが告げる。

「私はね、オルキヌス。『JOAR』を現実世界でスポンサーを見つけられるようなところまで上り詰めたいと思ってるの」

 そのために、レイドに挑むと言うことを諦めるつもりはない、とアリは堂々と告げた。

「なるほど、そういうことか」

 アリの断固反対と言った強い視線を受けて、オルキヌスは浮かれていた精神を落ち着け、ようやくアリの言っていることを受け入れてきた。

「分かるぜ、アリ。ゲーム世界の用心棒程度の名声じゃ物足りないってことだな!」

「ま、そう言うことね」

 オルキヌスの言葉に、我が意を得たり、とアリが自分の髪を撫でる。

「けどよ、せっかくこれだけの申し出が来てるのに断っちまうのは勿体なくないか?」

「と、言うような相談をここまでずっとしてたんだよ」


 オルキヌスは「勿体無い」と言ったが、断るのが問題になるケースはそれだけではない。

 用心棒契約がこうしてほぼ同時に届いたと言うことは、プレイヤータウン同士の何らかのやり取りの末に、全員で一斉に「JOAR」にスカウトを送った可能性が高く。

 その後にどのプレイヤータウンからも契約した報告が上がらなければ、 「JOAR」が全ての用心棒契約を蹴ったことが発覚するだろう。

 そうなれば、 「JOAR」はその力を人々のために振るう気はない利己的な集団だ、という認識が広まりかねない。

 最初からそういう売り方をしているパーティならそれでもいいかもしれないが、ジンとしては可能な限りそう言った悪名のようなマイナスの名声を得たくはなかった。

 そんなわけで、可能な限り断りたくないジンと、レイドのために絶対受け入れたくないアリの対立となっており、リベレントはどっちにもつかずニコニコするのみだったので、アリとしてもジンとしても、オルキヌスの意見を早く聞きたかったのだ。

 アリがオルキヌスに出会いかしらに厳しい一言を投げたのはそう言った事情からだった。

「というわけで、オルキヌスとしてはどう思う?」

「え、この状況で俺がどっちって言っても、このパーティによくない影響が残るくね?」

 オルキヌスは人間関係の機微においては鋭かった。

 正直、オルキヌスとしてはジン派だった。だが、ここでオルキヌスがジンの味方をして、結論を出してしまえば、アリの不満は一生残るだろう。

 逆に、アリを選んだとしても、「JOAR」がリーダーであるジンの思っていたのとは違う存在となっていくのは苦しい事だろう。

 よって、オルキヌスはどちらとも言えない状態にあった。

「こう言う時ってこう、なんていうんだ、妥協点? みたいなの出せないもんかね……」

 オルキヌスが頭を掻きながら、自分の椅子に座り、適当に手紙を手に取る。

 それは「JOAR」のホームベースでもある「多様性街」からのスカウトだった。

「お、これ、条件は直接会って相談可能って書いてあるぜ。レイドの時間は予定を都合してもらうとか、出来ねぇかな?」

 オルキヌスは手紙の文言に注目し、二人に提案する。

「そんな自分勝手な提案受け入れてもらえるかなぁ」

 ジンはその提案に懐疑的だったが。

「いいじゃない。言ってみれば。受け入れてもらえるなら私としては悪く無い妥協点だし、受け入れてもらえないなら諦める理由にもなるわ」

 アリとしてはいいアイデア、という認識のようだ。

 ジンはしばし考え、確かにこのまま平行線の議論を繰り返すよりは建設的か、と思い直し、「多様性街」の領主の屋敷へと向かう事にした。


 屋敷のインターホンを押し、執事のような見た目のキャラクターに屋敷の一室へと案内され、待つ事しばし。

「ようこそ、『JOAR』の皆さん。まずはプレイヤーハウスを置く本拠地にこの『多様性街』を選んで頂き、誠にありがとうございます」

 領主が姿を現した。注視すると、【Pegasos】と表示される。おそらく、ペガサス、と読むのだろうか。

「これは失礼。私がこの『多様性街』の領主、ペガサスです」

 注視して名前を見られている事に気付いたのだろう。ペガサスが自ら名乗る。

 まずはペガサスが自身の認識している条件を話す。条件はかなり 「JOAR」にとって良いように設定されており、大きなところでは、契約中も待機場所は 「JOAR」のプレイヤーハウスで良いと言う。

「なんでここまで良い条件を?」

 思わずジンはペガサスはに問う。

「そんなことは簡単ですよ。あなた方は数あるプレイヤータウンの中から、『多様性街』を選んでくれた。消費活動も『多様性街』を中心にしてくれている。言うなればあなた方は『多様性街』のお得意様でもあるのです。ですが、もしあなた方が他の街と用心棒契約を結んでしまえば、あなた方の消費の中心はその街に移っていくでしょう、ともすれば引っ越す可能性さえあるかもしれない」

 有体に言えば、あなた方にこの街に居続けてほしいからですよ、とペガサスは告げる。

 だから、「トーキョータウン」が 「JOAR」を用心棒にスカウトすると聞いて、私も直接交渉可能というカードを添えてスカウトさせていただいたのです、とペガサスは続ける。

 どうやら、一斉にスカウトが届いたのは、「トーキョータウン」が 「JOAR」を勧誘しようとした事に端を発するようだ。

「過分な評価、ありがとうございます。これだけ良い条件を頂いて、なおお願いするのは心苦しいのですが、実は一点相談がありまして……」

 ジンは言いにくそうにしつつ、切り出す。

「なるほど。レイドですか」

 ジンの説明を聞き、ペガサスが頷く。

「いいですよ。では、レイドが発生した場合はレイドを優先して頂いて構いません」

「えっ」

 思わぬ快い返事に、ジンが思わず問い返す。

「ただし」

 ペガサスがそう続けるのを聞いて、ジンはむしろ安心した。何か条件があった方が安心できるからだ。

「この条件を外で言うのは辞めてくださいね。レイド中はうちの用心棒が少ない、というのがバレてしまいますから」

「え、それだけ、ですか?」

「はい、それだけです」

 ペガサスが頷く。

「なによ、良かったじゃない」

 困惑するジンにアリが言う。

「いや、そうなんだけど……。あの、本当にいいんですか、この条件だと、実際に用心棒出来る時間が確保出来るかは……」

「いいんですよ。『JOAR』が用心棒をしていると広く発表する事自体が抑止力になるのです。そして、その抑止力は『JOAR』が有名になればなるほど強くなる。ということは、レイドには積極的に参加してもらった方が良い」

「抑止力、ですか」

 そんなものだろうか、とジンは疑問に思ったが、ペガサスにそこまで買ってもらっているのは悪い気持ちではない。

「では、その条件でよければ、この書類にサインを」

 ペガサスがすかさず電子ペーパーを差し出してくる。

「この条件なら、構わないよな、アリ?」

「えぇ、いいわ」

 念の為オルキヌスとリベレントにも視線をやるが、二人は無言で頷いた。

「では、よろしくお願い致します」

 さらさら、とジンが 「JOAR」の名前とジンの名前を書類に書き込む。


 かくして、 「JOAR」は「多様性街」の用心棒となった。

 「多様性街」はこの情報を広くゲーム中やマイクロポストSNSで流布。

 「JOAR」の情報はさらに広く日本中に広まる事となった。


 そして。

「『多様性街』に新しい用心棒か。『JOAR』、最近よく名前を聞く新進気鋭のレイドパーティか。正面から当たるのは得策じゃないな」

 部下から報告を受けた黒い髪に赤い瞳の男が暗め部屋で呟く。

「『多様性街』はターゲットから外す事にしよう」

 ジンが疑問視していた抑止力としての効果は早速発揮されているようだった。

「その代わり、みみっちい真似は終わりだ。次は大きく打って出るぞ」

 男がダーツを放り投げる。

 その先は壁にピン留めされた日本地図。

 ダーツが突き刺さったのは、東京都吉祥寺だった。


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